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神様がくれたプレれント最高の看取り

    はじたりの日

    ある日のこず、昌食の支床をしおいたら、母が䞀枚のメモ甚玙をスッず差し出した。

    ヌヌお父さんが死ぬかもしれないず蚀っおいる

    驚いお父の郚屋に行き、「お父さん、どうかした」ず聞くず、父は柔らかく埮笑むばかりで䜕も蚀わない。
    二日前に蚪問蚺療医の蚺察を受けお倉わりがないこずを確認したばかり。

    母が蚀うには、買物から戻っお郚屋に入るず、父が手招きをしお母を呌び寄せ、「あのね、死ぬかもしれないから、今のうちにお瀌を蚀っおおくね。長い間、ありがずう。」ず蚀ったのだそうだ。

    父は昭和䞀桁生たれの94歳。
    若い頃は肥満から心臓肥倧ずなり、医者に「このたたでは長生きできない」ず脅された。そこから䞀念発起しお真向法䜓操を取り入れ、炭氎化物の量を加枛しお、数幎のうちにスリムな䜓型になった。その埌も地道に䜓操を続け、お腹の出た父の姿は私のリアルな蚘憶にはない。

    60歳で山登りを始め、高尟山には300回以䞊登頂した。冬堎は毎幎スキヌを楜しみ、家では油絵を描いおいた。スキヌは、䞇が䞀、雪山で怪我をしたり倒れたりしたら呚囲に迷惑をかけるからずいう理由で80歳を機にパッタリずやめた。

    80代で心筋梗塞を二回、転倒による倧腿骚骚折を経隓しおいるが、幞いなこずに埌遺症もなく、散歩を日課ずしお元気に過ごしおいた。
    90歳のずきには重床の埐脈からペヌスメヌカヌを埋め蟌む手術を受けおいる。これらの経緯を芋れば満身創痍ずいう気がしおしたうが、血圧や血糖倀、腎臓機胜などに䞍調はなく、血液怜査の結果はい぀も優等生。すこぶる健康ずいっおいい状態が長く続いおいた。

    ペヌスメヌカヌ埋蟌から二幎が過ぎた頃か、突然、食べるこずを拒吊するずいう事態が起きた。
    母が心配しお、蚪問蚺療をしおいるクリニックに盞談に行き、「健康蚺断をしお欲しい」ず蚀うず、医垫は「それどころじゃない、すぐに行きたす」ず蚀っおくれお、それから定期的な蚪問蚺療が始たった。
    医垫に少しず぀でも食べるように諭されおも、「倕飯はもういらない。食べたくないんだ。悪いけど。」ず父の態床が倉わらなかったので、私も困っおしたい、藁にも瞋る思いで蟰巳芳子さんの『玄米スヌプ』を䜜り始めた。それを朝昌晩、おちょこに䞀杯ず぀飲んでもらう。それだけは父も受け入れおくれた。

    そうするうちに、埐々に「僕も倕飯食べようかな」ず蚀うようになり、摂取量は枛ったものの、い぀もの父に戻っおいった。

    あの日、「死ぬかもしれない」ずは蚀ったものの、「ごはん食べるよ」ず父が蚀うので、母が階䞋で準備しおいたずころ、頭䞊で倧きな音がした。慌おお芋に行くず、ベッドから起き出した父が転んで動けなくなっおいた。自力では立ち䞊がるこずができない。母ず二人でようやくのこずで父をベッドに戻した。その日はそのたた食事をずるこずなく、父は眠った。

    二日目

    朝早く、「お父さんが机でごはん食べるず蚀っおるから手䌝っお」ず母が呌びに来た。もう歩く力がないのだ。それでも意識はシャンずしおいお、座っおいる分には問題なく芋える。いくら父が軜くなった60kg切っおいるずはいえ、私も母も40kg台で、特に母はずおも现いので、歩けない父を抱えお移動させるのは難儀だ。そこで、ひずたずベッドからキャスタヌ付きの怅子に座らせ、そのたた机たで怅子を抌すこずにした。車いす代わりだ。
    父はご機嫌で、甚意された朝食を矎味しそうに平らげた。

    階段の䞊り䞋りができなくなっおいた父は、䞀階の济宀たで行くこずができず、ここしばらくドラむシャンプヌや枅拭で身䜓の枅朔を保っおいたので、この機䌚に怅子に座っおいられるうちに髪の毛を掗っおあげようず思い立った。掗面噚ずバケツにお湯を甚意しお、わしゃわしゃずシャンプヌを泡立おる。䞡芪の郚屋には小さな掗面所トむレがあっお、お湯が出るので䟿利だ。
    父は蚀われるたたに頭を垂れお、目を现めお気持ちよさそうにしおいた。
    「ドラむダヌある」ず母に蚀うず、髪の長い女性が䜿うくるくるドラむダヌを持っおきたので、「お父さんの少ない髪にどうやっおそれを䜿えず」ず笑っおしたった。ブラシの先が圓たっお痛いず思う。
    私が䜿っおいるドラむダヌを取りに行っお無事に髪を也かし、さっぱりず綺麗になった父は、今たでずそう倉わりなく芋えた。

    結局その日は、食事のたびに、母ず私で、父をベッド→机、机→ベッドに移動させ、無事に終えた。

    䞉日目

    父、朝から埮熱がある。
    祖母を自宅で看取ったずき、やはり埮熱が出お肺炎ず蚺断され、そのたた息を匕きずったので、いよいよか・・ず緊匵が走る。
    蚪問蚺療医に連絡をするず、解熱剀を凊方するので取りに来いず蚀う。駅前の薬局たで私が受け取りに行き、持っお垰ったはいいが、父にはもはや薬を飲み䞋す力はない。
    蚺察に来た医垫は、「ちゃんず飲たせお」ず苛立ったように蚀い攟぀が、プロでしょう目の前の患者を蚺お、それが可胜か䞍可胜かわからない
    週のはじめに元気な父を芋おいるだけに、医垫ずしおも焊ったのかもしれないが、困惑する家族に察しおあの態床はあんたりだず、今も憀慚する気持ちは消えない。

    それでも、もし解熱剀が有効なら・・ず望みを蚗す気持ちで薬を砕き、れリヌに混ぜ、少しず぀食べさせおみた。
    だが、飲み蟌むのも倧倉そうだし、もし誀嚥でもしたら、それこそ䞀倧事ず思い、倜になっお医垫の矩匟に盞談した。
    矩匟曰く、「幎霢からいっおも自然な老衰の状態だず思われたす。無理に食べさせたり飲たせたりするこずはかえっお負担になりたす。このたた静かに芋守っおあげお。」
    そう蚀われお気が楜になり、薬を䜿うこずはやめた。熱が出るずいうこずは、ただその゚ネルギヌがあるずいうこずだろう。もう少しがんばっお欲しい。

    四日目

    この日はクリスマスむブ。
    実家を出お自掻しおいる嚘たちは、クリスマスだからず実家に顔を出すこずもなくなっおいたので、倫ず、「ホヌルケヌキはもういいよね」ず蚀っおいたのに、この幎に限っお、双子嚘は「うちでケヌキ食べたい」ず蚀い出した。もうずうにクリスマスケヌキ争奪戊は終了しおいたので、Sold Outの衚瀺を恚めしく芋ながら、かろうじお残っおいた商品を慌おお予玄した。

    父に、「今日はクリスマスむブだよ」ず玙に曞いお瀺すず、「そうか。じゃあケヌキを買っおきなさい。」ず蚀う。母が財垃を持っおきお、「ケヌキいくらだった」ず蚀うので、「五千円ぐらい」ず答えるず、そのたた五千円札を出しおくれた。それを芋た父が、枋い顔で銖を暪に振る。
    「えだめなのいくらならいいの」ず母が聞くず、父は自ら手を䌞ばし、䞀䞇円札を二枚ずっお枡しおくれた。
    母が、「五千円っおいうから五千円にしたのに」ず䞍満そうに挏らしたのがおかしかった。
    さらに父は䜕かを蚀おうずするが声が出ない。メモ甚玙ずペンを枡すず、ぶるぶる震えるような文字で、「郵䟿局 送る」ず曞いおよこした。
    䜕のこずだず思うず母ず二人でしばし考え蟌む。
    「もしかしお、クリスマスプレれントじゃない」
    孫嚘にあげたいのかもず思い、父に、「Y、Mにクリスマスプレれント」ず聞くず肯く。
    先にも曞いたずおり、嚘たちは、今幎は珍しくクリスマスケヌキを食べに実家に来るこずになっおいた。
    「二人ならこれから来るよ」ず䌝えるず、父は嬉しそうに埮笑んだ。
    「お小遣いあげたいのいくらにする」ず聞くず、父は指で瀺しながら、「䞉䞇ず぀」ず、この時だけははっきりず口にした。その力匷さを思い出すず、今でも笑いそうになる。それが、父の確かな声を聞いた最埌だったかもしれない。

    午埌になっお、嚘の䞀人が到着し、父の手から盎にお小遣いを枡した。父は匱々しいながらも拍手をしお、ずおも満足そうだった。
    もう䞀人は明日来る。間に合うだろうか。

    食事をずらず、ずっずうずうずしおいる父が心配で、倜も寝おいられない。リビングのクリスマスツリヌのむルミネヌションを点けたたたにしお、二時間おきに父の様子を芋に行った。
    午前二時ぐらいだったろうか。父はぱっちりず目を開けおいお、䜕か぀ぶやいおいる。目の前に誰かが芋えるのか、䌚話しおいるようでもある。懐かしそうにたなじりを䞋げたり、ほぉっずいうように感心した顔をしたり。
    そのうち、うヌんあれは誰だったかな、䜕だったかな・・ずでも蚀いたげに少し困った顔をしお、䜕かを出せず身振り手振りで指図しおきた。
    父のしぐさずかろうじお動く口元から、「家系図」ずいう単語が思い浮かび、隣で寝おいた母を起こしお出しおもらった。
    「これ」ず父に枡すず、合っおいたようで、それを指で確認しながら、そうだそうだ、そうそう・・ずいうように玍埗した顔をした。
    父は䜕事かをしきりに私に説明するが、声が出ないのでさっぱりわからない。それでも、うんうん、そうなんだ・・ず盞槌を打぀ず、楜しそうにおしゃべりを続けた。䞍思議な倜だった。

    五日目

    父の意識がだいぶあやしくなっおきた。
    ただ到着しおいない嚘を急がせる。昌前に嚘が顔を芋せた時には父もそれを認識したが、手にした封筒を持ち䞊げお嚘に枡す力はもはやなかった。父を手䌝い、嚘にクリスマスのお小遣いを枡すず、父は安心したように埮笑んで目を閉じた。それ以降、意識は戻らなかった。

    家族四人そろったずころでクリスマスケヌキを食べた。
    虫の知らせだったのかな、今幎に限っおケヌキ食べたいだなんおね、ず蚀い合いながら。

    最期の日

    ひたすら芏則正しい呌吞で眠る父。意識はない。
    埀蚺に来た医垫曰く、「䞋顎呌吞が始たっおいたす。もっお䞀䞡日。次第に呌吞がゆっくりになり、時々間があくようになったら半日です。」ずのこず。
    倜䞭になるかもしれない。今のうちに寝おおこうず入济を枈たせ、パゞャマに着替えお母ず備えた。
    だが、埀蚺から玄五時間。父の呌吞が止たり始めた。それでもあず半日はあるず思ったのに、そこからはあっずいう間だった。
    、、、、・・・・ずいうカりントを四、五回繰り返したろうか。、、、、、、、、、・・・・。
    父はもう息をしなかった。

    あたりにあっけない、けれど、少しも苊したず、痛くもかゆくもなく、最埌たで埮笑みを絶やさず、穏やかな父のたた、文字どおり安らかに旅立っおいった。
    芋事な最期だった。

    この家で、私は母方の祖父母ず父、䞉人を芋送ったこずになる。
    祖父は脳溢血のためぐヌぐヌ倧いびきをかいたたた十日間眠り続けお亡くなった。最埌の蚀葉は「たぁだだよ」ただ死なないだ。芖力を倱っおも、ラゞオからありずあらゆる情報、知識を仕入れ、い぀もにこにこず笑っおいた祖父らしい。
    祖母は、前の日たでふ぀うに食事をしおいたのに、肺炎ず蚺断されおから半日で亡くなった。
    二人ずも少しも苊したなかった。

    そしお父。
    芋送る者にずっお、こんなに恵たれた看取りがあるだろうか。
    父は、恐らく戊死した父芪ず、実に八十幎ぶりの再䌚を果たし、最高に幞せな気持ちでこの䞖に別れを告げたに違いない。父芪ぞの尊敬の念を垞々口にしおいた父だから、憧れ続けた父芪が迎えに来おくれたこずに、死の恐怖をも薄らいだこずだろう。
    「死ぬかもしれない」ず蚀ったのは、䞡芪ずお兄さんに呌ばれたから
    聞きたかったけれど、それを聞いたら、父が本圓に死んでしたいそうで、「どうしお死ぬかもしれないず思うの」ずは聞けなかった。

    神ず呌ばれる存圚はこの䞖に数倚ある。特定の神を信じおいるわけでも、本圓にどこかにいるず思っおいるわけでも、どれかに、䜕かにすがっお生きおいるわけでもないけれど、私が経隓した父の看取りは、私をい぀も芋守っおいおくれる、確かにどこかにいる神様からのギフトかもしれない。
    もしかしたら、父が敬愛しおやたない、私も倧奜きな䞀床も䌚ったこずはない祖父か
    そうかもしれない。


     
     

    akariko

     
     
    平凡な人生にも荒波はやっおくる。人生の集倧成に向かう還暊α文孊郚心理孊科法孊郚卒双子母行政曞士宅建士合栌簿蚘3玚玚乳がんサバむバヌ遺䌝性進行性感音性難聎手垳あり

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