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Photo bysuishoku

【エッセイ】干し芋のひとり歩き

    mashiro/秋は、お芋🍠🍟

    大人になって、我も忘れて一心不乱に何かを作る。そんな機会は、ずいぶん少なくなった。どこか現実的で、心のどこかがブレーキを踏んでいたり、途中で生活が割り込んできて中断されたりする。

    子どもの頃は違った。そこら中に、創作意欲を掻き立てる何かが転がっていた。拾い放題だった。

    私には三歳上の兄がいる。兄は中学生の頃、とにかくよく寝ていた。時間さえあれば寝ていたし、時間がなくても寝ていた。

    母から「万年床にするとキノコが生えるよ」と叱られても、竹輪耳で変わらず寝ていた。もはや布団と一体化していた。

    そうだ。布団にキノコを生やしてみよう。

    そう思った私は一番手近なティッシュを使って、キノコを作り始めた。軸、傘、ヒダの部分、その質感、色。ティッシュの二枚重なった部分を一枚にはがし、その感触を何度も確かめる。ハサミで切っては、丸めて潰し、色付けしては、また作る。

    試作を繰り返し、とうとう最高のキノコを作り上げた。時間にして、二〜三時間といったところだろう。

    昼寝している兄の布団の周りに、最高のキノコを静かに、二つ生やした。外された枕元の眼鏡の近くに、生やした。私と兄とは違い、キノコたちはなかなか仲の良い兄妹のようだった。

    ドアの隙間から、そのときを待つ。

    兄がモニョモニョと動き始め、眼鏡を探そうと手を伸ばす。足元からなので表情は見えない。

    腹ばいになった兄が、何秒か、止まる。

    止まる。

    観察する。

    触る。

    そして、笑う。

    状況を受け入れるまでが、わりと早い。 
    さすが万年床の主である。

    私は兄の動向を一通り確認すると、ドアから離れ、サザエさんを見るためにリビングへ戻った。


    ここ数年、何かに没頭することがあっただろうかと、記憶を遡る。

    数年前、仕事のストレスが溜まりすぎて、同僚とひたすら干し芋の諺を作り続けたことがある。なぜ干し芋だったのかは、今でもよく分からない。たぶん、ストレスに晒され続けた同僚が干し芋を作り始めたからだと思う。

    相当な数の干し芋諺が生み出され、それらを意味付きで整え、分類までし、最終的には故事成語まで誕生した。

    冷静に振り返ると、業務より体系化していた気がする。

    「本にしようか」などと二人で笑いながら、私たちは日々のストレスを創作で干していた。

    けれど、ストレスの原因が解決されると、私たちの干し芋諺は生活の端へと追いやられ、そのままになった。

    私の一番お気に入りの干し芋諺は、
    「干し芋の大往生」だった。

    正直、「狐と狸の干し芋叩き」と迷った。


    あのティッシュのキノコも、干し芋諺も、今も私のどこかに、まだ干されたまま残っている。干すからこそ、長く残るのかもしれない。



    干されたまま、風にさらされて。
    あたたかい、おひさまの香りをさせて。


                      mashiro🍠


            


     
     
     
    カボス余韻系の片隅作家。 noteの片隅、  目立たない場所で 静かに、そっと、紡いでいます🌿

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