
減らしたら、満ちてきた
増やしたけれども、満たされなかった
整体院を経営していた私は、
ずっと「増やす」という方向に向かって生きていた。
お客を増やさなければいけない。
売上を上げなければいけない。
リピート率を上げなければいけない。
評判を落としてはいけない。
常に結果を出し続けなければいけない。
考えてみれば、
頭の中はずっと「得なければいけない」
で埋め尽くされていた。
でもそれは、社会の中では当たり前の感覚だ。
得れなければ、ご飯が食べられない。
経営が成り立たない。
むしろ、
それができている人間こそが「ちゃんとしている」と評価される。
だから私は、
それを疑うことなく受け入れていた。
実際、経営はそれなりにうまくいっていた。
予約はほどほどにあり、リピーターもついていた。
施術の技術にも手応えがあり、
具合が良くなったと感謝されることも多かった。
一人先生で忙しそうにしている姿は、
周囲から見れば、
順調な経営者に見えたと思う。
それでも、心はどこか満たされなかった。
予約表が埋まっていても、なかなか安心できない。
予約枠に空きが出ると、不安が顔を出す。
予約の時間が迫ってくると、まだこないお客にハラハラ・ドキドキする。
そして予約時間が1分でも過ぎると、
冷や汗が出そうなくらいになり、
「ノミの心臓か」と思うくらい、
胸が苦しくなってくる。
2分、3分と時間が経つごとに、
「遅れるなら電話の1本くらいかけられるだろうに・・・」
とお客を責めたい気持ちが、
ふつふつと沸き上がってくる。
こんな調子でハラハラ、ドキドキする時間が続くことを考えると、
遅刻の無い世界にならない物かと、
あり得ないことを考え始め、
モヤモヤとしてしまうのだ。
「待たされるのって、精神的に良くないとおもう」
「毎日ハラハラ、ドキドキでいいのかな」という問いが、
静かにしかし確実に存在していた。
満たされるためにやっているはずなのに、満たされない。
整体院を起業したとき、
やっと会社員から一歩抜け出て、
自分のやりたいことで飯を食っていくんだと、
希望に満ちた船出だった。
しかし希望が一杯であるほど、
それを打ち消すように不安が押し寄せ、
開店しても、
「お客がもし一人も来なかったらどうしよう」
「つぶれたらどうしよう」
という恐れが幾度となく沸き上がり、
胸が締め付けられる思いだった。
会社を退職する頃には、
この恐怖感に強く襲われた。
このまま定年までこの会社にいれば、
ある程度の給料は毎月自動的に保障されている。
「安パイを捨ててまで独立する意味はあるのか」
もしお客がこなければ自己破産だ。
大きな恐怖と戦いながらの退職だった。
それでも一歩前へ踏み出せるか、
会社員にとどまるか、
この壁はとても高いのだ。
会社員であれば、
社会の一員であるという安心感に守られている。
社会とのつながりと月々の給料を失うことは、
会社員にとって想像を絶するほどおぞましき事なのだ。
年齢もすでに40歳を超えている。
「大丈夫、私ならきっとできる」と自分を奮い立たせてみても、
未来の保証が無いという起業に、
言いようのない恐怖が訪れては消え、
胃が痛くなるような毎日だった。
しかし「エイヤッ」と開業してみると、
恐れていたことは現実にはならずに、
少しずつ売り上げも上がり、
順調に稼げてきた。
しかし、約束の時間にお客が現れないという時に、
あの頃の恐怖がよみがえり、
精神的に穏やかでいられないのだ。
こうして時間が経つにつれて、
恐れは存在感を増していった。
お客が来なくてもいい、と思ってみた
ある日、その違和感が頂点に達したような瞬間があった。
そこで「恐れ」のことを深く考えてみた。
「私はお客が来ないことを恐れ、
お客が順調に来だしてからは、
今度はお客を失うことを恐れている」
お客が来なくても不安、
来たら失うのが不安という具合に、
いつも不安にばかりフォーカスしていたのだ。
これではいつまでたっても、
永久に自分は満足などできないのだと気づいた。
どんなに満たされても、
心は常に恐れているのだ。
恐れは自分の内面の問題なのだと思えてきた。
そこで同業の友人に、
お客が来ない時にはどうしているのかを聞いてみる事にした。
A店「1分でも遅れたら、すぐに電話を入れ理由を聞きますね」
B店「当日来ない場合、全額キャンセル料をもらいます」
対策法はどのお店に聞いても、
来ないお客に非があるのだと、
逆に来院しにくく追い込むような、
解決法だった。
どこの治療院でも、売り上げ減の
恐怖に囚われて行動しているのだなと思った。
しかし私はそのようなやり方は、
行いたくはなかった。
忙しい日々の合間、
ぽっかりと時間が空いたときに、
ふと思った。
「集客に執着するから辛くなるのではないか」
もしそうならば、集客を手放してみようか。
「お客が来なくても、別にいいのではないか」
その考えは、自分でも驚くほど異質だった。
これまで積み上げてきた価値観を、
根本から否定するようなものだった。
しかし、「もしそうしたら経営はどうなるのか」と、
試してみたくなった。
「本当にお客が来なくていい」と思えたら、
お店はつぶれてしまうのだろうか。
考えても分からないことだから、
自ら実験してみようと思った。
それから私は、
集客すべきという価値観を手放してみた。
予約が入らなかった日。
以前なら焦りと不安でいっぱいで「つぶれては絶対にいけない」
ので頑張ろうと躍起になっていたその時間を、
「自由な時間ができた」
「忙しい時にはできなかった、他の仕事ができる」と受け取ってみた。
ドタキャンが出たときも同じだった。
「どうしよう」
「電話をかけて状況を尋ねようか」
「キャンセル料でも請求しようか」と思う代わりに、
「今日は少し休める」
「早めに食事がとれる」
「ちょっと外出できる」と受け取ってみた。
最初は、どこか不自然だった。
頭ではそう思おうとしても、
心はまだ反応してしまう。
だが、それを何度も繰り返しているうちに、
少しずつ変化が起きた。
ある日、施術の約束の5分前にドタキャンの連絡を受けたとき、
私は本当に「嬉しい」と感じていた。
やった!「これから2時間自由な時間が出来た」
「やりたかったこれをしよう」と、
したい事ができる時間を、
突然プレゼントされたような感じがして、
ついつい顔がほころんでしまった。
その瞬間、自分の中で何かが切り替わったのがわかった。
胸の奥にあった緊張が、すっと消えた。
それまで無意識に握りしめていたものを、
ようやく手放せたような感覚だった。
なんとも言えない清々しい嬉しさを感じていた私は、
次のキャンセルを心待ちにしていた。
電話連絡がないドタキャンがおこっても、
心は全く乱れずに、
いつも凪のように悠々としていた。
かもしだす私の周波数が、
どんな時でも満ち足りているのを感じた。
集客をやめたら、なぜか儲かり始めた
私が気づいたのは、
「集客しなければならない」という思い込みだった。
広告を出すかどうか。
SNSをどう使うか。
SEO対策をどうするか。
新規をどう増やすか。
そういったことを考える時間は、
決して少なくなかった。
しかし、その根底には常に「足りない」という不足感があった。
つまり私は、常に「不足」の周波数を発して仕事をしていたのだ。
今のままでは足りない。
もっと増やさなければいけない。
もっと充実させなければならない。
もっと拡張しなければならない。
その前提を、私は疑っていなかった。
それがビジネスで成功する事だと思っていた。
それが経営者の役割だと信じていた。
だが、「お客が来なくてもいい」と思えるようになったとき、
その前提自体が揺らぎ始めた。
「信じていた常識って何だったのだろう」
当たり前だと言われることに、
不信感を持ったのだ。
そして私は、
「売上を上げるべき」というお金の常識も疑い、
手放してみることにした。
人間はお金を稼がなければ、
ご飯が食べられなくなるというのが常識だ。
お金は人間の生存欲求と深く結びついているのだ。
しかしこのあたりまえの常識は、
本当にそうなのだろうか。
手放したらお店はつぶれてしまうのか。
私は静かに自分の内面を見つめて、
集客することを手放す事にした。
一日一人でもいい。
極端に言えば、誰も来なくてもいい。
そう思えたとき、仕事の質が変わった。
来店の人数は減った。
しかし来てくれた一人のお客に対して、
以前よりもずっと丁寧に向き合うようになった。
時間を気にすることなく、
その人の状態に集中できるようになった。
結果として、お客の満足度は上がった。
「ここに来ると安心する」
「なんだか落ち着く」
「深い満足が得られる」
そう言われることが増えた。
売り上げを上げようと、
必死になって接客していた、
私の雰囲気もまるで別人のように、
穏やかなものとなった。
その変化は、やがて数字にも現れた。
お客様に高額の施術を選んでいただく機会が多くなり、
一人当たりの単価が上がり、
無理に集客しなくても、
以前よりも安定した収益が出るようになった。
こうして皮肉なことに、
「増やそう」としていたときより、
「もういい」と思えたときの方が、
売り上げは多くなった。
私は「足りない」という不足感そのものが、
投影されて現実を歪めていたのかもしれないと感じた。
社会常識は真理ではないのだと改めて気が付き、
自分の内側の価値観を見つめなおすことが、
一番大切なことだと悟った。
良く見られたいを捨てたら、楽になった
こうなったらどんどんと検証実験を続けてみたいと思い、
次に手放したのは、
「他人からどう見られるか」という価値観だった。
よく見られたい。
ちゃんとしていると思われたい。
馬鹿にされたくない。
そういった気持ちは、
無意識のうちに行動を縛っている。
常に相手にどう思られるかを考え、
自分の意見を抑えて、
相手に悪く思われないように、
自己主張をせず、
当たり障りの無いように話していた。
だが、それもやめてみることにした。
無理に良く見せようとしない。
評価を気にしすぎない。
自分を偽ってまで話さない。
八方美人にならない。
そう決めたとき、
興味の対象が大きく変わった。
ブランド品や高級車、
豪華な住宅に対する関心が、
すっと消えていった。
高いものを持つ、
高級エリアに住むことで自分の価値を上げる、
という感覚がなくなったのだ。
食べ物も同じだった。
高級な店に行かなくても、
十分に満足できる。
むしろ、シンプルなものの方が、
体にも心にも合っていると感じるようになった。
私はやがて、
「半額のときに買うのが大好きな人」になった。
夜遅くスーパーに行く。
値引きシールが貼られる時間を、
少し楽しみにしながら待つ。
同じ商品なのに、
時間が経っただけで安くなる。
見栄を張らず
その仕組みを受け入れるだけで、
無理なく節約ができる。
そこには、
不思議と「節約をしている感覚」はなかった。
楽しみの「大人買い」もできるからだ。
むしろ合理的で、
気持ちのいい選択に思えた。
相棒は質実剛健のスーパーカブ
移動はスーパーカブ110cc。
燃費はリッター70キロほど。
小さなエンジンで派手さもないが、
驚くほど粘り強く、
静かで、
タフで、
普段の足としても、
ツーリングでも、
どこへでも連れていってくれる頼れる一台だ。
そのカブの荷台に、
テントと寝袋、
少しの着替えと道具を括りつけ、
日本中を旅した。
朝焼けの海沿いを走る日もあれば、
山あいの霧に包まれながら進む日もある。
疲れたら景色のいい場所で止まり、
腹が減ればその土地の食堂に入る。
ホテルに泊まって温泉を楽しむ日もあれば、
満天の星空の下で、
肉を焼いて食べる。
そんな旅だった。
宗谷岬で受けた風は、
頬が切れるほど鋭く冷たかった。
北の果てに立つと、
自分がこの国の端まで来たのだと身体で感じる。
九州まで下れば、
空気はふっとやわらぎ、
陽射しにもどこか南国の匂いが混じる。
食べ物もバラエティに富んでいて美味しい。
走る距離に合わせて、
季節の表情まで少しずつ変わっていく。
車の窓越しではなく、
電車の座席からでもなく、
むき出しの身体で風を受けながら進むからこそ、
その土地の温度や湿度、
匂いまでもが記憶に残る。
雨の重さも、
夕暮れの冷え込みも、
すべてが旅の一部だった。
行き先も、時間も、誰にも決められない。
自由とは、案外こういうことなのかもしれない。
風に吹かれながら、
走っているとそう思えた。
最後の親孝行は、静かな旅だった
そんな中で、母との時間もあった。
車はフォルクスワーゲンに乗っている。
1.4リッターの小さな排気量だが、
ターボが効いてよく走る。
維持費も抑えられる、
ちょうどいいバランスの車だった。
その車で、母を蓼科の温泉旅館へ連れていった。
特別に豪華な旅ではなかった。
だがお風呂が充実している宿で、
穏やかな時間だった。
車の中での何気ない会話。
露店風呂に浸かりながら感じる大自然。
食事のときの楽しい時間。
どれも、深く心に残るものだった。
その旅が、母との最後の思い出になった。
もしあのとき「お店の売り上げが大切だから」と断っていたら、
その時間は存在しなかった。
売り上げを上げようとするよりも、
良く見られるように飾ることよりも、
大切な人と過ごす時間の方が、
確実に心に残り、豊になる。
それは、
言葉では理解していたことだったが、
実感として腑に落ちた瞬間だった。
仕事さえ手放したら、どうなるのか
お金への執着を手放し、
人からどう見られるかという不安も、
誰かに立派だと思われたい見栄も、
ひとつずつ手放してきた。
そうして余計なものが削ぎ落とされていったとき、
最後に残っていたのは「整体の仕事」そのものだった。
長い年月をかけて築き、
守り、
人生の中心に置いてきたもの。
喜びも苦しみも、
誇りも迷いも、
すべてが詰まった場所だった。
「これを手放したら、一体どうなるのだろう」
正直に言えば、怖さはあった。
これまで積み上げてきたものを、
自分の手で終わらせることになる。
当たり前のようにあった収入も、
日々の役割も、
肩書きも、
もう保証はなくなる。
人は失うことを恐れる。
それが自分で一から作り、
長く自分を支えてきたものであれば、
なおさらだ。
けれど同時に、
心のどこかで別の声も聞こえていた。
「ここまで来たのなら、最後まで試してみたい」
「仕事を手放したら豊かになるのか、
自分の人生で確かめてみたい」
心の声は小さかったが、
私は無視しなかった。
私は税務署へ向かい、整体院の廃業届を提出した。
紙一枚。
たったそれだけのことなのに、
そこには15年もの歳月が折りたたまれていた。
出会った人たち、
働いた時間、
悩んだ夜、
感謝された瞬間。
そのすべてに区切りをつける一枚だった。
提出したその瞬間、
私は喪失感に襲われるのだろうと思っていた。
空っぽになり、
後悔するのではないかとさえ思っていた。
だが、不思議なことに違った。
胸に広がったのは悲しみではなく、
静かな安堵だった。
肩に入り続けていた力が、
すっと抜けていく感覚。
長いあいだ背負い続けていた荷物を、
ようやく地面に下ろしたような感じだった。
仕事を失ったはずなのに、
むしろ何かを取り戻した気がした。
それは肩書きでも、
お金でもない。
ただ何ものにも縛られていない、
自由な時間を手にした自分だった。
誰もいない場所で、自分になる
その後、私は一人で海を越えてタイへと渡った。
お店を手放し、
日本を手放し、
知り合いもいない。
頼れる人もいない。
言葉も完全ではない。
だが、
その環境は思っていた以上に心地よかった。
誰にも干渉されない、
無目的な時間。
誰の期待にも応えなくていい。
外側ではなく、自分の内側に意識を向けることができる。
無目的の時間が取れると、
外部からの強制や、
「やらねばならないこと」から完全に解放されて、
自分自身と深く向き合える時間を過ごせるようになった。
その環境の中で、私は自然と文章を書き始めた。
これまでの体験や気づきを、言葉にしていく。
書くことで、自分の中が整理されていく感覚がある。
やがて、それが日課になった。
noteを書き、本を出版し、また次の本を書く。
整体院を手放さなければ、
この流れはなかったと思う。
何かを終わらせることで、
別の何かが始まる。
それは頭では理解していたが、
実際に体験すると、
まったく違う意味を持っていた。
無目的の余白の時間は、
人間が人間として花開くための「土壌」であり、
最も重要なインフラだと感じている。
毎日が日曜日でも、人は整う
今の生活には、曜日の区切りがほぼない。
毎日が日曜日のようなものだ。
だが、不思議と生活は整っている。
週に4回ジムに通い、
週に2回は速歩きをする。
1時間ほどの運動だが、
体は確実に変わっていった。
夜は星空の下、コンドミニアムのプールで泳ぐ。
遠くの街の明かりがとてもきれいだ。
もうすぐ還暦だが、以前よりも体は軽い。
日本にいたころは、「時間がない」と思っていた。
自分の身体や健康に気を遣う時間も、
筋トレをする時間も取れなかった。
だが、本当は時間がなかったのではなく、
毎日の「こなし仕事」に追われて、
「余白がなかった」のだと思う。
食生活も変わった。
熱い日差しを浴びて育った、
新鮮な野菜とフルーツ、
放し飼いの鶏卵、鶏肉。
体に負担の少ないものを自然と選ぶようになった。
アルコールもだいぶ減った。
加工食品に頼っていた頃よりも、
体調は明らかにいい。
花粉症もまったく出ない。
生活のクオリティーは、確実に上がっていた。
無目的の時間、余白を持つことは、
単なる休息ではなく、
人間としての尊厳を取り戻し、
真にクリエイティブで自由な人生のために、
不可欠なものだと思うのである。
それでも、ここは天国ではない
もちろん、すべてが快適なわけではない。
文化の違いは、時にストレスにもなる。
マナーの感覚が違う。
配慮が足りないと感じる場面もある。
日本のような「察する文化」は、
ほとんど機能しない。
アイコンタクトすら交わらないこともある。
最初は戸惑った。
だが、次第に思うようになった。
完璧な場所はないのだと。
どこにいても、何かは足りない。
だからこそ、
外側を整えることよりも、
内側がどうあるかの方が重要になる。
その視点は、
ここに来たことでよりはっきりした。
手放すとは、失うことではなかった
これまで、いくつもの事を手放してきた。
お金への執着。
集客の不安。
他人からの評価。
仕事そのもの。
住む場所。
だが、振り返ってみると、失ったものはほとんどない。
むしろ、余白ができた。
その余白に、
時間が入り、
健康が入り、
静けさが入り、
創作が入り、
満足が入ってきた。
手放すとは、失うことではなかった。
握りしめていた手を、ただ開くだけのことだった。
あなたは、何を手放しますか
もし今何かに追われているとしたら、
増やそうとしているものがあるとしたら、
一瞬だけでいい、
「もういい」と思ってみてほしい。
それは諦めることではない。
投げ出すことでもない。
すると、これまで見えなかったものが、
見えてくるかもしれない。
私にとって、
それは「満たされている」という感覚だった。
減らしたはずなのに、なぜかすべてが満たされている。
余ったたっぷりの時間を使って、
知的でクリエイティブなタイ生活を過ごしている。
その不思議さの中で、今日も静かに暮らしている。
私が手放すために実践した方法を一冊の本にまとめました。
よかったらご覧になって下さい。