
「あのブログは何処へ」 贅沢な孤独の行方
もうずいぶん前のこと。
私はあるブログに夢中になっていた。
部屋の明かりを消して、パソコンの中で浮かび上がるそのブログが、私にとって密かな避難所のようになっていたのかもしれない。
それは、当時おそらく大学生だったと思われる女の子が書いた文章だった。
すべてが都合のいい創作だったのだろうか。
それとも、本当に誰かに烈しい恋をしていたのだろうか。
今となっては確かめる術もないけれど、その年齢には似つかわしくない、ひどく大人びた文体に私は一瞬で引き込まれた。
衒いがなく、
どこか冷めた手触りのある言葉たち。
ある日は、
塩素の匂いが微かに漂うナイトプールに。
ある日は、
名前も知らない外国で、
白いクロスが敷かれたレストランに。
そして、またある日は、
カーテンの隙間から気怠い光が差し込む、
陽も高くなったベッドの中。
それらの断片は、どれも眩しいほど鮮やかであるのに、なぜか浮かれた匂いがしなかった。
すべてが、彼女自身の日記であるはずなのに、不思議なほど淡々としていたのだ。
感情の起伏をあらかじめ削ぎ落とし、まるで自分の人生をファインダー越しに覗き見ているような、どこか冷徹で観察めいた視線がそこにはあった。
そのブログは、私が最初に見つけた時から、すでに1年前の日付で止まっていた。
新しい言葉が紡がれることはないだろうと思いながら、私は何度も何度も同じページを読み返していた。
そんなある日、突然ブログが更新された。
舞い上がった私は、渇きを潤すようにスクロールを繰り返し、もっと彼女の思考の奥を覗いてみたくて、見ず知らずの本人にメッセージを送ろうかと指を止めるほどだった。
でも、いいか。
更新されたし。
それは、すぐに読み終えてしまうくらい、ほんの数ページのブログだったのに、それだけでも十分に私の心は満たされていた。
それでも、メッセージを送ろうと画面を見つめていたのは、彼女の文章の端々に、今にも世界から消えてしまいそうな危うい気配が漂っていたからだ。
姿の見えない書き手について、私は暗闇の中でいろいろな想像を巡らせていた。
都内の喧騒にいたかと思えば、次のページではいきなり何かから解放されたように外国へ飛んでしまっていたり。
きっと、時間にもお金にも、あるいは精神的にも、それなりの余裕がある環境にいたのかもしれない。
そんなふうにも想像ができた。
けれど、そこにはネットに溢れているような瑞々しい「キラキラした感じ」は一切なく、ただ贅沢な孤独が静かに横たわっていた。
それから、しばらくして私の日常にも忙しない波が押し寄せた。
そして、そのブログから足が遠のいていった。
ある夜ふと思い出して、引き出しの奥の宝物を確かめるように、ブログを開いてみた。
名前はもう忘れてしまったけれど、画面に表示されたのは、見慣れた日記のトップページではなく、無機質なブログ運営会社の管理画面だった。
どこから見れるんだっけ…
焦りを感じながらも、ページをスクロールして、私はハッとした。
消えている…?
その冷たい現実を突きつけられて、「あの時メッセージを送っておけば良かった」と、私は本気で後悔した。
彼女という存在の証明が、インターネットの海から完全に消え去ってしまったのだ。
今ではもう、あのブログに書かれていた文章のすべてを正確に思い出すことができない。
あれほど夢中になっていたのに、彼女の名前も、ブログのタイトルさえも…
ただ、たまにこうして思い出すだけ。
あの冷めた文体を読んでいた感覚だけは、はっきりと覚えている。
こうして文字を書くとき、私はほんの少しだけ、あの彼女になったような感覚がある。
感情を交えず、淡々と世界を切り取ろうとしている自分がいる。
けれど、もし私が。
誰かの胸をあんなに焦がして、消えてしまうような文章が書けたとしたら…
きっと引き出しの奥にそっと隠して、自分だけのものにしておくかもしれない。
そう、まるで遺書のように。
——それでも。
あのブログのような文章は、まだ書けない。
だから今はこうして、大海に放流する。
流れ着いた先で誰かが拾い上げるのか、それともそのまま沈んで消えるのか。
ガラス瓶に入れて、漂流させよう。