
【50代】湘南の片隅で真実を叫ぶ ー湘南は冬ー
「ギィィャアアアアー!!」
それは、静かな湘南の朝に響き渡る、妻の悲鳴からはじまった。
どうも、紅鮭の幻影です。
私がなぜ紅鮭の幻影になったのかは、こちらから。
最初にお伝えしておきますが、これはサスペンスでは
ありません。
我が家の日常、湘南の「不都合な真実」へのファンファーレ
です。
悲鳴の続きは後ほどお話しするとして。
今回は、私のサブタイトル
<湘南の片隅で>
について話していこうと思います。
さて、このサムネイル画像。
朝焼けの海に浮かぶ三日月と 江ノ島……。
その横に、ボードを抱えたサーファーのシルエット。
これぞ、湘南の朝の風景ですが
最初にお断りしておきます、これ、私ではありません
もう少し若くして、この地に
移住していれば、もしかしたら
やっていたかもしれません。
ですが今は、ボードの浮力が、私の重力という名の現実を
支えきれるかは、いささか疑問なので……」
挑戦して、そのまま波間に消えていった
「打ち上げられた紅鮭」には
なりたくありませんからね。
そんな、重力に逆らえない
中年男の悲哀はさておき、
湘南と言えば、やっぱり海の
イメージが強いと思います。
富士山に夕暮れ時の海なんかは、50代の乾いた心でも
「生きててよかった」と、何度みても癒されます。
例えば、こんな景色とか

どうですか、この「映え」。
でもね、ふと思ったんです。
そもそも、なぜ私たちはこの地を「湘南」と呼び、これほどまでに惹きつけられるのか。
その由来を紐解いてみると、
そこには単なる地名の話を超えた、先人たちの「憧れ」と
「自負」の物語が隠れていました。
ここからは、少しだけ湘南のルーツを旅してみようと思います。
湘南の由来について
時は1664年、小田原の「ういろう売り」として知られた
崇雪(そうせつ)さんという人物の物語です。
彼は大磯の海を眺め、その美しさに魂を揺さぶられ、こう叫んだといいます。
「ここは、中国の絶景(湖南省)に勝るとも劣らない場所だ!」
彼はその感動を形に残すべく、石碑を建てました。そこに刻まれた言葉はこうです。
著盡湘南清絶地(あらわしつくす しょうなん せいぜつの ち)
今の感覚で見れば、「他国の絶景の名前を借りてきた」
ように見えるかもしれません。
だけど、そこにあったのは単なる見栄ではなく、目の前の景色に「至高の美」を見出した、一人の人間の純粋なまでの感動だったのではないでしょうか。
「自分たちの住む場所を、誰よりも誇らしく思いたい」
湘南という名前の裏側には、そんな人間味あふれる、
いじらしくも熱い自負が込められていたのです。
……と、
ここまではとっても良いお話。
ですが!この、
「居場所を愛しすぎる情熱」が数百年かけて煮詰まった結果、
現代の私たちに、ちょっと面白い「副作用」をもたらしてしまいました。
そう、あまりに湘南を愛し、
誇りに思いすぎるがゆえに
起きてしまう、「境界線」を
めぐる仁義なき戦いです。
そもそも、湘南はどこから、どこまでなのか
この認識は、住んでいる内側と、外側からみている人で、
大きな違いがあるような気がします。
サザンの歌声が聞こえ、サーフボードを抱えた住人が闊歩し、
観光地も豊富な藤沢・茅ヶ崎という湘南の「ショールーム」。

その隣で「私たちは湘南ではなく『鎌倉』です」と
1185年から続く圧倒的な歴史とプライドで、チャラい湘南ブランドをバッサリ切り捨てる
孤高の独立国家・鎌倉。
「相模川」という名の巨大な心理的障壁が横たわる平塚。
「平塚も湘南だよね?」と聞いた時の、茅ヶ崎市民の「あ、うん、そうだね……(苦笑)」という、あのコンマ数秒の間。あの空白にこそ、住んでいる人にしかわからない、湘南地域の格差社会の縮図がある。
「湘南は茅ヶ崎までだよね」と
切り捨てられる平塚の悲哀。
そして、山奥なのに「湘南ナンバー」という免罪符を掲げて走る内陸の湘南の亡霊たち。
ここで私なりの神奈川の海沿いをイメージした
湘南マップをご覧ください。

もし、湘南のどこかに住めるとしたら。
私は葉山に住みたいです。
このエリア内で生活が完了する
人からしたらとても素敵な場所です。


後は、茅ヶ崎〜辻堂辺り
海側は坂がなくて非常に住みやすい。オシャレなお店や、cafe,
海鮮系の美味しいお店も多くて、ゆるい雰囲気が結構好きです。

ここで話を、冒頭の妻の悲鳴に戻します。
自称・ほぼ東京、と言っている大都会武蔵小杉から移り住んできた妻。
悲鳴をあげていたのは、部屋に現れた巨大なクモやゲジゲジに
出くわしたからです。奴らがいることに当時は相当の恐怖を覚えていたみたいです。
そんな妻も、10年近く住んでいると。
「ドウォリャー!」
という怒号とともに、現れた獲物を「ゴルゴ13」並の正確さで、
素手で叩き潰します。もはやそこに、かつての大都会の令嬢の面影はありません……。
おっと、すみません、妻に怒られそうなので、
「素手で」の部分は完全にネタです(笑)
夏になれば、この防衛戦はさらに激化します。
出勤する妻を見送るといつも、
階段を降りるたびに妻の悲鳴が響く。
カマキリ、カミキリ、そして
最凶の刺客「蝉(セミ)」
特に、死んだふりをして近づくと暴れ出す「セミファイナル」への恐怖は凄まじく、
妻は「水鉄砲」という原始的な武器を片手に、死に物狂いで戦っているのです。
大都会武蔵小杉に住んでいたらこんな恐怖と戦うこともなかったのにと思うと、実に健気で愛おしく思う瞬間です。
と、同時に「どうか無事に階段を降りきってくれ」と
祈るような思いで見送る日々。
「だったら下までついていってやれよ」と
つっこまれそうですが……(笑)
そしてもう一つの夏の風物詩。
暴走族による騒音、コンビニの駐車場が埋め尽くされる光景。
酒に酔った若者が暴れたり、
治安が一気に悪くなるのも
湘南の夏です。
さらにインフラも道路は狭く、夏の海沿いは渋滞。
電車は14分に一本。
駅の外まで行列になることもあります。
観光客がシャッターを切る
「映える湘南」の裏側で、
私たちは今日も、水鉄砲で蝉を撃退し、渋滞にまきこまれ、暴走族の騒音に悩まされているのです。
それでも、
やっぱりこの地に住んで良かったと、心の底から実感する日が
年に一度あります
夏の喧騒が去り、空気が研ぎ澄まされ始めた、ある朝。
富士山が、今シーズン
初冠雪を記録した、
まさにその日。
白く染まった山頂を視界に捉えた、刹那の光景。
まだ本格的な雪化粧には、一ヶ月以上も早い。
今日積もったその雪も、明日には跡形もなく消えてしまうかもしれない。
でも、その遠くから届く冬の便りに、胸の奥がじんわりと熱くなる。
雪化粧した富士山、落ち着いた静かな季節がもうすぐ来るんだと嬉しくなり、
あぁ、やっぱり「この地に住んでいてよかったな」と思うのです。
だから、私は間違いなく断言できる。
「騒がしさが消えた時、初めてこの場所の価値が分かる」
湘南の本質は、冬にあるのだと。
空や海の、あの透き通った青。
多くの人が「夏」の海に夢中になる湘南ですが、
地元の人たちは、この静寂と、澄んだ海と、富士山の景色に癒やされ、少しセンチメンタルな空気感を満喫しているのです。

皆さんの、湘南への思い、記事の感想、コメントしていただけたら嬉しいです。
飾らない、ありのままの紅鮭の幻影の世界観を。
今回は湘南の片隅からお伝えしました。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
