メインコンテンツへスキップ
見出し画像

幻のホームラン

     数年前の年末、ゴローさんとあ太郎と初めてのバッティングセンターに行った。埼玉と東京の境界あたりにある場末センターである。そこは偶然、その年の最後の営業日であった。
     野球経験としては、三人とも中学時代の夏休みに毎日タッチの再放送は見ていたので、かなりある方だ。
    そのバッティングセンターは、三百円でメダルが一枚買えた。そのメダルをマシンに入れると二十球の玉が飛んでくるのでポカポカと打ち返すという爽やかな遊技である。
     千円だとメダル五枚という超お得なセット割があったので、三人でお金を出し合って五枚のメダルを手に入れたわけだが、いざメダルを三人で分けようとすると一人だけ一枚になることに気付いた。
     すると当然、二枚目のメダルを奪い合って三人で罵り合うことになったわけだが、その様子を見ていた中学生球児が「あの、このメダル一枚余っているのでどうぞ」と憐れんで渡してきた。あまりの出来事に私達は「タッちゃん…」と呟いた。
     とはいえ、なけなしのお小遣いで本当に甲子園を目指している中学生から、外野のどっちがライトでレフトなのかも知らない大人がホイホイとメダルをもらえるはずもなく、そこは丁重にお断りをし、我々は別の作戦を考えた。
     知恵を絞った結果、余ったメダルについては、マシン稼働中に入れ替わることで、メダル二枚分をさらに三人で分け合うことにした。大発明、リレーバッター方式である。我々だってなけなしなのだ。
     そのバッティングセンターには、打った球を受け止めるネットの上の方に、ホームランと書かれた的が設置してあった。この的に当てると賞品がもらえる上に、バッターの名が木札となって壁に張り出される名誉が与えられるようだ。
     これはやるしかないぞ。
     先の中学生のタッちゃんが、球速百三十キロブースでポコスカ打ち返す様を眺めて、我々もその最速のブースに挑んでみた。するとなんと、三人ともたったの一度も当たらず終わった。速すぎて球も時間もメダルも消える魔球だった。
     貴重なメダルを何の手応えもなく三枚消費した私達は、残った二枚を握りしめ、そそくさと最遅の八十キロのブースへと逃げ込んだ。百三十キロの消える魔球と対決直後の我々は、八十キロなど『球がゆっくりに見えるゾーンに入った状態』と言っていいはずだ。
     ここで入れ替え制をとる。一つのマシンに三人協力プレイで立ち向かう、ドラマチックバトルの始まりである。前半二人が七球ずつ振ってマシンを追い詰め、アンカーが六球で仕留める作戦、通称七七六フォーメーションである。
     四枚目のメダルをマシンに投入し、まずはあ太郎がバッターボックスに立った。しかし、かろうじてかする程度で、ヒット性の当たりはなし。慌てて交代し、二番手ゴローさんが登場するも、せいぜいゴロで見せ場なし。最後に私が立ったものの、何の成果も得られませんでした。止まって見えるなどおこがましい、ゾーンが全く足りていない。残るメダルは一枚である。
     もはや焼け石に水だろうが打順を入れ替え、先発ゴローさん、中継ぎ私で、クローザーあ太郎とした。ホームランとは言わない。せめて一球だけでもヒット性の当たりを打ちたい。
    ゴローさんが深呼吸してメダルを入れ、最後の戦いが始まった。いけゴローさん、たとえ空振りしようと前のめりにだぞ。
     ところがゴローさんは、これまでの戦いで既に体力が尽きていた。先ほどまでの勢いはなく、バットを振るというより、かざす程度のスイングだった。「おい、やる気だせよっ」とチーム内からブーイングが生まれたが、実際はこれが奏功した。
     カキンッ! 力を抜いて、揺らしただけのバットは、力みがない分、逆に球を的確にとらえ、ホームランとはいかなかったが、弱々しくも確実に前へと打ち返したのだ。「これか! 分かった、力を抜くんだ。球なんて当てるもんじゃない、当たるものだから!」
    ≪当たるものなんだ!≫
     チャンスをチェイスした男の自信が、確信に変わった瞬間である。ゾーンとはたぶんこういうことなのだろう。
     ハックを受け継ぎ、ゾーンに満ちた私は、打ちた過ぎる気持ちを必死に抑えて、無表情でバッターボックスに立った。好きな子の前で『別に好きじゃねーし俺』の振る舞いに限りなく近い『別に打たなくていいし俺』打法である。
     するとそれまで空を切っていたバットが、確実に球を捕らえ始めた。重い。なんて重いんだ八十キロの球は。さすが大谷翔平の半分のスピードだ。ハーフ大谷の球は、県境にいた私を、埼玉からジリジリと東京側に押し返していく。敢えて力を抜いている無防備な肩から、腕が千切れて飛んでいってしまうかもしれないと思った。
     腕が僕であるうちに打ち続けなきゃならない。何か結果を残したいと集中した結果、後半全ての球がバットに当たり出すという悟りの境地に達した。私は目覚めたのだ。そうか、こうすれば良かったのか。「すごいぞ、どうやってんだ、教えろよなーっ」ゴローさんが辿り着いた思春期打法を、さらにメガ進化させるバッティングハックをあ太郎に伝える。「球をよく見るんだ!」
    ≪球をよく見るんだ!≫
     さあ試合は最終盤。『お前なんか別に好きじゃねーけどすっごい見る』打法の奥義を口頭で伝授されたあ太郎が、バッターボックスに立った。「力を抜け!」「よく見ろ!」
     あ太郎は無表情で無関心を装って球を見つめた。そうだそれでいい。球にこちらが打ちたがっていることを悟らせてはいけない。 
     そしてついに、その瞬間が訪れた。あ太郎が弱々しく差し出したバットに跳ね返った小谷小平の球は、ヘロヘロとした緩めの弧を描き、ホームランの的を射抜いたのだった。
     ポキンッという軽い音がセンター内に響いたと同時に、レトロな演出ライトが点滅し、スピーカーがパオパオ鳴った。
     私達は甲子園で優勝したのと全く同じ熱量で大喜びし、遠くのブースで中学タッちゃんはまるで負け投手のように呆然としていた。
     その後、受付カウンターで、賞品のジュースを受け取った。この際、名前を書くのだが、ここに書いた名前の木札が飾られるはずなので、迷わず浅倉南と書いた。これで甲子園には連れてはいけなかったが、埼玉の県境には連れていけたとしよう。
     我々は、壁に連なる歴代のホームランバッターと並び立ち、栄光の存在となるのだ。改めて壁の木札を眺めると、先輩達はホームランを成し遂げた月日ごとに並べられており、順に見ていくと何度も登場する達人もいるようだ。バッティングハックを極めてしまった我々であれば、同じように壁を埋め尽くす日も遠くない。そんな誇らしく清々しい気持ちで、バッティングセンターを後にした。何とも素晴らしい年納めであった。 
     さて数日後の新年、バッティングセンターに我々は再び訪れた。当然輝かしい栄光の木札を眺めるためである。
     ところがだ、そこには木札がなかった。我々のものどころか、全ての木札が撤去されていたのだ。不思議に思って騒いでいる私たちに、再び相まみえた中学達也が言った。「これ、一年ごとに新しくなるんです。今月からまた新しいスタートです」と。
    「タッちゃん…」
     あ太郎がホームランを成したのは昨年の最後の営業日なので、そもそもその記録が飾られることはなかったのだ。
     泣く泣く二匹目のドジャースを求めて、バッターボックスに再び立ったあ太郎だったが、数日前に発見したバッティングハックは、なぜか年をまたいでは一切通用せず、あれは完全にビギナーズラックだったと分かった。 
     全く当たらないバットを、不機嫌そうに振り回しては絶叫するアッちゃんを眺めていると、あのホームランは幻のように思えてくるし、やっぱりあ太郎の存在も幻なのかもしれないという自信が確信に変わっていった。

    めでたし

    画像
    画・エゴコロゴロー
     
     
    色々うまくいきません。 不器用なエッサーが、泣き叫びながら紡ぐ残念な日常を、 どうぞ笑って、時々一緒に泣いてください。

    あなたへのおすすめ