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【16年婚活】少女崇拝・女性蔑視の国、日本で52歳の私が結婚するまでの話

    「どうしてこんなに幸せなんだろ。50過ぎまで独身でいて良かったよ」と夫に言われるまで

    若い、もしくは幼い少女を崇拝し、年齢を重ねた女性をさげすむ傾向のある国、日本。筆者は30代後半から婚活を始めたが、男性不信気味、また「同年代と結婚したい」と思っていたせいか、52歳で同じ年の男性と結婚するまで、実に16年間も方々で恐ろしい扱いを受けた。いつ、誰から差別されるか分からず、ぬれぎぬを着せられて店を追い出され、70代のアジアの男性に、まったく突然にストーカーされて警察沙汰、ドイツに行ってものを考えたことも……。「日常に潜む、本当の女性蔑視とは何か」を知るまで、「どうしてこんなに幸せなんだろ。50過ぎまで独身でいて良かったよ」と夫に言われるまでの話。

    52歳で「珍しい」結婚、幸せになってもまだ悪夢を見る

    最初にいっておくが、私は男性の悪口がいいたいのではない。ただ、悪夢から解放されたい。幸せになったはずなのに、眠るとまだ繰り返し悪い夢を見て苦しむ。

    だが、「今日は具合が悪くて、攻撃的だった」だとか、「世の中が悲しみに満ちて見え、人の良いところが分からない時があった」などと書くと、俯瞰できるのか、多少楽になることが分かったので、その延長でこれを書いた。

    また、自分の見たものを書けば、世間を少しでも変えられるのでは、という思いもあった。私の苦しみは、日本人女性の典型的な悩みに直結しているのと同時に、アジア人女性、ひいては女性の普遍的な悩みにつながっているような気がする。

    今年の5月に、私は結婚した。同じ年の男性との見合い結婚だった。これだけなら何も変わったことはないだろうが、「珍しい、珍しい」と言われて、地元では一時、噂にもなっていたらしい。

    何が珍しいかというと、私は52歳の女性だったからである。そして、お互いに初婚だった。へえっと相手が呟く時、『52歳の女性が結婚できたんですか?』と言外に示されている感じがする。

    「お互い初婚なのに、同い年の男性と結婚できたんですか」と、はっきりと言われたこともある。『あなたはもう、子供を産めないであろう年の女性なのに、初婚の男の人が結婚してくれたんですか?』という意味なのだろう。これについて考えた。

    少女崇拝・女性蔑視の国、日本で36歳から婚活

    長い間、私は独身だった。あったままをいえば、結婚する前は、年齢の高い独身女として、方々で恐ろしい扱いを受けていた。

    若い頃は、「女性差別」「女性蔑視」という言葉について、深く考えることもなかった。本当にそんなものがあるのだろうか、とすら思っていた。私は若い女で、どこに行っても甘やかされていたからである。容姿も、ものすごく良くなかった代わりに、悪くはなかった。25歳の時に、とあるミスコンテストで2位になれた。

    「その頃、結婚の話はなかったのか」と訊かれることがあるが、私は、父の女遊びが激しかった時に生まれ、成長した子供で(後に父からは謝罪があった)、いろいろと醜いものを見たからか、年頃になっても、自分がどんな男性が好きなのか、よく分からなくなっていた。

    男性が異性として近づいてくると、何か悪いことが起こるような気がした。そういう感情は相手に伝わるのだろう、私はどんな男性ともうまくいかなかった。

    当時、私が不安や違和感を覚えなかったのは、ほぼ、テレビや映画の中の外国人男性だけだった。母方が外国と縁の深い一族だったので、外国のものに親しみを感じていたせいもある。

    だが、狭い世界で暮らしていたので、SNSも普及していなかった頃、外国人どころか、普通の同年代の男性と知り合う機会もほとんどなく、また、仕事が忙しかったのもあり、結婚適齢期を逃してしまった。

    本格的に婚活をしたのは30代後半、たしか36歳ごろからだったが、その時には、私の立場は変わり果てていた。

    少女崇拝・女性蔑視の国、日本。23歳の美しい女の子が「私なんてもう若くないですよ」「年を取るのが怖いんです」と言うこの国では、36歳の女は、相手が同じ年の男性であっても、冷たくあしらわれることが多かった。

    同じ年の男性、メンタルの医師、女性からも差別される

    これもあったままをいうと、最近ぐっと老けたけれど、私はずいぶん遅くまで、実年齢より若く見られることが多かったのである。婚活パーティーなどに行くと、同年代、もしくは年下の男性からわりとよく声はかかるものの、年齢を言うと、同年代でも、私の方がいくつか年下であっても、急に口も利いてくれなくなるのはざらだった。

    ある婚活パーティーで男性と話が弾んだ時、「俺でいいの? 本当? 俺、オヤジじゃん」と言われたので、「同い年ですよ」と答えたら、その男は、帰りに会った時は、もう私にあいさつも返さず、目が合っているのに「ふん」と言った。

    年上の男性とも見合いしたが、この年だと、10歳くらいか、もっと上の人を紹介されることが多かった。そうすると、話が合わない。

    「外国の人はあまり年齢を気にしない」というので、国際交流会にも参加してみたけれど、他のアジアの国の人は日本より結婚が早いし、欧米の人は日本に来るとすぐ相手ができるので、私と年齢の釣り合う人がなかなかいない。あと、やはり、話が合わなかった。

    ただでさえ、男性不信ぎみで壁を感じていた私は、そのうちに精神を病み、メンタルクリニックにかかることになった。

    40代で行ったメンタルクリニックでは、私と同じ年の男性の医師が、「その年で、今から結婚したいんですか?」とにっこりして言った。

    それに加えて、同じクリニックの女性カウンセラーも、「今から結婚したいんですってねえ! あなたに比べれば小娘ですが、担当させていただきます」と、やはり、笑顔で述べた。

    そのさい、頭をがんと殴られたようなショックがあり、言葉だけでもこんな衝撃を人に与えることができるのだと私は知った。ひょっとしたら、自殺する人は好んで死ぬのではなくて、この何倍もの衝撃を受けた時に、耐えられなくて衝動的な行動に出るのではないか、ということすら思った。

    「メンタルクリニックの医師ですらそう言う世界で、私は生きていかなければならないんだ」ということも衝撃だった。

    それに関しては、思ったままを言ってみたら、当人たちから、「救う側の人間が言ってはいけないことを言ってしまった」と丁寧な謝罪があった。そこまで悪気はなかったのかもしれないが、本当に衝撃で、しかも、これは序の口だった。

    通っていたエステでは、担当の若い女の子から、「本当に今から結婚したいんですか?子供のことはどうされるんですか? 自分勝手じゃないんですか?」とまで言われた。そしてローンを組んでもっと大きな契約をしないか、としつこく訊かれるので、

    「あなたはいつも私を当てにしてる。やめてください。もう行きたくない」と言ってから辞めた。

    40歳を過ぎてライターになり、「事件」も

    そして、意外なことがあった。40歳を過ぎて、私はライターになったのだった。旅の記事、食レポが主な仕事で、建造物が国宝に指定された寺、豪華客船、築地場外市場の理事長(当時)のインタビュー記事なども書いた。

    ライターをやっていた時は、話題も多かったので、女性は、いろいろな年代の友達がいた。ただ、男性とは、こちらから頑張って声をかけても、なかなか話が進まなかった。

    「僕は、あなたにはとても釣り合わないよ」と、シェフである人にやんわりと断られたこともあるし、2つ上の男性に、「私と友達の4人の食事会に来ないか」と誘ったら「ふうん、僕と仲良くしたいわけか」と冷たく言い放たれて驚いたこともある。その男は、私の年下の友達の、20代の女性たちを追い回していた。

    ライターは5年ほどやったが、コロナ禍がきっかけで辞めた。とても貴重な経験だったけれど、私には、体力的にもきつかった。

    その後、忘れられないことがあった。私にとっては「事件」だった。仲のいい家族で経営しているカフェがあった。そこの小さい子供もよく店に遊びに来ていて、少しうらやましいけれど、ほほえましい、ここに来るとおちつく、いい人たちだ、と思っていただけだった。

    ライターだった時は親切にされていたのが、辞めたら、少しずつ無礼なもの言いをされるようになった。

    そして、知らないうちに、私が年の近いその店の店主を狙っている、という疑いをかけられていて、ある日突然、そのカフェを追い出された。

    私はその店主と並んで立ったこともない。全然心当たりがないし、素敵な店ですね、おいしい、と言って、礼儀正しくしていたはずだ。

    別居中でも結婚している人は1人で来ても何も言われないのに、「自分はこんなに冷たい目で見られていたのか」と戦慄した。そこに来ている子供も、すっかり私を悪者だと思っていて、子供らしい悪意をむき出しにした、ものすごい笑顔で、出ていく私を見ていた。

    それがきっかけで、私は何もなしでは起きられないようになり、合わない薬に苦しんだあと、新薬の抗うつ剤をのむようになった。

    家族とも相談して、その店に抗議しようかとも考えたが、事情でできなかった。

    世界的に有名な会社のサイトにも肯定される、日本の女性に対する年齢差別

    そんな時、私はとある会社が運営するウェブサイトの、婚活に関するページを読んだ。そうしたら、外資系の、世界的に有名な会社のサイトなのに、こんなことが書いてある。

    男「男が結婚相手に希望するものっていうのは、国によって違うんだけど、日本人男性が女性に求めるものは、圧倒的に、若さなんだ。だから君も急いだ方がいい。ぼんやりしていると、手遅れになるよ」

    女「わあ、大変! まだ若いうちに頑張らなきゃ! 私、行き遅れになりたくありません」

    名前をいえば誰もが知っている、世界的に有名な会社のサイトだ。日本の女性に対する年齢差別を肯定しているではないか。

    これはもっと露骨にいうと、こうなるのではないだろうか?

    男『女は若さだ。だから君も、急いだ方がいい。年を取ったら、男から避けられやすいぞ』

    女『どういうこと? 若い私たちはちやほやされるのに、年を取ったらもう要らないの? それって、犬を、子犬の時だけ思い切りかわいがって、大きくなったらポイッって捨てちゃうのと同じじゃないですか? 私たちだって生きていて、幸せになる権利や、社会人としての可能性があるはずです。今のままじゃ、女は、男に若さを搾取されるだけで、人間としての社会的な可能性もつぶされる、使い捨てされる存在だと思うんですけど』

    男『逆らう気か? かわいくない女は要らない。おまえ! 迫害してやるぞ。僕たちに必要とされない女は、控えめにいっても生きにくいし、存在価値がないことだってあるのを忘れるな』

    女『……本当ですね! もう逆らいません』

    男『君はいい子だね。優遇してあげよう』

    女『ありがとうございます!』

    男『よしよし。ただ、僕らが、消えろ、って言ったら、すぐに消えるんだぞ。忘れるな。若いうちに、自分を庇護してくれる男を見つけるんだな』

    女『……私は、男の人の庇護がなければ生きられないんでしょうか。もし若いうちに見つからなかったら? 本当に、年を取るのが怖いです』

    ドイツで考えたこと

    私は本当に悩んだ。実は、今からでも外国に行って、語学留学をしてみようか、と考えたこともあるのだ。それで、とりあえずドイツにホームステイをしてみたことがあった。

    学んだことはいろいろあって、ドイツでは、結婚の事情が全然違う。これはヨーロッパ人に共通することなのかは分からないが、現地では、50代の人でも、普通に、同年代の彼氏・彼女がいて、カップルで、週末に料理をして楽しんだりしている。

    10年以上付き合いのある夫婦でも、女性が望まないので、あえてずっと子供を作らないカップルもいて、それでも仲が良さそうだった。日本ではまず考えられない話だな、と思った。

    私も滞在中、男性から声をかけられることもあった。それが、同年代の人か、少し年下の人ばかりだった。年を言っても、同年代だと、むしろ喜ばれたこともあった。本当に、こっちの人は、比較的女性の年を気にしないんだな、と思った。

    「食レポ中心のライターをしていた」と言うと、「へえ、いい仕事だねえ! ねえ、この人は、レストランの記事を書いていたんだって!」と言われた。仕事をそんなふうに褒められたこともなかなかなかった。

    ここで話しておきたいのだが、日本では、一般的に、結婚相談所に入った人は、全国にいる異性の登録者の情報がオンラインで見られる。15年以上婚活をしていた私は、ここで、それこそ、星の数ほど男性の情報を見たが、女性に学歴やキャリアを求める男の人は、1人もいなかったのである。

    本当に年齢、年齢、年齢で、40代のバツイチの弁護士は、希望する相手の年齢に「27歳まで」と書いていたし、とある50歳近い会社員は、

    「お人柄重視ですが、子供が欲しいので、やはり35歳くらいまで」

    といっていた。不妊は男性にも原因がある場合があるし、35歳を境に精子の力も落ちるそうだが、50歳近い男性が、

    「子供が生まれなかったら女性が全て悪い、自分は何も悪くない」

    と思い込んでいるとするならば、それはどうしてだろう。

    どの国にもいいところと悪いところがあるのだろうけれど、ここでは、女性差別は日本より少ないのだろうな、と思った。

    ただ、私は、自分の意見がはっきりした人間で、言うべきことは頑張って言うけれど、知らない人と話すのに慣れていないので、ドイツの男性と、あまり進展はしなかった。また、ほぼ独学でも子供の頃からこつこつ勉強してきた英語とは違い、新しい言葉はほとんど覚えられなかった。

    また、滞在中に歯の詰め物が取れた時、言葉の分からない医者に行くのがものすごい恐怖だった。「今の年だと成人病になる可能性もあるし、もし外国でガンにでもなったら、現地で治療を受けることになる。長期滞在や移住なんて、私にはとても無理」と思い知って、短期で帰国した。差別も怖かった。そのあと、台湾にも1カ月間短期留学をしたのだけれど、同じことを思った。

    ただ、ずっとずっと「外国にはもっといい暮らしがあるのでは? 外国に住んでいたら自分はどうなっていただろう?」と考えていたのが、完全に思い切れたので、遅くても、自分としてはチャレンジして本当に良かった。

    50歳、母の死・70代男性からの突然のストーカーで警察沙汰

    話を戻すが、私が50歳の時、一心同体と言われたこともある母が急死した。関東から1人で遠方に嫁いできた母は、私を標準語で育てた。どこに行っても好かれた人だったが、母親だからということもあって、亡くなる数カ月前まで自室もなかった。

    80歳でやっと自分の部屋を手に入れて「言ったでしょう。私たちはこれから! これからはいいことばかり」と言っていたのが、あっという間に亡くなった。

    本当に急で、それに関しては不可解なこともあり、私は「こんなひどい世の中に生きていたくない」という思いから逃れられず、病状は悪化した。ただ、婚活は続けていた。

    また、知り合いのタクシーの運転手に「(結婚していないのに)あんたはこれからどうするんだ」と言われたので、家から出るのが怖くなった。当時はタクシーがないと外出できなかったからである。

    それは、タクシーの会社に電話して、状況を説明したら謝罪があったが、1回ではやまなかったので、2回言わないといけなかった。それと、家が事実上の母との別れの現場になったので、そこにいると当時を思い出して苦しむようになり、私は、親戚を頼って関東のとある都市に出た。

    そこで、70代の、他のアジアの国から来た外国人男性と知り合った。「この年で外国にいらっしゃるのは大変だろうな」と思って親切にしていたら、これもある日突然、その人の部下に密室に呼び出されて、人格を否定するような、ものすごいことを言われたあと、その70代の外国人男性と付き合え、と恫喝された。

    私はその70代の男性と、同じテーブルの席に座って話をしたこともないのである。

    私のラインのメッセージも皆で回して盗み読みしていたそうで、どうしてこんなことになるのかまったく分からず、態度も豹変したので、ショックというところではなかった。恐怖だった。

    しかも彼らは、故郷の私の家族に電話してウソをつき、管理人と話をさせて、私の住んでいたマンションの玄関のオートロックを突破して、部屋に押しかけてきて、2人がかりで扉を激しくたたいたこともあったのである。つまりストーカーである。

    警察に相談したら、最初は取り合ってくれなかったのが、「警察が傷に塩を塗るのですか」と食い下がったら、後で電話がかかってきて、「刑事が捜査できるかもしれないって言ってる」との答えをもらった。

    ただ、不法行為について妙に詳しい、私のメールもみんなで盗み読みしていた人たちとそれ以上関わりたくなかったから、相談の記録が警察に残ることを確認して、東京に出ることにした。部屋の鍵もその人たちが変えたので、合鍵を持っていないかどうか不安で、とてもいられなかった。

    70代でも、私と人間関係があった上で、純粋な気持ちでアプローチするなら理解できるけれども、同じテーブルの席に座って話をしたこともない、20歳以上年上の人に、なぜ突然警察沙汰になるようなことをされたのか全然分からない。

    年の差婚でうまくいっている人もいるけれど、そういう人たちは、自然な出会いから、地道に人間関係を構築しているのだそうだ。

    私は、80代の、3回離婚したお金持ちの人にも、「結婚したいなら、俺、どう?」と言われたことがあるけれども、やはり、ほとんど話をしたこともないのに突然そこまで言われた。私と同年代の他の女性にも同じことをしていたそうで、これも、女性を年齢だけで見ているのだと思う。

    上京・地方より自由だが、ここでも年齢差別

    東京では、人が私に無関心でいてくれたので、気が楽だった。とある結婚相談所に入会して活動を再開したが、婚活においても、同年代や多少年上の男性を探しても、地方よりたくさんの選択肢があった。

    地方だと、男性は親と同居していることがほぼ前提だったけれど、東京の独身男性は1人暮らしが多くて、自立している印象があった。

    ただ、女性に対して年齢差別があるのは、基本的に同じだった。

    「お見合いは疲れるし、せっかく東京に来たのだからいろいろなことにチャレンジせねば」と思い、まだ、うつの具合がよくない中、休みやすみ、できる範囲で行動した。

    習い事をしたり、そのパーティーに出席したり、街コン(「街ぐるみで行うコンパ」の略称)に行ったりして、男女問わず、頑張って人と関わるようにしていた。

    だが、東京にはたくさんの街コンがあるにもかかわらず、女性には厳しい年齢制限があるものがほとんどで、50歳の私は、参加できるところ自体がほとんどなかった。男性より10歳以上年下の女性でないと参加できない街コンもあった。

    他のアジアの国の国際交流会にも行ったが、東京でも若い人が多かった。私と釣り合う年のバツイチの人でもいれば、と思ったが、そういう人はいなかった。

    英語の街コンには、年齢制限はなかった。だから行ったが、日本人も、外国で生活していた人が多く集まっていて、BGMが大きくて、ネイティブスピーカーの英語がなかなか聞き取れない。また、やはり若い人達が多かった。

    また、国際結婚に対する憧れは、正直いってなくなっていた。私は今でも外国のもの、外国人と交流することが好きだ。けれど結婚は、平凡な日常生活をも共有するもので、育った環境や価値観、立場が大きく異なる人とずっと一緒に暮らすというのは大変なことなのだ。それに、外国に住む可能性がゼロにはならないし、医療の問題もある。特にこの年からでは、私には無理だと知った。

    仕事を探したが、ライター職、スーパーのレジ打ち、全て返事はなかった。書く仕事も、もともと私はライターになったのが40歳過ぎで遅かったので、年齢的にも難しかったのかもしれない。

    当時の私は、社会に居場所がなかった。「この人は、価値も未来もない人間だから、粗末に扱われるのは仕方ない」と思っている人も多かった。

    ただ、私は、子供がいたり、婚歴があってもいいから、同年代の男の人と結婚したいと思っていただけなのに、それはそんなに変わったことだろうか。

    バーで、私を隣に座らせて熱心に話をし、「一緒に釣りに行こう」と言った人がいた。同年代で、私の方がいくつか年下なのが分かったので、こちらの年を言うと、急にラインも無視するようになった。こんなことはザラだった。

    最近、ぐっと老けたが、その頃の私はまだ若く見られることがあって、私を同年代だと思った少し年下の男性からアプローチされたことがあった。ダンスの先生だった。バツイチで子供がいる人だった。子供がもういるなら釣り合わないこともないかも、義理でも子供ができたら素敵だな、と思い、私は自分の年を言って、先生が好きだと告白した。

    するとその男は、それまでは、時には緊張で震えながら私と話し、すごく丁寧に接していたのが、こちらが年を言ってからは、気があるような、ないようなふりをして、私から、なんとかしてお金を多く取れないか企むようになった。

    彼は私に、高額な個人レッスンを勧めたり(彼が私から取っていた個人レッスンの料金は、都内の、同業の国際チャンピオンのダンサーとほとんど変わらなかった)、私が教室を辞めようとすると、引き留めたりした。私は非常に混乱し、

    「うまく言えませんが、先生のこと、どうしても人間として信用できません」

    と言ったら、激怒して辞めさせてくれた。すごいこと言いましたね、と言われたこともあるが、もうひどい目に遭いたくなくて必死だった。また、その先生には、「勝手なことを言いやがって」という捨てぜりふを吐かれてぞっとした。

    ただ、そういう人には、孤独な人が多いようだった。彼らは条件のいい女性、「いい女」を求めるが、「いい女」というか、余裕のある女性は、たぶん、弱っている人の首を絞めている男を選ばないと思う。それはやはり、おそらくは、将来、弱った時の自分の首だと思う。

    日常に潜む、本当の女性蔑視とは何か

    当時の私は差別されていた。年齢差別、エイジズムである。だが、日本の女性差別、女性に対する年齢差別は強く、根強い。

    「若くなければ、男の人に相手にされないのは当たり前」

    と、女性自身が唱えていることもある。

    若いことは特別なことである。

    「特別な女性でなければ、男の人に相手にされないのは当たり前」

    という考えは女性差別である。

    「価値がない、傷つけられたり、利用されても仕方がない人」がいるというなら、それは差別である

    人間は、偏見にとらわれると、相手の良いところや、能力、可能性が見えなくなる。

    「女は若さ、そして美しさが全てで、それ以外は価値もなく、成功したいという感情もないし、可能性もない」

    というのは偏見である。

    女は人間である。人間だから、感情があり、価値と、成功する可能性があり、幸せになる権利がある。私にもある。ただ、私が逆境にある時、周囲の人たち、特に男性の中で、そう考える人は少なかったと思う。

    多くの女性は、非人格化されている。少女であっても同じだ。女性差別、女性蔑視というのは、女性を嫌うこととは限らない。日常に潜む、本当の女性蔑視とは何か。

    例えば、女性を、若い、あるいは幼いうちだけちやほやして、

    「かわいい、まだ何も知らないんだね!」

    と言って、聞きたいことだけ聞いたり、自分があげたいものだけあげて、嫌がることはやめなかったり、一方的に追い回したり、時には、触ったり、レイプしたり、あるいは、まれなことだと思いたいが、遠い、あまり豊かではない国に行って、小学生の年の子供をも買春し、相手が恐怖と痛みで暴れる姿を盗撮し、みんなで回し、

    「すげえ! 〇歳とやったんですか? 犯罪っすよ(笑)」

    「男だ!」

    とSNSで共有して楽しみ、

    「この子たちは喜んでいる」「受け入れてくれた」「自分は誰も傷つけていない」「大したことじゃない」「女が悪い」「仕方ない」

    といい、相手がぼろぼろになったら、ぽいっと捨ててまた違う少女に群がり、年を取った女性をボロクソに言い、女性の人格、感情、価値や能力を無視し、否定することも、女性差別であり、蔑視であり、非人格化なのだ。

    女性を若さ、幼さ、美しさ、都合のよさだけで見るのは、相手を非人格化している状態にある。本当に好きだとか、愛しているのとは違うし、本当の人間関係ではないし、対等な立場で一緒に働いたりするのも難しいと思う。

    突然起こった変化

    だが、私が婚活中に会った男性にはそういう人が多かった。いわゆる「いい人」というか、バランスの取れた人は、20年前どころか、30年前に売れている。

    私を含めて、結婚したいけど何か理由のある人が、結婚相談所等に来るのであって、50歳を過ぎての婚活は本当につらかった。だがとにかく、私だって、50歳過ぎの、メンタルクリニックにも通っている女ではないか。お見合いでは、できるだけ来てくれる相手に感謝して、いいところを探すようにしていた。

    また、そんな時、こういう話を読んだ。ある女優は、つらい時ほど早寝早起きをして、早くにスタジオに行き、困難を克服していたという。私もそうなりたいと思い、好きだった酒を控えて早く寝るようにした。うつでも、睡眠薬があればよく眠れた。

    確かに、節制して早く寝ると、朝には、幾らかすっきりしていることが多かった。

    だが、それでも、他にもたくさんの人、特に男が私を殴った。いい尽くせない。とにかく、いつ誰に突然、手のひらを返され、暴言を吐かれるか分からなかった。励ましたり、助けてくれる人もいたが、そういう人たちはほぼ全員が女性だった。

    「人の夫を盗ろうと企んでいる女」と決めつけられて、カフェから追い出されたのはどうしてだろう。たくさんの人に殴られ続けた痛みは降り積もって、絶えず私を苦しめた。人は殴られればちゃんと痛むようにできている。傷つかない人間はいない。

    私はいよいよ弱っていって、婚活をしていた最後の方は、ほぼ寝たきりだった。食事も2日くらい取れないでずっと暗い部屋で寝ていたり、先の見えない日々を送っていた。

    「1日1日、1時間1時間がつらいです。どうかお救いください」

    と、毎日仏様にお祈りしていた。

    変化は突然起こった。同い年の、堅い仕事の男性が、私をいいと言ってくれたのである。外見や体形も私の好みだった。

    彼は、私とのお見合いの初期に、40代の女性ともデートしていたのだそうだ。けれど私を選んだ。

    「そちらとはひょっとしたら子供もできるかもしれなかったのに、私を選んだんですか」

    と言うと、

    「私は一人暮らしが長くて、家事はなんでもできるから、将来、1人になったらなったでかまわないです」

    と答えた。

    自立した男性なのだな、と思った。彼は、私を人間として気に入ってくれたのだった。そして、まだ寝たきりに近かった私を手厚く看病してくれた。

    最初は、彼に炊事洗濯ほぼ全てやってもらっていて、お風呂もほとんど入れなかった。久しぶりに入るとお湯が汚れて大変だった。当時、私は同じような愚痴を繰り返し言っていたそうで、よく結婚してくれたなと思う。

    私が男性不信気味だったのも相変わらずだったけれど、時々パニックになっても、彼は、「更年期障害か。仕方ないね」と、許してくれることが多かった。

    結婚して、突然、生きやすくなったので、ほっとする反面、正直いって困惑している。

    私は、結婚前からこういう人間だった。何も変わってはいない。

    人の夫を盗ろうとしたこともないし、私を店から追い出したり、さみしいだろうから金は取れるはずと目をつけた人たちは、何かで目が濁っていたのではないか。

    日本の生涯未婚率はこれからまた高くなるかもしれない、ときくと、私は、シンプルに、年齢が高くなっても、男女が同年代で付き合うようにすれば改善されるのではないか、と思う。

    自分が40歳、50歳になっても、若い(あるいは幼い)女性しか嫌だという男性も少なからずいる。いいたいことはいろいろあるが、とりあえず、若い女性と同年代の女性、両方と会ってみたらどうだろう。ただ、20~30歳も離れた異性と共通の話題や趣味、未来を持って、本当の人間関係を構築するのは控えめにいっても難しいと思う。

    日独ハーフのサンドラ・ヘフェリン氏が書いた本、『ドイツ人は飾らず・悩まず・さらりと老いる』(講談社)によると、ドイツ人は老人ホームでも恋をするし、配偶者に先立たれたら新聞の出会い系のページなどで新しい相手を探すのだそうだ。

    日本は世界的な長寿国である。友情、恋愛や結婚が若い人だけのものになりがちなのはもったいない。100歳まで生きるかもしれないのに、20歳くらいで人生が終わるように思っているのは非生産的である。外国のいいところは見習ってもいいと思う。

    「どうしてこんなに幸せなんだろ」悪夢はまだ見る

    最後にいうが、私のうつは、結婚すれば治るかと思っていたが、まだ治っていない。

    毎晩、夫と手をつなぎ、将来の夢等を語り合って寝る。

    「好きだよ」「私も」「幸せ」「本当だね。世の中で、私たちが一番幸せなんじゃないかな?」

    などと言って眠る。

    それでも、眠りにつくと、私は婚活をしていた時に戻り、夫から急に連絡がなくなり、関係が自然消滅する夢を繰り返し見て苦しむ。本当に苦しい。

    「どうして? 結婚したじゃない。前に進まなきゃ」と夫に言われるが、理由は分からない。

    新婚旅行に行った時も、とても楽しかったのに、寝る前にある事件の記事を読んだらおかしくなった。

    国内の話である。小児愛好者が集うウェブサイトで知り合った、50代の男2人が、協力して、7歳の女児にわいせつな行為をしたのだ。2人は見張りなどの役割を分担していたという。

    そうしたら、自分はそういう被害にあったことはないのに、いつになく、激しく、男性に対する激しい恐怖がフラッシュバックし、ベッドの上でもがき苦しみ、薬を飲んでもなかなか眠れなかった。。

    どうしてあんな目にあったのだろう。私の存在を無視し、侮辱し、蔑む行為は、私の幸せになる権利、ひいては人権を侵害しているではないか。

    本当にたくさんの人たちに傷つけられた。安全な場所に来ても、まだ傷口から血が出て、痛み、苦しんでいる。そんな感じがした。

    もっとも、この手記を書くのに1カ月ほどかかったけれど、だんだん、夫が去る悪夢は見なくなった。ただ毎晩、いろいろな種類の悪夢を見る。

    つい最近、父にも結婚を報告しに行った。父はもう、母が亡くなったことも忘れていて、「お母さんに会いたい」と言うこともあれば、母の写真を見せても、「この人は誰?」と言うこともあるそうだ。

    意外だったが、父は喜んで、なんども夫の手を取り、

    「この子はね、ちょっと口はきついけれど、とっても優しくていい子なんだ。よろしくお願いします」

    と言った。

    私が夫をいい、と思ったのは、ちょっと気難しいところがあるからで、それが父に似ているせいもある。

    この前夫は、

    「どうしてこんなに幸せなんだろ。50過ぎまで独身でいて良かったよ」

    と言った。

    半世紀以上も生きてきて、ほぼずっと1人で寝ていた。結婚して、今が人生で一番幸せだ。

    夫が看病してくれたお陰で、家事はだいぶできるようになってきたし、悪夢もそのうちに見なくなるだろうか。

    できればこの手記が少しでも多くの人の目に触れて、読む人の何かのヒントになることを願っている。女性が幸せでありますように。

    ※すべての記事は著作権で保護されています。
    (C)TOSHI

    筆者より
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    主に旅と食のライターとして約5年活動した後、52歳で結婚 100カ国以上から読まれる、旅・食・日本の日英サイト「Club Rosy」https://clubrosy.jp/を運営。@ClubRosy   AmazonのアソシエイトとしてTOSHIは適格販売により収入を得ています

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