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印刷用書体の開発とデジタルフォントの未来 #37|特別編|講演での対話から

    本連載は、一般社団法人日本図書設計家協会で3回にわたり行われた講演内容を基に再構成したものです。ここでは第3回の講演後に行われたトークセッションを特別編として公開します。

    天野誠(講演スタッフ・デザイナー) 講演を振り返ってみて、皆さんいかがでしたか。感想をお聞かせください。

    吉野章(講演スタッフ・デザイナー) 小山先生も本編でおっしゃっていたように、やっぱり組版が大事だということを私も意識しています。それで今回、小山先生が組見本の書体に MS明朝、MSゴシック を使っていたのを見て、さすがだなと思ったんです。

    というのも、デザイナーの中にはMS明朝とMSゴシックを好まない方が多いですよね。でも多分、現実的にデジタルで一番使われてる書体って、MS明朝とMSゴシックだと思うんです。公文書や事務書類などでたくさん使われています。
    たまに、仕事の資料などで公文書を読む時がありますが、「これ結構読みやすいな」と思って書体を見るとMS明朝だったりすることがあるんです。

    もちろん実際に品質の良くない、読みにくい書体も中にはあると思うんですけど、やっぱり「良い書体、悪い書体」を判断する時に、組版によって印象が左右されてしまう部分もあるんじゃないかなとすごく思いました。

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    第29話より、MS明朝体による組み見本(著者作成)
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    第29話より、MSゴシックによる組み見本(著者作成)

    天野 下野さんはどう思われましたか?

    下野ツヨシ(講演スタッフ・デザイナー) そうですね。書体の善し悪しというのはその書体、その文字のデザイン自体によるものじゃなくて、やはり組版の善し悪しによるのかなと。
    だからMS明朝やMSゴシックも、申し訳ない言い方なのかもしれないけれど、ワープロソフトの設定の問題で、組版として良くないから、文字のデザインも悪いかのように言われているのであって、ひょっとしたらソフトがうまいこと設定されていれば読みやすいし、それなりに効果をあげられるものなのかなと思います。

    それに加えて、特にSNSの時代になってから文字を組むという行為、組んで人に見せること自体が、デザイナーなど専門家だけのものでは全くなくなってしまった。
    普段から、誰でも文字を打ったものを人に公開する時代に入っているんですが、そういう中で Facebook や X(旧Twitter)とか、SNS を表示するブラウザやアプリの組版の仕様が、人々に与えていくであろう影響は計り知れないだろうし。それに付随する形でのフォントの使い方というのが、やっぱり今後も鍵になってくるのかなと思いました。

    天野 私は小山先生が最後に菊地信義氏の言葉を取り上げられたところが一番印象的でした。
    液体が容器に合わせて形を変容していくように、今後デザインもデバイスごとに、それを使うユーザーの好みや目的に合わせて変化していくと思います。組版技術も AI の影響を受け、その中で善し悪しが決定していくのだと思います。
    それでも「字」というものは消えないわけで、液体になったり、気体になったり変容していきながら、その容器というか器にスポッと収まっていくような、そんな感じがします。

    ここで小山先生に質問をいただいておりますので見てみましょうか。

    【いただいた質問から】
    印刷用書体の開発の進行に伴って、書体の数が増えていると思いますが、使用されなくなっていく書体はあるのでしょうか。また、そうなる理由はどういったことがあるのでしょうか

    吉野 まず事前に小山先生からいただいた回答を紹介します。

    まったくかどうかは分かりませんが、ほとんど使われない書体はたくさんあります。ハードによるフォント、すなわち活字や写植は、ハードの劣化や破損と共に消えていきます。デジタルフォントの場合は、使えなくなったとしても、記憶メディアがある限り論理的には存続します。フォントメーカーの負担にならない限り永久には残るでしょう(小山)

    ……というお答えでしたけれども、このあたり、小山先生いかがでしょうか。追加のご意見があればお願いします。

    小山壽久 実は考えたことがなかったんですよね。例えば写植の時代とかデジタルフォントもそうでしょうけれど、書体自体は書体の見本帳にはずっと残ってるんですよ。そこから消えるということは、フォントメーカーがそのフォントから手を離すということになるんでしょう。
    ですがどんなフォントもあればあったで、誰か使う人がいるだろうなと思っています。
    それにメーカーも、リリースしたフォントをわざわざ消すということはしないんじゃないかなと。あくまで私の推測ですが。

    吉野 なるほど。ただ現実的にどうでしょう。例えば写研の場合(*1)、写植の原版みたいなものをメーカーでしっかり保存されているものでしょうか。

    小山 写植の原版は「マスター」としてしっかり管理されていました。素材は異なりますがデジタルフォントも同様です。ただ、今どうしているのかは知りません。
    そういえばかつて博物館を作ろうという話を聞いたことがあります。確かどこかの倉庫にコレクションルームを作ったはずなんですけど、私は行ったことがないんです。

    吉野 そうなんですね。私はこの質問をいただいた時に、日本語に関しては結構切実な問題だと思ったんです。
    例えば欧文の場合、Garamond や Caslon であるとか、フォントのデザイン自体はずいぶん昔なんだけれども、アルファベットは少ない文字数のおかげで書体全体が残りやすいものだと思います。欧文フォントは、比較的過去のフォントが生き残る可能性、継承されていく可能性が高いんじゃないかなっていうのは感じるんです。
    けれど、日本語や漢字圏の言語の場合、そうでもないんじゃないかと。文字種が膨大なために、実際無くなってしまう書体も結構あったんじゃないかなと、やっぱり思ってしまいます。

    小山 私が聞いた中では、例えばどこかの活字業者が廃業したので、その活字とか機械を一式どこかにもらってくれないかと。だけどどこにも引き取り手がなくて、どうしよもなく廃棄したという話をよく聞きます。

    吉野 何かしら売り物とか資料とかで残っていれば、そこから新たに起こしていけるということはあるかもしれませんね。

    小山 これは的外れかもしれないけれど、そういうアーカイブスを、どこか資本のある企業が残す、そういう場を作るという意識が乏しいから、標準化が進まないんじゃないかなっていう気もしています。

    吉野 そうかもしれませんね。これは組版の話とも繋がってきそうですね。天野さん、下野さん、いかがでしょう。

    下野 ネットなどを見ていて思うんですけれど、明朝体という書体自体が使われていく頻度が非常に減っているような気がしています。
    特に今は雑誌なんかを組んでいても、本文自体をゴシックで組んでいる。縦組みであってもゴシックで組むケースも増えてきています。スマホの画面などは、もうほとんどゴシックで組まれていますよね。
    逆に明朝体は細かったりとか、1文字のデザインの中にウェイト差がある故に、紙の時代は読みやすいと言われていたんだけど、デジタルの時代になると明朝体は読みにくいと思われるようになってきている。
    見出しとかで効果的に使われる場合を除いて、明朝体って結構危機の時代にあるんじゃないかなと。
    一方でフリーフォントで本当に多い「手書きフォント」というのは、本文では使われないにしても、何かすごく伸びしろがあるという気がしています。デジタルな媒体の中に、何かしら手の風合いを残す雰囲気を持ったものとして、手書きフォントっていうのはどんどん出てくるのかなと。
    でも明朝体は結構危ない位置にあるような気がしてならないと感じます。

    吉野 この講演の打合せでも、ちょうどその話が話題になりました。最近ブランドロゴがどんどんサンセリフになっていく流れがあるようです(*2)。

    wake up babe new logo trend just dropped pic.twitter.com/LRcNPxj2vr

    — Joseph Alessio (@alessio_joseph) February 6, 2023

    理由のひとつはブランディングとしてもう有名になったから、そこまで意匠を凝らさなくてもいい。文字として見る人の記憶に残したいという理由があるようです。
    もうひとつの理由として、やっぱりスマホの小さい画面で見比べると読みにくい。打合せの時にもイブ・サンローランとか、もう線が細くて見えないのかな、という話がありました。
    でも小山先生とも話してたんですけど、イブ・サンローランがサンセリフになっちゃったら全然エレガントじゃないよねと……。

    下野 欧文だとローマン系、セリフ系ですよね。

    小山 確かに明朝体はスマホの画面で見にくいものね……。

    下野 そうなんですよね。どんなにそのモニターが精細になっても限界があるというか。

    吉野 かえって精細になればなるほど、線の細さが目立っちゃうかもしれないですね。

    下野 インクだと滲むことによって太くなりますからね。その味みたいなものがなくなってくる。

    吉野 そうなんですよね。さっきのロゴのように、今のフォント開発は基本的に画面で表示することを前提に考えるんじゃないかと思い始めました。
    画面表示は、文字を直接表示する一次メディアですよね。
    印刷の場合、まずデータから印刷版に起こします。さらにオフセット印刷だと版からゴムローラーに写して、そこから紙に転写する三次表現になりますよね。
    その過程で滲む分を考慮してるから、さっき下野さんがおっしゃったような感じで、フォント自体は細くても最終的には丁度いい太さになります。
    こういう想定で作られた印刷用フォントをそのまま画面で使うと、表示として弱くなるかもしれないですね。
    少し話がそれましたが、天野さんはいかがでしょう。

    天野 私も小山先生と同じです。書体が使われなくなるということを考えたことがなかったので、まあでもあるんだろうなとは思います。
    活字のように物理的にたくさんストックしなきゃならないものは捨てられていくんでしょうが、データというのは無尽蔵に増やしていけるので、逆に残っていくんではないかとは思います。
    明朝体とゴシック体のことで言うと、ロゴがどんどんサンセリフになっていく話がありましたが、ある著名なデザイナーが、どこの企業もみんなサンセリフの Helvetica を使っているけど、無個性で装飾がない分だけ、その企業の闇の部分も払拭されると言うんです。
    それでベトナム戦争に加担した企業は全部 Helvetica を使っていると。サンセリフ体には何かクリーンな感じに、フラットな感じに見せようという、そういう見方もあるのかなと。
    書体というものは、やはりいろんな見方ができる指標になっていくのかなという感じがします。

    小山 でも、ここでちょっと訴えたいのは、スマホでも夏目漱石が読めないといけないなと思うんですよ。やっぱりゴシックでは読みたくないですね。

    天野 そうですね、夏目漱石はゴシックではちょっと読めないですね……。
    ここで別の質問を見てみましょう。

    【いただいた質問から】
    個人活動で書体作りをしています。最近、とあるデザインテクニックのサイトにダサいフォント、嫌われるフォントという記事で、書体名を名指しで列挙されていて非常に悲しくなりました。
    書体に罪はなく、使う側の腕が試されるものだという認識なので、そういった記事がネットに上がっていたことが悲しいです。
    書体に対する世間の認識というものは、書体自体のコンセプトや役割ではなく、使われている場所によってイメージが刷り込まれてしまうものなのでしょうか

    天野 小山先生、いかがですか。

    小山 う〜ん、最後の「使われている場所によって刷り込まれてしまう」というところが大きなことですね……。

    天野 私も駆け出しの頃に言われたんですけど、悪い書体はないんだ。やっぱり使い方なんじゃないかと。
    以前大学で授業をされた時に、先生は「フリーフォントはなるべく使わない方がいい」とおっしゃっていたことがありました。その理由は、厳密に検証されないまま世に出るものが多いので、そういった書体を安易に使うことの危険さをおっしゃっていたんだと思います。

    小山 私はわりと気持ちはフリーなので。書体を作るということ自体、ものすごい大変なことは間違いないんだから、ある意思を持って、きちんと1セット作るということを、しっかり評価しなきゃいけないと考えています。
    また本編でも述べたように、使い方によってうまく表現できる。使い方の問題なんだと思うんですけれどね。
    でも本当にこの質問の「書体自体のコンセプトや役割じゃなく、使われる場所によって刷り込まれてしまう」という、これってものすごい大きな問題だなと思います。
    結局、制作者の意思ではないところで、勝手に動かされてしまう。これはどうしたらいいんだろうね、本当に……。
    ただ、こういうふうにレッテルを貼るようなやり方は、僕はちょっとひどいと思うなあ。

    下野 レッテルが貼られる原因みたいなものは、確かにあるかもしれませんね……。
    例えば少し昔の話なんですけど、ワードプロセッサーの時代とか、後は普段使っているワープロソフトなどを購入する時に付随してくるフォントがあります。その中では、見出しで使いたい太いウェイトの書体の数に限りがあって。
    例えばそれが、名前を出しちゃって申し訳ないんだけど「創英角ポップ体」だったりすることがあると思うんです。そもそも太いウェイトが創英角ポップ体しか無いとか。それに加えて Microsoft Office などに搭載されたことで、創英角ポップ体が非常にたくさん使われるようになった。
    「UDデジタル教科書体」なんかも同じで、色々なところで紹介されて、何でも使えるパーフェクトなフォントなんだっていう認識を持たれてしまった影響から、どんな看板にでもそれを使ってしまったりするとか。
    今、そういう使われ方をしているのは、フォントデザイナーたちが最初に書体を開発した時に意図した形ではないかもしれない。けれど、そうした事例を色んな人たちがたくさん見せられていく中で、「ダサい」という認識が作られていってしまう。そういうことが起こっていたのかなと思います。
    特に僕は創英角ポップ体に関して、そういう悲しい歴史の中で、多くの人が「ダサいフォント」みたいに捉えるようになってしまったんじゃないかなと感じています。

    吉野 文字ではないですけど「いらすとや」のイラスト的な感じでしょうかね。

    下野 例えば、そうですよね。

    吉野 「いらすとや」のイラストって発想力とそれを形にするエネルギーが膨大で、本当にすごい仕事だと私は思うんです。でも「見慣れすぎちゃってちょっと……」みたいな印象が、もしかしたらあるのかなと思います。

    天野 今のお話からずれてしまいますが、私がアシスタントだった時に上司から写研の「ゴナ」はあまり個性的ではないので、「正体」(セイタイ:変倍しない状態)では使うなって言われたことがあったんです。
    だからゴナは「長1」(チョウイチ:長体90%)にした方がいいと。そうした方が読みやすいしバランスが良いと言っていました(*3)。
    もちろんこれはその方の書体に対する考えであって、別の次元の話です。
    それから本編で文字詰めの話がありましたけど、私が別のデザイン事務所で働いていた時、本文組みはベタ組み以外は絶対にさせてもらえなかったんです。
    そもそも書体はベタ組みを前提に設計されているので、ベタで組めと……。
    いろいろな考えがあると思いますが、使う人たちの考え方次第で、書体へのこだわりや求めるものが決定されていくのかもしれませんね。

    あとやはり言葉との関係だと思います。どういう言葉に、どういう書体という衣を着せるかによって印象が変わってくる。「やはりこれはスーボで組む方が伝わるだろう」という、私は「スーボ」や「ボカッシィ」はほとんどというか、1回くらいしか使ったことがありませんが、そういう言葉のイメージに合った書体が必ずあると思います。
    だから、単に好みの問題ではなく、伝えようとしている内容とどんな関わりがあるかというのが、やはり大事だと思います。

    吉野 今のお話でいうと、下野さんが先ほどおっしゃっていたように「ダサいフォント」「嫌われるフォント」と呼ばれるケースは、内容とのマッチングでミスマッチな使われ方が多すぎるから、悪いイメージもどんどん強くなっているということかもしれませんね。
    例えば本文を組む時の明朝体でも、内容に合わせて明朝の種類を変えたりするわけじゃないですか。本文用の明朝体というのは、書体を見慣れていない人からすると「どこが違うの?」というくらいの僅かな違いかもしれないけれど、「その内容に合う明朝」というのはやっぱりあって。
    探せば見つかると思うし、そういうイメージのミスマッチが一番の根本なのかなと思いました。

    天野 外国人の方が漢字をプリントしたTシャツを着ていて、その単語と書体のミスマッチに出会うことがあります。おそらく海外でデザインされたのだと思いますので、デザインした人にとっては格好良いのかもしれないけど、もの凄くポップな書体で「葉隠」とか書いてあると、いったいどんな武士道なんだろうと思います。でも別の意味で良いセンスですけれど。

    吉野 その話で言うと我々日本人の組む欧文が、どういうふうに見られているかっていうのがブーメランで返ってきて、ちょっと胸が痛いですね……。

    天野 そうですね。まだ欧文書体の使い分けがわからなかった頃は Caslon を使っておけば恥ずかしくないとよく言われましたよ。

    吉野 ……というようなことで、質問のお答えになっていたでしょうか。

    小山 とても大きなテーマだと思います。
    今ちょっと悶々としながら考えていたんだけど、やっぱりまだ文字の世界って一般から比べるとちっちゃい世界なのかな。もっと大きな世界だったら、「賛成派」「反対派」のような観点がたくさん出てきて議論できると思う。「フォント格闘技」みたいなね。それぐらいオープンな世界になれば、もっともっと公平な評価が出てくるのかもしれない。
    今まで話したようなことを考える人がまだ少数派だから、悪い意見が目立ってしまう。だから被害に遭う人もいるのかな……ということを考えていました。

    吉野 そうですね。最近は個人でフォントを作れる環境が少しずつ広がってきている感じがします。なので、今後こういったフォントに対する世の中の考え方が変わっていくのかもしれませんね。

    小山 負けないでジャンジャン作ってくださいね。

    (2023年3月26日、第3回講演でのトークセッションより)


    【編集註記】

    *1:2021年にモリサワとの共同開発による写研書体の復刻プロジェクトが発表されていたものの、本講演が行われた2023年3月時点で開発状況が明らかになっていたのは石井明朝、石井ゴシックの2書体のみだった。その他書体のリリース予定については、翌2024年2月の発表を待つことになる。

    *2:モノタイプ社の『Type Trends Report 2024』によると、ブランドロゴや公共サイン、商品パッケージのデザインなどにセリフ系、明朝系への回帰が見られるという。また同レポートではデザイン全般として、手触りや筆触を感じさせるニュアンスを加えた、やわらかい書風が好まれる傾向もあるとしている。
    このレポートとは別に、2026年には明朝体を扱った企画展「明朝体」(主催:市ヶ谷の杜 本と活字館)が話題となった。

    *3:写真植字では、光源からの光を変形レンズに通すことで文字に変形をかけて印字できる(変形文字)。変形しない状態を「正体」(セイタイ)とし、横幅を細長くすることを「長体」(チョウタイ)、高さを扁平にすることを「平体」(ヘイタイ、俗に「ヒラタイ」とも)、斜めの変形を「斜体」(シャタイ)と呼ぶ。変形文字は、それぞれ4段階の変形をかけることができた。文中の「長1」(チョウイチ)とは長体の指定で、10%の長体をかけることを意味する。すなわち、現在のDTPソフトでいう90%程度の長体(水平方向の変形)ということになる。


    ◉小山壽久講演 運営スタッフ
    天野誠(マジックビーンズ):ブックデザイナー、装丁家。長岡造形大学教授。日本図書設計家協会理事
    下野ツヨシ(tsuyoshi*graphics):グラフィックデザイナー。装丁、書籍・雑誌・検定教科書・辞書・楽譜などの総合的なアートディレクション、音楽公演・CDなどのデザイン制作等。日本図書設計家協会理事
    吉野章(bird location):グラフィックデザイナー。装丁、誌面デザイン、組版等。InDesignで本づくり教室主宰。ジャグラコンテスト専門委員。本連載の編集を担当


     
     
    1977年写研入社後、退職までの18年間におよそ10万字に及ぶ高解像度/低解像度ビットマップフォント、高品質アウトラインフォント等のデジタルフォントを制作。在職中に「JIS X 9052(24ドット字形)」「JIS X 9051(16ドット字形)」の開発にも携わる。