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Photo bymr_stagram_

ドナーさんに毎日こう祈っていた。「今日も元気でいますように」と

    心臓移植を待つ間、俺はずっと祈っていた。

    毎日、同じ言葉を。

    「今日も元気でいますように」

    おかしな話だと思うかもしれない。

    心臓移植を待っている人間が、ドナーさんの健康を祈っているのだから。

    でも、そうするしかなかった。

    「早く回ってこないかな」とは言えなかった

    待機期間が長くなってきた頃、移植がいよいよ現実として近づいてきた。

    正直に言う。早く順番が来てほしかった。

    体は限界に近づいていた。VADをつけた生活も、何年も続いていた。

    「いつ来るんだろう」と思う日は、たくさんあった。

    でも….

    「早く回ってこないかな」とは、口が裂けても言えなかった。


    なぜか。

    その言葉は、「誰か早く死んでくれないかな」と同義だからだ。

    心臓移植は、誰かの死の上に成り立っている。

    ドナーさんが亡くなって初めて、俺の番が回ってくる。

    それが現実だ。

    だから「早く」とは思っても、絶対に口にできなかった。

    逆に、こう祈ることにした

    だったら俺は、逆のことを祈ればいい。

    まだ見ぬドナーさんが、今日も元気でいることを。

    笑っていることを。

    幸せでいることを。

    毎日、そう祈った。

    目を閉じると、ドナーさんの姿が浮かんだ。

    顔は分からない。名前も分からない。年齢も分からない。

    でも…. 元気に笑っている様子だけは、はっきりと思い浮かんだ。

    今日も元気でいますように。今日も幸せでいますように。

    それが、俺の毎日の祈りだった。

    祈らなければ、正気ではいられなかった

    きれいごとで言っているわけじゃない。

    祈ることで、俺自身が保たれていた。

    もし「早く死んでくれ」という気持ちを抱えたまま生きていたら

    俺は自分を保てなかったと思う。

    ドナーさんの幸せを祈ることで、俺は「人として正しくいられた」。

    それが、あの長い待機期間を生き抜く支えになっていた。


    祈らなければ、正気ではいられなかった。

    移植が決まった夜

    ある夜、連絡が来た。

    心臓が見つかった。

    その瞬間、俺の頭に浮かんだのは…

    毎日祈っていたドナーさんのことだった。

    元気に笑っていた姿を想像していた、あの人が…

    今夜、逝ってしまったのだと。

    嬉しいはずだった。でも複雑だった。

    心踊るように嬉しくもあり、どこか後ろめたい気持ちもあり。

    それが心臓移植待機者のリアルだ。

    ドナーさんへ

    今、俺はドナーさんの心臓と一緒に生きている。

    毎日元気でいますようにと祈っていた、あなたの心臓が、今俺の胸の中で動いている。

    不思議な縁だと思う。

    あなたが元気でいてくれたから、あなたの心臓は健康だった。

    その健康な心臓が、今俺を生かしてくれている。

    あなたの元気な姿を祈っていた俺が、あなたの心臓で生きている。

    だから俺は今日も、笑って生きる。

    あなたが喜ぶような人生にする。

    それが、俺にできる唯一の恩返しだから。

    ドナーの心臓と一緒に、今日も生きていく。

    あーき

     
     
    「終わりだ」と思ったあとでも、まだ飯を食っている記録を書いている。巨細胞性心筋炎、VAD6年半、心臓移植。25年勤めた会社を辞めて、50代で書いている。『終わりじゃなかった』。

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