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その人の形に触れにいく


    35年経っても、タオルの温度だけは忘れない

    看護師になって3年目。
    「私のこと、覚えてますか?」

    ある日、
    声をかけてくれたのは、患者さんの娘さんだった。

    思い出せない。

    よほどおかしな顔をしていたのだろう、
    彼女は笑いをこらえながら言った。
    「私が入院した時、本当にお世話になったんです。
     ほら、私が血だらけになって……」

    その瞬間、記憶の蓋がパカッと開いた。

    新人の頃、
    消化器病棟で夜勤に入りたての頃だ。

    娘さんは肝機能障害で入院していた。

    ある朝、
    病室に入ると顔が真っ赤に染まっていた。
    無意識に自分の鼻を触ってしまい、血が止まらなくなったらしい。

    「夜中に看護師さんを呼ぶのは悪いと思って……」

    彼女は、
    乾燥してバリバリに固まった血を顔につけたまま、
    申し訳なさそうに縮こまっていた。

    看護師って、
    もっと頼りにされる存在じゃないの?
    なんでこんなに気を使わせてしまったんだろう。
    情けなさとショックで胸が締め付けられた。

    私は何も言えず、
    ただお湯を汲みに行って、タオルを絞った。

    時間が経って固まった血は、なかなか落ちない。

    顔だから、とにかく優しく。
    指先を温かいタオルで包み、
    少しずつ、少しずつ
    ふやかしながら拭き取っていく。

    その間、私は一言も喋らなかった。
    いや、喋れなかったのだ。

    拭くことに必死で、
    かけるべき言葉が一つも思いつかなかった。

    夜勤帰りの車の中、
    「悪いと思って」
    という彼女の言葉がリフレインした。
    余裕のない自分に、ただがっかりして帰路についた。

    あれから3年。
    目の前の彼女は、穏やかに笑っていた。

    「あの時、あなたが嫌な顔ひとつしないで、
     一生懸命に拭いてくれたでしょう? 温かくて⋯本当に嬉しかったんです」

    驚いた。
    私はただ、自分の未熟さに必死だっただけなのに。

    でも彼女は、言葉じゃなくて、
    タオルの温度を覚えていた。

    人って、
    そんなところを忘れないんだなと思った。

    私は照れくさくなって、
    また、うまい返事が出来なかった。

    30年以上経った今も、
    あのタオルのぬくもりを思い出すたびに、
    そう思うのだ。

    「キタキタ」とわくわくできたら、一人前

    20年勤務した総合病院を退職。
    訪問看護師として、2年が経っていた。

    「看護師さん、きれいな人でよかったわね」

    最初のうちは本気で受け取っていた。
    えへっ、
    と思っていた。
    お世辞だとしても悪い気はしない。
    でもある時気づいた。
    これは⋯違うぞ。

    妻1人で介護している家で、
    かなりの確率で言われることを発見した。
    にこにこしながら、
    笑顔の温度だけがすこし低い。
    縄張りを守る動物の目だ。

    キタキタ、
    と思うようになったのはいつ頃からだろう。

    対策として編み出したのが、
    「もう20年です!」
    と看護師歴を無駄にアピールする作戦だ。
    訪問看護歴は絶対言わない。

    「あら安心」

    本当に安心したのかどうかは、分からない。
    でもそれ以上は聞かれなかった。

    ある日、一緒に訪問した女医さんがいた。
    30代、童顔で可愛い。
    あはは、おほほと時間が流れた。

    しかし私はずっと一点を凝視していた。
    かがむと後ろからパンツが見えていた。

    お腹が隠れる丈のズボンにして!
    と念じたが、もう遅い。

    翌日、医者を変えてくれ、と連絡が来た。
    「えーなんでえ」と女医は言った。
    「やっぱり」と私は返した。

    パンツ以外は、
    たぶん何も問題なかったのだと思う。

    キタキタ、とわくわくする自分がいる。
    根拠のない自信にニンマリする。
    ここを乗り越えられたら、
    ぎゅっと縮まる楽しさを知っているから。

    ——それを教えてくれたのは、
    ある日のDさんの家だった。

    ドアを開けた瞬間、肌が粟立った。

    空気が違う。

    胃癌末期のDさんが、
    いつもなら響くはずの「おう、来たか」
    という声を、今日は発さない。

    「朝からこんな風で……
     もうすぐ来てくれると思って」
    奥さんが消えるような声で言った。

    口角を数ミリ上げ、
    迷いのない足取りでベッドへ向かう。
    ハッタリの笑顔だ。
    バイタルを測りながら五感を総動員する。
    音、
    におい、
    皮膚の色、
    呼吸のリズム。
    数字じゃなくて、全身で感じる。

    そうこうしていたら、Dさんがムクッと起きた。

    「よくなってきたよ」

    「よかった」

    声に出してから、ホッとした。
    初めてまじまじと奥さんの顔を見た。
    涙目だった。
    こんなに優しい顔で旦那さんを見るんだな、と思った。
    本当に、怖かったんだな、と。

    縄張りを張っていたのは奥さんだと思っていた。
    でも、
    鎖をかけていたのは私の方だったかもしれない。
    名字で呼ぶ。
    距離を取る。
    20年ですとアピールする。
    礼儀だと思っていたし、今も間違っていないと思う。
    でも同時に、私が先に距離を決めていた。
    その鎖が、
    Dさんの「よくなってきたよ」と同時に、音もなく外れた気がした。

    「きれいな人でよかったわね」と言った奥さんたちは、
    全員、夫を守ろうとしていただけだ。
    縄張りは、愛情だ。
    私はそれを、読み解く仕事をしている。
    怖いんじゃなくて、この人を守れるかという緊張が、
    いつのまにかわくわくに変わっていた。
    キタキタ、
    と思えるようになったのは、そういうことだったのかもしれない。

    訪問看護師には、
    密かに身につけたルールがもう一つ増えた。
    奥さんの顔を、ちゃんと見る。
    縄張りの向こうに、
    どんな顔があるかを知るために。

    今日から、自分のパンツが気になりますように。


    エピローグ〜生きてる形

    訪問看護を始めて、最初に気づいたことがある。

    できなくなっていくことを、見守ること。
    形が崩れていくさまを、ずっと見ていること。

    教科書の外に、本物があった。
    その人がいたい空間に、
    一般論なんて何の役にも立たない。
    きれい、汚い。
    広い、狭い。
    整ってる、散らかってる。
    大家族、一人暮らし。
    好きな人がそばにいる、そばにいない。
    全部、その人の形だ。

    玄関を開けると、足の踏み場がない。
    抜き足差し足で、台所を通り抜け、Sさんの寝室へ。
    これがいつものルートだった。

    S美ちゃんは片付けが苦手で、隠そうともしないし、悪びれもしない。
    大きな声で屈託なく笑って、
    返事をしないお母さんに話しかけ、
    表情で怒っているとわかるとまた笑う。
    部屋の隅に、お父さんの仏壇が埋もれるように置いてある。
    でも仏壇の中だけは、きれいだった。

    猫が3匹、出入りしていた。
    Sさんの申し送りの一番上には、猫の対応方法が書いてある。
    靴下は厚めのものを。
    コロコロテープを忘れずに。

    S美ちゃんは30代で、
    ひとりでお母さんを介護していた。

    ダメンズ彼氏の話も、
    劇団の稽古の話も、
    ひとりの心細さも、
    オムツ交換をしながら聞いた。
    Sさんを挟んで、ベッドの両側で。

    今日は定期採血の日。
    朝から気が重い。
    Sさんの血管は細い。
    訪問看護師はひとりだ。⋯失敗できない。

    腕を温めながら処置を済ませ、
    さて、と採血の準備を始めた。

    「月城さん、ちょっと待って」

    その瞬間、部屋に嵐の曲が大音量で流れた。

    「がんばって!」

    ニッと笑う顔。
    以前ラジオから嵐が流れた時に、
    好きと言ったのを、覚えていてくれた。

    採血のたびにド緊張していることも、
    とっくにバレていた。
    S美ちゃんが考えてくれたのは、
    採血をうまくいかせるためじゃなかった。
    私を、喜ばせるためだった。

    その日は、一発で採れた。
    Sさんの手を握って、よっしゃあ、と笑い合った。

    1年ほど経って、Sさんは亡くなった。

    落ち着いた頃、S美ちゃんから連絡が来た。
    劇団の公演を観に来て、と。
    訪問リハビリのCさんとふたりで観に行った。
    衣装も、
    仲間も、
    舞台の上で輝くS美ちゃんも、
    ふたりで泣きながら観た。

    その後、
    S美ちゃんは、
    ずっと支えてくれていた劇団の先輩と結婚した。

    あの足の踏み場もない部屋で、
    お母さんに話しかけ続けていた人が。
    猫に噛まれながら、笑いながら、
    ひとりで介護していた人が。

    ちゃんと、
    自分の人生を、生きていた。

    悲しみや辛さは、その人その人がそれぞれ背負っている。
    私たちは心臓が止まるその時まで、
    患者に
    家族に
    伴走するだけだ。
    病気になったから、出会えた人たちがいる。
    理想だった形、
    こんなはずじゃなかった形、
    自然にできあがった形。

    その人だけの形に、触れさせてもらった。

    いつか終わりがくる。
    急かもしれない。
    今日も車を走らせる。
    桜を乗せて、
    雪を乗せて、
    首にタオルを巻いて、
    銀杏を踏んで臭くして。

    形が崩れていくさまを見ながら、
    それでも今日ここに生きている形に触れにいく。
    それが、訪問看護だった。

    あの日病院を退職しなかったら、
    外を見てみたいとこの道を選ばなかったら、
    今の私はいない。
    そう思うと、背筋がゾワっとする。

     
     
    看護師36年、保護猫と暮らす。看護、介護、 日常、猫——人の営みを見つめています。 まだ名前のない景色に、言葉で光をあてる。 読み終えたとき、世界が昨日と少し違って見えます。 https://www.threads.com/@toru.tukisiro

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