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ワーホリ2カ国を経験してみて。

カナダに来て、約1年。
オーストラリアに続いて、これで2カ国目。
海外生活2年が経過し、ようやく気がついた。
結局のところ、どこへ行こうとも、
僕がやるべきことはただの「生活」でしかない。

どこの空も同じで、ただ青い。

一番大きな実感は、ただひとつ。
「海外で暮らすこと」の目新しさが、
完全に消え失せたということ。
1カ国目の頃にあった無邪気な高揚感は、
2カ国目にはもう訪れなかった。
飛び交う英語も、見慣れない街並みも、
驚くほどあっさりとただの生活に成り下がった。

結局どこへ行っても、人間がやることは
起きて、働き、飯を食って、寝るだけなんだろう。

毎日の移動、ただの背景。⁠

カナダに来た当初は、とにかく早く仕事を見つけて生活費を稼がなければと、焦りに背中を押されるようにがむしゃらにラーメン屋で働いていた。

けれど、この1年を振り返って思うのは、遠回りでもいいから、何かしらの目標を持ってそこにつながる選択をし続けなければ意味がないということ。
ただ生き延びるための時間を過ごすのではなく、
着実に自分のベクトルを行きたい方向へ合わせる。
そう決めてラーメン屋を辞め、庭師として土に触れ、建築の仕事に関わるようになった。

遠回りでもいい着実に。

生活の手触りを取り戻していくにつれて、僕の視線は「海外」という漠然と大きなスケールから、手の届く等身大のサイズへと向かうようになった。

ポケットに忍ばせたGR IIIのレンズ越しに、
光と影のわずかな移ろいや、街の隙間に落ちている些細な違和感や気づきを拾い集める。

どこへ行ってもただの日常なら、
その日常の解像度を上げていくしかない。

街の片隅の違和感。⁠

ワーホリ2カ国を経験して、
成功だったか失敗だったか、正直半々の気持ち。
社会人5年目の年で、友人たちの生活を羨ましく思い焦る時もある。

ただ、選んだ過去を悔やむのではなく、
選んだ今を自分で正解にしていくことが
1番だと思えるようにもなった。

海外という魔法が解けて、
ただの生活が残った365日。

これから先、どうやって自分の思い描く日常の解像度を高めていけるか。答えを急がずに、じっくり向き合っていきたいと思う。



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