
ここが変だよ 調停委員|夫のことを「紳士的な人」と言われた日
夫の弁護士から、近日中に調停を申し立てるという内容の書留を受け取った。
その日から、一度は手放していた睡眠薬を再開し、やっと少し眠れるという日が続いた。
しかし、初めての調停日までは3か月という期間があった。
仕事の昼休み、家事がひと段落した時、子どもの部活の大会中の空き時間。そんな隙間時間に、私は貪るようにネットで調べものをした。
いくつもの法律事務所が様々な解説をしている。今の時代だからこそ、離婚について、素人でも知識をたくさん得ることができた。スマホのギガは3Gにおさめたいから、外出中はギガに気をつけながら。
自分なりにいろいろと調べ、知識を蓄えていくうちに、心のどこかで「きっと、大丈夫」という実感が育っていった。
調停という人生で初めての大変な出来事。それなのに、不思議なほど落ち着いて、なぜか楽観的な気持ちで、家庭裁判所に到着した。
「待合室は別だし、夫に会うことはない」
ネットに書かれていたその言葉を、私はすっかり信じ込んでいた。絶対に会うことはない、と。
しかし、現実は違った。
お手洗いの前で偶然遭遇。さらには受付で、また会う...
スーツでばっちり決めている夫が普通にそこに立っている。
さっきまであんなに平穏を保っていた心臓の鼓動が急に激しくなり始めた。私は、深く、深く深呼吸をした。
調停委員さんは、男性と女性が1人ずつ。
年代は、おそらく60代くらいだろうか。
先に夫の話を聞いたのだろう。
男性の調停委員さんが、夫について何気なく言った。
「紳士的な話し方をされる人ですね」と。
夫に対する肯定的な発言が、どれほど私の心に重くのしかかるか、調停委員さんが想像することはないのだろう。
他人に向ける「紳士的な顔」だけを捉えた悪気のない言葉が、鋭い刃のように胸に突き刺さる。
ほんの一言。けれど、私にとってはあまりにも重い一言だった。ただ静かに、深い絶望を覚えずにはいられなかった。
夫の両親に、子どもに対する否定的発言を繰り返し、子どもと祖父母の関係を引き裂いた夫。
スーツでばっちり決めた姿の裏にある暗闇を見抜くことは難しいのだと目の前が暗くなった。
ネットには、調停の攻略法として、
「調停委員を味方につけること」と書いてあった。その淡い期待は一瞬で弾け飛び、調停という場所への信頼が崩れていくのを感じた。
帰り道の車の中。
重い足取りで乗り込んだはずだったが、ハンドルを握りながら、私の頭は別のことを考え始めていた。
――いや、待てよ。
「紳士的」という第一印象を調停委員が抱いているからこそ、LINEに残る言葉を提示することにより、夫の二面性がより鮮烈に際立つのではないか、どの順序で出すのが最も効果的なのか。
最初に「紳士的」だと思い込んでもらっていた方が、後から出すLINEの言葉のインパクトは大きくなるはずだ。そう捉え直した瞬間、最悪だと思っていた第一回目の調停が、むしろ有意義なものであったように思えてきた。
「調停委員の思い込みを味方につけられる可能性がある」という考えが私の心を一気に前向きにした。
落ち込んでいる暇はない。
普段の帰宅時間よりも少し早く家に到着した。
子どもに「出張で直帰したから、いつもより早く帰れたよ。ラッキ〜」と、普段より明るく話しかけた。
子どもは、笑っていた。
守るべき笑顔が、ここにある。
そのための闘い方を、私はもう見つけている。