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Photo bysakuramochi925

肉うどん

    風邪をひくと、肉うどんが食べられる!

    それが嬉しかった、小さい頃の私。

    もう二度と食べることができない、肉うどんの話。


    私は福島県の山あいの小さな村で生まれ育った。

    その村には病院がなかった。

    でも診療所はあって、隣町から火曜と金曜の週に二回だけ
    お医者さんが来る。

    その程度だった。

    なので、火曜と金曜以外に風邪をひいた時は、
    母が仕事を休んで隣町の病院に連れていってくれた。

    私は体が弱いわけではなかったのに、よく風邪をひいた。

    私は病院はイヤだったけれど、
    それが終わったら母は大室屋(おおむろや)に連れていってくれた。



    大室屋は、町の駅前通りにある小さな食堂だ。

    コンクリートの外壁にツタのつるが絡まっていて、
    夏になると緑で覆われるので、遠くから見るそれは、
    まるで緑の四角いかたまりだった。

    それはすごく異様な光景で、
    知らない人が見たらきっと、食堂だとはわからないだろう。

    だけどそのそばを通ると、ダシのきいた美味しそうなにおいが
    プーンと漂ってくるのだった。


    店の引き戸は木枠でたてつけが悪く、なかなか開かないこともあったが、
    両手で力を入れて勢いよく引くと、ガラガラと音をたてて開いた。

    引き戸を開けてすぐ目の前に、二階へとつづく階段。右手奥に広い厨房。

    右の手前に4人ぐらいが座れる折り畳み式テーブルとイスがあり、
    テーブルの一辺が外壁に面していたのでカウンターのような役割りだった。

    二階にも畳の部屋が4部屋あってテーブルがふたつずつある。

    混みあうときには二階へどうぞと言われたが、
    階段が急でミシミシと音がするので、少しこわかった。


    一階左手にはテーブル席が4つあり、その奥には小あがりの和室があって、
    住居にしているのか、たまに猫がこちらを覗いていた。

    お冷は一杯目は持ってきてくれるが、それ以降はセルフスタイルだ。

    大室屋のメニューは丼物や麺類がメインで、
    定食やカレーライスというものはなかったように思うが、
    覚えていないだけかも知れない。

    麺はラーメンをはじめ、うどんと蕎麦があり、
    どれも美味しいと評判だった。


    母と私は、テレビの見えないテーブル席に座ることが多かった。

    そして母はなぜかいつも、肉うどんをふたつ頼むのだった。


    大室屋の肉うどんは、ネギと、ひとくち大に切った鶏もも肉が5~6個
    乗っただけの、とてもシンプルなものだった。

    はじめのうち私は、母が勝手に肉うどんを頼むのがイヤだった。

    だけど一度食べてみると、
    それはほっぺが落ちるくらいとても美味しかった。

    ダシの効いた熱々のつゆと、半分火の通ったネギ。
    あぶらがのったプリプリの鶏もも肉。
    コシはないけど、ほど良い柔らかさのうどん。

    風邪をひいて食欲がなかったはずなのに、私はいつも完食した。

    そうして私は、大室屋の肉うどんのとりこになった。


    大人になって車の免許を取り、自分でどこへでも行けるようになって、
    他に美味しいものをいろいろ食べられるようになっても、
    私はたまに大室屋の肉うどんが食べたくなり、のれんをくぐった。

    そして私が結婚してからも、夫と一緒に大室屋に行くことはあった。

    いつも夫はかつ丼を食べて、私は肉うどんを食べるのだった。

    だけどいつの頃からか、何か特別な理由があったわけじゃないけれど、
    だんだんと私は大室屋から足が遠のいていった。


    そして2011年3月11日。

    私たち夫婦は、私の実家の離れに暮らしていた。

    何日か前から大きい地震が何度かあった。

    だけど、まさかあんなに大きい地震が来るなんて、予想もしていなかった。

    幸い家も家族も、みんな無事だった。

    津波の被害もない。

    なのに、私たち家族は避難しなければならなくなった。

    原発事故で家が帰宅困難区域になり、
    それまでに住んでいた所に住むことができなくなったからだ。


    避難した私たち家族は、4年ほど借り上げ住宅に住んだ。

    その後は新しい土地に私たち夫婦と実家、別々に家を建てて移り住んだ。

    そしてあの大きい地震から15年。

    元気だった祖父が、昨年103歳で亡くなったりはしたけれど、
    私たち家族はみんな元気で暮らしている。


    そんな中、私はテレビをなにげなく観ていると、
    お笑い芸人が、とある町の人に何か美味しいものがあるかと尋ねていた。

    その町の人はなんと、「肉うどん」と答えたのだ。

    その瞬間私は、大室屋の肉うどんを思い出した。

    あの店構え、熱々のどんぶり、プリプリの鶏もも肉・・
    あの美味しい肉うどんを頭で、そして舌で、思い出した。

    福島県とはずいぶん離れた場所だったけど、
    あの肉うどんが食べられるなら行ってみたいなと思った。


    だけど、テレビに出てきた「肉うどん」はそれとは全く違っていた。

    その「肉うどん」は鶏もも肉ではなく、
    牛肉を甘く煮絡めたものが乗っているのだった。

    私は少しガッカリした。

    同じ肉でも鶏もも肉じゃなければ意味がない。

    そうしていろいろ調べてみると、どうやら私の好きな肉うどんと、
    一般的な「肉うどん」は違うらしい。

    そして、私の好きな肉うどんは、
    一般的には「鶏南蛮うどん」とかいうものらしい。


    だけどそれより私がガッカリしたことは、
    大室屋という店がもうなくなっていることだった。

    あの町も原発事故の避難区域になっていた。

    だけど、どうやらそれよりも前にお店をしめていたようなのだ。

    あのお店の方々も、今ではどこにいるのかも分からない。


    私はもう、二度とあの肉うどんを食べることができない。

    それはすごく残念なことだ。


    だけど私は「肉うどん」という言葉を聞いただけで、
    昔の幸せな記憶が全てまるっとよみがえるのだ。

    それってすごく、幸せなことじゃないかと思う。


    今、これを書いている瞬間も、
    あの味を思い出して、とても幸せで仕方ない。

    そんな肉うどんの話でした。


    #創作大賞2026
    #エッセイ部門

     
     
    福島のアラフィフ主婦。子なし。 好きなもの:猫・スピッツ・なにわ男子・ラーメン たまに記事の内容が過去のものと重複しますがご容赦を。

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