
シンデレラ・コンプレックス・シンドローム
昔々、空に浮かぶ城があった。
村の少女たちは皆、城の舞踏会に憧れる。
十五歳になった娘は、養成所に通うことが許される。
マナーと美容を学ぶため。
城の舞踏会に招待されるため。
養成所では、授業の前に皆で唱える言葉がある。
「いつか、あなたも。」
少女たちは毎朝その言葉を唱えた。
いつか、あなたも。
いつか、あなたも。
いつか、わたしも。
リラという少女がいた。
村一番の美少女と言われていた。
次に城に招待されるのはリラだろうと、噂された。
リラは、「私なんかよりも優しい子はいるわ。」といつも言っていたが、
本心は、「招待されるのは私にきまっている。」と思っていた。
ある日。
城から輝く光が降りてくる。
養成所の少女たちは皆、広場へ駆け出した。
今年、選ばれるのは誰だろう。
光はゆっくりとリラの方へ伸び、
一瞬、彼女をとらえそうになったが、
リラの隣にいた少女を包んだ。バラ色の頬をした美しい娘。
少女は大きな歓声をあげ、空へ昇っていった。

リラは拍手した。
しかし、拍手する指先は怒りで震えていた。
城に昇っていくのが、自分でないことが信じられなかった。
悔しかった。
羨ましかった。
妬ましかった。
リラは思った。
「私こそお城に招待されるべきよ。城の光は私の目の前まで来たのだし。間違えてあの娘を連れて行ったのではないのかしら?ああ、どうにかしてお城へ行く方法はないかしら?私こそ選ばれる資格があるはずよ。」
そのとき、リラの肩に手を置くものがあった。はっとして振り向くと、皆から『魔女』と呼ばれる女がいた。
先生からは、魔女と出会っても、決して口をきいてはいけないと言われている。
リラは魔女の手を払いのけ、立ち去ろうとしたが、魔女が、低く呟いた言葉に思わず立ち止まった。
「本当なら、リラのほうが選ばれる予定だったんだよ。何か手違いがあったに違いないのだ。間違いは直さなきゃならないね。あたしは城に行ける船をもっているから、お前さえその気なら、城まで連れてってやることもできるんだが!」

リラは悩んだ。魔女の言うことなんか、信じていいのかしら?
しかし、彼女はこれ以上無駄な時間を養成所で過ごすのも嫌だった。
少女は魔女の船に乗り、煌びやかな城へ向かう。
夢で見た王子たちが、笑顔で迎えてくれた。
「可愛いね。」
「綺麗だね。」
豪華な食事。
高価なシャンパン。
いくらでもおかわりできる。
しかしその城は、彼女が夢見た場所ではなかった。
リラは、輝くシャンデリアの下で酷い目にあわされた。
身の毛のよだつような絶叫が響く。
それが自分の悲鳴と気づいた時、リラは意識を失った。
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リラは、城の広間から追い出され、メイドとして働いている。
彼女は抉れてしまった片目を隠すため、眼帯をしている。

城の地下の部屋では、少女たちが気だるげに横になっている。
彼女より先に選ばれた、バラ色の頬をしていた娘もいた。やせこけて、大きくなった双眸はぼんやりと何も映していなかったが。
王子の結婚式の日。
少女たちは言う。
「王子がわたしを迎えにやってくるよ。」
リラは言った。
「王子は来ない。」
それを聞いてみんな笑った。
「あなたが選ばれなかっただけ!」
城中が祝宴に沸いていた。
華やかな音楽が微かに聞こえる。
花嫁は、空の城を所有する一族の姫だった。
代々そうだった。
最初から決まっていた。
リラは片目を眇(すが)め、呟いた。
「いつか、わたしも。」
横になっていた他の少女たちが、一斉に声をあげた。
いつかわたしもいつかわたしもいつかわたしもいつかわたしも
いつかわたしもいつかわたしもいつかわたしもいつかわたしも
いつかわたしもいつかわたしもいつかわたしもいつかわたしも
ぞっとしたリラは、魔女に頼み込み、城から逃げ出した。
メイドとして働いて稼いだ、わずかなお金をすべて魔女にさしだした。
地上に降りたリラは、ほっと安堵の溜息をもらした。
「やっぱり、村が一番ね。これからは、のんびり暮らそう。」
「パパとママに会いたい。きっと、びっくりするだろうな。」
しかし、両親の家は空き家になっていた。
村人たちも知らない顔ばかり。
子どもが彼女に石を投げる。
ほうほうのていで村を逃げ出し、
乾いた喉を潤すため小川に向かう。
水面にうつった自分の影をみて彼女は凍り付いた。
そこには見るも無残な老婆が映っていたから。
城は今日も輝いていた。
魔女の笑い声が聞こえた。
「次はおまえを連れて行くよ。」