
母校の会にて、ふと振り返る:小牧市生まれ1965
母校の会にて、ふと振り返る
桜咲く季節に集った同窓の輪。 懐かしい顔々を眺めながら、心に浮かぶのは一つの問い。 大学に何を学びに行くのか…
それは人生という学問を学ぶため。
夢見た十八の春
高校三年、青春の終わりに描いた夢は音楽だった。 エンジニアとして上京する道筋を、まだ見ぬインターネットもない時代に 一人でたどり着いた少年がいた。 住み込みの働き先まで、すべて自分の手で決めていた。
けれど親の涙が、その夢を遮った。 「これからはひとりで暮らしていく」 そう言い放った少年の心に、理解は宿らなかった。
そんな折、担任の声が響く。 「新しい学部ができる。君を推薦したい」 親の安堵の表情が、少年の運命を変えた。
音楽という糸に導かれて
師匠の一言が、新たな扉を開いた。 「中部大学なら、音楽サークルに伝えておこう」 入学式の日、先輩の指差す先に立っていたのは まだ何も知らない自分だった。
ボーカル部という名の体育会系の世界。 先輩が絶対、部活が絶対、留年当たり前。 違和感という小さな声は、いつしか消えていた。 部活とアルバイトに明け暮れる日々の中で。
天井が教えてくれたこと
そして、体が悲鳴をあげた。 椎間板ヘルニア。 「君は二度と歩けなくなるかもね」 医師の言葉が、病室に響いた。
十二月の入院、手術、そして翌年五月の退院。 気がつけば三年生を三度目に迎える身となっていた。 母の涙声が耳に残る。 「おまえのためになんで人生苦労しなければいけないの!」
その時、天井を見つめながら悟った。 「なんか勘違いしている」 「これはあかん」
白い天井が映し出したのは、「起業」という二文字。 「腰に負担をかけない仕事を」という新たな道標だった。
図書館という聖地で
奨学金という糧を得て、再び学舎へ。 学部長の推薦で出会ったのは、東京でコンサル会社を経営する教授。 その言葉が、人生の方向を定めた。 「起業いいじゃないか。東京に行きなさい。名古屋じゃだめだ。 東京には人も金も情報もある」
六年という長き学生生活。 時間という贈り物を手にした私は、部活の喧騒を離れ 静寂の図書館に足を向けた。 友人たちが「俺たち勉強していなかった」と振り返る中 三度目の三年から二年間、ひたすら学問と向き合った。
成績表に刻まれた「優」の文字が物語る。 遅咲きの学びの軌跡を。
桜散る卒業の日
三月末、ついに卒業の日を迎えた。 いまだに見る夢がある。 卒業できない悪夢を。 それほどまでに、苦しい道のりだった。
そして今日という日に
あの経験があったからこそ、今日がある。 中部大学同窓会東京支部の集いで 同友会では出会えない素晴らしい経営者たちと語らえた。
回り道と思えた六年間が、実は最短距離だったのかもしれない。
ほんと、良かった。
人生に無駄な経験などない。すべては学びという名の宝物。