
日本伝統芸能の神髄。
放送大学に入学して9年、その内休学が4年。
あと一年で停学となる。
そこで気づいた放送大学の柔軟性。
私は、自然と科学コースに編入した。
初めは、宇宙や生物のことが知りたくて学んでいた。
この9年でライフスタイルが変化する中で、自分の興味も変化していった。
その中で、宇宙や生物、生命科学、情報科学、心理学、哲学、仏教など放送大学は、全てを網羅していた。
放送大学の学生なら単位を取らずに気になった部分だけ視聴できる。
授業が丸ごといつでも気になる分野を見れる。
そんな感じで使用していた。
ただ、面接授業には、参加しなかった。
ふと、面接授業は何があるのか気になり資料を見てみると、とても魅力的な授業が盛りだくさんだった。
面接授業は、直接、学習センター(附属の大学)に行き講義を受ける形。
今、自分のルーツの理解を深めるために、古代から中世、神代の時代まで遡っていた。
その中で、陰陽師、修験道、日本の伝統芸能から、日本文化まで気になっていった。
その時に、面接授業は古墳の現地まで行き解説を聞いたり、博物館で説明を受けたりできる。
東洋医学の漢方の作り方を工場まで行き解説を受けたりとかなり魅力的。
しかも、2日間で6000円、専門家の集中講義が受けれる。
今まで、なぜ利用しなかったのか。
早速、古墳の理解と、東洋医学の理解を深めようと面接授業の登録を行った。
しかし、抽選から外れた。
2回目の抽選の時に希望した授業は、能や狂言、日本の伝統芸能を学ぶ授業。
講義は和泉流狂言師、現役で活躍されている小笠原由祠先生。
私自身、江戸時代の先祖が能をしていたこともあり、この講義を楽しみにして受けた。
この講義の中で感じたこと。
日本の伝統芸能に目を向けることが、日本人であることを思い出す。
その日本人が世界に目を向けることで全人類が古代の音とリズムを取り戻す。
壮大であるが、その可能性を秘めているのが日本人ではないか。
そう感じた。
神代の時代、天戸開きのアメノウズメから始まる神楽。
舞うことは、回ることであり、酔うことである。
子供が回るように、犬が回るように本能が回ることで、
酔う状態を作り出し、
身体である、物質世界との境界が曖昧となり、神が降りてくる。
その境界を作り出すのが巫女である。
その状態で御信託を受ける。
なるほど、
人間の本能的な部分を酔うことで引き出す。
踊りや舞は人間の脳に抑圧された部分を解放させる部分を秘めている。
ということは、人間や動物は、もともと、
その素質が身体及び脳に刻まれているのではないか。
そこから、宮内庁に楽部という日本の伝統芸能を守る人達がいることを知った。
その楽部の人達が、伝授していく様子を見たが、その伝授方法が興味深すぎた。
楽譜はなく、身体に刻み込むやり方、手を太ももに叩きながら声を出しリズムを取る。
それを繰り返す。
何度も繰り返しやがて、身体がまるで楽器のようになるまで叩き込む。
この手法は、奈良時代からのやり方で、遡ればもっと古い古代からのやり方だ。
なぜ、そう考えるのか、雅楽は仏教と共に大陸から入ってきたのが、約1300年前ということ。
ということは、
それ以前よりも前から、伝承方法ということになる。
ここで、さらに面白い見解として話されていたこと。
日本から世界に飛び出した説もあるということ。
確かに、偽書とされているが、正統竹内文書や日本の海洋技術などを総括して考えるとシルクロードだけでなく海洋ルートが存在したのではないか。
縄文時代の鬼界カルデラ大噴火と縄文人の海洋ルート、すでに超古代から存在する磐座信仰とそこに刻まれた紋章。
もし、世界がその時代から繋がっていたとしたら、もし、日本から抜け出し、海洋ルートを渡り、シルクロードから帰ってきた人達を渡来人と言わず、帰化人とするのなら、全てがつながる。
この身体に刻み込まれた音とリズムが日本の神代から続く神楽であるなら、それが、縄文人と共に海を渡り、大陸に住む人と交わりながら日本に約1300年前に日本に帰ってきた。
壮大な音とリズムの物語が世界の身体に刻まれていることになる。
それは、日本だけでなく、全人類に刻み込まれた音とリズムが存在することになる。
そう考えると、ハッとなった。
日本人が、まずこの音とリズムに目を向け、身体を動かし、感じ取る。
日本伝統芸能に目を向けること。
そこから始めないといけないのかもしれない。
私自身、田舎に生まれ育ち、今は、都会に住んでいるが、
田舎の祭りを思い出す。
神社で獅子舞を舞っていたあの頃、村人は舞台を囲み老若男女みんなが楽しく陽気になっていた。
今は、少子化や過疎化が進み、獅子舞がなくなりビンゴ大会になっている。
その1人である自分もまた、否めない。
その結果、舞台を囲って見ていた、村の共同体が失われつつある。
日本最古の舞台芸術である狂言と能は、世界最古の舞台芸術でもあり世界無形文化遺産に登録されている。
この世界最古の舞台芸術を日本人が囲いみることで、日本の失われつつある共同体を取り戻し世界に伝播する力を持っているとも考える。
なるほど、今、1万5千年続いた縄文時代が世界的に見直されている理由も分かった。
日本の伝統芸術の役割は、日本だけでなく、全世界の人々の古代から刻み込まれた身体の音とリズムを取り戻す。
そんな役割でもあるのかもしれない。
そう考えながら狂言や能をみると、世界の深みが増した。
とても、有意義な時間だった。
そして、日本の文化も同時に見つめ直したくなった。
伝統技術の巧の技、縄文土器とのつながりも気になってきた。
放送大学の教養範囲は幅広い。
そして、講義してくださった。
小笠原由祠先生に感謝したい。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
以下は、2年前、書いていた放送大学の記事です。
人の興味は、生活と共に変化する。
放送大学のしなやかさが自分の学びを支えてくれている。
そんな感じの今日この頃です。