
ヤンヤン誘拐事件 第14話 報酬
「綾を助けてください。そうしたら、全て話します」
崔の言葉に、アンサングと名乗る警官はすぐに頷いた。
「いいよ。おい、この子最優先。今。絶対に死なせるな」
あっけないほどに、綾の命はこの世界に留められていく。さっきまで全く無力だった。でも今は、この男の言葉一つで、全部変わる。その力の差に、やけにイライラした。手先が小刻みに震えた。
綾が搬送され、他の男達は全員捕縛される中、アンサングは崔の顔を覗いた。
「君は? 怪我してない?」
ここで怒っても何も解決しない。冷静になれ。目を閉じ、大きく息を吐いて、崔は頷いた。
アンサングも頷いた。真摯に。
「良かった」
「綾をお願いします」
「大丈夫だ。任せて」
アンサングに連れられ、崔は彼らの車の後部座席に乗せられた。隣にはタイラーという制服警官が座った。
アンサングはタバコに火をつけた。
「で、ヤンヤンはどこ?」
「シルバーンの金持ちに売るって、ゲオルグが言っていました」
「シルバーンにはいっぱいいるよ、金持ち」
「多分ですけど、今、キリアンがパンダを持ってそのクライアントの所に向かっているはずです。キリアンの電話番号、僕の携帯に入ってます。昔に渡されたので」
「昔から知り合い?」
「はい」
「まあ、別に知り合いなのは罪じゃない」
アンサングは手を差し出し、タイラーが崔のポケットから携帯を取り出した。
「番号、どれ?」
「kって登録されてます」
「これか…他に、何か言うことは?」
「シルバーンのクライアント、孫にパンダを見せたいだけだって、言ってました」
「だから手伝ってあげたの?」
「そう、です」
「お金ももらえたでしょ?」
「…母が病気で多分、全部燃えちゃったと思いますけど…」
「まあ、みんな色々あるよね」
思いの外、アンサングの声は優しい。急に目頭が熱くなった。崔は目元を拭った。ススが目に沁みる。くしゃみと咳も出る。
「ゴホっ…すみませんでした」
「まあ、それじゃ済まされないよね」
アンサングの声は、冷たくもなく、優しくもない。ただ事実を言っているだけ。
「ちょっと待ってて」
アンサングは車を出て、警官を呼んだ。
「そこの青年を、見張ってて」
キリアンの携帯番号を公安長官に転送し、場所の探知と通信記録の入手を依頼、現状を報告する。
「…東威公安、唯袁と接触…」
タイラーと共に、ゲオルグが入れられているパトカーまで歩く。
「どうしますか?」
「尋問の時間だな…ちょっとゲオルグ借りますね」
アンサングは警官に公安手帳を見せ、タイラーがゲオルグを引き摺り出した。
「な、なんだよ! 痛てて!」
アンサングはまだ燃える家を指した。
「玄関まで行こう」
「燃えてるぞ!」
「そうだね」
アンサングはゲオルグの尻を蹴った。タイラーに連れられ、ゲオルグは燃え盛る家の前に跪いた。アンサングは公安長官からの返信をゲオルグに見せた。
「今、キリアンの携帯を追跡させたけど、ここからちょっと離れた所で捨てられてた」
「あ、あいつらにやられたんだろ?」
「あいつらがキリアンを捕まえてたら、お前らを尋問する必要ねえだろ。ちなみにさっきの奴らは東威公安ね。俺らとは全然違う公安だから。お前本当にラッキーだよ。エサーグ政府に確保されて」
「…パンダをキリアンさんが持ってるとは限らねえ」
「キリアン以外に誰がいるんだよ? まあ、それは関係ないと俺は思ってる」
「は?」
「ヤンヤンを追跡する方法、何かあるだろ? 言った方がいいぞ」
「ね、無えよ」
「無いなら、お前を主犯格として東威公安に差し出すぞ。いいのか? 俺らにすら容赦しねえぞあいつら。今夜は応援が間に合ってラッキーだったんだよ、俺らも」
でもな、とアンサングは屈み込んだ。
「キリアンは、まだ生きてると思う。携帯と共に捨てられてなかった。つまり、シルバーン組に拉致されている。ヤンヤンと一緒に。それを東威公安は追っている。俺は、キリアンをヤンヤンと一緒に助けてやってもいい。その手柄をお前にくれてやってもいい。分かるか? お前のおかげでヤンヤンとキリアンを見つけられたと、みんなに言ってもいい」
困惑がゲオルグの顔を染めた。アンサングは笑う。
「ヤンヤン救出が俺の仕事だ。どうする? 別にヤンヤンがどうでもいいなら、東威の世話になるか、今ここで楽になるか、どっちか選ばせてやるよ、お前だけ。悩め」
ゲオルグは口をぱくつかせた。アンサングは銃を抜き、安全装置を外した。そして引き金を引いた。
「速くしろ。パンダは神経質なんだ。時間が無い」
銃弾はゲオルグの顎を掠めていた。アンサングは銃口をゲオルグの股間に向けた。
「いいのか?」
「…は、発信機が、鉄籠に」
「言えよ、そう言うのは早く。GPSか?」
「はい」
「探知機は、どこ?」
「お、俺の携帯のアプリで」
「よし、それだ」
タイラーが携帯を取り出し、警官達にゲオルグを返すのを待って、アンサングは銃を納めて車のドアを開けた。
「君、後で調書取るから」
警官に頷き、崔を出させる。
「あの…」と崔はアンサングに詰め寄った。
「僕は…綾は、誰も殺してないです」
アンサングは笑ってタバコに火をつけた。
「どうだろうね? あんたらのおかげで大分殺されたよ?」
「そんなつもりじゃ、なかったんです」
「分かるけどさ、人が死んだのは確かだよ。ヤンヤンだって、どうなるか分からない」
「でも…」
「今は彼女の回復を祈りな」
崔が連行される傍ら、アンサングはトランクを開け、防弾ベストを装着した。タイラーが隣に戻り、ゲオルグの携帯を置いた。
地図アプリで、赤い点が北上している。
「普通速度じゃん。交通法遵守だ」
「巡回が厳しいですからね」
「ヤンヤンも乗せてるからな」
拳銃の予備弾倉を防弾ベストに差しながら、アンサングは公安長官に電話をかけた。
「お疲れ様です。連中標準速度で運転してます。そういうところは真面目ですよね、シルバーン人は。何笑ってるんですか? やめて下さい」
「笑っていない」
「ですので、今からシルバーンに向かいます。ハーディの部隊もシルバーンに向かわせて下さい。詳しい座標は後で送ります」
「任せる。シルバーンには偽情報をばら撒いているが、銃撃戦になれば普通に警察が来る。連中との戦闘は絶対に避けろ」
「出来れば、まずは東威がシルバーン側に接触するのを待って、ヤンヤンの所在を確定してから、東威から奪取するのがスムーズだとは思っています」
「東威との戦闘も避けろよ」
「東威から撃たれたらどうしますか?」
「下がれ」
「ここエサーグですよ? エサーグ人を殺されて、なんでそんなに弱気なんですか?」
「ヤンヤンを保護するまではこれ以上問題を増やせない」
「保護するまでは、ですね」
「…これ以上は言わない」
「でも部隊は送るんですね?」
「ヤンヤン保護の為だ」
「ものは言い様ですね」
「出来れば東威の犬も一匹か二匹くらい捕らえてくれ」
「矛盾じゃないですか。接触なしにどう捕えるんですか?」
「お前なら出来る」
「金魚掬いじゃないんですよ」
「急げ。ヤンヤンも限界だ」
携帯を切り、アンサングはエンジンをかけた。タイラーがアサルトライフルを二丁手に助手席に入った。
「戦闘になりますね。いいんですか?」
「仮に犯罪者でも、エサーグ人だ。東威の連中に勝手に殺されてちゃ、法も秩序もねえだろ。これは権利でも管轄の問題でもねえ、正義の問題だ」
「分かりますけど、ちゃんと執行できますかね?」
「どうせ失敗するなら、想像以上に失敗してやるよ」
アンサングはアクセルを踏んだ。はるか後方に、公安の車両が続く。
「ヤンヤンはどうしますか?」
「全力で保護だ。当然だろ」
「では、保護した上で、交戦ですか?」
「そうだといいな」
車の速度は増していく。