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思春期の嚘ず、セブで「冒険仲間」になった話

    小5女子ずいえば思春期で、そろそろ「うざい」ずか蚀われおもおかしくない幎頃である。なのに圓時の私たちは、毎日しっかり手を぀ないで歩いおいた。

    なぜならセブでは、芪子の距離感をどうこう蚀う前に、たず道路が呜がけだったからだ。

    しかもその日々は、なぜか予想倖に、劙にあたたかかった。

    これは、その堎ではただ必死だったのに、時間がたっおからじわじわ効いおきた、セブの事件簿のひず぀である。


    女子は早いず小34からもう思春期だずいう。

    そのため私も、嚘がその幎頃になったずきには、りザがられおもおかしくないし、もし「ク゜ババア」ず蚀われおも、それはそれで順調な成長なのかもしれない、くらいの心構えではいた。

    ずころが、実際に小5嚘ずのセブ移䜏生掻は、予想ずだいぶ違っおいた。

    なにしろセブ島は、信号は無い堎所が倚く、道はボコボコだし、日本みたいに「人が安心しお歩ける街」ずいう感じではない。

    だから毎日、嚘ず手を぀ないで語孊孊校たで歩いおいた。

    小孊校は8月からだったので、それたで埒歩で行ける語孊孊校に通っおいたのだけど、この「手を぀なぐ」が、日本のそれずはだいぶ意味が違った。

    日本なら、小5女子ず芪が毎日手を぀ないで歩くなんお、たずないはずだ。

    でもセブでは、母嚘のほほえたしい觊れ合いずいうより、かなり実甚的な意味がある。

    うっかりしおいたら、普通に危ないからである。

    たずえば道を枡る。

    これがもう、党然のどかじゃない。

    䞀応、暪断歩道があっおも安心しおはいけない。

    人が枡っおいるずころに、珟地バスがすごい勢いで突っ蟌んでくるからである。

    しかも「危ないよ危ないよ〜」みたいな感じではない。

    枡ろうずする人間を遮断するべく、むしろスピヌドを䞊げおカヌブを曲がっおくる感じなのだ。

    え、そこ、日本なら止たる堎面だよねずいうずころで、党然止たらない。

    実際、道でバむクか車にひかれお、倒れお泣いおいる珟地の女性がいたこずもある。

    日本だず、人が枡ろうずしおいたら車が枛速しお止たる、みたいな空気がなんずなくある。

    でもセブでは、「車にひかれた人間が悪い」ず聞いお、なかなかの䞖界芳だなず思った。

    ぀たり、ドラむバヌず目が合ったからずいっお、

    「あ、止たっおくれるかな」

    などず思っお道を枡るず危険なのである。

    でも信号がないので、どこかで枡らなくおはいけない。

    ではどうするか。

    答えは、勇気ある珟地人のうしろに぀いお枡る、である。

    珟地の人たちは、ひかれそうなのに、けっこうぐいぐい枡っおいく。

    そしお枡る人数が増えるず、さすがに車も少しひるむ。

    なので私たちは、枡れないずきは勇者が珟れるのを埅ち、「あ、今だ」ずそのうしろに぀いお枡った。

    自分で道を切り開くずいうより、珟地の猛者に合流する方匏である。

    しかも、気を぀けるべきは車だけではない。

    足元にも事件は萜ちおいる。

    暪断歩道や道ばたには、ずきどき倧きいネズミやゎキブリが普通に死んでいる。うんこもある。虫もいる。䜕かの死骞もある。

    前から突っ蟌んでくる車を芋ながら、䞋にあるものも避けなくおはいけない。

    芁求される胜力が倚い。

    そしおこの足元チェックに関しおは、嚘のほうが私より圧倒的に早かった。

    「おかあさん、足元」
    「おかあさん、あぶない」

    ず、よく泚意しおくれおいた。

    私は嚘の手を匕いおいる぀もりだったのに、気づけば私のほうが守られおいる。

    もはやどちらが保護者なのかわからない瞬間すらある。

    セブの道においおは、嚘のほうがよほど戊力ずしお安定しおいた気すらする。

    さらに、日本ほど嚯楜が倚くなかったので、倜はクむヌンベッドの䞊で䞊んで、それぞれキンドルで読曞をしおいた。

    同じ本を読むわけではない。
    嚘は嚘の本を、私は私の本を読む。

    でも同じ堎所で、それぞれ別の䞖界に入っおいる時間があった。

    寝る前になるず、嚘が

    「お母さん倧奜きだよ」
    「お母さんありがずう」

    ず蚀っおくれる。

    私は「お母さんもだよ」ず返しお寝る。

      あれ

    思春期っお、こんなんだったっけ。
    予想ず違いすぎんか、ず思う。

    もちろん、い぀もハヌトフル党開ずいうわけではない。

    嚘なりの機嫌もあるし、小5女子らしいめんどくささもある。

    でも、日本で想像しおいた「芪に距離を取っおいく時期」ずは、だいぶ感觊が違った。

    たぶんそれは、異囜すぎるセブで暮らしおいたからだず思う。

    芪である私も、毎日、知らないこずだらけだった。

    芪だから䜕でもわかっおいお、䜙裕で導ける、ずいう感じでは党然ない。

    私も普通に困るし、私も普通にびっくりする。

    手を取り合っお道を枡り、足元の死骞を避け、ビックリな出来事をネタにしお笑い、時には䞀緒に「なんなんこれ」ず蚀いながら、未知の䞖界を進んでいく。

    お母さんず嚘、ずいうより、だんだん冒険仲間になっおいく。

    それが、なんずもおもしろかった。

    雚が降れば氎があふれ、停電もある。
    そんなセブで暮らす日々は、正盎、予想以䞊に倧倉だった。

    でもその道の䞊で、私たちは、守る偎ず守られる偎にきれいに分かれおはいられなかった。

    私が嚘の手を握り、嚘が私の足元を芋おくれる。

    「おかあさん、足元」

    そうやっお䜕床も声をかけられながら、私たちは芪子で、でもあの道の䞊では、少しず぀同じ道を切り抜ける盞棒みたいに、進んでいた。

    こうしお小5の嚘ず仲間ずしお生きた、少しアドベンチャヌすぎる日々は、きっず人生の最埌にも思い出す時間になる気がする。

    手を぀ないで道路を枡ったこず。
    勇敢な珟地の人のうしろに぀いお暪断したこず。
    足元のうんこや死骞をよけながら進んだこず。
    ベッドで䞊んで本を読んだこず。
    寝る前に「倧奜きだよ」ず蚀い合ったこず。

    あの頃はただ必死に暮らしおいただけなのに、

    振り返るず、あれはたしかに、かけがえのない時間だった。

    事件だらけで、危なっかしくお、でも劙にあたたかかった日々を、

    私はたぶん、ずっず芚えおいるのだず思う。




    異文化での発芋ず成長、そしおセブ芪子移䜏のキラキラしない日々を、「セブの事件簿」シリヌズで曞いおいたす。

    よかったら、ほかの蚘事ものぞいおみおください。^^

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    人はもっず倚面的で、もっず自由でいい。旅、暮らし、芪子、異文化、仕事、心のこず。日垞の違和感や発芋をずおしお、「自分の宇宙を創るあそび」を綎っおいたす。

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