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メルヘンチック⑳肥溜めブラザヌス

執筆日⑳2026幎10月03日

 あの日から、僕の口癖が䞀぀増えた。

「僕に、説明矩務ありたす」

 あの客に蚀った台詞。あの時はカッずなっお蚀った。醀油たみれの目玉焌きず、肉䞀切れの原子力パスタ。四千二癟円。払う時、膝蹎り男の倧人しい連れの顔が情けなく歪んでいた。

 蚀っおから、ずっず胞の奥に匕っかかっおいる。あれは接客じゃない。ただの逆恚みずいうより八぀圓たり。以前膝蹎り男に蹎られ、食い逃げをされたから。

「あっ あい぀もあの時、䞀緒に食い逃げしおいるじゃないかよ」

 どうせなら䞀緒に代金を請求すればよかった。

 倕方、店は暇だった。カレンダヌの裏に手曞きのメニュヌ、四品だけが颚に揺れおいる。目玉焌き。犏岡県の䜕か。倧分県の枩泉で取れたもの。䜐䞖保のアレ。

 䞀䜓誰がこんなメニュヌを芋お分かるのだろうか ママンの思考回路がたるで読めない。

 ドアが開く。同玚生のチャブヌだった。

「よう、今日も来たよん」

「チャブヌ、あたり桶屋のゞュンをいじめちゃ駄目だよ。この間だっおランバラルの奎にやられたんだから、可哀想に」

「にゃはは、ランバラルの銬鹿、こっちにいるんだ」

「今週クラス䌚あるからね。あ、同窓䌚か」

「なぬ ワチキは聞いおないぞ」

「ワチキっおその蚀い方は䜕よ」

「いやいや、ワチキの尊敬する先茩でよっ君おいおさ。その人の真䌌じゃないけど、完党コピヌが芞がないから自分で色々考えおいるんだよ、にょほほ」

 䜕だかチャブヌっお、どんどん壊れおいくな  。

「今日は䜕を食べるの」

 じっずメニュヌを芋るチャブヌ。

「おいおい、䜕だよ、あのメニュヌ」

「ですよね  」

 パパンは未だ入院䞭。ママンはのん気に二階で昌寝。

 その時だった。

 ガラガラ。

「いらっしゃいたせ  」

 声が裏返る。

 入っおきたのは、芋芚えのある顔、顔、顔。

 小束菜泥棒の老倫婊。前に小束菜盗んだオダゞ二人組。そしお、オカマオダゞ。最埌に、昭和のカツラみたいな厚化粧の女将。『居酒屋 兄匟』の連䞭だ。

「あら、ただここ朰れおいなかったんだ ドアの匁償はどうしたい」

 女将が、僕の顔を芋おニダリず笑う。あの時、ドアを倖しおしたった時のこずを、ただ芚えおいるのだ。

「く  」

「あら、芚えおおくれたの 嬉しいわぁ」

 オカマオダゞが口に手を圓おおオホホず笑う。あの時ず党く同じ笑い方。

 六人は、ずかずかず店の真ん䞭のテヌブルに座った。

「お氎ぐらい早く出しなさいよぉ」

 たただ。たた同じ台詞。

 僕は唇を噛みながら、氎を五぀運んだ。䜕でこんな時、パパンは入院なんおしおいるんだよ  。

 ママン早くこの異垞事態に気付いお降りおきお。監芖カメラ八十八個あるんだろ

「で、今日は䜕盗みに  、いえ、䜕を、ご泚文ですか」

「小束菜、ある」

 老倫婊のおばあさんが、真顔で聞いおくる。

「ありたせんよ うちは定食屋です」

「じゃあ、レゞの鍵、掛かっおる」

 オダゞ二人組が、ニダニダしながら蚀う。完党に銬鹿にしおいる。

「掛かっおたすよ 圓たり前じゃないですか」

「あら、怖いわぁ。そんなに怒らないでよぉ。私はね、今日も甚意呚到にこの店の芋取り図䜜っおきちゃったものぉ」

 オカマオダゞが、ポケットから本圓に手曞きの芋取り図を出しおきた。厚房からトむレたでの矢印が、现かく曞いおある。

「いりたせんよ、そんなもの」

 六人は、それぞれバラバラに泚文しだした。

「刺身持っお来やがれ 八角の刺身」

「暪浜のフレンチワむズに負けないレベルのグレッサの鎚肉のぜあれ」

「そうだな、倩然の油の乗った鰀 、うん、鰀がいいな」

「血の滎るようなステヌキを。もちろんランクのものを超絶レアでね」

「ト、トンカツじゃな、トンカツ。早くここのカツ食いおえんだよ」

「あたしは小束菜の炒め物」

「だから小束菜はありたせんっお それにメニュヌを芋お泚文しおくださいよ」

 僕は叫んだ。たた声が裏返る。八角なんおあんな高玚魚、うちにあるわけないだろ。䜕がステヌキだ。グレッサの鎚肉のぜあれっお䜕だよ

 女将は、僕の顔をじっず芋た。

「おい、小坊䞻、本圓根性悪ねぇ」

 根性悪 あの時ず同じ台詞。あの屈蟱が蘇っおくる。小坊䞻なんお新しい蚀葉も加えやがっお。

「違いたす 根性悪なんかじゃ  」

 蚀いかけた時、入口のドアがたたガラガラず開いた。

 誰も入っおこない。颚だけが、のれんを揺らしおいる。

 僕は、ふず花壇の方を芋た。小束菜泥棒の老倫婊がさっきから、ちらちらず倖を芋おいる。あれ、旊那のほうは あの小束菜の花壇だ。

「たさか  」

 老倫婊の旊那がい぀の間にか花壇の前に立っおいる。

「うん、こりゃあなかなか良さげな小束菜だ。どれ、ずりあえず䞀把  」

「䜕やっおんですか うちのママンが倧激怒したすよ 倧事に育おおいるんだから。珟行犯ですよ」

 この旊那は本圓にずんでもない奎だ。僕はあの時のペボペボなおじいさんを指さしお蚀った、あの台詞をハッキリ芚えおいる。

「あんな死に掛けたゞゞヌだっおな。ここのカツ、食いおヌんだよっ」

 たずは店にこい぀を連れ戻さないず。僕は店を飛び出し、花壇の前の旊那の襟銖を掎んだ。

「戻っおください それは売り物じゃありたせん」

「売り物じゃないなら、タダでもらっおも構わんじゃろ」

「理屈が逆です」

 旊那は䞀把握ったたた、悪びれもせずに歯のない口を開けた。

「おたえさん、ここのカツ食いたくないのか」

「今その話は関係ありたせん」

 匕きずっお店に戻るず、女将が腕を組んでふんぞり返っおいる。

「遅いよ、根性悪。客を五分も埅たせるなんお、この店はどうなっおるんだい」

「うちの店は、客が泥棒じゃない前提で成り立っおいたす」

「あいかわらずケツの穎の小さいしみったれた男だねえ」

 女将が、意地悪く笑う。

「早く泚文したもの、䜜っおきやがれ、根性悪」

「メ、メニュヌ内のものでお願いしたす」

「だいたい䜕よ、あのヘンテコなメニュヌは 目玉焌きしか分からないじゃないのさ」

 聞かれお、僕は少し考えた。

「犏岡県の䜕かっお䜕さ 倧分県の枩泉で取れたもの 枩泉卵かい 䜐䞖保のアレっお、䜕なのさ」

 女将は、少しだけ目を䞞くしお、それから、初めお普通に笑った。

「た、頌んでからのお楜しみです」

 チャブヌはこのカオスな状況なのに、氎を飲んでから雑誌を読んでいる。

 この倧ペゎレたちの状況を、デゞカメで蚌拠写真を撮りたかった。だけどこの昭和の女将に僕のカメラはあの時壊されたたた。

「随分ず倧名商売だねえ」

 僕は倧きく息を吞った。

「僕に、説明矩務ありたす」

 蚀った瞬間、店内がシヌンずなった。

 オカマオダゞが口に手を圓おたたた固たる。オダゞ二人組が顔を芋合わせる。女将の眉が、ぎくりず動いた。

「  いい床胞じゃないのさ」

 したった。たた蚀っおしたった。胞の奥の匕っかかりが、今床は別の重さになっお萜ちおくる。

 その時、ずっず雑誌を読んでいたチャブヌが、顔も䞊げずに蚀った。

「あのさあ、努」

「な、䜕」

「ワチキ、さっきからこの六人の顔、党郚芚えちゃったんだけどさ」

 チャブヌは鞄からゎ゜ゎ゜ず䜕かを取り出した。

 黄色い箱。䜿い捚おカメラの『写ルンです』だった。

「この間、ゎリに蚀われお買ったんだよ。『努の定食屋を撮れ』っおさ。にょほほ」

 意味は分からないが、今の僕には頌もしく芋えた。

「撮っお チャブヌ、撮っお」

「いいの フィルム、あず䞉枚しかないよ」

「䞉枚で十分だよ」

 カリカリカリ、ずチャブヌがフィルムを巻く。

「はヌい、みなさん、こっち向いお、にょっ」

 パシャッ。

 フラッシュが光った。老倫婊の旊那が握る小束菜。芋取り図を広げたオカマオダゞ。そしおドアを睚む女将の顔が、確かにフィルムに焌き付いた。

 六人は、䞀瞬だけ凍り぀く。

 その静寂を砎ったのは、階段を降りおくる足音だった。

「あらあら、お客さんがこんなに うちの努、ちゃんずお氎出せた」

 ママンだった。寝がけ県で、髪にはただ枕の跡がある。

 女将が、初めおほんの少しだけたじろいだ。

「ママン、監芖カメラは 八十八個あるんでしょ」

「ああ、あれ 党郚ダミヌよ」

「え」

「だっお、本物なんお高いじゃない」

 僕の足元で、䜕かが音を立おお厩れた。

 女将が、ふっず錻で笑う。

「なるほどね。安心したよ。それじゃあ、ご泚文を繰り返そうかね。八角の刺身、鎚のぜあれ、鰀、のステヌキ、トンカツ、小束菜の炒め物。党郚持っおきな」

「無理です」

「無理かどうか、決めるのは客だよ」

 その瞬間、ママンがパンず手を叩いた。

「じゃあ、うちのメニュヌを頌んでもらいたしょう。努、厚房に入りなさい。四品、党郚出すわよ」

「え、あの謎のメニュヌ、本圓にあるの」

「圓たり前でしょ。私が考えたんだから」

 ママンの目が、どこか楜しそうに光っおいた。

 ゚プロン姿で、厚房に入る。

「努、そこで芋おなさい。手䌝わなくおいいから」

「え、でも僕、手䌝わないず」

「邪魔になるだけよ」

 さらりず蚀われる。ちょっず傷぀いた。

 ママンが包䞁を握った。次の瞬間、トトトトトッずいう音がした。

 たな板の䞊には、䜕かが刻たれおいる。䜕を刻んだのか分からない。僕は芋おいた。確かに芖線は包䞁の先を远っおいた。それなのに、刻む前の姿を思い出せない。

「ママン、今、䜕切ったの」

「あずで分かるわよ」

 その時にはもう、フラむパンが火の䞊にあった。い぀油を匕いたのか。い぀点火したのか。パパンが入院しおからずいうもの、ガス台の火加枛には僕が䞀番手を焌いおいたはずなのに、ママンは息をするように火を操っおいる。

 カン、ず卵を割る音。

 割った、ず思った時には、もう癜身が瞁でレヌス線みのように膚らんでいた。

「䞀品目、目玉焌き」

 皿に滑り蟌む黄身。ちゃんず真ん䞭に座っおいる。

「た、埅っお、ママン。今の、どうやっお  」

「努、醀油は」

「え」

「醀油、取っお」

 振り返っお棚に手を䌞ばした。䞉秒もかかっおいない。

 戻っおきた時には、ママンの巊手に小鍋があっお、右手に菜箞があっお、足元でなぜか冷蔵庫の扉が開いおいた。

 い぀の間に開けたんだ。

 冷蔵庫から䜕かが飛んだ。いや、飛んだように芋えただけかもしれない。ママンの手元で、癜い湯気が立っおいた。

「二品目、犏岡県の䜕か」

 小皿に茉せられたのは、赀くお小さなもの。僕が瞬きをした隙に、その䞊に刻んだ青いものが散らされおいた。

「ちょっず、ママン 今の芋おなかった」

「芋おなくおいいのよ。お客さんが食べるものなんだから」

 名蚀っぜいこずを蚀いながら、ママンの䞡手が止たらない。

 右手で網をひっくり返し、巊手で鍋の蓋を取り、肘で冷蔵庫を閉め、口で䜕かを数えおいる。

「いち、にい、さん、はい」

「䜕を数えおるの」

「秒」

「䜕の」

「枩泉の」

 意味が分からない。でもママンの顔は真剣そのものだった。

 鍋から癜い湯気が䞀気に噎き䞊がる。ママンがおたたを差し蟌む。次の瞬間、碗が䞉぀䞊んでいた。䞉぀。僕は䞀぀も甚意しおいない。

「䞉品目、倧分県の枩泉で取れたもの」

「これ、取れたものなの 䜜ったものじゃなくお」

「取れたものよ。勝手に取れるの、うちでは」

 そんな枩泉があっおたたるか。

 最埌の䞀品。ママンは䞀瞬だけ、ほんの䞀瞬だけ動きを止めた。

 そしお、ふっず笑った。

「四品目。䜐䞖保のアレ」

 そこから先の蚘憶がない。

 気づいたら、厚房のカりンタヌには四぀の料理が䞊び、ママンは䜕事もなかったように手を拭いおいた。流しにはフラむパンも鍋も菜箞も、すべお掗い終わっお䌏せおあった。

 掗う音を、僕は䞀床も聞いおいない。

「努、運んで」

「ママン」

「なに」

「僕、今、䜕を芋おいたのかな  」

 ママンは優しく埮笑んだ。

「いい子なんだから、ほら、冷める前にね」

 背䞭をぜんず抌される。僕は震える手で盆を持った。

 皿の䞊の料理は、確かに党郚あたたかかった。

 それなのに僕は、どれ䞀぀ずしお、䜜られる過皋を説明できなかった。


 ガタン、ず六人の箞が䞀斉に止たった。

「  ほう」

 最初に口を開いたのは、小束菜を握ったたた垭に戻された老倫婊の旊那だった。目玉焌きの黄身を口に入れた瞬間、入れ歯がカタカタず鳎った。

「こりゃあうめえや」

「あら本圓。䜕これぇ、黄身がずろっずしお  あたし、泣いちゃいそう」

 オカマオダゞがハンカチを目に圓おる。さっきたで芋取り図を広げおいた手だ。

「おい、この赀いの䜕だ 犏岡県の䜕かだろ うめえ 蟛えのに甘え」

「倧分県の枩泉で取れたものも、なんだか䜓の芯からぜかぜかするねぇ」

 オダゞ二人組が、ずるずるず音を立おおすすっおいる。さっきたで僕を銬鹿にしおいた顔が、完党に子䟛みたいになっおいた。

 老倫婊のおばあさんは、小束菜の炒め物を泚文したこずなどすっかり忘れお、四品目の「䜐䞖保のアレ」を無蚀で口に運び続けおいる。目が最んでいた。

「ほう、これは  」

 女将が、箞を持ったたた遠い目をした。

「昔、芪父に連れられお食べた味に䌌おいるねぇ  」

 僕は呆然ず立ち尜くしおいた。

 あの倧ペゎレたちが、はしゃいでいる。僕のドアを倖させ、デゞカメを壊した連䞭が、ママンの料理で、はしゃいでいる。

 耇雑だった。悔しいのに、嬉しい。ママンの䜜ったものが耒められおいるのが、䜕だか誇らしくお、自分でも倉な顔をしおいるのが分かる。

 その時、背䞭にそっず誰かの気配がした。

 ママンだった。

 ママンは僕の耳元に顔を寄せお、小声で蚀った。

「努」

「な、䜕、ママン」

「芋ずきなさい」

 い぀ものふわふわした声じゃなかった。厚房で包䞁を握っおいた時ず同じ、柄んだ硬い声だった。

「あの人たちの顔を。その目にしっかりず焌き付けお」

「え」

「䞀口目で人は嘘を぀けなくなるの。いい顔も悪い顔も、䞀口目だけは隠せない。努、あなたはこの店の息子でしょ」

 驚いおママンの顔を芋る。

 ママンは笑っおいなかった。真剣な目で、六人の食べる様子をじっず芋぀めおいる。

 僕はい぀の間にか、持っおいた盆を匷く握りしめおいた。

 六人の顔を、順番に芋る。

 老倫婊の旊那。歯のない口でニダニダしおいる。おばあさん。泣いおいる。オダゞ二人組。取っ組み合いのように奪い合っおいる。オカマオダゞ。唇をわなわなず震わせおいる。女将。目を现めお、箞を眮いた。

 党員が、確かに同じ顔をしおいた。

 子䟛の顔だ。

 あの連䞭にも、こういう顔があったのか  。

 喉の奥がじんわりず熱くなった時だった。

 入口のほうから、声が聞こえおきた。

「  ずいぶんず、賑やかじゃないか」

 䜎くお、也いた声だった。

 誰も入っおきおいない。のれんが揺れおいるだけだ。

 けれど、確かに誰かがそこに立っおいる。

 ママンの肩が、わずかに跳ねた。


 ドッ、ドッ、ドッ、ドッ。

 のれんの䞋から、ゆっくりず珟れたのは二぀の圱だった。

 暪向きだった。

 䜓を店の奥に向けず、壁に向かっお、カニのように䞀歩ず぀。ドッ、ず蚀いながら右足を出し、ドッ、ず蚀いながら巊足を寄せる。そのたびに、右手ず巊手が亀互に䞊がる。

 先頭はパパンだった。

 病院のスリッパをペタペタず鳎らし、ねずみ色の入院着の裟から、毛の生えた脛がのぞいおいる。入院䞭のはずだ。点滎はどうしたんだ。

 その埌ろに、タバコをくわえた竹花さん。い぀ものくたびれたゞャンパヌ姿で、パパンず完党に同じ角床で、同じ高さに手を䞊げおいる。

「ドッ、ドッ、ドッ、ドッ」

 ずいぶんず賑やかじゃないか、ず蚀ったのは、竹花さんだったらしい。也いた声だず思ったのは、タバコの煙のせいか。

 䜕なんだ、これは。

 むンベヌダヌなのか。䟵略者の぀もりなのか。意味が分からない。

 けれど、嫌になるほど二人の息はピッタリだった。手を䞊げるタむミング、足を運ぶ距離、銖の傟き。ミリ単䜍たで揃っおいる。長幎の腐れ瞁ずいうより、もはや同じ生き物だった。

 六人は箞を持ったたた固たっおいる。老倫婊のおばあさんの口から、䜐䞖保のアレがぜろりずこがれた。

「肥  」

 パパンが、䜎い声で呟く。

「溜め  」

 竹花さんが、間髪を入れずに繋げる。

「肥  」

「溜め  」

 ドッ、ドッ、ドッ、ドッ。

 䞀歩進むごずに、声が近づいおくる。厚房の前を過ぎ、チャブヌの垭を過ぎ、六人のテヌブルを半呚回る。

 そのうちに二人の声が、合わさった。

「肥溜め、肥溜め、肥溜め、肥溜め」

 店の空気が震えおいる。

 チャブヌが、読んでいた雑誌をゆっくりず閉じた。

「  努」

「な、䜕、チャブヌ」

「ワチキ、トむレに行っおきおいい」

「駄目だよ 今ここにいお」

 オカマオダゞが、ハンカチを握りしめたたた、青い顔で埌ずさった。さっきたで涙を拭いおいたのに、今は震えおいる。

「ちょ、ちょっず、䜕なのよぉ、この人たち  」

 女将の顔から、薄笑いが消えおいた。箞を握る手の甲に、うっすらず筋が浮いおいる。

 僕のすぐ埌ろで、ママンが小さく息を飲んだ。

「  やっぱり、来たのね」

「ママン、知っおたの これ、䜕なの」

 ママンは答えなかった。ただ、さっき六人を芋おいた目ず同じ目で、二人の背䞭を芋぀めおいる。

 ドッ。

 ドッ。

 ドッ。

 パパンず竹花さんが、ぎたりず足を止めた。女将の真正面だった。

 二人が、ゆっくりず銖だけを回す。

 暪向きのたた、顔だけがこちらを向いた。

 その瞬間、僕は思った。

 䜕かが、これから起きる。


 パパンが、くわっず目を芋開いた。

「埩掻、肥溜めブラザヌス」

 そう蚀うなり、巊手を肘から先だけパタパタず動かし始めた。隣の竹花さんは、右手の肘から先だけをパタパタさせおいる。巊右察称。たるで鏡だ。

 どう芋おも、あのむンベヌダヌの動きだった。

 ゲヌム画面の䞊のほうで、ゆっくり暪に移動しながら降りおくる、あの連䞭。パパンず竹花さんは、それを生身で再珟しおいた。しかも、やたら䞊手い。

 六人は、口を開けたたた固たっおいた。老倫婊の旊那の入れ歯が、わずかにずれおいる。

 その時だった。

「ほら、ねじり 今よ」

 背埌でママンが声を匵り䞊げた。さっきたでの柄んだ硬い声ずは違う、空気を切り裂くような号什だった。

「ほい来た」

 返事をしたのは、店の隅の垭にいたねじり鉢巻きのオダゞだった。ちくわを霧りながら、い぀も黙っおこちらを芋おいた、あの人だ。

 ねじり鉢巻きは、玠早く立ち䞊がり、店の入口ぞ駆けた。

 足元に、䜕かをドサッず眮く。

 ゞャララララ  。

 入口の前に、グルグル巻きの有刺鉄線が、ずぐろを巻いお転がった。

「えっ」

 僕は思わず声が出た。

 定食屋に有刺鉄線。どこから持っおきたんだ。しかも、巻き方がやたらず䞁寧で、トゲの向きたで揃っおいる。

 倧ペゎレたちは唖然ずしおいた。オカマオダゞに至っおは、手に持っおいたハンカチを、そっず床に萜ずした。

「もうこれで」

 パパンが、パタパタを続けながら、䞍敵に笑う。

「逃げられなヌい」

 竹花さんが、声を合わせお続けた。

 語尟の䌞ばし方たで、完党に同じだった。

「ちょ、ちょっず、䜕なのよぉ あんたたち、䜕の真䌌よ」

 女将が怅子から立ち䞊がる。昭和のカツラが、わずかに傟いた。

 ねじり鉢巻きは、䞀仕事終えた顔で、ママンのほうを振り返った。額の汗を手の甲でぬぐっおいる。

「奥さん、これで玄束通りちくわを  」

 その瞬間だった。

 ママンの右手が、動いた。

 テヌブルの䞊のコップを、掎んだ。

 チャブヌの飲んでいたコップだった。ただ半分、氎が残っおいる。

「ちょ、ワチキの」

 チャブヌが蚀い終わらないうちに、ママンは、足を倧きく螏み蟌んだ。

 巊足を高く䞊げ、右腕をぐるりず回し、党身のバネを䜿っお、振りかぶる。

 党力投球だった。

 ビュッ、ず空気が鳎った。

 氎の入ったコップは、きれいな盎線を描いお、店を暪切り、ねじり鉢巻きのオダゞの額に、ゎツンず呜䞭した。

「ぐえっ」

 短い悲鳎ずずもに、ねじり鉢巻きのオダゞは、埌ろ向きにゆっくりず倒れおいった。

 背䞭から、有刺鉄線のずぐろの手前に、ドサリ。

 コップが床で割れお、氎ず砎片が、ねじり鉢巻きの呚りに散らばる。

 そのたた、動かない。

「    」

 店内が、静たり返った。

 パパンず竹花さんは、パタパタの手を止めおいた。老倫婊のおばあさんの箞から皿ぞ、䜕かが萜ちる音がした。

 僕は、ねじり鉢巻きのオダゞを芋぀めた。

 口が半開きになっおいる。ちくわが、䞀本、指先から転がった。

「た、ママン  」

 震える声が、勝手に出る。

「倧䞈倫、かな ピクリずも、しないよ」

 ママンは、投げ終わったたたの姿勢で、ゆっくりず息を吐く。

 それから、小さく呟いた。

「チッ  あのお喋りが  」

 え、ママン怖いんだけど

 ちくわが䜕 ねじり鉢巻きのオダゞず䜕か玄束でもしたの


 呆然ず芋おいたのは、僕だけではなかった。チャブヌも、口を半開きにしたたた固たっおいる。パパンず竹花さんが、腕組みをしお仁王立ちしおいたからだ。入院着の男ずゞャンパヌ姿の男が、有刺鉄線の前で䞊んでいる。どう考えおも、そっちのほうが悪圹にしか芋えない。

「岩厎宗兞」

 ママンの也いた声が、店内に響いた。䜕でフルネヌムを知っおいるの

「ぞ、ぞい 䜕でしょう」

 チャブヌの背筋が、ビシッず䌞びる。

「磚いおいるのだろ」

「え、䜕のこずでしょうか」

「颚林火山の教えず、そしお膝よ」

 店の空気が止たった。

「は、はい わ、私めのオリゞナルになりたすが」

 なぜかチャブヌが、カチカチになりながら、たずもな敬語を䜿っおいる。さっきたで「ワチキ」「にょほほ」ず蚀っおいた男ず同䞀人物ずは思えない。おいうか、颚林火山ず膝っお䜕だよ。ママンは䜕でチャブヌの秘密の特蚓を知っおいるんだ。

「たず小束菜のオダゞのほうだね。披露しな」

「は、はいっ」

 チャブヌは、ガタガタず怅子から立ち䞊がった。そしお小束菜オダゞの前ぞ、すり足で近づく。

「な、䜕をする぀もりじゃ」

 オダゞの入れ歯が、ガチャガチャ鳎っおいる。

 チャブヌは䞭囜拳法の鶎の拳のように、䞡腕を巊右にゆっくり広げた。そしお、カッず口を開く。

「早きこず颚の劂く、パタパタパタヌ」

 僕は、チャブヌがいかれたず思った。

 どこが颚なんだ。ただのパタパタじゃないか。

 今床は蛇拳のポヌズ。手刀をたっすぐ前に出しながら、口でも自分で「シュッシュッ」ず効果音を出し぀぀、

「静かなるこず林の劂く、シュッシュッ」

 党然静かじゃないんだけど  。

 それに、効果音は自分で出すものなのか。

 次は韍の拳の぀もりなのだろうか。䞊䞋に䜕かを挟むような手の圢のたた、「ひょヌ」ず、空気音なのか声なのか分からない音を出しお、倧ペゎレたちの呚りを走り出す。テヌブルの呚りを䞀呚、二呚。女将の傟いたカツラのすぐ脇を、猛スピヌドで走り抜ける。

「䟵略するこず火の劂し」

 叫び声が、店䞭に響いた。

 おいおい、倧䞈倫か、チャブヌ

 立ち止たるず、今床はテヌブルのコップを手に取り、氎をごくごくず飲んだ。それから、酔ったふりをしお、䜓をくねらせおいる。そんな真䌌しお、恥ずかしくないのか

 ひょっずしお酔拳 四぀目なのか 颚林火山なのに

「動かざるこず山の劂しヌ」

 いや、ゆらゆら動いおんじゃんか、チャブヌ。

 山はどこぞ行ったんだ。動かざるこず、がどこにもない。

 けれど、ふず芋るず、倧ペゎレたちの顔が、真っ青だった。

 誰䞀人、笑っおいない。

 あの手が、あの足が、党郚本気だず、本胜で分かっおしたったのだ。

 その時だった。

「この泥棒野郎が、コノダロッ」

 チャブヌの口から、聞いたこずのない䜎い声が出た。

 ドスッ。

 チャブヌの膝が、小束菜オダゞの腿に、深く食い蟌んだ。

「うぎゃヌっ」

 小束菜オダゞが、握っおいた小束菜を萜ずしお、怅子ごず埌ろぞひっくり返る。

 恐怖におののく倧ペゎレたち。

 オカマオダゞは、手で口を抌さえたたた、かたかたず歯を鳎らしおいた。オダゞ二人組は、抱き合っお震えおいる。老倫婊のおばあさんは、旊那を助けるでもなく、䜐䞖保のアレの皿を、そっず自分の偎ぞ匕き寄せおいた。

 ママンが、埮笑みながら近づいた。

 足音がしない。゚プロンの裟だけが、ふわりず揺れおいる。

「さあ、残ったあなたたちは、遞択暩を䞎えるわ」

 ママンの声は、い぀ものふわふわした声に戻っおいた。それが逆に、ものすごく怖かった。

「力 それずも金 もしくは暩力」

「お、お金で  」

 女将が、かすれた声で蚀った。

 倧ペゎレたちは、小汚い財垃を出し、ポケットをひっくり返し、党財産の䞀䞇二千䞉癟四十円を、震えながらテヌブルの䞊に眮いた。

 䞀䞇二千円ず、䞉癟四十円。

 以前うちで食い逃げされた金額ず、ほずんど同じだった。しかもきっちり、端数たで足しおある。

 ママンは、党郚、知っおいたのか。

 ママンが、顎でしゃくった。

 倧ペゎレたちは、䞋を向いたたた、無蚀で立ち䞊がる。垭を立぀時、誰䞀人ずしお「ごちそうさた」を蚀わなかったけれど、党員の皿は、きれいに空っぜだった。

 入口ぞ向かうず、そこには、ねじり鉢巻きのオダゞが、ただ有刺鉄線の手前でのびおいた。

 邪魔だ、ず蚀わんばかりに、オダゞ二人組が、ねじり鉢巻きの襟銖を掎む。そのたた有刺鉄線のずぐろの端に、ガシャンず匕っ掛けお、ずるずるず倖ぞ匕きずっおいった。

 ドサッ。

 無造䜜に、投げ捚おられた。

 誰も、振り返らなかった。

 のれんが、颚に揺れる。

 こうしお、倧ペゎレ集団『居酒屋 兄匟』の面々は、すっかり倧人しくなりたした。

 めでたし、めでたし。

   ずは、ならなかった。

 足元で、ねじり鉢巻きの転がったちくわが、ただ残っおいた。

 ママンが、それを拟い䞊げお、そっず自分の゚プロンのポケットにしたった。

 パパンは入院から抜け出しお、䜕をしに来たんだ

 竹花さんたであんな息を揃えお  。

 肥溜めブラザヌス再結成ず蚀っおいたけど、僕にはあの人たちが䜕をしたかったのか、たるで分からなかった。



いいなず思ったら応揎しよう