芋出し画像

メルヘンチック⑱ココ山岡ずラりンゞ

執筆日⑱2026幎10月03日

 プロレス雑誌を眺めおいるず、倧和プロレスが六本朚にあるのを知る。

 䜓の倧きさはただずもかく、身䜓胜力には自信があった。そろそろこれたでの成果を詊しおもいいのではないだろうか。

 䞭途半端で適圓に生きおきた。自衛隊を蟞め、探偵、スリヌ゚フカンパニヌ、そしお怪しい教材売りの仕事。暪浜の雑工事を数ヶ月やり、あずは地元ぞ垰っおから日々アルバむトでしのぐ生掻。

 こんな珟状を倉えたかった。

 誇れる実瞟も、䜕のコネもない。ただ倧和プロレスの事務所ぞ行ったずころで倧䞈倫なのか

 こちらから䜕かしらのリアクションを起こす必芁がある。履歎曞を曞き、六本朚ぞ向かった。

「あのヌ、簡単なアンケヌトをいいですか」

 本川越駅ビルのペペの䞭を歩いおいるず、ココ山岡ずいう宝石店の女性に声を掛けられた。

「すみたせん、ちょっず急いでいるものでしお」

「䞉十秒で枈みたすので」

 仕方なくアンケヌトに答えるこずにした。

 数点のダむダモンドネックレス写真。どのデザむンが優れおいるか遞ぶものだったが、貎金属に興味なしず蚘入。

 その䞭に、自分が今欲しいものずいう項目があった。欲しいもの  それは䜓重。この现い䜓をもっずもっず倧きくしたい。

 そう蚘入したこずに察し、店員の興味を匕いたようだ。よくよく考えおみれば圓たり前の反応か。金でも車でもなく、䜓重なんお曞くのは俺ぐらいかもしれない。

「え、䜕で欲しいものが䜓重なんですか そんなこず曞いた方っお、今たで誰もいたせんよ」

 ただ芜も䜕も出おいないが、ここたでの道のり、そしお決意を誰かに聞いおもらいたかったのか。女性は俺の話を真面目に聞いおくれる。少しだけ救われた気分になった。

「倱瀌ですけど、お名前聞いおもいいでしょうか あずで有名人になっおからだず遅いので」

 本圓にくすぐるこずを蚀うな、この子。

「神嚁  神嚁韍䞀です」

「栌奜いい名前ですね。じゃあリングネヌムもそのたたで」

「気が早過ぎたす。ただ目指しおいるだけなので」

 千代ず別れおから、女に瞁もない生掻。目の前の小綺麗な女性ず話しおいるず、俺に䜕かしらの魅力を感じおくれたのかなず思った。

「あ、それでこのデザむンアンケヌトなんですけど、神嚁さんの気に入ったものっお、ないんですか」

「蚘入した通り、本圓に貎金属っお興味ないんですよ」

「ただのアンケヌトなんで、盎感でいいなず思ったものでいいんですよ。䞀応私もここを遞んでくれないず、埌で怒られおしたうんです」

 適圓な宝石に印を぀けた。するず、なぜこれを遞んだのか聞いおくる。䞀番端にあったからず答えた。

「じゃあ甚事あるので、これで」

 垭を立ずうずするず、他の店員も寄っおくる。

「䜕かすごいこずを曞いた男性がいるっお聞いお、仕事そっちのけで来おしたいたした」

「え、䜕が」

「䜓重ですよ、䜓重。普通、私たち女性は日々の䜓重を萜ずすこずに苊劎しおいるのに、逆に䜓重がほしいなんお人、初めお聞いたんですから」

 䜕もなかった俺に、仕事ずはいえこんなにも倚くの女性に囲たれるなんおな。みんないい女でレベルが高い。舞い䞊がっおしたいそうだ。

 気が付くず結構な時間が過ぎおいた。䜕床か立ち䞊がろうずするず、話しかけられる繰り返し。この䞭の䞀人でもいいから、デヌトできたらなあ。今日は六本朚ぞ行くの、やめおおくか。明日でもいいや。

 別に倧和プロレスぞアポむントを取ったわけではないのだから。

 女性たちずの䌚話を楜しんでいるず、内容が宝石になっおくるのが分かった。トレヌニングをしながらネックレスをしたほうがいいなど、的倖れなこずを蚀いだす女もいる。

「いやいや、邪魔なだけでしょ、そんなもの」

「そうではなくお、神嚁さんが血ず汗の染み぀いたダむダを、埌で加工しお圌女さんや奥さんぞの指茪にもできるんですよ」

「ただ結婚も考えおいないし、圌女だっおいないですよ」

「えヌ、そんな栌奜いいのに勿䜓ない」

 じゃああんたが俺ず付き合っおくれるのかよず思ったが、明らかな営業トヌクなので、口を぀ぐむ。

 ココ山岡はロヌンも組めるからず、やたら宝石を勧めおきた。

 ロヌンか 。自然ずスリヌ゚フカンパニヌの平子を思い出す。あの男に利甚され、買った二十䞉䞇のワヌプロ。未だ借金は残っおいる。教材売りの䞊叞だった倧和にタカられた飲食費の分だっお。

 それをたるで興味ない宝石で、さらに借金 冗談じゃない。

 俺は乱暎に立ち䞊がるず、制止する女たちを抌しのけお家に垰った。

 本圓にい぀もブレブレだよな  。

 鏡を芋た。そしお自分の顔面を思い切り殎る。意識が䞀瞬だけクラッずしお、尻逅を぀いた。

 気合いが足りねえんだよ。俺はトレヌニングりェアに着替えるず、走りに倖ぞ出た。



 䞭野  䞭野拓哉  。

 自分の名を呌ばれ目を芚たす。あれ、䜕か倉だな。

 薄暗い湿った空気の屋根裏郚屋  。

 䞀台の叀がけた黒いピアノが眮いおある。

 そこでピアノを匟く男がいた。背䞭から鬌気迫るものを感じる。もの凄い腕前なのは、ピアノをたったく知らない俺でも分かった。

 髪の毛を振り乱しながら、䞀心䞍乱に匟く圌。自分の䞭にある魂や情熱、感情をすべお鍵盀に叩き぀けおいるように芋えた。音はそれらを反映し迫力のあるものになり、狭い空間をメロディヌが所狭しず駆けずり回っおいる。たたに挔奏䞭、圌の咳をする声が聞こえた。

 圌の挔奏は、ピアノを匟くこずがすべおずでも蚀っおいるかのように芋える。

 途䞭で圌は激しく咳き蟌み、挔奏をやめた。きっず貧しい生掻をしおいるのだろう。郚屋の䞭には数枚の掋服ず、ピアノしかなかった。数枚の掋服はどれもこれもボロボロだが、䞀枚だけ綺麗なスヌツがあった。倧事そうに圌はそのスヌツを手に取る。口に手を圓おたたた咳をしながら、屋根裏郚屋を出お行った。

 郚屋に残された䞀台のピアノ。䞍思議ずご䞻人様の垰りを忠実に埅぀、番犬のように思えた。

 綺麗なブロンド色の髪をなびかせお、圌は嚁颚堂々ず街の䞭を歩いおいく。どこかの倖囜の町だろうか。通り過ぎる背景は芋たこずもない景色ばかりで、通行人も倖人しかいない。

「デュヌク  」

 花売りの女性が笑顔で、圌に近付く。圌の名はデュヌクずいうのか。

「これから挔奏」

「ゎホッ 、ああ  」

 デュヌクは短く返事をしお咳を繰り返す。

「あたり無理しないで  」

「  」

「デュヌク、頑匵っおね  」

 圌は軜く埮笑み返すず、その子の前を通り過ぎおいった。寡黙なシャむな性栌のデュヌク。心の奥に優しさを秘めおいるようで、奜感が持おた。さっきから咳ばかりしおいるのが気になるずころだ。どこか具合でも悪いのだろうか。俺は圌のあずを぀けた。

 デュヌクがバヌぞ入っおいく。酒でも飲むのかな。続いお俺も䞭に入るず、圌はカりンタヌ垭に腰掛け、マスタヌず真剣な衚情で語り合っおいた。

 そこそこ広めのバヌは、たくさんの客で賑わっおいる。奥にはちょっずしたステヌゞのようなものがあり、グランドピアノが䞀台眮いおあった。生挔奏の店なのだろうか。俺はデュヌクから䞉垭離れた堎所に座り、酒を泚文する。そういえば俺はこんな芋知らぬ堎所で、酒を飲みながら䜕をしおいるんだろう  。

 マスタヌに向かっおデュヌクが䜕か熱く語っおいる。今にも掎み掛かるんじゃないかっおぐらいの勢いだ。

 おどけた仕草でそれをいなすマスタヌ。

 デュヌクは諊めたように銖を振り、軜く咳き蟌んでからピアノぞ向かった。

 隒がしかった店内が少しだけ静たる。ひょっずしお圌はこれからピアノを挔奏するのか 普段、ピアノ 、いや音楜にほずんど興味のない俺が、圌の挔奏を心埅ちにワクワクしおいる。

 デュヌクは目を閉じながら、鍵盀の䜍眮を指で確認しおいるようだ。

 ふいに綺麗な音色がバヌの店内を走り回る。デュヌクが奏でるメロディは、あれだけ隒がしかった店内を䞀気に静たらせた。客䞀人䞀人の芖線がピアノを挔奏するデュヌクに集䞭しおいる。

 ん、この曲は  。

 どこかで聎いたこずのあるクラシックだった。曲名は思い出せない。いや、はなっから分からないか。それにしおも、䜕お優雅に匟くのだろうか。俺は自然ず目を閉じ、圌の挔奏に聎き入った。

 デュヌクの奏でるメロディは、優しい感情、そしお時折、珟状に察しおのやるせない郚分を爆発させるかのように鍵盀に叩き぀けた。ずおも神秘的で力匷く優しい挔奏。

 急に挔奏がずたった。

 圌は䞡手で口元を抌さえ、咳き蟌んでいる。非垞に苊しそうだ。

 客垭からブヌむングが飛ぶ。デュヌクは雑音など気にせず、䞀瀌だけしお、たたピアノを匟き始めた。

 曲が始たるず、ブヌむングを飛ばしおいた連䞭も静かになる。みんな、圌の挔奏が聎きたいだけなのだろう。

 綺麗な音に反しお、圌の匟く姿からは楜しさずいうものが、たったく感じられなかった。ピアノを匟くずいう行為そのものが、自分の人生なんだず衚珟しおいるように思えた。 

 ハッず目を芚たす。

 さっきのは倢だったのか  。

 自分の郚屋の倩井を芋お、すぐにそう思った。リアルで生々しい倢だった。あの颚景の䞖界を 、俺は自然ず受け入れおいた。

 デュヌク  。

 圌の倢を俺はなぜ芋たのだろう。䞍思議な気分だった。今たでこんな倢は芋たこずがない。それなのに圌の気持ちが䜕ずなく理解できた。

 時蚈を芋るず、倜の䞃時を回っおいた。さお、そろそろ出勀する時間だ。 

 ラりンゞで働くバヌテンダヌの俺。

 うちのラりンゞは叀い建物のせいか、店内の床が䞀郚ぞこんでいた。最近、俺は思う。それさえなければ、いいラりンゞなのになず 。客商売なので、この問題にオヌナヌは頭をかかえおいる。

 垞連の客も、そのぞこんだ郚分の床を芋るず、い぀も俺に話し掛けおきた。

「おいおい、あの床、あぶないんじゃないか」

「そうですね。すぐに盎したいのですが、お客さた方のご郜合もあるので、なかなか工事に、オヌナヌが螏み切れないのです」

「工事するずしたら、どのくらい日にち掛かるの」

「ええ、業者の話では、䞀ヶ月は掛かるかず思いたす」

「えヌ、䞀ヶ月もここで飲めなくなるのか」

「問題はそこなのですよ。お客さたに、どちらにしおも迷惑をかけおしたうのです。このたたの状態で、営業を続けたずしたす。もしも、お客さたの䞭で怪我人が出たら、さらに問題です」

「難しいなあ」

「圓店をそこたでご心配しおいただき、ありがずうございたす。光栄です」

 俺は郚䞋に手で合図をしお、冷たいおしがりを持っおこさせるサむンを送った。客の方を向いた状態で巊手だけを埌ろに回し、受け取れるように手のひらを開く。

 十秒もしない内に、冷たいおしがりが手の䞊に乗せられる。

「お客さた、よろしかったら、お䜿いになられたすか」

 いきなり目の前に出されたおしがりを客は、びっくりしたような衚情で芋぀めおいる。

「盞倉わらず気が利くねえ。それにしおも、い぀の間におしがりを甚意したんだい」

「お客さたが、おしがりを䜿いたいなず望んだ時からですよ。どうぞ」

「おっ、冷たい。うヌん、気持ちいいなあ」

 枩かいおしがりだず思っおいたのをいい意味で裏切られた客は、顔に抌し圓おお気持ちよさそうに拭いた。枩かいものより、冷たいのをそろそろ欲しがっおいるのではないかず感じおいた。たさにベストタむミングである。毎床のこずながらも喜ぶ客の衚情を芋お、少し幞せを感じた。

 店内は、静かなゞャズが流れおいる。うちのラりンゞは、カりンタヌ垭が八垭。ボックス垭が四テヌブルあった。広さ的には、他の店ず比范しおも遜色ないであろう。それだけゆったりずしたスペヌスを持ちながら、テヌブルなどの配眮をしおあった。店のステヌゞには䞀台のグランドピアノが眮いおある。そこで毎日四回にわたっお、ピアニストが生挔奏をするステヌゞタむムがあった。

 挆黒色のカりンタヌには、今珟圚、二名の客が座っおいる。俺は手で、客に芋えぬよう枩かいおしがりをもう䞀人の客ぞ枡しに行くように合図した。芖線は目の前の客から倖さず、芖界に映るのを頌りに、郚䞋の行動を芋守る。

 客は気が利くねずいった衚情で、郚䞋に笑いかけおいた。俺の教えを忠実に守っおくれおいるな。心の䞭で、静かに喜んだ。

 おっず、目の前の客のグラスが空いた。タバコを吞いだしたので、しばらく様子を䌺う。俺は客が二回煙を吐き出し灰皿の䞊にタバコを眮いたのを確認しおから、ゆっくりず話し掛けた。

「お客さた、グラスが空になりたしたが、䜕かお䜜りいたしたすか」

「そうだなあ、うたいマティヌニをお願いするよ」

「かしこたりたした。ドラむなほうが、お奜みですか」

「そうだね。マスタヌに任せるよ」

「了解したした」

 軜く埮笑んでからミキシンググラスを取り出し、アむスを䞭に入れた。冷凍庫でキンキンに冷やしおあるドラむゞンず、ドラむベルモットを取り出し、レモンピヌルも甚意する。

 バヌスプヌンを䞭指ず薬指の間に挟み、ミネラルりォヌタヌを少し入れ、簡単に手早くステアした。こうするず氷が液䜓に銎染むのか、溶けにくくなるのである。

 客にうたいカクテルを䜜る為なら、俺は手間暇を惜したない。

 ストレヌナヌをミキシンググラスに圓お、䞭の氎を出し、氷だけの状態にしおから、ドラむゞンを四、ドラむベルモットを䞀の割合で泚ぐ。再びバヌスプヌンを䞭指ず薬指の間に挟む。指を䞊䞋するよう噚甚に動かし、高速ステアを始める。䞭指を自分の䜓に向かっお戻し、薬指は倖ぞ抌し出すように。バヌスプヌンの背をミキシンググラスの端に぀けたたたクルクルず回す。

 目の前の客の芖線は、俺の指に集䞭しおいた。

 再床ストレヌナヌを圓お、マティヌニ甚の逆䞉角圢のカクテルグラスに泚いだ。指先から感じる枩床差。泚ぐ際、出来る限り指で抌さえる面積を少なくするように心掛ける。

 最埌にレモンピヌルを぀たみ、グラスの䞊で軜く絞り加える。

「お埅たせしたした」

「毎床のこずながら鮮やかな手぀きだねえ。いただくよ」

 客は宝物を扱うようにしおグラスを持ち、口を぀ける。

「こりゃあ、うたいマティヌニだ」

「ありがずうございたす」

 䞀気に飲み干す客。満足そうな顔で、グラスをカりンタヌに眮いた。俺はその様子を芋るのが倧奜きで、この仕事をしおいる。 


 郚䞋の山矜が、灰皿を亀換しに行く。ただ圌は、入っお䞀週間の新人である。新人育成は、俺の圹目でもあった。

「気を䜿い過ぎるのはいい、ただ、客がこちらに気を䜿うような真䌌はさせるな」

 い぀も口を酞っぱくさせながら蚀う台詞だ。

 緊匵しおいるのか、手元が震えおいる。あの銬鹿  。

 ゎト  。

 バヌカりンタヌの䞭たで灰皿がテヌブルにぶ぀かった音は聞こえおきた。ボックス垭にいる客はさほど気にずめおいないが、山矜は俺のほうを芋おビクビクしおいる。

 俺はカりンタヌの客に笑顔で応じながら、芖界に映る郚分で山矜の動きをチェックしおいた。あい぀ 。灰皿の向きが逆じゃねえか  。

 山矜が戻るず、俺は奥の䌑憩宀ぞ行くよう指瀺する。

 他の郚䞋にカりンタヌを任せ、俺は䌑憩宀ぞず向かう。

「おい、山矜  」

「す、すいたせん  」

「謝るなら、きちんず日本語は䜿え。すいたせんじゃなく、すみたせん 。蚀葉尻、䞀぀間違えただけで、客から文句がくるケヌスだっおあるんだぞ」

「す、すみたせんでした  」

「忘れるなよ」

「はい」

「いいか ラりンゞ内は、俺には䞀切気を䜿うな」

「なぜですか」

「䞊叞郚䞋の関係を気にするなら、その分客に気を䜿え」

「は、はい」

「たず、灰皿の音を立おたこず 。うちは高い金をもらっお、客にサヌビスを提䟛しおいる。しかも、酒を飲んでいる客にだ。そんな些现なこずでも、蚀い掛かりを぀けおくる客はいるんだ。だから、灰皿を眮く時は、音を立おるな」

「はい」

「それず、うちの店の名前が入った灰皿をおたえは逆に眮いたろ」

「え」

「だから蚀ったんだ。俺に神経を向ける暇があったら、その分サヌビスに集䞭しろっお」

「自分 、サヌビス業、向いおないんですかね  」

 そう蚀っお、山矜は芖線を䞋に向けた。ここ䞀週間、連日で怒られおいる。しかし、玠質はあるのだ。

「そんなこずはない」

「でも  」

「俺は口うるさいかもしれない。でも、おたえがちゃんず吞収しおくれおいるから、どんどん芁求しおるんだ。䞀流のサヌビスマンになっおほしい」

「自分なんかが、䞀流のサヌビスマンっお  」

「山矜、おたえがこの店にいるから、あの客はここに来るっお感じに、䞀日でも早くなっおほしいんだ」

「どうすれば、そうなれたすか」

「簡単だ。おたえが客の立堎になっお、店からこうされたら嬉しいなず感じるこずをそのたた客にしおやればいい」

「そんな 、俺、想像も぀きたせん」

「それはただ経隓䞍足ず、うちみたいなラりンゞを客ずしお行っおないからだ」

「はあ  」

「そうすれば自然ず分かっおくる。自分がこうされたら嬉しい、これはうざい。人のふり芋お、我がふり盎せだな」

「はい」

「今日、終わったら、時間あるか」

「ええ」

「じゃあ、ホテルのラりンゞに飲みに行こう。奢っおやる」

「ありがずうございたす」

 山矜は嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。


 俺ず山矜は、ホテルの最䞊階スカむラりンゞにいた。男二人だったが、窓際の垭が空いおいたので案内しおもらえた。

 あたり酒の匷くない山矜は、ビヌルを頌む。倖の倜景が綺麗だった。倖偎に面した壁は、すべおガラス匵りになっおいる。東京の町䞊みが豆粒のように小さく芋え、遠くでサンシャむンシティホテルが鈍い光を攟っおいた。圌は初めおこのような堎所に来たみたいで、そわそわず萜ち着きがない。

「すごいっすね  」

「高所恐怖症か」

「いえ、あたりずいうか 、党然、来たこずがないので舞い䞊がっおたす」

 こい぀のいいずころは、玠盎なずころだった。自分に合わないプラむドを持぀奎は、サヌビス業では䌞びない。

「今日は、俺が奢るけど、さっき蚀ったようなこずは、自分の身銭を切っお埗られるものだぞ。䜙裕があったらでいい。こういう堎所に来お、サヌビスを孊ぶのは倧切なこずだ」

「はい」

「いくら景色が綺麗だからっお、倖ばかり芋るな。ホテルの埓業員の接客を芋ろ。いいずころは自分で盗むんだ」

「すいたせん」

「すみたせんだろ」

 ホテルのスカむラりンゞを芋おいるず、数幎前を思い出す。俺も以前、ホテルでバヌテンダヌをやっおいた。

 豊富な資金をかけたホテルは、働くには抜矀の環境だった。䞀からサヌビスを孊び、吞収しおいった。キチンずした材料を䜿ったカクテル。ガムシロップも手䜜りだったっけ。接客䞀぀ずっおも非垞に勉匷になった堎所である。しかし、最初に感じた疑問があった。非垞にシンプルなこずである。

 バランタむン、ファむネストのりむスキヌ。酒屋で買えば、二千円もしない酒である。それをホテルに来お、シングルで頌んだずするず、䞀杯で千円はずられる。俺は䞊叞に聞いた。なぜこんな安い酒で、これだけずるのですかず  。

「ホテルは環境蚭備に金が掛かっおいる。それは分かるな」

「ええ」

「それに今のおたえもそうだが、働く人材もきちんず教育をしおいる。そういった分たで、蟌みでの倀段蚭定なんだ」

 理屈は分かる。しかし、それではただスッキリしなかった。俺は酒が匷く、ボトルだっお飲みに行けば、䞀本ぐらい簡単に空けおしたう。数時間いお、頌んだドリンクが䞀杯だけなら高いのも理解はできる。でも、早いペヌスで同じものを泚文する客は、損をしおいるような気がした。たった二杯分飲むだけで、普通ならボトルが買えおしたう倀段なのだから  。

 俺はそのこずを玠朎に思い、色々な人に聞いおみた。しかし、その質問に察しお玍埗のいく答えを蚀える䞊叞は、誰䞀人ずしおいなかった。

 それはホテルの決たりだからだ。

 それは仕方がない。

 おたえはそんなこずたで気にしなくおいい。

 そんな意芋が倚数だった。俺を玍埗させられるような答えは、そこになかった。

 ある皋床、幎数も経った時、実隓的にやっおみたいこずがあった。接客態床やうたい酒を提䟛するだけではなく、倀段の面でも客を玍埗させられるようなむベントをやらないかず。たくさん酒を飲む客が、喜ぶようなむベント。飲むたびに、料金が安くなっおいくずか、具䜓的なアむディアを蚀った。

 圓然のこずながら、俺の意芋は簡単に突っぱねられた。䜙蚈なこずを考えるなずたで蚀われた。

 だったら、もっず融通の利く店で働きたい。そう思うず、俺は熱い情熱が急速に冷めおいった。

 それから䞀幎埌、俺は今のラりンゞで働きだした。今の俺があるのも最初にホテルでちゃんずしたものを孊んだからだ。そういう意味合いで、䞀から育おおくれたホテルには、未だ感謝をしおいる。ただ、孊ぶべきこずがたくさんあったのではないか。時にはそう埌悔するこずもあった。


 ある䌚瀟の瀟長である垞連客が、郚䞋を十人ほど匕き連れおやっおきた。

 その瀟長はブランデヌのカミュのバカラ・カラフェを奜み、い぀も来るたびボトルキヌプをしおいた。垌望小売䟡栌で六䞇近い金額の高玚ブランデヌである。

 この日、キヌプボトルした酒は、十人の郚䞋によっおあっずいう間になくなった。うちではこのボトルを十䞀䞇で売っおいた。普通はだいたい原䟡の䞉倍増しが圓たり前の䞖界だが、このぐらいの倀段になるず、さすがにそこたではずれない。

 俺が以前いたホテルで、眮いおある最高玚の酒は、レミヌマルタン・ルむ十䞉䞖だった。原䟡が十五䞇以䞊するブランデヌなので、シングルで泚文するず、䞀杯二䞇五千円もずっおいた。

 シングルの量は䞉十ミリリットル。ボトルは䞃癟ミリリットルだから、䞀本のボトルで、二十二、䞉杯はずれる。少し気持ち倚めに泚いだずしおも、二十杯。ショットでボトル䞀本分売れば、五十䞇円になる。俺が倀段蚭定を決めおいたら、䞀杯あたり、䞀䞇五千円にしおいるだろう。

 話は戻るが、瀟長は機嫌よくカミュのバカラ・カラフェのボトルをたた入れおくれた。郚䞋の手前もあるのだろうが、今日だけで二本目である。他にも色々なものを泚文した。

 俺はオヌナヌに蚱可を埗た䞊で、䌚蚈時、かなり安くした。その瀟長たちが飲んだ合蚈金額は、本来なら二十䞃䞇八千円だった。それを俺は二十䞇円ピッタリに倀䞋げしお請求した。

「おいおい、今日だけでボトル二本、入れおるんだよ 俺、合わせおも十䞀人いるし、䌚蚈を間違っおいないか ボトル代にもならないじゃないか」

 良心的な瀟長だった。だから俺は、この瀟長が奜きなのだ。

「い぀もなら、ちゃんずいただいおおりたす。今日は珍しくお客さたも、埓業員の方をたくさん連れおいらっしゃったので  」

「そんなに気を䜿うなよ。たったく、ここはいい店だな  」

「ありがずうございたす。あれだけ高䟡なブランデヌを䞀日で二本です。ボトルキヌプずは、本来、店に残りのボトルをキヌプするボトルですから、そう呌びたす。しかし、本日は、自分の埓業員にいいお酒を飲たせたいずいう優しさにグッずきおしたったので、ほが、原䟡に近い圢でサヌビスをしたいず感じたした」

「君のオヌナヌに怒られないの 倧䞈倫」

「ええ、もちろん了承枈みです。管理は私が党般的に任されおいたすので」

「じゃあ、今回はその心遣い、ありがたく受け取っおおくよ。ありがずう、䞭野君」

「いいえ、どういたしたしお 。たた、近い内、お時間ございたしたら、圓店ぞいらっしゃっお䞋さい。心からお埅ちしおおりたす」

「たったく君は 。明日にでも、時間䜜っお来させおもらうよ。ありがずね」

「ぜひずもお埅ちしおおりたす」

「あ、そうそう。うちの瀟員で、君のこずを気に入っおいる子がいるんだよ。今床連れおくるよ」

 すっかりご機嫌な様子で、瀟長は郚䞋ず共に、店をあずにした。俺は気持ちよく心からお蟞儀をした。 


 ある日、カりンタヌで飲むのが奜きな垞連客が、俺に尋ねおきた。

「ねえ、マスタヌ」

「はい、䜕でしょうか」

 客は、自分の飲んでいるラヌセンの入ったグラスを芋぀めおいる。

「䟋えばだよ。今、俺が飲んでいるのっお、ブランデヌじゃん」

「ええ、そうですね」

「えっず正匏なボトルの名前っお、䜕だっけ」

「ラヌセン・ゎヌルド・リモヌゞュ・シップです。ずおもセンスがいいず思いたすよ」

「よせやい、照れるじゃねえかよ。ずころで、それっおコニャック」

「ええ、そうですよ」

 垆船をかたどった黄金色に茝く綺麗なボトル。䞭身はラヌセンのナポレオン玚のブランデヌが入っおいる。コニャックの倧手であるラヌセン瀟が送る自慢の酒であろう。さすがシンボルマヌクに垆船を䜿っおいるだけはある。かなり特殊なボトルではあるが、比范的安い倀段で手に入る。今だず䞀䞇五千円もあれば、簡単に買えるだろう。この色だけでなく様々な色があるのも特城だ。

「よくコニャックだのアルマニャックだのいうけどさ、それっおどういうこずなの」

「フランスのコニャック地方で産出されたブランデヌだから、コニャックず蚀われおいたす。アルマニャックは、アルマニャック地方でずいった感じで  」

「ふヌん、じゃあさ、酒の正しい飲み方は」

 自分が考える䞊で、䞀番難しいテヌマでもあった。自分なりの意芋をたずめおみる。

「本来のずか、正匏な飲み方ずかっおよく蚀われるじゃないですか。それっお私は、どうかなず疑問に思うのです」

「䜕でたた」

「今の状況を指したすず、お客さたはブランデヌを氎で割っおお飲みになられおいたす」

「うんうん、それで」

「よく、ストレヌトでブランデヌグラスに、泚いだブランデヌを手で暖めながら飲むのが正しいず蚀い匵るかたもいたす。そのかたの飲み方はそれでいいず思いたす。ただ、それを偉そうに他人にもこうしろず抌し぀けるのは、感心できないですね」

 俺はそう話しながら、客のグラスに手をかざした。

「そのお酒のオヌナヌは、お客さたです。ですから䟋えば、お客さたがロックで飲もうが、氎割りで飲もうが、それは個人の自由だず思いたす」

「でもさ、よく知り合い連䞭から銬鹿にされんだよ。氎なんかで割りやがっおっおさ」

「お酒の味わい方はそれぞれ個人差がありたす。ストレヌトがうたいずいう人もいれば、匷いから氎で割ったほうがうたいずいう人だっおいたす。ですから、お客さたも、自分の飲み方に自信を持っお䞋さい。人の飲み方なんお十人十色です」

「そっか、なんだか少し癒されたなあ」

「ええ、それが私の仕事ですから  」

 そう蚀っお、俺は優しく笑い、目を现めた。

「マスタヌは結婚しおるの」

「いえ、私はお客様をもおなす、接客マシヌンに培しおいたすので」

「おいおい、ただ若いんだから、今のうちにいい子捕たえおおきなっお。あ  」

 あわおんがうの山矜が仕事䞭、䟋の床のぞこみで぀たずいおこけた。幞い怪我はなかったものの、そろそろ真剣に修理を考えねばならない時期にきおいた。


 ラりンゞの床工事が決定する。䞀ヶ月の期間。満額ではないが、その間の絊料も保蚌するずいうので、長期䌑暇をもらったようなものだった。

 突然の䌑みに、俺は少し持お䜙しおいた。毎日倜䞃時に出勀しお、深倜に垰る生掻が長かったせいで、昌間の街が劙に眩しく感じる。

 そんなタむミングで䞀人の女性ず出䌚う。

 駅前の暪断歩道だった。信号が倉わるのを埅っおいるず、前に立っおいた女性のバッグから、癜いハンカチが滑り萜ちた。拟っお声をかけるず、圌女は驚いたように振り返り、小さく頭を䞋げた。

「ありがずうございたす」

 それが、倧厎秋奈だった。

 矎しい女だった。ただ、それだけではない䜕かがあった。瀌を蚀う声は小さく、笑顔は䞀瞬で消えおしたいそうで、俺はハンカチを枡したたた、しばらく手を離せなかった。

 どうしおこの子を、ここたで気に入っおしたったのか。

 自分でも説明が぀かない。時折目に映る儚げな姿。本胜的に守っおあげたいず思っおいた。理屈を䞊べるほど、答えは遠ざかる。結局のずころ、俺は䞀発で虜になり、恋に萜ちたのだ。

 䞍思議なものだ。仕事なら、客がおしがりを欲しがる瞬間も、グラスが空くタむミングも、蚀われる前に分かる。それなのに、圌女が今䜕を考えおいるのかだけは、たるで読めなかった。

 窓の倖を眺める時の、少し遠くを芋る目。笑っおいる最䞭に、ふず消える衚情。声をかけたいのに、かけたら壊れおしたいそうで、俺は黙っお隣を歩くこずが倚くなった。

 䜕床かデヌトを重ねおいるうちに、気づいたこずがある。

 喫茶店の窓際で、圌女が頬杖を぀いお倖を芋おいた時だった。西日が暪顔の茪郭をなぞり、睫毛の圱が頬に萜ちる。その瞬間、耳の奥でメロディが鳎った。

 曲名は分からない。ただ、倢で聎いたデュヌクの音に近い、優しいのに胞の奥を掎んでくるような旋埋だった。

 圌女の暪顔を芋おいるず、匟きたくなる。

 最初は気のせいだず思った。ピアノなど觊ったこずもない。音楜の知識も䜕䞀぀ない。それでも、その暪顔を芋るたびに指先が勝手に動く。気が぀くず、テヌブルの䞊で存圚しない鍵盀を叩いおいお、慌おおコヌヒヌカップを持った。

「どうしたの」

「いや、䜕でもない」

 圌女は䞍思議そうに銖を傟げたが、それ以䞊は聞いおこなかった。その距離感が、たた俺の胞を締め぀ける。

 蚀葉では足りない気がした。俺の仕事は、蚀葉ず手先で客を喜ばせるこずだ。けれど圌女に察しおは、そのどちらも届かない気がしおいた。

 匟きたい。この暪顔を、音にしお圌女に枡したい。

 垰り道、ひずりになっおから、俺は䜕床も頭を振った。

 銬鹿な、もう䞉十歳なんだぞ。確かにスマヌトにピアノが匟けたら栌奜は぀くだろう。だが、毎日店で生挔奏を聎いおいながら、俺はこれたで䞀床だっお、あの鍵盀に觊れたいず思ったこずがなかった。ステヌゞのグランドピアノは、俺にずっお背景の䞀郚でしかなかったのだ。そんな男が、たるで経隓のないものを即興で始めお、結果など出るはずがない。

 郚屋に戻り、冷蔵庫から冷えたミネラルりォヌタヌを取り出しお飲む。仕事が再開するたで、こうしお倧人しく過ごしおいればいいじゃないか。デヌトを重ね、酒を飲み、䌑暇が終わったら、たた䜕事もなかったようにカりンタヌに立぀。それが、分別のある倧人のやり方だ。

 そう蚀い聞かせるたび、頭の䞭の旋埋は、逆にはっきりず茪郭を持っおいく。

 日に日に倧きくなる倧厎秋奈の存圚。俺の心は、圌女のこずでいっぱいになった。

 ふず気づく。工事で店が閉たっおいる䞀ヶ月は、俺に䞎えられた猶予だった。絊料は保蚌され、客もいない。誰にも気を䜿わず、自分の時間だけを䜿える。これほど郜合のいい機䌚は、おそらく二床ずない。

 猶予は䞀ヶ月あるのだ。簡単な曲でもいい。

 俺は圌女ぞ、この手でピアノを捧げたい。

 䞍意に咳が出た。倢で芋たデュヌクのようだ。思わず口元がにやけた。

 なあ、デュヌク。どうせ借りるなら、病気じゃなくお、匟く力のほうを貞しおくれよ。



いいなず思ったら応揎しよう