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猫エッセイ|最後の晩餐

    もし、猫にひとつだけ聞くことができるとしたら、

    「最後の晩餐、何食べたい?」って聞いてみたい。


    たまに、漠然と考える自分の最後のごはん。

    死ぬ前に食べたいもの…

    今まで食べたことのないような、極上の寿司。
    フタをあけると気絶しそうなぐらいの、超特上うな重。
    テレビでしか見たことない、極厚の霜降り和牛ステーキ。

    最後なんだから、飛び切り贅沢なものを食べてみたい。だって、死んじゃうんだもん。

    いや、でも、結局は高級なものより、塩むすびとか、あの居酒屋のポテトサラダとか、思い出の味になるのかな…。

    そもそも、死ぬ直前にごはんが食べられる状態かどうかもわからないのに、なんでこんなことを考えるのだろう。

    人は、死ぬ前に何をしたいのか。きっと少しでも悔いのないように、やりたいことして、幸せな気分で旅立ちたいと思うはず。

    そう考えると、何をしているときがいちばん幸せなのか。
    幸せは、人それぞれかもしれないけれど、おいしいものを食べているときが純粋に幸せなんだと思う。

    食べる、食べたいと思うことの幸せ。
    おいしいものを食べているときのあの幸福感は、カロリーや体重などの代償にも代えがたいものがある。

    「食」は喜び。

    最後は幸せな気分でこの世を去りたい。
    そのための最後の晩餐なのだ。


    猫たちには、いつも幸せな気分でいて欲しい。最後ならなおさら。

    猫にも食べる幸せがあると思う。

    ごはんの時間になると、ソワソワしながら足もとにまとわりついたり、絶対催促してるとしか思えない鳴き声で訴える。

    「腹減ってんだじょー!ごはんの時間過ぎてるんだじょー!」

    お皿にそそがれるカリカリの軽快な音に、目をキラキラと輝かせて駆け寄ってくる姿を見れば、猫にとってごはんがどれだけ楽しみなことかがわかる。

    だから、もし、死ぬ前に猫がひとつだけ質問に答えてくれるとしたら…

    「最後に何食べたい?」

    って聞いてみたい。

    私のことが好きだったのか、この家で暮らして幸せだったのか、まあ、そんなことも聞いてみたいとは思う。

    でも、その答えがモヤモヤするような回答だったとき、きっと複雑な気持ちのまま最後のお別れをしないといけない。
    だったらあえて知らないままのほうがいい。

    最後に食べたいものだったら、答えも明確。

    「あの喉ごしが最高のちゅ~るとかいうやつ、あれがいい」とか、

    「一度でいいから、缶詰をあけるとまぐろのいい匂いがするのに、チキンって書いてあるやつを食べてみたい」なんて言われたりして。

    「そうね、まぐろなのにチキンは紛らわしいよね。っていうか、字読めるんだね」 なんて突っ込んだり。

    やっぱりそれ、好きだったんだね」と嬉しくなるかもしれないし、「へぇ、意外!」なんてこともあるかも。

    きっと、猫だって「あれもっと食べたかったなぁ」とか、手を出すといつもダメって止められる、私がおいしそうに食べていたものを舐めてみたかったと思ってる。

    猫の楽しみは人とそんなに変わらない。
    食べて、寝て、遊ぶ。

    だから、最後ぐらいは猫が食べたいもの、食べさせてあげたい。

    「ねずみ」って言われたら、どうしよう…。

    #創作大賞2026
    #エッセイ部門


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    猫が好き過ぎるネコワズライ。猫四姉妹とアラフォーの自由気ままに暮らしています。会社員ですが、平日の夜と土日は猫の傍らでもの書きしています。猫の楽園をつくって多くの猫を幸せにしたい。

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