
極端な二つの面を使い分ける
僕はかなり楽観的で、割と行動は早いほうだ。
一方、自分の現状を把握するのが苦手で、無謀と思われることにも、ほぼ無策で挑んでしまう。
こんな僕には挑戦したいことがあれば、
まずは立ち止まり、計画を綿密に立て、成功する道が見えてくるまで考える、
ある意味「悲観性」が必要なのだろう。
しかし世の中には悲観的過ぎて、挑戦をほとんどせず、自分のやりたいことをできないという人もいる。
つまり、どちらがいいという話ではない。どちらもバランスよく持っておくことが大切なのだ。
ここで、「バランスよく持っておく」とはどういうことであろうか。
楽観と悲観の中間の状態でいる言うことだろうか。
僕は「楽観的な自分と悲観的な自分二つの面を使い分ける」ということだと思う。
例えば何かにチャレンジするときのことを考えてみよう。
最初の「チャレンジしたい!」と考える時は、楽観的に考えた方がいいだろう。もし悲観的になってしまえば、自分のやりたいことができない可能性があるからだ。
そして、計画を立てる段階では悲観的であるべきだ。ここで楽観的であっては、まあ何とかなるだろうと何も考えず、実行する段階でアクシデントに対応しにくくなってしまう。
さらにこの段階で、悲観的である自分を「いやこれならいけるかもしれない!」と思わせれば、その計画は成功する可能性はかなり高くなるだろう。
そんな風に思える時は、もう道筋が「見えている」時だからだ。
将棋で言えば、「詰み」までの手がもうわかっている状態である。
そうなってしまえば、その悲観的な自分を信じて楽観的に挑戦するのみだ。
とにかく迷いが出ないように楽観的に。
もちろん将棋とは違うので「詰み」が見えていたとしてもアクシデントはある。
そんなときも、とにかくいけると思って実行する。
こんな風に挑戦できれば成功しそうではないだろうか。
これが「バランスよく」持っておくの一番良い例だと思う。
他にもいろいろある。
「優しい一面」と「厳しい一面」。
「内向的な一面」と「外交的な一面」。
「論理的な一面」と「直観的な一面」。
これらはもともと人によって、得意なものと苦手なものがある。
バランスよくするためには、苦手なものを意識して伸ばしていくしかない。
そのためには、その一面を使い分け、やりきることが大切だろう。
役者のように、「なりきる」のだ。
そうすれば、その自分が自由自在に出せるようになってくるはずだ。
自分の性格を曲げるという話ではない。
それでは、自分の得意な面も失われてしまう。
その場に応じて演じ切るということだ。