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Photo bylisa500ml

こじらせ女こそ、考えるな、感じろ

    いい加減、変わりたいのに変われない。

    たくさん学んできたのに!
    出来てる方だったはずのに!

    やりたいことに向かって動く以前に、自分のだらしなさとか、子供も言うこときかないし、旦那の言動にも結局イライラしてる。

    嫌なことがあるたびに向き合ってはみるけど、また同じことでムカついてる自分が嫌になる。
    だけど、そうじゃない世界線も知っちゃったから戻りたくもない。諦めきれない。しんどい。

    この宙ぶらりん状態から抜け出すトリガーになるのが、『感じる』だと私は思っています。

    なぜかというと、『怖い・嫌だ・不安』などを感じないようにしていると、その先の思考や行動もそれを無意識に避けるものになっていくからです。

    避けていても感情は自然と湧いてくるから、感じない限り嫌な感情との追いかけっこになるんですよね。



    私自身かれこれ35年もこじらせ人生を送ってきて、特に夫婦関係においては大袈裟じゃなく毎日泣いていた時期もありました。

    新婚の頃は、スーパーで知らないカップルに結婚指輪をアピールしてたことがあって。

    くっつきながら一つのカートを押して魚を選んでるのが死ぬほど羨ましくて、心臓がザワザワして喉から何かが出てきそうで、すれ違いざまに何度も何度も左手で前髪を整えていました。

    結婚指輪をね!!!見せつけたかったから!!!
    「私、結婚してるんです」
    「今日は一人だけど、相手ちゃんといます」
    「だから寂しくないですよー」って頭の中で必死に言い訳してました。

    なんのために?
    それは、本当は感じていた「愛されてない」っていう不安や、結婚してるのにさみしい孤独感を感じなくて済むように。
    感じるのが怖いから、無意識に必死に指輪でガードしてたんだと思う。

    それでようやく大丈夫なフリができる。
    現実と向き合わなくて済む。自分を守ることができる。

    そうやって騙し騙しやってきました。でもね〜、自分のことは騙しきれないんだよね〜。

    心臓がポカンと置いてきぼりにされる感覚になる度に、「やっぱりこいつとは私が求める関係は無理なんじゃないか」ってふりだしに戻るを繰り返してきました。


    10年経って、いろんな学びを実践して本音を伝え合えるようになっても、やっぱりどこか「さみしい」がうっすら付き纏っていました。

    また夫婦関係に悩み出した私は何をしたかというと、今度はね結婚指輪を外してみたんです。
    いつまでも愛を十分くれない夫への小さな仕返し、反抗、自己表現のつもりで。

    そしてまたしてもスーパーで、今度は「指輪のついていない私の手を見て、誰か声かけてくれないかな?」って期待していました(タスケテ)

    スーパー行く度そわそわして、今晩のおかずより寂しさを埋めてくれる何かを探してました。
    まじで買い物に集中して?


    だけど今年、いよいよこの『さみしさ』と向き合うことになりました。
    向き合うと言っても、また内観したりするんじゃなく身体で受け止めるっていうのかな。
    さみしいと感じてる自分を認める。さみしいを感じた時の身体の感覚をジーッと感じてみる。

    それは10年前の体感覚と同じ。
    心臓がザワザワして、喉から何かが出てきそう。
    涙も鼻水も出てくるし、手足はジタバタしたい。
    ざみじいざみじいざみじいーーーーー!!!!


    しばらく感じていると、さみしいって感じても大丈夫だって安心感がやってきた。
    私にとって『さみしい』は『死』とほぼイコールになっていて、だからこそ感じるのがすごーく嫌で怖かった。
    だけど今の身体で受け止められた。感じられた。感じても何か怖いことは起こらないし大丈夫だった。そしたら『さみしい』が怖くなくなった。

    さみしいを感じても大丈夫。
    さみしいがあっても大丈夫。

    その日の夜、寝てる大仏みたいなポーズで「最近さみしかったんだよね」って夫にそのまま伝えてみたら

    半分寝ていた夫がむくっと起きて
    「え、俺もそう思ってたんだよ」
    「ちょっと最近時間足りてなかったよね」
    「どうするか話し合おう」
    って想定外に寄り添ってきて目が点。

    今までも「さみしい」は言葉として伝えたことは何度もあったけど、そこには「こんな気持ちになるのはお前のせい」とか「もうどうにかしてぇぇぇぇ」って依存したい気持ちが乗っていたと思う。

    さみしい=さみしいで伝えられたら、こんな簡単なのかよ。長かったぜぇ。


    もしあの時のスーパーで、知らないカップルに反応した『さみしさ』から逃げずに感じられていたら、こんな遠回りせずに求めていた関係を築くために動けてたと思う。

    きっと感じるのが怖いのは、どこかのタイミングで感じるのをやめたんだと思うんだ。

    本当はさみしくて悲しいのに、「なんかドラマみたいだなwwwウケるwww」って平気なフリして自分を守ってきた。楽観的で、嫌なこともネタに昇華できる自分が好きだった。

    でもそれはただポジティブでもなんでもなくて、麻痺させただけなんだよね。だけど感情は無くならないわけで。

    だから、「感じても大丈夫」ってもう一回自分に教えてあげよう。

    こじらせ女こそ、考えるな、感じろ。

    ちなみに外した指輪は、2年間誰にも声をかけられずに私の薬指に帰還しました。笑
    あ~キラッとしててかわいいなぁ~

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