
ASD・ADHDの傾向が強い、と40歳近くになって診断された人。20
「生き辛い」という言葉を、よく耳にします。
私も他の方も、生き辛さを感じながら生きている人は多い。
けれど「生き辛い」=「罪悪」ではありません。
現代社会が病巣では、と感じるところは非常に大きいものです。
だから他者を傷つけて良いという理屈にもなりませんが。
ずっと昔に観たドラマで、激昂した男性が叫ぶシーンがありました。
「そりゃ金持ちなら優しいし余裕だってあるよっ!」
その男性は富裕層ではなかった。社会の底辺と呼ばれる環境にいた人でした。
大沢たかおさんが演じてらしたと思います。
その台詞の全てが正しいとは思わない。
けれど胸に響き、今でも印象に残っています。
全てが正しくなくとも、一理ある。
お金は人生や日常の選択肢を増やし、自分を楽にするのに有効です。
生き辛さからは遠くなる。そんな要素も大いにある。
優しさにも余裕にも繋がり得る道筋を作れます。
例えば発達障害や精神疾患においても、治療するに適した環境、設備。専門家による指導・助言。
お金があるほどに享受できるものたちです。
小旅行が傷心に効果的とも聞きますが、それにもやはり時間やお金の余裕が必要。
私はこの道の専門家でも研究者でもありません。
「こう」と断言できることも少なく迷うばかりです。
ですが性急に答えを出すよりも、遠回りしながらでも迷うことも考えることも、生きる糧になると思っています。
これは私が、お金も余裕もある人間だから申し上げていることではありません。
ほぼ天涯孤独に等しく、ようやく安らげるかと思えた現在の住まいからは理不尽な退去を余儀なくされる。
睡眠もままならない状況で、体調不良を抱えながらも自分を生かす道を必死に足掻いて、模索する他ない人間です。
昨日は内見した物件の、保証会社からの審査が通らなかった報せを受けて絶望もしましたよ。
五月中の退去を迫られている。
時間がない。
身を炙られるような心地です。とても苦しい。
でもですね。
人生、何とかなるものです。何とかするものです。
明石家さんまさんが言ってました。
「自分、頑張ってるとは思わんがええ。報われんかったって怒るから」
穿った言葉だと思います。
頑張ると言うか、努力するのは当然、自然なこと。
そしてその中には、「自分を休める」もあるんです。
自分自分自分、、、では独りぼっちになる。
自分と人。
両方を丁寧に眺めてみる。出来る時で良い。
生き辛い、が少し遠くなるかもしれません。
