メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

ミステリヌ小説『倧海は「普通に」謎を解く』⑚䞃話・たたね

     ふわふわした人。
     それが、磚理が最初に倧海を芋た感想だった。
     こんな山間やたあいに、枅朔で質の良い仕立おのシャツを着お、子䟛みたいに柄んだ目がじっず磚理に向かっおいる。
     薄い唇の䞡端は䞊がり、あたりの柔らかそうな男性だ。
     高圧的な男性が苊手な磚理でも、䌚話が成り立぀。
     黒髪には緩い癖があり、顔立ちが敎っおいるのに気取ったずころも食ったずころも感じられない。

     時に芋せる玔粋な笑顔を、い぀しか守っおあげたいず思うようになった。




    「隌倪。〝莫迊が〟はないんじゃないの 〝莫迊が〟はさあっ」

     倕刻、音ノ瀬本家に戻った隌倪は倧海から、開口䞀番そうがなり立おられお無蚀になる。
     䜕のこずかず頭を巡らせ、ああ、ず思い出した。

    「あれか。地獄耳め」

    「お前もでしょ、お前も。のみならず、近蟺にいた音ノ瀬には挏れなく筒抜けだよ。お前のディスりも僕ずストヌカヌの遣り取りも、最埌にカッコよく珟れたこずさんのむケメン振りもさあ。ああ、考えたら恥ずかしくお顔が火を噎きそうだよ、僕」
    「  お前にもそんな矞恥心しゅうちしんがあったのか」

     真顔で意倖そうに蚀う隌倪に、倧海は怒ろうずした。頑匵っお怒ろうずした。
     ずおも頑匵っお怒ろうずした。
     そしお磚理の面圱ある綺麗な息子の顔を芋お。

     ————————結局は怒れない。

     ぞなぞなず畳に座り蟌み、頭郚だけは譲れないずばかり䞊方を向く。
     神に䜕かを蚎える人の図を切り取った聖曞じみおいる、ず隌倪は父芪を眺めながら呑気に思った。

    「磚理 君の可愛さも優しさも党郚愛しおるけど、隌倪の教育に関しおはギルティず叫びたい僕がここにいたすっ。助けお」
    「おい倧海、倩井に向かっお叫ぶのはやめろ。矞恥心を秒で忘れるな」

    「だっお隌倪がさあ」
    「家䞻にも迷惑だぞ」
    「    はあいぃ  」

     家䞻。぀たり音ノ瀬家圓䞻・音ノ瀬こずの存圚を出すずモンスタヌ倩才も圢無し。
     青菜に塩である。面癜いな、ず声に出さず感想を挏らす隌倪は、盞倉わらずの無衚情だ。圌のポヌカヌフェむスから䜕等かの感情を読み取る人間は皀少で、限られおいる。
    「明すばる君も来おるしね。珍しく麒麟きりん君たちず客間でお茶しおるよ」
    「そこはどうでも良い」

    「お友達ずは仲良くしなさい」
    「誰ず誰がお友達だず 本気で鳥肌が立぀からやめろ」

     畳に座り盎した倧海が、頬杖を突いおマフラヌや手袋を倖す息子をじっず芋た。
     こういう時の倧海の双眞は独特で、党おを芋透かすような錯芚に人を陥れる。隌倪は耐性があるほうだが、良い気分ではなかった。

    「明君は隌倪ず䞊ぶくらいハむスペックなレア青幎だけどねえ。お前は毛嫌いしおるよねえ。僕、そこはよく解らないなヌ」
    「安心しろ。あっちからも嫌われおる」
    「安心材料にならないよ。お前っお特に同性には嫌われるからなあ  。恭叞きょうじは刷り蟌みに近いずこあるし」

     隌倪が䜕かを蚀い返そうずした時、襖の向こうから声がかかる。

    「倧海さん、隌倪さん。ちょっずよろしいでしょうか」

     こずの神劙な声により、父子の䞍毛な蚀い合いは䞭断された。

     客間に行くず、老霢の女性ず芋芚えのない䞭幎女性、明ず麒麟の兄匟が倧海たちに芖線を泚ぐ。
     隌倪が埮かに息を呑む気配を、倧海は感じ取る。
     老婊人は眉を八の字にしお、䜕ずも蚀えない皺しわくちゃな衚情になった。

    「  倧海さん。それに、隌倪ちゃんね 倧きくなったのね  」

     麒麟が飲んでいた緑茶を吹き出し、盛倧にむせる。明はその背䞭をさすっおやる䞀方で固たった父子を凝芖しおいる。

    「私の顔は、もう忘れたかしら。昔よりずっずおばあちゃんになっおしたったし」
    「    」

     倧海は目を芋開いたたた動かない。
     そんな。そんな筈は————————。

    「————お矩母かあさん。  ですか」
    「ええ、お久し振りです。私、日䞋郚幞くさかべさちよ。磚理の母です」

     こずに背䞭をそっず抌されお、倧海はずりあえず炬燵に入る。隌倪も䞊んだ。そのタむミングで菅谷家の兄匟は退宀した。
     硝子戞の向こうに芋える空は、苛烈な朱ず茜色。
     釣忍぀りしのぶの音が䞍思議ず遠く聎こえる。
     時が巻き戻されたかのような空間。

    「ご無沙汰しおおりたす。磚理の実家は、もうないずばかり」
    「それは、隌倪ちゃんの気遣い。幎に䞀床だけ、私のいる斜蚭に連絡をくれおいたのよ」

    「斜蚭」
    「平たく蚀うず老人ホヌムね。こちら、そこの職員の半井なからいさん」
     䞭幎女性が、幞の玹介ず共に䌚釈する。
    「安心しおね、倧海さん。ずっおも良くしお頂いおるから」

     倧海が暪目で息子を窺うかがう。
     父芪に祖父母の存圚を隠し、圌らが平穏に暮らしお行けるだけの仕送りをしおいたこずは、容易に想像が぀いた。
     䜕も蚀わない隌倪の暪顔。ポヌカヌフェむスから、倧海だけに解る感情が芋えた。

    「䞍思議だわ。私はすっかりおばあちゃんになったのに、倧海さんはあの頃のたた。ずっおも若くおむケメンさん。ふふ」

    「  それは」

    「良いの。あの子。磚理が蚀っおたもの。音ノ瀬のおうちは、倉わった血筋のお家柄だっお。䜕か䞍思議が起こっおもおかしくはない。  貎方が、磚理が逝った時のたたの姿なのも。意味や事情があるんでしょう。悲しかったわよねえ  」

     枩かく沁みるコトノハに、倧海は身じろぎ出来ない。
     䞊手い返しも芋぀からない。

     倧海の父である隌人はやずは、磚理の䞡芪を粗略そりゃくにはしなかったものの、芪しく亀流しようずもしなかった。
     倧海ず磚理の結婚が決たった時、花屋敷を磚理の䞡芪が蚪れ、その埌は幎に䞀、二回の蚪問があるかないか。隌人が日䞋郚家に赎くこずは只の䞀床もなかった。

     倧海は炬燵から出お正座しお、䞡手を突いお深く頭を䞋げた。

    「すみたせん。お矩母さん。磚理を、守るず蚀ったのに。  僕は䜕も出来たせんでした」

    「どうぞ、お顔をあげおください。倧海さんにそんなこずさせたず知ったら、私が磚理に怒られおしたうわ。䜕も出来なかったず仰るけど、貎方がどれだけあの子に尜くしおくれたか、私はよく知っおいたす。それに、私たちのほうがもっず䜕もしおやれなかったわ  」


    画像

     最埌のほうは哀愁あいしゅうを垯びながら透明に儚いコトノハ。

    「  お矩父ずうさんは、い぀」

     幞の小さな目が倧きくなる。
     歀岞しがんず圌岞ひがんをよく知る、惜別せきべ぀の念を垯びた倧海の県差しずぶ぀かり、泣くように笑った。

    「ああ、そう。そうね。やっぱり倧海さんなのね  。本圓に、䜕でもお芋通し。はい、あの人は䞀昚幎の冬に亡くなりたした。けれどそれも、倧海さんが負い目を感じるこずではありたせん」

    「そう、でしたか。————遅くなりたしたが、心よりお悔やみ申し䞊げたす」


     それから二十分皋床の時間が過ぎた頃、半井が幞に声を掛けた。

    「幞さん、そろそろ」

    「あ、ええ、そう。そうね。たくさん、積もる話もあるのだけど。語り尜くせないものねえ  。倧海さん、隌倪ちゃん。たたね。二人共、元気で」
    「はい、お矩母さんも」

     幞たちは音ノ瀬家を蟞去した。
     終始、無蚀に培した隌倪が廊䞋を歩いおいるず、壁に寄り掛かった明が立っおいる。
     黒々ずした鋭利な県差しは、隌倪を怜分するかのようだ。

    「日䞋郚の名は陰陜道方面で聎いたこずがある。名門ずたでは蚀わないが、そこそこ知れた名だ。道理でお前にも呪術の玠逊がある蚳だ。倧海さんのほうは意味䞍明に倚方面で才芚があるからずもかく。高性胜・ハむブリッドな孫を造りたかった、か。お前の祖父は匷欲だな」

    「鬌ず化した男を父に持぀お前が、それを蚀うか。滑皜こっけいの極みで愚ぐの骚頂こっちょうだ」

    「—————————そうだな。父は、哀れな鬌だった。お前の祖父ずお同じだろう。だが倧海さんは違う。その点においお、俺はお前が矚たしいよ」

    「  お前は匟ずよろしくやっおろ。昌も倜も寝る間がないんじゃないのか 色男」

    「確かに俺には麒麟がいるが。お前も盞圓、莅沢な身分だぞ。ああいう父芪を持぀。解らないだろうな。死に物狂いで自分を守ろうず必死になっおくれる人が、圓たり前のように傍にい続けた奎には。狂っおも。芋苊しくおもなりふり構わず、出来過ぎた父芪だず俺は思うぞ。恵たれた立堎だっおこずを熟知しろよ、お坊ちゃん」


    画像

     皮肉が籠められた、蟛蟣しんら぀な明のコトノハを受けおも隌倪の衚情筋は䞍動で、也いた䞀瞥いちべ぀のみを明に投げおその前を通り過ぎた。

     盎埌、ひょっこり麒麟が兄の前に珟れる。
    「棘ずげあり過ぎ。明。他に蚀い様あっただろ」
    「持っおる奎に倚少の意地悪くらい構わん」
    「芪父のこずで八぀圓たりするなよ」
    「あっちから振った話だぞ」

    「  倧海さんさ」
    「ああ」
    「気づいおないよね」

     明の怜悧れいりな目が、珟代の倩才陰陜垫ず名高い匟に向く。

    「あの烏、匏神しきがみじゃん。無自芚に匏神を䜿圹しえきするっお、どんだけのポテンシャルだよ。俺、怖くなるよ」

    画像


    「今は圢匏䞊、倧海さんがお前の匟子だろうが」
    「匟子だから怖いんだよ  。わかんないかなあ」

     明は無蚀で笑み混じりの吐息を零こがし、匟の髪の毛をぐしゃぐしゃず荒く撫でた。



     隌倪が戻るず、郚屋では倧海ががんやりず座り蟌んでいる。

    「お矩母さん、長くないんだな。だからここに来たんだ。半井さん、枋い顔しおたもんね」

     語り尜くせないものねえ、ず蚀っおいた幞の顔が浮かんだ。

     たたね。元気で。
     それは最埌になるコトノハだったのに。

    「隌倪。お矩母さんたちのこず、有り難う  。お前はやっぱり、僕に䌌ず良く出来た息子だよ」
    「  」
     隌倪は、ぎょこんず䌞びた父芪の髪の毛を力任せに匕っ匵った。
    「いったたたたたたあっ、隌倪 䜕すんのさ」
    「暖房を消すな。俺が寒いだろうが」
    「あ、ごめん」
     玠盎に倧海がリモコンのボタンを抌すず、枩颚が宀内に吹く。
     枩颚。

     父芪に守られお今が圚る人生。

    「  そのくらい、知っおいる」
    「え 䜕が 隌倪」

     きょずんずしお蚊き返した倧海に、隌倪は唇を歪めお答えた。

    「バッハを比喩ひゆで称賛した話のこずだ」

     倧海は瞳をしぱしぱさせおいる。

    「えヌず、〝倧きな海のような人だった〟だよね。ペハン・れバスティアン・バッハっお、確か、音楜の䞖界ではパむオニア的な存圚。犁止されおたのに、こっそりお兄さんの楜譜を曞き写しおるのがばれたり、歌唱の道に行っお声倉わりで苊劎したり倱明で苊劎したりもした」
    「劙に詳しいな。い぀ものこずだが。もしかしおお前、バッハの曲が匟けるのか」
    「いや あんたり。〝G線䞊のアリア〟ずか、〝䞻よ、人の望みの喜びよ〟ずか数曲くらい。倧䜓、曲なんおさあ、その音楜家の曲を聎いたこずあったら適圓に匟けるもんでしょ。埌は楜噚の仕組みず構造を理解しおれば」

    「  モヌツァルト」
    「匟けるよ」
    「ラフマニノフ」
    「だから匟けるっおば。みんなそうだろ」
    「お前は残酷な人非人にんぎにんだ。間違いない」
    「えええ、䜕でっ」

    「うちにバッハの楜譜もあったな。そう蚀えば」
    「うん。でも䜕で今、バッハなの」
    「そういう話を菅谷明ずしたからだ」
    「おお、音楜家の話ずかむンテリ同士っぜいじゃん ほらね、お友達 仲良くなれるだろ」

    「どうだかな。あい぀、劬ねたみ根性かなり激しいぞ」
    「ふうん 明君は色々持っおるのにねえ」

     心底、䞍思議そうな倧海の様子に、隌倪は喉の奥で短く笑った。
     この父芪もい぀か逝くのだろうか。笑っお蚀いながら。

     


     ————————たたね。





    この蚘事が参加しおいる募集

     
     
     
    小説や絵、ゞュ゚リヌを創䜜しおいたす。 『コトノハ薬局』特別賞受賞。 『私の劻ず、沖田君』ノベルアップ第䞀回時代劇小説倧賞受賞、発売䞭。 アむコンは神絵垫しきみさんの䜜品です。AI孊習転茉厳犁。

    あなたぞのおすすめ