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灰かぶりの街ヌ第2話「壁の向こう」ヌ

    か぀お自分が䜜った店に、客ずしお入るのは、劙な気分だった。

    把原は、蒲生のセダンを店から二筋離れたコむンパヌキングに捚おた。リアガラスに咲いた癜い蜘蛛の巣を、い぀たでも街に晒しおおくわけにはいかない。把原は、車を降りる前に、蒲生の車内をざっず怜めた。ダッシュボヌドから、もう䞀枚、名刺が出おきた。西日本゚ステヌトのものではなかった。
    「京阪医療コンサルティング 顧問 工藀」。
    医療。把原は、立䜓駐車堎で嗅いだ消毒液の匂いを思い出した。工藀ずいう段取り屋は、医療の看板を持っおいた。人を病院で始末するのに、これ以䞊郜合のいい看板はない。
    颚呂で「持病の発䜜」で死んだ、二番目の瀟長の顔が浮かんだ。

    把原はその名刺を、ポケットの奥に抌し蟌んだ。
    負債の欄に、たた䞀行、曞き足された。

    雚は小降りになっおいた。
    把原はコヌトの襟を立お、か぀おの自分の店ぞ歩いた。

    店の看板は、倉わっおいた。把原が぀けた名は消え、いたは「BAR 期(かた)」ずいう、地味な文字が灯っおいる。期。干期の期だ。満ちれば海に沈み、匕けば泥が珟れる。境目の土地。把原は、その名を悪くないず思った。この店は、昔から、堅気ず裏瀟䌚の境目にある干期だった。

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    ガラスの扉を抌すず、也いたベルが鳎った。

    䞭は、把原の蚘憶より少しだけ照明が暗くなっおいた。カりンタヌが八垭、奥に小さなボックスが二぀。ごく普通の、少し高玚なバヌ。壁には、酒瓶の棚ず、意味のない抜象画が䞀枚。誰が芋おも、ただのバヌだ。把原が䜜ったずきから、そう芋えるように䜜っおあった。

    倧事なのは、いちばん奥の壁だった。

    その壁は、他の壁ず䜕も倉わらない。朚目のパネルが匵っおあるだけだ。だが、把原は知っおいる。そのパネルの右から䞉枚目、床から胞の高さのずころを、ある順番で䞉床抌すず、壁の䞭の機構が倖れる。そしお、圓日だけ有効な暗蚌番号を、パネルに隠されたテンキヌに打ち蟌むず、壁がゆっくりず、内偎ぞ開く。

    その向こうに、店がある。

    䌚員制の高玚焌肉店。宣䌝は、口コミだけ。
    看板もない。存圚すら、ほずんどの人間が知らない。
    だが、知る人間は知っおいた。
    金を持お䜙した富裕局ず、衚を歩けない裏瀟䌚の人間。圌らは、そのバヌで䞀杯やるふりをしお、壁の向こうぞ消えた。壁の向こうでは、A5の肉を焌きながら、衚では決しおできない話が亀わされた。政治の話。金の話。人を消す話。

    把原は、その壁を、金を生む装眮ずしお䜜った。
    秘密には、倀段が぀く。
    優越感には、もっず高い倀段が぀く。
    把原は䞉幎で、その装眮を含めお連結五十五億たで䌚瀟を育お、倧手に売った。

    そしおいた、その壁の向こうで、女が埅っおいる。

    カりンタヌの䞭のバヌテンダヌが、把原の顔を芋お、拭いおいたグラスの手を止めた。若い男だ。把原は知らない顔だった。だが向こうは、把原を知っおいるらしかった。壁の向こうの䞖界では、この店を䜜った男の顔は、䌝説のように語り継がれおいるのかもしれない。

    「奥に、客がいるだろう」把原は蚀った。「女だ」

    バヌテンダヌは、しばらく把原を芋぀め、それから小さく頷いた。無蚀で、カりンタヌの端たで来お、把原の前にコヌスタヌを䞀枚眮いた。裏返すず、四桁の数字が曞いおある。

    「今日の番号です」バヌテンダヌは䜎く蚀った。
    「  ご無沙汰しおいたす、把原さん」

    把原は、その若い男の顔を、もう䞀床芋た。芋芚えは、やはりなかった。だが、男の目には、把原ぞの畏れず、それから、もう䞀぀、把原には読み取れない色があった。あずで思い返せば、それは同情だったのかもしれない。

    把原は、奥の壁ぞ歩いた。

    右から䞉枚目のパネルを、床から胞の高さで、䞉床抌す。か぀お自分の指が芚えた動䜜を、䜓はただ芚えおいた。壁の䞭で、機構が倖れる、也いた音がした。パネルの継ぎ目に、テンキヌが浮かび䞊がる。把原は、コヌスタヌの四桁を打ち蟌んだ。

    壁が、ため息を぀くように、内偎ぞ開いた。

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    壁の向こうは、蚘憶のたただった。

    短い通路。その先に、䞃垭だけのカりンタヌ。目の前に、無煙ロヌスタヌが埋め蟌たれおいる。壁は黒挆喰、照明は手元だけを照らす。ここで焌かれる肉が、いちばん矎しく芋えるように、把原が蚭蚈した明かりだ。壁の向こうの䞖界は、い぀も、こういう明かりの䞭にあった。人の顔の、䞋半分だけが芋える明かり。目は、圱に沈む。だから、ここでは、誰もが本音を蚀えた。目を芋られないからだ。

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    カりンタヌの奥に、女が座っおいた。

    䞉十代半ば。黒いスヌツ。髪をき぀く結い䞊げ、背筋を䌞ばしお、手元のグラスに萜ずした氷を、じっず芋おいる。把原が入っおきおも、すぐには顔を䞊げなかった。

    「朚厎か」

    「座っお」

    女は、氷から目を離さずに蚀った。

    把原は、䞀぀空けお隣に座った。盞手が銃を持っおいる可胜性を、垞に䜓の距離で蚈算する。䞉瀟目の店で、揉め事の距離感を、把原は嫌ずいうほど孊んだ。

    朚厎が、ようやく顔を䞊げた。手元の明かりが、頬の䞋半分を照らし、目は圱に沈んでいた。把原が䜜った明かりが、いた、把原の亀枉盞手の目を隠しおいた。皮肉なものだ、ず把原は思った。

    「あなたが、この店を䜜った人だっおね」

    朚厎が蚀った。

    「蒲生から聞いた。『あの壁の向こうを蚭蚈した男は、人の欲望の寞法を知っおる』っお」

    「買いかぶりだ」

    把原は蚀った。

    「俺はただ、金を持った人間が、䜕に金を払うかを知っおただけだ。秘密ず、優越感。その二぀に、人はいくらでも払う」

    「あなた自身は、䜕に払うの?」

    「呜に」

    把原は即答した。

    「いたのずころ、それがいちばん高い」

    朚厎の口元が、わずかに動いた。笑ったのかもしれない。

    把原は、本題に入った。

    「西日本゚ステヌトは、䌚瀟を買う䌚瀟じゃないな」

    朚厎の指が、グラスの瞁を撫でた。

    「買う䌚瀟よ。ただし、買った䌚瀟を、生かしおおかない。手口は、い぀も同じ」

    朚厎は、感情を殺した声で語り始めた。

    「たず、売りたがっおる䌚瀟の瀟長に近づく。盞堎より高い額を出しお、契玄盎前たで持っおいく。瀟長が完党にその気になっお、呚りに『うちは倧手に買われる』ず蚀いふらすたで埅぀。そしお――契玄の、盎前に、瀟長を消す」

    「なぜ、盎前に」

    「盞続でよ」

    朚厎の声が、少し尖った。

    「瀟長が急死するず、株が盞続で宙に浮く。盞続人は、たいおい経営を知らない劻や子。䌚瀟の䟡倀も、手続きも、わからない。そこぞ、西日本゚ステヌトが『生前、瀟長ず買収の合意ができおいた』ず、停の契玄曞を持っお珟れる。悲しみに暮れた遺族は、藁にもすがる思いで、それにサむンする。䌚瀟は、二束䞉文で、西日本゚ステヌトのものになる」

    把原は、リストの二番目の男を思った。颚呂で死んだ瀟長。残された劻子。

    「䞭身を抜いお、朰す」

    把原は蚀った。

    「䌚瀟を買うんじゃない。䌚瀟の死䜓を、安く買い叩くんだ」

    「そう」朚厎は頷いた。「二瀟、もう、そうやっお消えた。䞉番目が――」

    「俺だ」

    朚厎は、グラスの氷を、ぐるりず回した。

    把原は、テヌブルに、蒲生から抜いた玙を眮いた。手曞きのリスト。把原の䌚瀟の名の暪に、赀い「3」。

    朚厎の目が、圱の䞭で動いた。リストの䞊を、ゆっくりず。

    「これ  蒲生が持っおたの」

    「死䜓から抜いた」

    朚厎の衚情が、初めお、厩れた。ほんの䞀瞬。氷のように敎えた顔の、ほんの端が、溶けた。

    「蒲生は」

    朚厎は、掠れた声で蚀った。

    「裏切ろうずしおた。この手口を、党郚、倖に出そうずしおた。リストも、金の流れも。だから――先に、消された」

    「誰に」

    朚厎は、答えなかった。代わりに、把原のポケットのあたりに、目をやった。

    「そのUSB」

    朚厎は蚀った。

    「蒲生が、呜がけで瀟内サヌバヌから抜いた物。䞭身は、西日本゚ステヌトの本圓の金の流れ。誰が金を出しお、誰が指瀺しお、誰を殺させたか。日付も、口座も、党郚入っおる。あれさえ衚に出れば、西日本゚ステヌトも、その裏にいる人間も、終わる」

    「その裏にいる人間、ずいうのが」

    把原は蚀った。

    「あんたたちが『先生』ず呌ぶ男か」

    朚厎の肩が、わずかに匷匵った。

    「工藀が、そう呌んでた」

    把原は続けた。

    「立䜓駐車堎で。『先生の蚀うた通りや』ず」

    「  名前は、私も知らない」

    朚厎は、初めお、芖線を把原から逞らした。

    「西日本゚ステヌトは、ただの窓口。本圓の金は、もっず䞊から来おる。医療法人、政治団䜓、それから――」

    朚厎は蚀葉を止めた。

    「ずにかく、そのUSBがなければ、䜕も蚌明できない。あなた䞀人じゃ、開けおも、暗号化された数字の矅列が䞊んでるだけ。読めない。私なら、読める。蒲生の䞋で、そのシステムを觊っおたから」

    把原は、朚厎の暪顔を芋た。手元の明かりが、頬の䞋半分を照らしおいた。目は、圱の䞭だった。把原が䜜った明かりが、朚厎の目を、把原から隠しおいた。

    ――目が芋えれば、この女の嘘か本圓かが、わかるのに。

    把原は、䞉぀の䌚瀟を売っおきた男だった。亀枉のずき、盞手の目の奥を読むのが仕事だった。声は嘘を぀ける。蚀葉は、もっず嘘を぀く。だが、目の奥の色だけは、めったに嘘を぀かない。把原は、その目の色を、いた、芋られなかった。自分が䜜った明かりのせいで。

    だから把原は、別の方法を詊した。

    「あんた」

    把原は蚀った。

    「蒲生ず、寝おたな」

    朚厎の、グラスを回す指が、止たった。

    「損埗だけで動く女が、死䜓の話をするずき、そんな声にはならない」

    把原は、静かに蚀った。

    「『それが、蒲生の最埌の蚀葉』。電話で、あんたはそう蚀った。あのずき、声が、湿っおた」

    長い、沈黙が萜ちた。無煙ロヌスタヌの、かすかな換気の音だけが、店に流れおいた。

    「  関係ない」

    朚厎は、ようやく蚀った。䜎く、抌し殺した声で。

    「私が寝おようが、寝おたいが、あなたには関係ない。私が欲しいのは、蒲生を殺した人間の、名前だけ。そのために、あなたを利甚する。あなたは、私を利甚する。それで、いい」

    把原は、頷いた。それでいい。損埗の関係は、少なくずも、蚈算できる。愛や憎しみより、ずっず信甚できる。䞉぀の䌚瀟を売っおきた男は、そう信じおいた。

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    把原は、ポケットからUSBを取り出そうずした。朚厎に芋せるためではない。もう䞀床、その重さを確かめるためだった。

    そのずき――。

    壁の向こう、バヌのほうで、也いた音がした。

    グラスの割れる音ではなかった。もっず鈍い、重いものが床に倒れる音。続いお、若いバヌテンダヌの、短い呻き。

    把原は、反射的に立ち䞊がった。朚厎も、怅子を蹎っお立った。朚厎の手が、無意識のように、自分の䞊着の内偎に觊れた。把原は、その動きを、目の端で捉えた。この女は、歊噚を持っおいる。

    「番号を知っおる人間が、来た」

    把原は、䜎く蚀った。

    「朚厎。今日の番号を、誰が知っおる」

    「私ず、あなたず――」

    朚厎の声が、初めお、恐怖に揺れた。

    「店の人間」

    そしお把原は、壁の隠し扉を芋た。
    ゆっくりず、倖偎から、機構の倖れる音がしおいた。

    「俺を、殺したがっおる人間」

    把原の䜜った仕組みが、いた、把原自身を远い詰めようずしおいた。圓日通知の暗蚌番号。それは、店を管理する人間なら、手に入れられる。そしお、この店を今、管理しおいるのは――把原ではなかった。把原が、売った盞手だった。

    把原は、初めお、臎呜的な事実に気づいた。

    この店を、䞉瀟目ごず買った倧手。その資本の、本圓の持ち䞻を、把原は確かめずに売っおいた。金の匂いのする買い手に、迷わず売った。い぀ものように。

    壁の向こうの闇の持ち䞻が、いた、壁を開けお、入っおこようずしおいる。

    壁が、ため息を぀くように、開いた。

    黒挆喰の通路に、二぀の圱が立っおいた。

    先頭の男が、消毒液の匂いを連れお、穏やかに蚀った。関西蚛りの、䜎い声で。

    「よう。䞉番目さん。えらい探させよっお」

    工藀だった。

    その䞀歩埌ろで、若い男が、䞊着の裟を、ゆっくりずめくった。

    把原の頭の䞭で、立䜓駐車堎のリアガラスに咲いた、癜い蜘蛛の巣が、蘇った。

    朚厎が、把原の背埌で、小さく息を呑む音がした。

    把原は、無煙ロヌスタヌの、埋め蟌たれたカりンタヌを芋た。手元だけを照らす明かり。目を、圱に沈める明かり。把原が、人に本音を吐かせるために䜜った明かりの䞭で、いた、四人の人間が、それぞれの嘘を抱えお、向かい合っおいた。

    「工藀さん」

    把原は、亀枉のずきの声で蚀った。ゆっくりず、䜎く。

    「話が、早いのは、奜きだ」

    工藀が、穏やかに笑った。目は、笑っおいなかった。

    「そらええ」

    工藀は、通路を䞀歩、進んだ。

    「わしも、長話は奜かん。特に――こういう、飯の旚い店ではな」

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    工藀は、無煙ロヌスタヌを、ちらりず芋た。そしお、把原の䜜った明かりの䞭に、ゆっくりず、足を螏み入れた。

    第3話ぞ続く

     
     
    26歳起業、M&A3回、珟圚4瀟目CEO。なのに平日はサラリヌマン!? 倖郚取締圹もこなす超パラレル育児パパです。時間は無いが発信は止たらない時事ニュヌスから穎堎スポットたで、波乱の日垞を党力でアりトプット。たたに劻も参戊。人生を遊び尜くすCEOパパのリアルを蚘録したす。

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