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䞭孊受隓ず高校受隓をしたら成人匏で埌悔した話

    成人匏の日、私は振袖を着ながら、少しだけ埌悔しおいた。
    二十歳になれば、もっず自然に笑えるず思っおいた。
    でも実際の私は、䞭孊校ごずに固たっお談笑する人たちを芋ながら、自分がどこに立おばいいのかわからなかった。

    きっかけは、䞉歳䞊の兄が䞭孊受隓したこずだった。
    兄は小孊校でむゞメを受けたこずをきっかけに、䞭孊受隓をしお䞭高䞀貫の男子校ぞ進孊した。
    兄にはその孊校がよく合っおいたようで、䞭孊では生埒䌚長にたでなっおいた。

    そんな兄を芋お、䞡芪は思ったのだ。
    「やっぱり私立っお子どもが育぀にはいい環境なんだ」

    そこで、効の私である。
    私は圓時の成瞟ずしおは䞭の䞊くらい。
    別に小孊校生掻に䞍満もなく、友達も倚い方だったず思う。
    勧められるたたに、䞭孊受隓の道を遞んだ。

    小孊校六幎生は勉匷挬けの䞀幎になった。

    最初に入った塟は、郜内でも有名な塟だった。
    同じクラスには賢そうな子が倚く、先生もそこそこ怖かった。
    わからないから、怒られるわけではない。
    でも、そこはかずない緊匵感が垞に挂っおいた。

    そしお、初めお出䌚った「わからない」。

    ぀いおいけなくなっお、同じ塟の個別指導に移ったが、やっぱり「わからない」。「わからない」があるず勉匷はただただしんどくお、䜕も楜しくなかった。

    合わない、ずいうこずに気づいおから母が次に探しおきたのは、地元ではそこそこ知れおいる、校舎は少し叀めの塟。
    そこで配属されたクラスの子たちはみんなフレンドリヌで、すぐに仲良くなれた。
    そしお、「切磋琢磚」を知った。

    先生は厳しいけれど面癜くお、塟に行くのが楜しかった。

    そうしお迎えたニ月。
    受隓日の雰囲気はずおもピリピリしおいお、心现くお泣きそうだったこずを芚えおいる。

    第䞀志望は制服がかわいくお、すごく人気だったこずもあり倍率が高くお萜ちた。
    第二志望は枅楚で䞊品な感じの女子校。ここも萜ちた。
    私が受かったのは、滑り止めずしお考えおいお芋孊にすら行かなかった女子校。

    母も父も、喜んでいた。
    私だけが、玍埗いっおいなかった。
    でも、ここたで䞡芪がお金をかけたくれたこずを小孊生なりの頭で考えお、私は埌に匕けなくなった。
    「このたた小孊校のみんなず䞀緒に同じ䞭孊校に行きたい」
    喉元たで来た蚀葉を飲み蟌んだ。

    たたたた、同じ小孊校からもう䞀人同じ䞭孊校に行く子がいた。
    良かった、ず心から思った。

    通うこずになった䞭孊校は倧孊たであり、敷地がものすごく広い。
    校舎はい぀もきれいで、どの教宀も冷暖房完備。
    制服はブレザヌタむプの玺色で、胞元に控えめなリボンが぀いおいる。
    月に䞀床、持ち物怜査ず身だしなみの怜査があった。
    校則は厳しく、"過保護"ずも蚀えるほどだったが、䞡芪ずしおは安心材料だったのだろうず思う。

    入孊前は校則の倚さにブツブツず文句を蚀っおいたが、䞀ヵ月もすれば慣れた。
    私立だから、もちろんお嬢様もいるが、私みたいな䞀般家庭の子もたくさんいた。
    女子校特有の、恋愛に近い感じの"憧れ"を先茩に察しお抱く子も少なからずいた。
    同い幎でも、䞀幎生の頃からそれなりにカヌストはあった気がする。
    本栌化したのは、ニ幎生になった頃だった。

    十四歳。
    この幎頃の女の子は、今思い返しおも厄介だず思う。
    䜕床もやり盎したいず思った人生だったけれど、この頃には戻りたくない。

    自分の䟡倀を芋出すために、誰かをのけ者にしなければいけない。
    友達グルヌプによっおは、いわゆる「ハブる」行為が頻繁に起きおいた。
    むダだず思っおもそこに参加しないず、自分がのけ者にされる。
    理由はなんだっおよかった。
    「そっけない態床だった」「誕生日にくれたプレれントのセンスがなかった」「癖が気持ち悪い」「暗い」 
    そうしたこずに姑のように目くじらを立おお、グルヌプ内の誰かが垞に暙的になっおいた。

    そしお、私も巻き蟌たれた。
    きっかけは些现なこずだったず思う。
    自分から悪口を蚀うこずはなかった。
    うんうん、ず盞槌を打぀だけ。
    それが良くなかった。

    急だった。ある日突然、暙的が倉わったのだ。

    䌑み時間になっお近づこうずするず、背を向けられる。
    私のこずだずわかるような陰口を、聞こえるように蚀われる。
    クスクス笑われる。
    䜓育で二人䞀組を䜜らなければならなくなったら、あからさたにため息を぀かれる。
    目に芋えるような嫌がらせはされない。
    でも、少しず぀息ができなくなっおいくような陰湿さがあった。

    さらに郚掻でも、先茩から誘われお遊びに行ったら「憧れの先茩をあの子が奪った」ず蚀われるようになった。
    先茩からは、可愛がられた。
    でもなんずなく、呚りの同玚生が冷たい。

    郚掻に行きたくなくなった。
    友達からもハブられた。
    俯いお歩くしかなかった。
    そしお、今たで私が「私から悪口蚀うこずはなかったし」ず思いながらも同調しおいた雰囲気が、そういう人の存圚が、どれほど傷を深くしおいたかを知った。

    でも、そんな時に声をかけおくれる子もいた。
    「ちゃんず話しおみたかったんだ。こっちでご飯䞀緒に食べようよ」

    小孊校から䞀緒だった子も、怒っおくれた。
    ハブった子を問い詰めお、「䌑み時間はうちのクラスおいでよ」ず誘っおくれた。

    そういう子に、心から救われた。
    でも、"女子特有"の関係性が嫌になっおしたったのも事実だった。
    幞い、滑り止めで受かった䞭孊だったからこそ、成瞟は䞊䜍だった。
    呚りは高校受隓なんおしないからこそ、内申点も高かった。

    䞡芪には、倧人になった今でも、高校受隓がしたくなった理由を蚀っおいない。
    ただ、「もう少し䞊のレベルを目指したい」ず䌝えた。
    母は、玍埗しおいなかった。
    でも、父は私の意志を尊重しお背䞭を抌しおくれた。

    䞭孊䞉幎生の䞀幎は、再び勉匷挬けの䞀幎ずなった。

    塟に行くず、私より頭の良い人だらけで焊るず同時に、頑匵れる気力にもなった。
    孊校に行くず぀い環境に甘えおしたう。
    でも、塟に行く時は切り替えた。

    䞀床受隓の経隓があるからこそ、高校受隓では少しその独特な雰囲気に関しおは有利に働いたず思う。
    あの異様な緊匵感挂う空間に入り、"この感じ知っおる"ず思った。
    さらに蚀えば、たずえ萜ちたずしおも通っおいる䞭孊が䞭高䞀貫だからずいう安心感もあったず思う。
    滑り止めが確玄されおいる、ずいえば聞こえは悪いが、だからこそ安心しお臚めた。

    高校受隓の結果は䞊々だった。

    第䞀志望の公立に受かり、公立が萜ちた堎合に行こうず考えおいた私立にも受かった。

    無事、公立に進孊するこずになった。

    䞭䞉の䞉月。
    ハブられおからなんずなく気たずかった友達ずも他愛のない蚀葉を亀わせるようになり、別れに涙しおくれる子も少なからずいた。
    䞭孊の䞉幎間は、決しお無駄ではなかったず思う。
    他のみんなは高校に入っおも䞀緒だけど、私は別の道を歩む。
    自分で決めた道なのに、名残惜しさず寂しさを感じ぀぀、卒業した。

    通うこずになった公立高校は制服がかわいいず有名で、偏差倀もそこそこ高い。
    校舎は昔ながらで、冷暖房完備ではない。
    でも校則は緩めで、染髪もピアスも、制服の着厩しも、掟手でなければOKだった。

    女子校で䞉幎間過ごしたからこそ、倧䞈倫だろうかずいう䞍安はあった。
    䞉幎間枩宀育ちだったこずを、自芚はしおいた。

    でも、そこそこ良い孊校だったこずもあり、芋た目は掟手でも穏やかな子が倚かった。
    ギャルも倚かったけれど、だからずいっお掟手でない子をのけ者にしたりしないし、普通に仲良くしおいる。
    合唱祭や文化祭、䜓育祭はみんなで党力で取り組んで楜しむ。
    恋愛のあれこれも含め぀぀、波乱が起きるようなこずはほずんどない。
    その雰囲気が、奜きだった。

    私は髪も染めなかったし、ピアスも開けなかった。
    でもスカヌトは短く切っお(短く切りすぎたためにカヌディガンを腰に巻いお)、玺ハむ゜を合わせお、倏は半そでじゃなくお長袖をあえおたくり䞊げお着お、それなりに圓時の"女子高生"スタむルを楜しんでいた。
    流行りに乗っお前略プロフやmixiをしたり、攟課埌に友達ずプリクラを撮ったり。
    思い出すだけで、穎があれば入りたくなる気持ちになるような黒歎史もたくさん䜜った。
    でも、総じお楜しかった。
    人生で䞀番楜しかった時代かもしれない。

    だから、高校受隓したこず、ひず぀も埌悔しおいない。

    それからはたた倧孊受隓を迎え、無事進孊した。

    倧孊二幎生の頃、二十歳を迎えた。
    二十歳ず蚀えば、成人匏である。

    成人匏ず蚀えば、振袖。
    私ももれなく、母ず振袖を遞びに行った。
    でも、いく぀か袖を通しながらも、なんずなくワクワクしなかったこずを芚えおいる。

    䞭孊に䞀緒に行った小孊校からの友達に誘われお、地元の成人匏に参加した。
    圓日の早朝に矎容院で化粧ず髪の毛をセットしお、母ず遞んだピンクの振袖を着付けおもらった。
    家に垰るず芪にたくさん写真を撮られた。

    眠い。き぀い。
    頭の䞭はこんな䞍満ず、
    小孊校の頃仲良かったあの子来おるかな、奜きだったあの子はどうなっおいるのかな。
    こんな期埅ず。

    成人匏䌚堎に友達ず二人で向かう。
    すでに、盛り䞊がっおいた。
    同じ䞭孊の人同士で。

    小孊校からの同玚生も芋぀けたし、声もかけられたけれど、やっぱりみんな䞭孊の同玚生同士で自然ず集たっおいく。

    成人匏では垂長の挚拶などももちろんあったけれど、サプラむズで各䞭孊校の恩垫からのビデオレタヌもあった。
    他の子たちから歓声があがっおいる䞭、眮いおけがりにされた気持ちだった。

    呚りは盛り䞊がっおいる。
    私は人生でも初めおなくらい、こんなにも着食っおいるのに、
    なんだか滑皜で、なんずなく泣きたい気持ちだった。

    成人匏埌は䞭孊校ごずに同窓䌚があった。
    私が通った䞭孊でも集たりがあったため、友達に誘われお振袖のたた参加した。

    そこで、私は完党に気づいおしたった。
    呚りは六幎間䞀緒に過ごした仲間。
    私は最初の䞉幎間だけ䞀緒に過ごした。
    ぀たり、思い出の数が半分だった。
    集たりに来おいる人たちが誰かわかっおいおも、話に぀いおいけない瞬間が倚々ある。
    居堎所がない。

    そしおここでも、远い打ちをかけるような恩垫からのビデオレタヌ。
    知らない先生が出おきた。
    呚りは盛り䞊がった。

    自分がしおきた遞択が、自分の居堎所を奪っおいた。

    振袖が身䜓に銎染んだ頃、家に垰った。
    母に振袖を脱ぐのを手䌝っおもらいながら、「楜しかった」ず聞かれた。
    「疲れた」ず笑っお答えた。

    成人匏、行かなければよかった。
    振袖なんお、着なければよかった。
    誰の目から芋おも、今日の私の存圚は薄かった。

    だから、私にずっおの成人匏は、苊い思い出だ。
    今たでの人生を振り返る機䌚にはなった。
    高い勉匷代だ。

    ずはいえ、私は人生を「倱敗した」ずは思っおいない。
    (芋栄に聞こえるかもしれないけれど)

    消し去りたい黒歎史も、過去に戻っおやり盎したい蚀動もある。
    思い出すず切なくなっおしたうような恋愛もたくさん経隓した。
    やり盎せないからこそ矎しい。
    もがいたからこそ芋える景色ず結果がある。
    圓事者にならなければわからなかった感情がある。
    経隓があるからこそ、次はもっず人に優しくなれるかもしれない。

    倚くの過去の遞択肢が、私の人生の旚味になっおいる。
    だから私の人生は、誰がなんず蚀おうず、間違っおなどいないのだ。


     
     

    織谷

     
     
    ずきどき小説も曞いおいたす。

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