「優しさという知性と、煩悩の反復横跳び。」
ちょっと真面目な日記にしますね。
最近、常々思うことがあります。
「優しさ」とは、かなり高度な知性なのではないか?と。
一般的に「頭がいい」と聞くと、知識が豊富だったり、難しい言葉を知っていたり、計算が速かったりする人を想像します。
もちろん、それも立派な知性です。
でも、人間にはもうひとつ、数値化しづらい頭の良さがあると思うのです。
「この人はいま、どう思っているんだろう」
「この言い方をしたら、嫌な気持ちにならないだろうか」
「同じ内容でも、こう言ったほうが穏便に伝わるんじゃないか」
そういうことを瞬時に想像して、自分の言葉や行動を微調整できる能力。
優しさって、ただ性格が温厚なだけではなく、
ものすごい速度で行われる「他者のシミュレーション」なのかもしれません。
相手の立場を想像し、自分とは違う感情が存在することを理解し、
そのうえで、なるべく摩擦の少ない言葉を選ぶ。
これ、冷静に考えると結構な高等技術です。
難しいことを難しいまま話すより、
相手に伝わる言葉へ変換できる人。
自分が正しいことを証明するより、
相手との関係を壊さずに伝える方法を考えられる人。
わたしは、そういう人を見ると、
「この人めちゃくちゃ、頭のいい人だなあ」と思います。
知識は自分の中に蓄えることができますが、知性はときどき、
「自分ではない誰か」を想像した瞬間に現れるのかもしれません。
…などと偉そうなことを書きましたが、
わたし自身はまだまだ精神が達観しておりません。
なので、まずは尼寺に出家するところから始め、
最終的には瀬戸内寂聴2世として…
肉を喰らい、淫らに、ちょっとハレンチな携帯小説を執筆しながら、
煩悩と知性のあいだを反復横跳びして、生きてゆこうと思います。
トラックメイカーDORIAN氏の曲を…
このダンスが妙にツボに入り、仕事終わりに職場のバックヤードで披露したところ、見事に苦笑いされましたね…
良かれと思って踊ったのに。
苦。
おやすみなさい。
