― 箱の中身がなくなる日 ― AI時代のその先
— The Day the Box Becomes Empty — Beyond the AI Era
最近、物作りとSNSの関係を見ていて思う。
昔、物と物を交換するしかなかった時代に、お金が現れた。
本来、お金は物と物を交換するための便利な道具だったはず。
ところが今は、物そのものより、お金の方が偉くなったようにも見える。
何を作るかより、いくらになるか。
何が必要かより、いくら儲かるか。
便利にするために生まれたものが、いつの間にか主役になる。
私は今、同じようなことがリアルとSNS、そしてAIの間でも起きているように思う。
本来SNSは、リアルの世界にある物や人、店や仕事を伝えるためのものだった。
ところが今は、物を作ることより、それを発信すること。
現場で働くことより、SNSやデジタルの世界で仕事をすること。
そんな職業選択の偏りが生まれているように思う。
日本には、仕事をしていない人が約4,000万人いる。
さらに、その中には「働きたい」と希望する人も約780万人いる。
それだけの人がいるにもかかわらず、
パン屋も、
飲食店も、
クリーニング屋も、
ゴミ回収も、
その他、多くのリアルな現場で人が足りない。
人がいないのではない。
人はいる。
働きたい人もいる。
それでも、必要とされている仕事に人が来ない。
朝が早い。
身体を使う。
汚れる。
技術を覚えなければならない。
その一方で、SNSは簡単に始められる。
AIを使えば文章も画像も作れる。
その「見え方の差」が、職業選択の偏りをさらに大きくしているのではないかと思う。
しかし、考えてみれば、
SNSは所詮、箱でしかない。
パン屋がなければ、SNSで紹介するパンもない。
飲食店がなければ、グルメ情報もない。
商品を作る人がいなければ、広告する商品もない。
ゴミを回収する人がいなくなれば、どれだけ立派なWebサイトを作っても街はゴミだらけになる。クリーニングする人がいなくなれば、SNSは服を洗ってくれない。
AIも同じだ。
AIはパンを焼かない。
ゴミを回収しない。
服を洗わない。
店のシャッターを朝5時に開けてはくれない。
だから私は、AIが普及すればするほど、その次に来るのはリアルの再評価だと思う。
誰でも文章を書けるようになれば、文章を書けること自体の価値は下がる。
誰でも画像を作れるようになれば、画像を作れること自体の価値も下がる。
誰でもホームページを作れるようになれば、ホームページを作れること自体も珍しくなくなる。
全ては、逆になる。
パンを焼ける人間がAIを使う。
ゴミを回収する会社がAIを使う。
料理人がAIを使う。
職人がAIを使う。
全ての人が電卓を使うように。
AIに仕事を奪われると心配する人は多い。
しかし、違う角度から見れば、
AIによって「それらしく見せる仕事」が簡単になればなるほど、本当に何かを作れる人、本当に現場を動かせる人は減っていく。
そして減れば、価値は上がる。
今、3Kと言われて敬遠されている仕事も同じだと思う。
社会に必要なのに、やる人がいない。
それなら、その仕事の付加価値がこの先もずっと低いままだとは思えない。
美味しいパンを手作りする人が、
1万人、10万人、100万人必要だったとしても、
その魅力を文章にし、
画像を作り、
世の中へ発信する仕事は、
AIの時代なら、
極端に言えば一人でもできる。
では、この先、
どちらの人間が希少になるのだろう。
私は、そこにこれからの職業選択を考える一つのヒントがあるように思う。
お金も、SNSも、AIも便利なものだ。
ただ、本来は何のために生まれたものなのか。
その順番まで逆になってしまうと、
いつか箱の中身がなくなる。
箱は、リアルの中身がなくなったら、
ただの箱でしかない。
AI時代のその後に来るのは、
私は、リアルでしかないと思っている。
中小零細企業の物作りの現場では、人手不足が深刻です。
かつて「物作り日本」と言われたこの国に、
もう一度、戻ってほしいと切に願う。
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