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ヒナタとサクのあいだには

    仕事が終わって、ヒナタは駐車場へ向かった。
    いつものように、歩きながら手提げバッグの中のスマホを取りだす。
    「え…」
    不在着信が4件。
    つき合っている彼のお母さんからだ。
    すぐに折り返した。

    「ヒナタちゃん!やっとつながった!サクがいなくなったのよ!」
    朝はいつも通り家を出たサクが出勤していない。
    本人と連絡が取れなくて会社から自宅に電話があった。
    探しに出たお母さんが、よく行く本屋の駐車場にいるサクをみつけたが、車もスマホも財布も置いて逃げ出したという。
    「心当たりない?」
    ヒナタは考えようとしたけど、頭が働かない。
    だけどすぐに返事をした。
    「探してみます!」

    電話を切って、車に乗り込む。
    駐車場の出口から、いつもと逆方向にハンドルを切った。



    最近、サクは仕事を辞めたいと言っていた。
    進学先も就職先も親が決めた。
    当然、反対された。

    だから逃げ出したの?
    どこへ行ったの?

    二人で行った公園の駐車場に車を停めた。
    小走りで階段を降りる。
    初めて来たとき、ここでヒナタはサクの背中にぶつかって、彼のジーンズの裾を踏んだ。
    ビリっと音がした。
    「ごめん!」
    サクは微笑んだ。
    「いいよ」
    ちぎれたジーンズの破片がヒナタの靴の下にあった。
    二人とも吹き出して笑って、初めて手をつないだ。

    「サクー!サクー!」
    公園に響くヒナタの声。
    返事はない。
    冷たい風に、パーカーのファスナーを上まであげた。
    きっと、どこかで凍えている。
    自動販売機でホットの缶コーヒーを買った。



    国道を走る。
    ヒナタは自分の家に向かった。
    他にサクが行きそうな場所が分からない。
    軽自動車の運転席から、目を凝らす。
    歩道、道沿いのコンビニの店内、駐車場、スーパーの前、バス停のベンチ、横断歩道。

    いない。

    フロントガラスに小雨が落ちる。
    「一緒に遠くへ行こう」
    先週の無表情なサクの声を思い出す。
    家まで送ってくれた彼の車から降りるとき、ヒナタは「行かない」と言った。

    遠くってどこ?
    サクが行きたい場所ってどこ?

    一人でいったのかもしれない。
    一緒にいくと言ってあげればよかったのかもしれない。
    だけど、二人で倒れるわけにはいかない。

    「生きろーー!!」
    運転しながらヒナタが叫ぶ。
    サクに言っているんだろうか。
    自分に言っているんだろうか。

    雨がやみ、視界がわずかに明るくなる。
    アクセルを踏んで坂道を登った。
    正面のカーブ、歩道をトボトボと歩く後ろ姿が見えた。

    いた。

    冷静に前後左右を確認する。
    車は一台も来ていない。
    左側歩道に車を寄せた。

    運転席から身を乗り出し、助手席のドアを開ける。
    「サク!乗って!」
    ヒナタは怒ったような声で叫んだ。
    サクは助手席へ倒れ込むように乗った。

    近くの道の駅の駐車場へ入る。
    サクはヒナタの膝の上に重く頭を沈めた。
    湿ったTシャツの肩が震えている。
    「うちに来ようとしてたの?」
    サクが頷く。
    何時間も歩いて、ボロボロになって、私のもとに来ようとした。
    サクの手に缶コーヒーを渡す。
    「冷たくなったけど」
    ヒナタは両手で缶コーヒーごとサクの手を温めた。

    二人で泣いた。


    この気持ちが何か分からない。




    十数年後、二人には小学五年生の娘がいた。
    夫婦の出会いを聞かれて、ヒナタが答える。
    「国道沿いでママがパパを拾ったの」

    「わんこ?」
    段ボール箱に入れられた子犬を想像したのだろうか。

    「車でね」
    サクが補足する。

    出会いは友達の紹介だったけど、あの出来事が始まりだったと思う。
    今も、あのときの感情が説明できない。

    キッチンで、サクと娘がチャーハンを作っている。
    「ハナちゃん、ネギ切って!」
    腕まくりをして娘が返事する。
    「アイよ!」

    日曜日のお昼、ヒナタはダイニングテーブルから二人を見つめる。
    今も昔も、サクがサクらしく生きられることを願っている。





    (1,500文字)
    #モノカキングダム2025



    音羽しーなさんが朗読してくれました!


     
     
    のんびりものかき。夫と息子(8歳)と猫と暮らすママ。Tシャツが後ろ前でも気にしない。観察するような詩。元漫画家。モノカキングダム2023優勝。

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