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思い出を取りに帰る⑦(終)

    さて、前回から相当日が空いてしまいました。
    連休明けから思いのほかメンタルダウンしていまして、ネガティブ投稿を繰り返す大惨事の最中ですが、いよいよ締めにかかります。


    今回の帰省の最大イベントである船旅へ向けて出発します。13年間母の愛車だった4駆ミライースを継承して、荷物を満載して出発です。

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    さよなら北の大地by

    これを期に実家に残していた卒業証書やアルバムを持って帰ろうとしたのですが、どこを探しても小学校のセットが出てこない。なぜ?まぁ実家だから何とかなるか。

    さぁ出発。
    して早々最後の北海道グルメです。

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    札幌なのに豚丼。うまし。
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    右肘ついて左利き。無礼はお許し下さい。
    美味しく食べるのが一番。

    40代半ばを迎えて並盛りがきつくなるパパ。
    一方で、「おいしい」と小盛りくらいならペロッと食べるようになった娘。もうちょっと野菜を食べてくれれば言うことなしだけど、大人になるにつれて味覚も変わりますからね。

    さて、札幌を離れ南下します。

    何となく道はわかりつつ、不安なのでナビを使いたい。ところが超ご近所カーだったこの車にナビはないので、スマホナビで済ませます。個人的にはYahooナビが無料で使えてお気に入りです。

    途中でトイレ休憩にサービスエリアに寄りました。買い損ねていたお土産を買います。なかなか見つからなかった娘の友だち用のお土産もゲットしました。普段新千歳空港利用なのでお土産に恵まれすぎているんですよね。いざ他の交通手段で帰ろうとすると、有名どころ以外の『知る人ぞ知る』な土産を手に入れるのが難しい。ちなみに今一番オススメは『生ノースマン』です。消費期限が短いのが残念。

    すっかり日の沈んだ高速道路をさらに南下します。それにしてもハロゲンの暗さよ。歴代所有車はHIDかLEDでした。暗くて見にくい、ということで帰ったらヘッドライトの電球交換を誓いました。(で、結局ケチって高効率バルブで妥協しました)

    そんなわけで出港3時間以上前に乗り場に到着です。

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    ここを登ってフェリーに乗船します

    ここからドライバーと同乗者は別れます。暇。
    ひたすらに接岸後の貨物搬入搬出を待ちます。それにしてもあのスピードでよくぶつけずに運んでいくなぁと運転手さんのドラテクに感心していましたが、コンテナが自走すればもっと早くカタがつきそうな気もします。サイバーキャブくらいの技術があればできそうですね。数年先の未来を思い描きます。

    2時間くらい待たされて乗船です。乗組員さんの誘導を信じてビタビタにつけます。うちのフリードだったらアラウンドビューで確認できるのに。そりゃ新しい車は高いはずです。

    今回は娘の寝相を考慮して和室を予約しました。四畳半に3人、どんな狭い部屋か想像して向かうと……。あれ、ふたりがいない。どうやら車が先だったみたいで、待ちくたびれた娘はヘロヘロでした。

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    布団敷き途中はご愛顧

    見たことのない細いマットレスは実質寝返りの余地がない幅だったものの、1日過ごすには存外快適でした。娘と離岸を見届けていると日付をまたぎました。そのまま眠りにつきます。


    ─空が明るくなりました。

    娘に布団を巻き取られました。ママがいつも被害に遭っているやつです。エアコンが効いて寒かった。

    3食は全てレストランで摂りました。まぁブルジョワだこと。朝ごはんにセコマでも寄ってパンを買えばよかったのに、すっかり忘れていました。やっぱり愛知に欲しいよセコマ。フランチャイズやってくれないかな。むしろ手を挙げようかな。

    #セコマ愛

    レストランの奥はデッキになっていて、外に出ることができました。ギリギリまで逆走台風の影響にやきもきしていたのに、嘘のように穏やかなクルーズです。フェリーは通算3回目ですが、一番揺れなかったかもしれません。

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    ヘリポートつき。手前の床の白い区域はペット散歩スペースでした。
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    遠くに奥羽山脈?

    その後は娘がビンゴ大会でパズルをゲットしたり、パパは人生で初めてトビウオを目撃したり、積読していたビジネス本を読み進めたり(最近のメンタル不調の元凶との噂)、みんなでトランプに興じたり娘とママで帰省恒例のソフトクリームを堪能したりとまぁまぁ時間を潰せたわけです。

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    夕食後にデッキで日の入り。

    周りに若狭湾が見える頃、すっかり日が落ちました。これから下船して約2時間ちょっとの道のりをドライブしなければなりません。フェリーは予定通り接岸し、みんなで車に向かい船を出ました。ママも娘もブリッジを通過するときは面白かったようです。アトラクションみたいなものか。

    ひたすら夜の高速道路を走らせます。やっぱりタイヤを替えてよかった。ハンドルを取られることもなく安心して運転できました。娘が車で寝ることはあまりないのですが、このときばかりは爆睡していました。

    そして、ようやく自宅につき、長い長い旅に幕を閉じたわけです。

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    もうこの翌日には札幌ナンバーから名義変更

    ということで、ハプニングに見舞われながらもなかなかいい帰省となりました。

    でもやっぱり我が家が一番……と言いたいところですが、どうしても実家のほうが居心地よく感じてしまいます。こっちは自分の家なのに。

    僕は北国の人間なので、ある程度の寒さは織り込めます。雪かきや寒さ対策がうまいわけではなく、気持ちの問題です。一方でこちらの暑さは何年経っても慣れません。
    もうすぐこちらでの生活のほうが長くなります。それでもきっと慣れることはないのでしょう。今でも実家近所のおじさんおばさんは僕を見て挨拶してくれます。もちろんそれはこちらでも同じですが、壁はあるのです。
    これなら実家近くの某重工系除雪車メーカーに就職すればよかったかなと今でも思います。

    ただ、一方でこちらに出てきたことで築けた財産もあります。お金ではなく、様々な経験です。

    同じところに定住していればできなかったであろう、踏み出す勇気、孤独の辛さ、家族を持つ幸せと責任の重さ。いい面も悪い面も合わせて、北海道と愛知の環境が僕を形づくっているのです。うつ病になっても、望郷の念に駆られても、その選択は間違っていなかったと思います。

    あと何回、あそこに帰れるのかはわかりません。
    おそらく、ばあちゃんか母親がこの世を去るときが節目になります。ふたりとも表面上元気ですが、そんな遠い未来でもないと思います。

    本当の意味で思い出を取りに帰るのは、そのときになりそうです。

    そんな覚悟をする意味でも、今回の帰省は有意義だったとひとり噛み締めるのでした。

    (了)

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    道産子物書き| すのう杯2024グランプリ受賞| 第2回灯火杯言葉のチカラ賞受賞| KINDLE書籍「なんのはなしですか どうかしているとしか」寄稿|「なんのはなしです珈ZINE な編」寄稿 プロフィール画はきょうたのさん作、キャッチコピーは本田すのうさん作です。

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