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雨の森 — 長い恋と、森と岸と台所


    砂漠に降る雨のような恋でした。

    隠した部屋の扉をそっと開けてくれた人と、深い緑のなかに沈んでいった歳月。
    迷い込んだ森のなかでみた風景と
    いま、こちらの岸で過ごす日々の手触りを
    一文字ずつ濾過して綴りました。

    それぞれのどこか深い場所から
    その帰り道が
    静かに浮かび上がればいいなと思っています。


    ◇  雨


    雨は気まぐれにやってくる。
    すこし冷たく。
    そのあとは少し温かく。

    知らぬ間に、思いのほか強い雨が降りはじめていた。

    昔から雨が好きだ。
    雨の日は誰の手伝いにも呼ばれない。
    近所の子たちにも誘われない。
    雨の日だけは
    「また、本ばかり読んで」と叱られない。
    夕ご飯ができれば、母が呼びにくる。

    買い物のとき傘をさした。
    傘から少しだけ手を出して、手のひらを上に向け、雨粒に触ってみた。
    いい匂いがした。

       ***

    かつて私には恋人がいた。
    長い年月をともにした。

    わがままな人だった。
    出会ったときからずっと、人に称えられるほどカッコよかった。
    それと同じだけジコチューでナルシストでもあった。

    スタイルがよかった。
    服装のセンスが抜群によくて、ハイブランドの服も軽々着こなした。
    そのぶん散財もした。

    けれど彼が身につける、それ以外のものは
    長ければ20年をゆうに超えてクローゼットのなかに大切にしまわれ、
    何年も何度も、そして毎日磨かれてきた革や毛糸たちだった。

    時折みえる、その「誰よりもちゃんとした視点」を、私は、そのたびに頷いて胸の奥にしまった。

    たぶん人生でもっとも大切な恋だった。
    只中にいたときにはまるでみえなかった、物語のはじまりと終わり。

    その日の雨音も心地よく響いていた。


    ◇  おさげ髪と、足下の花

    幼い頃から本ばかり読んでいた。
    はじめて『戦争と平和』を読んだのは、たぶん中学生の頃だ。

    朝起きるといつも母に、細くて緩くうねる髪を三つ編みにしてもらっていた。
    学校から帰ると広い畳の間にひとり、本を読みながらごろごろと転がった。
    分厚い本のなかに登場する女性たちをひとりひとり、思い描いて
    私に似てる、全然違う
    こんなふうになりたい、いやこうはなるまい
    と無邪気な連想を繰り返した。
    恋のことなど、まだ本のなかでしか知らない。

    『戦争と平和』に登場するマリアに、いまも憧れている。
    揺れる時代を誠実に生き、誰とも恋に落ちぬままそっと生涯を閉じた。
    物語の意味は半分ほどもわからなかったけれど、マリアが差し出した優しい温度だけは理解できた。

    子どもの頃、とくに理由もなく
    けれど真剣に
    「わたしは恋愛とは無縁な女性になる」
    と思っていた。

    『戦争と平和』のなかでマリアに触れた私は
    その温度で、人とともに笑うことを好んだ。
    誰かの背中を押しながら歩くことを、自らの姿に重ねた。
    誰かの手を引いて歩くことを、誰かに送るエールを、心に灯していた。


    華やかな恋に揺れて咲く大輪の花ではなく、静かにそこに立ち生の足元でたしかに咲く花。

    未来には、足元に小さな花だけが咲いていた。


    ◇ 深い森
     — Mr.Childrenの夜


    Mr.Children がデビューし、
    大人になった私の人生にはいつも桜井和寿さんの歌声が流れていた。

    その夜、私たちは神戸にいた。
    舞台の上には Mr.Children
    桜井さんの甘く伸びやかな歌声が身体を包む。

    すこし年上の恋人は、Mr.Childrenのライブは初めてだといった。
    ステージに近いサイド側の、ホール2階席。

    彼は年長者らしく座って足を組み、小声で私に
    「キャーって言いたかったらいっていいよ」
    とつぶやいた。
    思わず笑った私を「What?」と言いたげな目で、彼が見返した。

    ライブは佳境に入っていた。
    サビのフレーズを歌う桜井さんが、ステージの上から大きく指を指した。
    “こちらに向けて”

    私の隣に一人で聴きにきていた男の子が、私をみた。
    彼の隣に女の子同士できていたふたりが、こちらをみた。
    恋人と顔を見合わせた。

    「みたよね?
     いま、桜井さん
     私のこと指さしたよね?」

    「いや、桜井くんが指さしたのは僕」

    Mr.Childrenが描き出したあの夜。
    隣に座った座席の密度と
    それと同じだけの距離とが桜井さんの歌声に紛れてみえた。

       ***

    その頃の私は、甘えの残る孤独のなかに立っていた。
    成長しながら知った美意識という秤を内側に抱きしめながら、
    けれど自分の外見の扱い方すら、よくわからないでいた。
    閉じられた場所で、外側を持て余し
    内側を理解されないまま、冷えた土手の縁を歩いていた。

    時代は桜井さんの甘く、愛らしくすらある歌声に包まれてドラマチックに時を刻む。
    ひとりきりだった私はそのなかにわずかに、香りの違う都会の風をみつけ
    彼をみつけた。
    灰色の背景のなかにひとつだけ、小さく灯る光をみつけた。


    単なる恋にも、希望にもみえた。
    あの日から、知らぬ間にもう
    この森を深くまで歩いていた。
    歩きながら、この先の遠さと
    いつ途切れるかもしれぬ糸のか細さを感じていた。

    それなのに、心揺らす桜井さんの歌声に包まれたまま
    その心地よさに身を委ねた。
    気がつけば、願いに手を伸ばすように
    私は、解けない迷路に迷い込んでいた。
    どこまで歩いてきただろう。
    まだときどき希望という名の微かな光が
    チラチラと空に舞ってみえた。


    ◇  隠した部屋

    昔から、美しいものが好きだった。
    真善美のどれかを選べと言われたら、迷わず「美」を選ぶ。

    私には幼い頃から可愛がってくれる伯母がいた。
    たくさんいる姪のなかで、なぜだか伯母は、私を可愛がってくれた。
    理由はいまもわからない。

    都会生まれ都会育ちの伯母は、母の兄にあたる伯父の海外赴任につきそい様々な国に滞在し、帰国するたびに私に
    ドイツからは質の良い色鉛筆を
    イタリアからは赤い革の手袋を
    そっと手渡してくれた。

    伯母に呼ばれて、幼い頃から私はよく東京にいた。
    故郷を離れ、ひとり新幹線で向かった。
    伯母は美しい人だった。

    東京に着くと
    伯母に連れられ、ときには手をつないでもらって、たくさんの街を歩いた。
    柔らかな手に誘われて足を踏み入れた先には、都会の、さらに研ぎ澄まされた空間があった。

    帝国ホテルの最上階から見渡した都会の緑

    ふらりと入った銀座のデパートで、まるでチョコレートの一片のように買ってもらったサファイアの指輪

    ただ贅沢であるということとはまるで違う、優雅な人やもの。
    私は美しさに息をのみ、そのまんまを抱きしめて帰りたいと願った。

       ***

    けれどその願いは、時を経ずに孤独へと変わった。
    都会を少し離れただけで、物事はその色を変える。
    その理由を私はまだ言葉にできず、理解もできぬまま
    ただ空気の移り変わりのなかになす術もなく身を浸していた。

    こんなに愛しいものを抱えていると、誰も知らない。
    こんなにも美しいよと話しかけても、誰にも届かない。
    伯母に見送られてひとり新幹線に乗り、故郷へと近づくにつれて、私は次第に無口になった。
     — 心を閉ざせ
    車窓から見える風景は、私自身に向けて、そう呼びかけているようだった。


    いつか、青春と呼ばれる時期の真ん中で、ようやく私は自覚した。
    この美しさを、どうしても、手放したくはないのだ、と。
    そして手放さず生きることは孤独を受け入れることだ、と。
    そのときの私には、そう思うことしかできなかった。

    私は「わかられなかった」ものたちを、心の奥の部屋に閉じ込めはじめた。
    『自分にだけ、わかればいい』と言いきかせながら。

    わかられなかったものたちの隣に、わかられなかった私自身を置いた。

    部屋のありかは、私しか知らない。
    そしてときに私自身でさえ、その部屋を見失いそうになる。


    ある時、何の前触れもなく、部屋の扉をそっと覗く人がいた。
    彼は柔らかい声で
    「綺麗なものをたくさんもっているね」
    と微笑んだ。
    まるでその部屋への地図を、あらかじめもっていたかのように。
    その何気なさに私は驚き、そして安堵した。


       ***

    彼とは長い時間を共にした。
    その時間のなかで私の心は少しずつ、あたたかく、外側へとこぼれていって
    傷つくことはなかった。
    その人の前で、隠した部屋の扉はいつも小さく開かれていた。


    旅に出かけるとき、普段から私は小さなジュエリーケースを持ち歩く。
    場所、時間、出会う人、食事の内容に合わせて身につけるアクセサリーを取り替える。

    年上の彼は、それをみるたびに
    「行く場所によってアクセサリーをつけかえるってことを
     君から初めて学んだよ」
    と静かに言った。


    海外出張のお土産は何がいい?と尋ねられて
    「石鹸がいい。その土地にある普通の、なんでもない石鹸」
    「手を洗うたびに香りが残るのが、とても素敵だと思うから」
    そう答えた私に、彼は目を細め、微笑みながら顔を覗き込んだ。

    以来、誕生日や何かの記念にはイタリアの石鹸が贈られてきた。
    澄んだ柑橘の香りがした。
    彼はもう、ずっと前から恋人だった。


    恋人のまえで、私は自分の小さな美意識をそのまま、差し出すことができた。
    ほかの人の前では見せることすら躊躇ったものを、迷うことなく手のひらに広げることができた。
    だからこそ思った。
    ここでなら生きていける、と。

    けれどその思いを言葉にすると、違うものになる。
    ほかに伝え方がわからない。

    言葉にすることなど、一度もないまま。
    自分ですら、気づくことのないまま。


    いま思えば、その願いは方法でも形でも
    承認でさえもなく
    心のなかに抱く有形無形の美しさたちへの、救いと共感であった。

    隠した部屋の、扉をいつも、小さく開けていた。
    “leave the door open”
    という慣用句とも、名だたる名曲のタイトルとも聞こえる言葉が、いまもときおり頭をかすめる。


    ◇  森の奥

    日常と恋とは、はじめは矛盾なく溶け合っていた。

    通勤の途中の駅で、眠る前のベッドのなかで、そして台所に立ちながら。
    いま読んでいる本のこと、それを書いた作家のこと。
    今夜は何を食べた?
    今夜は何を食べようか?
    隠した部屋にこもっていた私に、日常の色彩が訪れた。

    そして小さな旅に、何度も出かけた。
    両脇に尽きぬ緑が広がる丘を車で駆け
    ビルのない夜空の星を見上げ
    クラシックな部屋の灯りの向こうにその日が終わろうとしていた。

    旅から帰るとまた、いつもの日々がはじまった。
    恋はまだ、日常と心地よく混ざり合ったままだった。


    けれども何度も、何年もそれを繰り返すうちいつの間にか
    ある日、帰り道が覚束なくなった。
    共に出る旅の密度に
    帰ってから再び動き始めるひとりの時間に
    その陰影に、私は絡め取られはじめた。
    はじめは小さく。
    次第に強く。

    起きていること、食べること、働くこと、眠ること。
    それらすべてが、その人を中心に回っていた。

    明日、どんなに早起きでも
    夜中にかかってくる電話に出なければいけない。
    私が声をかけたい時間に、声をかけることもできない。
    次にいつ話せるかわからない。
    その人は別の世界にいるから。



    そう。
    その人は、別の世界をもっている。

    はじめて理解された喜びは、長い時間をかけて恋となり、私はそのなかで解けた。
    解けていた私は、けれども同時に、初めからたくさんの事実を知っていた。
    知っていた事実の前で
    「理解者を手放さないように」
    「これ以上、傷つかないように」
    と目を伏せ、耳を閉じた。


    一番大切な部屋を、その人に託していた。
    隠した部屋を美しいと、説明もなく理解してくれる人がいた。
    そのことが私をその場に留め続けた。

    手放せない。
    ただひとり同じ温度の世界をもつ人を。
    私の青と
    その人の青とが
    ぴったりと重なった、その事実を。

    手放そうとした、何度も。
    けれど非日常は強い力を持って私を引き留める。
    見えるはずのない光さえ、そのなかに紛れ込む。
    手放せなくなる。

    手放せないけれど、痛い。苦しい。
    「私はほんとうは必要がない」という、揺らぎないその事実が。


    振り子の極と極のあいだで揺れながら
    それが正しさでも、解答でもないことを知りながら
    日常と恋は、その境目で濁っていった。

    視界が歪む。
    耳鳴りがする。
    ハウリングが聞こえる。
    色彩が、色彩を失う。


    私はいま、どこにいる?
    どこにきてしまった?
    どれだけきてしまった?


    初めからあった事実は時が経っても変わらずに、そのままの形でそこにある。
    いやむしろ、初めより強い意志をもってそこにあり続ける。

    同時に、非日常はまだ強い力を持って
    私をその場に引き留める。


    呼吸を失うかもしれない。
    もう辿り着けないかもしれない。
    また孤独になるのかもしれない。
    けれど。

    ここにいてはいけないような気がする。
    もう取り返しがつかないのかもしれない。

    けれども。
    けれども。

    たくさんの磁石がそれぞれに違った方向を指している。
    時間だけが冷たく正確に前に進み続ける。
    どの道を歩けばよいの?
    どこから迷ってしまったの?

    深い緑に包まれ、枝葉がさわさわと揺れる森の奥深くで
    気がつけば私はただ、立っていた。


    ◇ 仮の場所
     — 森の外縁


    次に目が覚めたとき、視界はしんと静まりかえっていた。
    どれくらい時間が経ったのだろう。

    たどたどしく、長い時間をかけて
    ゆっくりと立ち上がっては座り、
    座っては立ち上がり、
    浮かんでは消える記憶の輪郭に手を添えていった。


    記憶は、土の手触りのする陶器のなかから小さな音を立てて蓋を押し上げ、立ち上がってくる。
    遠い昔なのかすぐそこの過去なのか
    わからないまま、とめどなく溢れる。


    甥っ子をサッカーに送った車の運転席
    姪が弾き始めたギターの弦の硬さ

    新幹線の窓
    自分だけがひとりだと感じたセーラー服

    おさげ髪の頃
    大好きな本を手に取り、
    その本を仕方なく閉じたあの日


    電話を待って眠れなかった夜
    旅先の宿で、みてはいけないような気がした横顔
    お土産だよと渡された箱のなかが、からっぽだった瞬間


    それらはランダムに、尽きずに溢れ出し
    私は、それをひとつひとつ手のひらに載せた。
    小さな、けれど決して軽くはない歪な丸や四角が
    それぞれの温度をもって触れられることを待っていた。

    それらをひとつ、手のひらに載せるたびに
    それは何か?と、問いかけるたびに
    私を包む森の緑は一段ずつ薄くなり
    遠くなり
    また枝葉をさわさわと揺らしながら
    少しずつ小さくなっていった。

       ***

    ある日、私は旅先で
    その人の何気ない一言に
    泣くでも怒るでもなく、一晩中吐き続けた。
    救急車を呼ぼうか?
    彼の言葉には焦りと困惑とがまだらに入り混じっていた。
    何が起こっているのか、私自身にもわからない。
    空っぽの胃から胃液だけが何度もこみあげる。
    走り去りたい。
    ドアが遠い。
    走り去りたい。
    荷物は重い。
    私は吐きながら、ただ一晩中、床に座りこんでいた。

       *

    「そのとき、どう感じた?」
    と尋ねられて、答えた言葉に
    「それは気持ちじゃなくて説明ですね」
    と返事が返ってきた。

    説明。
    気持ちではない。

    理解され、あたたかく豊かな時間のなかにいたはずだった。
    それなのに。

    日々の手触りは、やすりの表面を撫でているように痛かった。
    少し角度を間違えると、指先や手のひらに血の滲む傷ができた。
    世界はベールを一枚挟んだように、私から遠ざかった。


    自分の内側がわからなくなっていた。
    目印となるはずの言葉も、結びつく先を見失っていた。

    悲しめばよかったのか
    怒ってもよかったのか。
    諦めればよかったのか
    または誇ればよいのか。


    次第に、森はゆっくりと呼吸を始め
    徐々に後ろに下がってゆく。
    必然的に、自然に
    私は前に押し出される。


    ある日、気がつけば仮の場所に辿りついていた。
    それは同時に
    再び立った、冷えた土手の縁だった。

    森を背にするために
    その人を背にするために
    私はまたもう一度
    冷えた土手の縁に立とうとしていた。


    ◇ こちらの岸

    目覚めると朝日はまぶしい。
    陽の光に背中を押されるようにしてベッドを出ると、靴下を履いて上着を羽織る。
    静かに階段を降りる。

    歯磨きをして髪を結び、
    電気ケトルにスイッチを入れる。
    小さな鍋を取り出し
    昨夜から仕込んでおいたお出汁を注ぎ、火にかける。
    適当な具材を選んで鍋に入れ、沸騰を待つ。

    お味噌は後から。
    そしていただくときは「煮えばな」が大事だ。

    お味噌汁と並行して、目玉焼きを作る。
    卵を割り入れて蓋をして待つ。
    この間に母の部屋を覗くと、だいたいちょうどよく起きている。

    トーストを焼いてバターを軽く塗り、目玉焼きのお皿とお味噌汁とを母の部屋に運ぶ。
    朝ごはんはきまって、母の部屋の小さなテーブルで
    90度の角度に座りながら食べる。
    「目玉焼きにはコショウがないと」
    と、母は毎朝、目玉焼きにブラックペッパーを挽く。
    今年で78歳になる。

    簡単な朝食を済ませたら、母はリハビリに出かける。
    十数年前、クモ膜下出血を起こした。
    幸いにも命を取り留めたどころか、大きな後遺症もどこにも残らなかった。

    しかし母はそのあと、退院してからも
    一日中部屋にこもって動かなくなった。

    娘である私は、頼める場所を探し、人を探した。
    何より母自身への語りかけに時間をかけた。
    そして母はリハビリに出かけるようになった。
    いまは、それが欠くことのできない習慣になった。

    母を見送ると家事の時間がくる。
    洗濯機のメンテナンスをし、掃除機をかけ、拭き掃除をする。
    そして母が帰ってから食べるご飯の支度をしておく。

    すべての部屋の窓をひとつ一つ開けて、空気の流れを入れ換える。

    窓をひとつ開けるたびに
    世界と私との間にあったベールが一枚
    はがれる。
    若者が学校へ出かける自転車の音が聞こえると
    耳のなかのハウリングが止まる。

    はじめは窓を開けることさえ困難だった。
    冷えた足に靴下を履くことさえも。
    上着を一枚、羽織ることすらも。

       ***

    その人に会うために出かけた帰りの新幹線のなかで
    涙がとめどなく溢れてきた。
    言葉にならない。
    ただただ止まらない。

    喪の儀式のようだ、と毎回思っていた。
    それを話すと
    そんな。大袈裟だよ
    と、いつもその人は笑った。

    でも、失っている。
     — 何を?
       彼を、ではないの?
    そうかもしれない。
    でももっと、何か大切なものを。

       ***

    いまはすこし、できるようになった。
    靴下を履く。
    上着を羽織る。
    まだ全部ではない。

    冷えた足に靴下を履いて、そっとベッドからおりるとき。
    その足の裏の冷たさと、あたたかさ。

    こちらの岸に、私は、立っている。


    ◇  砂漠の雨、海の雨

    日常が、はじめはぎこちなく
    次第にゆっくりと、手のなかに戻り始める。
    毎日欠くことなく思い続けた姿を、
    一度も思い出さない日のほうが多くなった。

    砂漠の町に住んでても
    君がそこにいさえすれば
    きっと渇きなど忘れて暮らせる
             Mr.Children『365日』


    砂漠の乾きを潤すような深く長く静かな雨が、私にも降り注いだ。
    時にやんでも、濡れた砂の匂いだけであの部屋にたどり着いた。

    降る雨はなぜか声をもって
    「それは、美しいね」
    と語りかけた。
    「とても綺麗でしょう」
    何の迷いもなく私はそう答えて、隣に置かれた宝物たちをひとつひとつ眺めた。

    恋はしないだろうと、理由もなく信じていた私は
    思いがけず届いた恋が何であるかを、長いことわからないままでいた。

       ***

    これ、いいと思う?
    と着て見せてくれた真新しい、高価なジャケットよりも
    その下に纏われた古いセーターが好きだった。
    細身のズボンの裾から見える、何年も磨かれた紐靴が好きだった。

    その人が
    君によく似合う
    といったワンピースは濃紺で、ノースリーブの肩の縁に緑のラインが入っていた。
    古いイブ・サンローランのものだった。
    私が好んで、何年も着続けていた。


    なんの説明も必要とせず、共有から始まった人。
    その理解のなかにあるたしかで、静かなあたたかさを
    深い森のなかで、私ははじめて知った。
    安心できた。
    心地よかった。

       *

    大好きな本や作家について、いつも話し合っていた。
    ひとまわり以上も年上のその人に
    村上春樹のどの作品を、どんな順で読むべきか、を
    町田康の作品に出会ったときに脳内に鳴った鐘の音、を
    いつも、何度も光にかざして見せた。

    好きな本のなかに「海に降る雨」の描写がある(村上春樹『国境の南、太陽の西』)
    物語は湿度をもって美しく、恋と喪失を描いていて、とりわけその人は、その作品が大好きだといった。


    「海に降る雨の姿、いつかみたいなぁ」
    と、いまも願う、
    そしてきっと永遠に叶わぬ願いを、私はよく口にした。
    するとその人は
    「ハルキさんの物語はね
     みんなが知っているのに
     誰もそこに辿り着けない場所、みたいだよね」
    と呟いた。

       ***

    砂漠に雨は降った。
    長く深く、たしかに。

    海に降る雨の姿に、きっと似ていると思っている。
    広い広い、海のような砂漠の
    アドレスも持たぬ、とある場所。
    その場所に、誰にも知られることなく降りはじめ、降り止んでゆく雨。
    その残り香を
    私はいまもかげそうな気がしている。
    こちらの岸で。
    日常という名の日々のなかで。


    ◇  帰宅 — 祈り

    雨が降っている。

    今朝も厚めの靴下を履いた。
    グレーのウール混地に黒のパイピングの施された軽い上着を羽織った。

    重い買い物袋を下げて台所にたどり着くと、冷蔵庫を開けて買ってきた品物をしまう。
    もうすぐ母がリハビリから帰ってくる。
    急いで、お米を研ぎ、
    白菜とベーコンをコンソメで煮る。
    母のために、ほんの少しとろみをつける。

    私と母は、この小さな古い家を5年前に買った。
    長い間、無闇に広い母の実家で暮らしてきた。
    「私には、私だけの家がない」
    と、母が、私のいないところでぼやいていたことをあとで知った。
    母に
    「自分の家」
    といえる終の住処を、用意したかった。

    あと数日経つと、この家に、はじめての正式なお客さまがくる。
    しばらく会えてもいなかったのだけれど、彼女のお誕生日を兼ねて
    我が家でお茶会を開くことになった。


    リハビリから帰る母の夕ご飯を作り終えて、リビングの床を拭き掃除する。
    お客さまを迎える愉しみと、常に傍にある緊張とを手にしながら、床を磨いてゆく。

    お客さまを迎えるなんて、いつぶりだろう。
    母のケアマネさんや、玄関先で済むご近所とのやりとりのほかに
    しっかりリビングで温かいお茶を淹れるなんて。

    リビングの窓辺には、ブリューゲル『雪中の狩人』の絵葉書を飾ろう。
    私から見える角度に置こう。

    広くないリビングを拭き切ったら、今日の「お迎えの支度」はおしまい。
    続きはまた明日。

       ***

    ここではないかつての家に、その広い畳の間はあった。
    畳の上をごろごろと転がりながら、おさげ髪の少女が最後のページをめくろうとしている。
    かつてやすりのようで、いまは手触りの滑らかな一冊の本。
    あの日のことも、あの花のことも、あの雨のことも綴ってある。
    あの部屋のことも。


    雨はまだ降り続いている。
    寒いなぁ
    とひとり、台所に立って声に出してみる。

    その部屋をことさら美意識と呼ぶ必要もなくなった歳に
    けれど時折、あの森の姿が浮かぶ。
    深い深い緑の、今は音も立てぬ、森の姿。

       ***

    母が帰ってきた音がする。
    急いでガスの火を灯して、コンソメの煮物を温め直す。
    湯気が立ち上がる。
    いい匂いがする。


    雨音の聞こえる台所に、私は立っている。



    【引用・参考】
    Mr.Children
    『365日』 作詞   桜井和寿
       アルバム『SENSE』収録、2010



     
     

    トコ

     
     
    何気ない瞬間のなかに潜む物語を、一文字ずつ拾い集めるような気持ちです。好きなものは古典絵画、古い本、台所の椅子。 小さな作品も、長い時間をかけて書いたものばかりです。お茶を淹れるように、旅をするように、毛布に包まるように、読んでいただけたら幸いです。

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