
年収500万JTC平社員が副業3社になって人生変わってしまった話
「自分の市場価値って、何やろ?」
── これ、当時の私が一番悩んでいたことでした。
新卒で入ったJTC(Japan Traditional Company、いわゆる大手日系メーカー)で、年収500万。役職は付いていない。ただの平社員。
給料は、毎年数万円ずつしか上がらない。もちろん、急な出世など当時ない時代(今の新卒の給与水準が本当にうらやましいと思う)…。
そんな私が、2022年の年末から 副業を始めて、気がついたら2社の副業を並行してやっていました。
2026年夏、細かいものも含めると5社以上に関わっている自分がいます。
当時、本業と合わせて、3社で同時に動いていた時期もある。
※正確に言うと、「副業3社」ではなく「副業2社 + 本業1社」の3社並行、というのが正しい言い方。記事タイトルはキャッチーに寄せてますが、本文では正直に書きます…
そこで見えた 「自分の市場価値」 は、私が想像していたものと、ぜんぜん違いました。
今日はそんなお話を。
💡こんな方にぜひ読んでいただけると嬉しいです。
・これから副業したいと思っている方
・副業でどんなことが得られるのか気になる方
・現状を少しでも変えたい、挑戦に向けて動きたい方

どこかの中高男子校から理系国立大へ。
卒業後は大学院へ「とりあえず」進学、JTCへ新卒入社。
研究員→新規事業→DXとジョブチェンジし、副業3社。
その後(また)JTCへ転職し、新規事業などを担当中。
成り行きキャリアを歩み続け、今に至る…
0. 副業を始める前の話
副業を始めたのは2022年12月27日。
忘れもしないきっかけがありました。
でも、その伏線は、もう少し前から張られていた。
2021年頃
── 当時、社内に 「プロボノに手を挙げると、社外で活動できる」 という人材育成プログラムがありました。
私はそこに手を挙げて、長野県佐久市にある ホシノマチ団地 という移住者向け団地のお手伝いをすることになります。
※直近、東洋経済さんが記事化されていました。よかったら検索してみてください…!
私含めて他社4名ほどで、「ミッション:ホシノマチ団地への移住者・居住者を増やす」ということに対してアイデアや施策を出し合って実行する。そんなプロボノ活動でした。
ブログ記事の中身を提案したり、現地視察に行ったり。
── 当時、私は小田原に住んでいたので、バイクをすっ飛ばして佐久まで行って、街を見て帰ってきたのを、今でも鮮明に覚えています。
…夏頃だったんですが、山を越えて「少しひんやりとした空気、自然の香りがする」そんな素敵な町でした。
これが、
「本業以外で、社外に向けて中長期に活動した、一番最初の体験」 。
別に、副業をやりたくて手を挙げた訳じゃなかった。なんとなく自分が変わるかもしれない、というちょっとした動機でしかなく。
でも、振り返ると、この経験が後の全部につながっています…
1. 2つの副業のきっかけ
副業を始めようと思ったきっかけは、大きく2つ。
① 給料が大して上がらないことが、もう分かっていた
JTC新卒3年目。年収は500万前後。
「このまま頑張っても、毎年数万円ずつしか上がらない」
── これが、おぼろげながらの不安として、ずっとあった。
別に会社が悪かったわけじゃない。JTC として標準的な給与体系。でも、自分の人生として、それで本当にいいのか? という問いは、ずっと心の中にあった。
「自分で別立てで稼いでいける力がないと、これ何かまずいな」
── 直感的に、そう思った。
生成AIによって、「何もできない、知らない自分」が淘汰されるタイミングじゃなかったのが唯一の救いだったのかもしれない。
今を生きる、私より少し若い世代こそ、「自分で飯を食える」というスキル・視座が大事じゃないかな、と老害のように思うことが増えた気がする。
② プロボノで知った "汗をかく快感"
ホシノマチ団地のプロボノで、本業以外の場で「汗」をかいて、ちょっとでも価値を出せる感覚を知った。
これが、ま~じでめちゃくちゃ大きかった。
お金も稼ぎたいし、自分の価値も上げたいし、世の中のことをもっと知りたい。何よりこのまま社内で埋もれていくよりも、社外も含めたいろんな場所・シーンで、素敵な人たちと面白いことを進めていく、その楽しさに包まれ続けたかった。
これが、当時の私の素直な気持ちでした。
「自分の市場価値」を意識していたかというと、正直そんなにではなかった。それよりも、研究員時代の転職活動で 「市場から別に求められていない」 ことを痛感した経験から、「このまま10年後、自分は本当に価値を持てるのか?」 という、漠然とした将来不安のほうが、強かったかもしれません…
転職の話はこちらに書いております!!!
もしよろしければ、ぜひこちらもどうぞ。
2. 副業1社目:Tech0/「上司のカレンダー」をスパイしたことから始まる、3年以上の冒険
ここから、いよいよ副業1社目の話。
副業1社目は、Tech0(テックゼロ) という会社です。
ITを駆使して、日本社会に変革をもたらせるビジネス人材を作る ── そんなコンセプトで運営されているIT人材育成サービス(というとややチープで価値が伝えきれないので下記公式Noteもどうぞ)。
ざっくりは、エンジニアになるのではなく「ビジネスマン×IT武装」で、昨今の生成AI時代に変革を牽引できる人材としてのスキルを身に着けていただく「Boot Camp ≠ スクール」を運営しているIT系のスタートアップです。
| 2-1. きっかけはオブザーバーとして "潜入" した会議
2022年7月、私は新規事業部署への異動を2年越し勝ち取って、まさに躍起になっていた時期でした。
ただ、新しい部署では情報が圧倒的に足りない。誰がどんな活動をしていて、社外にどんなチャンスがあって、自分の会社は社外とどうつながっているのか ── 全部わからなかった。
そんな時、異動を叶えてくれた恩師のカレンダー に、ある会議が予定されていることに気づきます。
共創施設の中の、各社キーマンが集まる定例会議。
「これ、いろんな情報が転がってるな…」と思った私は、
「潜っていいっすか? オブザーバーで。しゃしゃったりしないんで」
と、上司にぶっちゃけで聞きました。
返事は「全然いいよ、Zoomだし、黙って入っときゃいいじゃん」
── 怖いもの知らずだった当時の私が、最初に踏んだ一歩です。
※マジでありがたすぎる上司だった…
| 2-2. 「ITを知らなさすぎる」が刺さった日
その会議で、Tech0の代表が話していました。
「新規事業とかDXとか、新しい価値を生み出すのに、日本の大企業の担当者はITを知らなさすぎる」
「いちいち外部の開発会社入れて100万、200万使うんですか?」
「ビジネス側の人間がITを駆使して、変革をもたらす。そんな人材を作るんです」
これが、もう 私に大直撃。
実は2021年、私は社内の新規事業開発コンテストに出ていて、最後にちょっとしたサイトを作りたかったんですが、WordPress と格闘した挙句、挫折していた経験がありました。
※当時はまだ ChatGPT もなかった時代。WordPress でユーザーに合わせた条件分岐の出し分けをどうやるか分からず、ググりまくった結果、力尽きた…
(そしてその後、ゴミみたいな作成中のHPだけが残ったのである)
「これだ、やるしかない」
── そう思って、Tech0 の3期生として、受講生で参加することにします。
そうです、最初はサービスを受ける側だった。というスタートでした。
| 2-3. 「副業でやってみたらええやん」と言われた日
3期生としてプログラムを受け始め、めちゃくちゃ刺激的な同期と出会い、年末になりました。
2022年12月。
ふとしたきっかけで、代表と1on1 をする機会がありました。
そこでいろいろ話していると、共通点だらけだった。── 大学が一緒、代表が作ったサークルに私も一瞬入っていた、などなど。
私が手元で温めていたホームページの構想や、これから成し遂げたいことを話したら、代表が言った言葉が、
立ち上がり期のスタートアップだから、いろいろやりたいことがある。
やれることもあるし、修行したら?
別に副業がやりたくて話していたわけじゃなかった。
でも、その場で 「ぜひお手伝いさせてください」 と答えていた。
これが、副業1社目のスタートです。
2022年12月27日 ── この日付、今でも覚えています。
当時代表は「コメダ珈琲店」からオンライン会議に出てくれていて、やたら西日が差しこんで輝いていた。のちに「コメダ珈琲後光が差していた事件」と、2人の思い出になっている1on1である。
| 2-4. Tech0で、私がやったことはとにかく修行
最初は、受講生募集のためのイベント運営。
そこから、共創施設内の AR サイト開発(リアル謎解き × Web サイト)、ハッカソンやハンズオンイベントの企画・運営、Note 運営、SNS企画&運用、IT講師、と関わる範囲がじわじわと広がっていきました。
印象的だったのが、平日夜2時間で自分のアプリを作ってみよう、というハンズオンイベント。それまでのハッカソンはせいぜい10人くらいしか来なかったのが、30〜40人以上来てバズった回があった。
── 何もできていなかった当時、本当に嬉しい結果だった。
そして今は、BtoB の役員向けブートキャンプ
── 社長・役員向けに、生成AIやテクノロジーをどう経営に組み込むか、を一緒に考える仕事を担当させてもらっています。
何が言いたいかというと、「○○ができる」から副業をする、ということに縛られすぎる必要もないのではないか、ということ。
もともと研究員だった私は、新規事業もひよっこ、SNSマーケも広報もイベント運営も、ど素人。そんな自分でも「活動して解像度を上げる、成果につなげていく」ことにコミットすることだけはできた。
だから、何かができるから副業をする。ではなくて何かができるようになるために副業をする、という選択肢もあるんじゃないかな、ということが私の中の一つの結論。
※もちろん副業先の状況にも依るけど
| 2-5. 報酬よりも学びを取り切った
これ、書くか迷いましたが、正直に書きます。
月5,000円。スタート時の金額です。
年間20万円超えないように、というのが税申告のラインだったので、その範囲に抑えるところからスタートした。
でも、実態は土日はフル稼働、平日の夜もたっぷり。
時給で計算したら、めちゃくちゃ低い。
それでも、自分にとってはかけがえのない機会でしかなかった。
自分の価値なんて、正直わからなかった。
だから、月5,000円でももらえることが、嬉しかった。
お金以上に学びを取らせてもらった
── これは、当時も今も、本気で思っています。
全然建前じゃなくて、本音。あの時期に Tech0 で関わらせてもらったのは、私の人生の中で、トップ3、いや、No.1に入るありがたい経験です。
感謝してもしきれない、そんな機会をくれた代表には頭が上がらない。
※ですが、代表からは恩返し<恩送りせよ、と日々言われます(笑)
これを読んでくださっている方、「いくらで副業しますか?」と聞かれたときに、自分に値付けすることはできますか?
当時の自分にはできなかった。
なぜならJTCでとりあえずお金をもらって働くことが「当たり前」になっていたから…
| 2-6. 副業での「力不足」による失敗と成長
Tech0 で活動していて、「やめようかな」と思った瞬間は、正直なかった。ただ、力不足は毎日感じていました。
エピソードを1つだけ。
あるイベントを「30人集客します」と宣言した。
3日前、Peatixの登録が たったの3人 だった。
抑えていた会場をリリースして、キャンセル料を払った。
※損失は数万。大企業だとどうでもいい額がスタートアップにとっては圧倒的な痛手だし、それを発生させたことは未だに自分の中で大きな学びになっている。
手伝ってくれていた方々に迷惑をかけるだけでなく、企画・実行におけるリスクの見積もりの甘さや、準備・リスクヘッジの足りなさ、「ダメだ」となった後の対応まで、何もかもが後手後手だった…
0から1を作る世界では、自分が動かなければ何にもならない。
自分の行動(これは何かをやるだけではなくて、その前後に発生する行動も含めて)が様々なきっかけになり、ドライブ要素になる(し、ストップ要素にもなる)。
これは、JTC の研究員時代には、ほぼ経験がなかった感覚でした。
JTC は業務が仕組み化されていて、自分は1ピースとして関われば、自然と製品が出る世界。それが大企業の強み。でも、その仕組みの中にいると、「自分が動かないと、何にもならない」 という感覚が育たない。
当たり前に、「私が急に倒れても、どうにでもなる」。
これが大企業の仕組みであり強み。
素晴らしいことだけど自分には向いてない、と率直に思った。
そして、こんなことも思いました。
「うちの社長、マジで何考えてんだろうな」
と思っていた当時の自分は、ちょっと恥ずかしい。
社外の役員・社長・経営者と話す機会が増えて、初めて気づきました。
経営層は、めちゃくちゃ考えている。
大企業の社長なら、ほぼ間違いなくそう。
形にならなかったのは、仕組み上の制約だったかもしれないし、その他の障害があったのかもしれない。
少なくとも、現場でいっぱしの一般社員だった自分が見えていた景色は、世界のほんの一部 だった。
それに気づけたのは、Tech0での挑戦があり、失敗があり、機会があったから。文句ばかり言って、大した仕事もしていないJTCの活きのいい若手でしかなかったな、と今なら思える。
3. 副業2, 3社目 ── 副業マッチングサイトとリファラルで広げた
| 3-1. 2社目:副業マッチングサイトから
Tech0 を始めて数ヶ月後、2023年2〜3月頃。
私は副業マッチングサイトに登録していました。
そこで声をかけてくれたのが、2社目(便宜上、A社とします)。
新規事業開発の支援 が仕事内容でした。
Tech0 でガーッと身につけた IT スキルと、本業で身につけていた新規事業開発の知見。これを、A社で意識的にアウトプットする ── そんな関わり方をしていました。
※契約形態は業務委託、月額の決まったやつ。Tech0 とは違って、金額が事前に握られている仕事だった。
| 3-2. 3社目:リファラル経由で、知り合いから
A社が一段落した後、3社目(便宜上、B社とします)に関わるようになります。
これは 元々ちょっと知り合いだったところから発展したリファラル経由の副業。仕事内容は、新規事業開発関連の仕組み作り支援。時給制で、月精算でした。
ここまで関わってきて、ふと思ったことがあります。
「自分が戦っていける道」が、見えてきたかもしれない
新規事業 × IT × 大企業のリアル
── この組み合わせで、自分の価値を出せる場所が、ある。
そんな気がしたのはこの頃から。
別に "圧倒的な強み" があったわけじゃない。ただ、3社で動くうちに、自分が活きる場所のシルエットが、徐々に見えてきた感覚です。
| 3-3. 3社並行のリアル…土日はフル稼働。平日夜も返上。
本業 + Tech0 + A社 ── 3社並行の時期は、生活がぐちゃぐちゃでした。
土日はフル稼働
平日の夜もフル稼働
プライベートの予定は断ったり、調整したり
(断った皆さん、本当にすみません)
妻からは「何をやってるんだ」とよく聞かれていました。
今もたまに聞かれます…
でも、インプットする場所とアウトプットする場所が、自分の中で明確に定義されていた。
求められているものは違うし、自分が提供できる価値も違う。
これが、視座を一気に上げてくれた経験だったと、今は思っています。
4. お金の話と、税金の罠(余談)
「副業3社って、いくら稼げたんですか?」
と聞かれることがあるので、正直に書きます。
※本筋の話とズレるのでスキップOK。ただ、最近後輩でここに同じようにぶつかった方がいるので、そういう方向けにメモとして残させてください。
一時期、本業よりも副業の月収のほうが多かった時期がありました。
当時、ぼちぼち嬉しかった。
「自分にも、一定価値があるのか」と…
(その時は、本当の価値と収入との差分すら評価できていなかったが)
ただ、後から 税金で持っていかれたんです。
本業 + 副業の合計年収に対して、累進課税 がかかってくる。個人事業主登録もしていたので、住民税・所得税・国民健康保険、ぜんぶ自分で計算して払う。
経費の計上とか、予定徴税とか、お恥ずかしながらノープランで走ってきたので後から追いつめられることになる…という本末転倒な感じが私っぽい感じです(反省しろ)。
精神的余裕が一時期生まれたのに、後から税金がボーンと来て、一気に追い詰められた。収入を使い切った3月、確定申告でウン十万を急に支払うことになるその時の心身たるや、思い出したくはないですね…
これ、副業を始めようとする人に、いちばん伝えたいリアルです。
特に、世の中の個人事業主系記事は「独立」前提に書かれていたりするので、あなたが本業を持ちながらの副業を考えているなら先に知っておくべき話です。
「貯金しとけよ、過去の私」と、今では本気で思います。
増えたお金は、すぐ生活に溶けていきます。
固定費を上げるな!!!
これは、転職や出世でも同じことが言える気がします…
(まあ、不況なりを国がどうにかしてくれりゃいいんですけどね)
5. 副業3社で見えた、自分の市場価値
ここが、この記事のいちばん書きたかった話。
副業3社を経て、私が見えた「自分の市場価値」を、一言で言うと、こうです。
「Tokky と一緒に何かを考えると、止まっていたものが、ちょっと動く感じがする」
これ、ありがたいことに、副業先のいろんな方から、似たような言葉でフィードバックをもらってきた言葉です。
| 5-1. 私の役割は、「0 → 0.1」を作ること
副業3社を経て、自分の立ち位置がわかってきました。
大企業の優秀な人は10 → 100 が上手(仕組みでスケール)
企業家のトッププレーヤー 0 → 1が上手(まったく新しいものを生む)
私 0 → 0.1 (最初に小さな動きを与え、大きくする未来を切り拓く)
90点を100点にするのは、私は苦手。
でも、止まっているものに 「0.5、1.2、を作って、そこから50点・60点の方向に動かす」 ── これが、私が得意なゾーンだと、いまは思っています。
本当の意味で「ゼロイチ」をやれる人は、世の中にめちゃくちゃ少ない。
私はそこまでは行けない。でも、動きを起こすところまでなら、できる。
ゼロから「テンイチ(0.1)」に動かし、導く
これは、副業3社で見えた、私の固有のポジションだと信じたい。
| 5-2. 数字で見える、人脈の広がり
もう一つ、副業を経て見えた変化を、数字で。
2022年頃、 Facebook 友達数は 約 500人
現在(2026年6月) 約 2,000人
約4倍になりました。
もちろん、全員と密接につながっているわけじゃない。
でも、業界の中で「Tokkyの名前」が動く範囲が、確実に広がった証拠だと、私は思っています…
※厳密には、2024年夏に転職して2年で1,000人以上に会った、というのがドライブ要素ではありつつ、その下準備は副業で整っていた感覚。
| 5-3. 気づいたこと ── ビジネスで一番大事なのは「想像力」
副業3社で得た一番大きな学びを、もう一つだけ言うと、「想像力」 です。
新規事業を考える時/この事業を、誰がどう使い、どう価値を感じるか
人に何かを伝える時/同じ言葉でも、相手(現場 vs 役員)で響き方が違う
会議で発言する時/誰を動かすために、どんな効果を狙うのか
など、ビジネスシーンにおいて「想像力」はいろんな場面で効いてくる。
「視座が低い」と言われても、当時の私には分からなかった。
だって、自分の視座しか知らないから。
副業で外に出て、いろんな立場の人と接して、初めて「これが視座の高い人の見え方か」と分かるようになりました。
※この「想像力」の話だけでまた3万字くらい書けそうなので、別記事で書きます。お楽しみに…
6. 副業を始めたい平社員へ、3つのヒント
「副業を始めたい、でも何から?」
── そう思う人へ、3つのアクションを置いておきます。
① インプットを増やす
何のスキルもないのに、副業案件を取れるわけがない。
だから、まずインプット。
本を読む
セミナーに出まくる
友達がやってるスタートアップで、トイレ掃除からでもいい
大企業で働いていると、自然なインプット量は、思っているより少ない。
必要な情報が少なくて済むように設計されているから。
だから、まずは取る情報の量を変え、そして質を変えていくことが大事だなと思います(今もそう思っています)。
② しょぼくてもいいから、発信する
私自身、2022年頃に Instagram で読書発信をやっていたんですが、全くバズりませんでした。
でも、後輩の1人から「面白かった」と言ってもらえた。
それで十分です。
「あの人、こういうことやってる」と認知されることで、副業の機会は、ふっと舞い込みます。
学び、黙って自分のモノにしておくことに価値はない気がします。
※学びの最上位は「教えられること」なので
③ お誘いに、飛び込む
信頼できる筋からのお誘いがあれば、いったん飛び込んでみる。
※闇バイトはもちろんNG。あくまで、信頼できる人から
私自身、Tech0 で副業を始めたきっかけは「上司のカレンダーで気になった会議に潜り込んだ」という、本当に小さな動きでした。
元をたどると、
こんな小さな動きが、3年後の人生を、大きく変えています。
お誘いに乗りまくった結果、キャリアが成り行きになった話はこちらで
7. 平社員でも、副業から人生は変えられる
最後に、もう一度。
年収500万、JTC平社員でも、副業3社できる。
3社並行の中で、自分の市場価値が見えてきた。
でも、副業で得たいちばん大きなものは、お金じゃなく、視座と、人とのつながりと、「自分が活躍する場」だった。
そして気づきました。
副業で「活躍するための努力」をした結果、それがそのまま「次のキャリアの武器」になっていた
これは、辞めるためでも、残るためでも、効きます。
あなたが今、どんな立場でも。
追伸:副業選びの3つの軸、リファラルが発生する副業 vs 来ない副業、エージェント vs リファラルの使い分け、辞め方の実践マニュアル(怒られそうな内容も書きまくってます)まで、全部、約3万字で書いた完全ガイド は、こちらに置いてあります。
「動こうとしているあなた」に、何か参考になれば幸いです。
私なんかで良ければお気軽にご相談ください。
Tokky.