
雨のち期待、ところにより諦め
学校の最寄り駅では降車せず、今日は一つ先の駅で降りるのだと、週の初めには決めていた。いつものごとく、聞いても聞かなくても成績には全く影響のなさそうな教授の話を、ただ耳に通過させながら、なんとなくスマホで学校周辺の地図を眺めていた時に見つけた文房具屋。大学に入学して三年、今まで気づくことができなかったのはなぜだろう。そう思うくらいに、私の好みに合っていた。お店全体は白と水色が基調となっているのに温かみがあり、こぢんまりとしていてかわいらしい。
今すぐにでも行きたいと思った。が、このお店は週末にしか営業していないことが分かり、金曜日の授業前に行くことに決めた。
今日はあいにくの雨だが、そんな憂鬱を吹き飛ばすことができるくらいの魅力は十分にあるお店だった。
降車駅から徒歩15分。決して遠くはないが、あまり歩いたことのない地域だからか、遠く感じる。かろうじてかかと側は濡れてはいないものの、つま先の方はすでに靴下までぐちょぐちょになってしまった。1歩1歩、地面を踏み切るごとに、ぎゅっぎゅっと音が鳴り、靴の中に水が溜まっていることが知らされる。傘を持っている方の手は冷え切っていた。楽しみにしていたお店に伺うには最悪のコンディションとしかいいようがない状況のはず。なのに、今日はそれさえもが何かの美しい小説の一節のようで、私は様々な言葉を心の中で唱えた。あたりは民家ばかりで、時折車が地面の水をきり、走っていく。それを見ながら、私は、私の知っている限りの最高の文房具たちが並ぶお店を想像する。
私は、ノートが好きだ。ノートというよりも紙といった方がいいかもしれない。母乳のような優しい白い紙。とはいえ、紙には申し訳ないが、買うだけで何かを書いたことはほとんどない。書いて刻んでしまうことは怖くてできない。だれも見ていないけど、誰かが見ている気がしてしまう。でも、白い紙を持っておくことで、そこに余白があることで、その分だけの言葉は心にためておくことができるような気がする。今日もそんな余白が見つけられるといいな、というかきっとあるだろうな、と勝手に確信しながら進んでいった。
確か道の左側って書いてあったはず、と思いながら、さっきまでの半分以下の速度でとぼとぼ歩いていくと、左側に水色の小さな建物が現れた。オレンジ色の電気が店全体に灯っていて、ガラスの引き戸には「金、土、日のみの営業です。店主より。」と、細いボールペンで最後の句読点で丁寧に書かれている。中にお店の人は見えないが、あかりはついていて、ついさっきまで人がいた気配がある。意を決してドアに手をかけ、ぐっと引いた。
ん
ドアが開きかけることも、ガっとなって鍵がかかっていることに気が付くこともなかった。ただ、そのドアは完全に閉まり切っていた。驚いた。やっぱりか。私はあまりにもあっさりとその現実を受け入れていた。最初からこうなることが分かっていたのだろうか。なんだかすがすがしくさえある。
人は皆、色々なものに助けられたり、裏切られたりしながら生きていく。そうしていく中で、期待しないこと、諦めてしまえば楽なことを覚えていく。それは本当は寂しいことなのかもしれない、と思いながら。
私は、今日開いていなかったからこそとっておくことのできた楽しみと胸の高まりを感じながら、来た道を帰った。