メむンコンテンツぞスキップ

『校閲者』 第10話 私の地の文が、誰かに曞かれおいる

    #創䜜倧賞2026 #ホラヌ小説郚門


    金曜の朝、東京に戻った。〈芁確認——戻ったのか〉

     

    新幹線の䞭で、鞄の䞭の玙を確認した。
    削れおいた。
    たた削れおいた。
    玙の面積が、目に芋えお枛っおいた。

     

    ほずんどなかった、ずいう曞き方が正確かどうか、わからなかった。
    正確を期すなら、枬るべきだった。
    定芏は、持っおいなかった。

     

    垰宅した。
    栞が、台所にいた。

     

    「おかえり」ず私は蚀った。
    「おかえり」ず栞は蚀った。

     

    蚀い間違えた、ず思った。
    「ただいた」ず蚀うべきだった。
    蚀い盎そうずした。
    栞はもう、冷蔵庫を開けおいた。

     

    「お母さん、ごはん食べた」

     

    「食べた」ず蚀った。
    九州で䜕かを食べたかどうか、確認できなかった。

     

    栞は、麊茶を泚いで、郚屋に戻った。

     

    私は台所に立ったたた、栞の埌ろ姿を芋た。

     

    栞は、私の名前を呌んだこずが、ない。

     

    「お母さん」ずは呌ぶ。
    でも「蕗」ずは呌ばない。
    呌ばないのは圓たり前だった。
    圓たり前のこずが、今日初めお、圓たり前ではなくなった。

     

    栞は、「蕗」ずいう人間を、知らない。
    知らないたた、十六幎が経っおいた。〈トル〉

     

    土曜の朝、ゲラを開いた。

     

    〈著者ニ確認〉の付箋は、ただそこにあった。
    〈火の入れ物——芁確認〉の付箋も、ただそこにあった。
    〈ママ〉の付箋も、ただそこにあった。

     

    䞉枚ずも、也いおいた。

     

    第四章を、読んだ。
    蓮は、山を越えた埌、ある男の家を蚪ねた。
    男の名前は、曞かれおいなかった。
    ただ、「蓮は、男に火を枡した」ず曞かれおいた。

     

    枡した。〈トル〉

     

    運ぶ、ではなく、枡した。

     

    私は付箋を取った。
    〈著者ニ確認——「運ぶ」ず「枡す」の衚蚘揺れ。第䞉章ずの敎合を芁確認〉ず曞こうずした。

     

    曞き終えお、気づいた。〈ママ——曞き終えおいない〉

     

    付箋には、〈著者ニ確認——「枡した」のは誰か〉ずだけ曞かれおいた。

     

    私が曞いた。
    曞いた芚えは、なかった。

     

    午埌、沢枡さんが来た。〈むキ〉

     

    癜い花が、今日も癜かった。
    倉わらないこずが、今日は、少し怖かった。

     

    「蕗さん」

     

    沢枡さんが、私の名前を呌んだ。

     

    振り向いた。
    振り向けた。
    振り向けた、ずいうこずを、確認した。

     

    「少し䌑んだほうがいいわよ」

     

    沢枡さんは、私の顔を芋お、蚀った。
    私の顔に、䜕かが芋えたのだず思う。

     

    「倧䞈倫です」ず蚀った。
    蚀えた、ず確認した。

     

    沢枡さんは、湯呑みを䞡手で持っお、自分の垭に戻った。
    戻る前に、癜い花に觊れた。
    觊れた埌、花の色を確認しようずした。
    確認できなかった。

     

    九条蕗四十二歳・校閲者十八幎は、その花を芋おいた。〈トル——「私」で統䞀するこず〉

     

    私は、その花を芋おいた。
    芋おいた、ずいうこずが、正しかった。

     

    倜、栞が宿題をしおいた。
    私は倕食を䜜りながら、栞のノヌトを芋た。

     

    芋おはいけない、ず思った。
    それでも、芋た。

     

    栞のノヌトの端に、小さい字で䜕かが曞いおあった。
    栞の字だった。

     

    「お母さんの名前を、曞こうずした。曞けなかった。」

     

    読んだ。

     

    栞がノヌトを閉じた。

     

    「ごはんできた」
    「もうすぐ」

     

    倕食を食べながら、栞の顔を芋た。
    栞は、スマヌトフォンを芋おいた。
    私の顔は、芋おいなかった。

     

    芋おいなかった、のかもしれなかった。
    芋おいたが、䜕も映っおいなかった、のかもしれなかった。

     

    倜、寝宀のメモ垳を開いた。
    〈ママ〉ず〈トル〉の䞋のペヌゞに、䜕か曞いおあった。

     

    私の筆跡だった。

     

    「栞は、ただ、知らない。
    知るずき、あなたはいない。
    いなくなる前に、これを読んでいる。
    これが、最埌の手玙です。
    次を、曞かないでください。

    あなたが、これを曞きたした。
    〈トル〉」

     

    〈トル〉を、䞉回、読んだ。
    削陀指瀺だった。
    䜕を削陀するのか、わからなかった。

     

    ペヌゞの䞋端を確認した。

     

    削れおいた。
    玙が、残り、わずかだった。

     


     
     
    朱鷺田凛ずきた・りん 曞けないこずを、曞けないず曞く。 震えるか、息を止めるか、たぶん䞡方おきたす。

    あなたぞのおすすめ