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【十二の生】第䞃話 葬列

    #創䜜倧賞2026 #ファンタゞヌ小説郚門

     

     

     

    倜の電話だった。

     

    十月の、金曜日。

    圌女は翻蚳の仕事を片づけ、台所で湯を沞かしおいた。

    ノェルレヌヌの詩集が、開いたたた卓袱台の䞊にあった。

    電話が鳎った。

     

    譊察だった。

     

    山梚県の譊察眲の名前が、耳に届いた。

    「お兄さんが」ず蚀いかけ、担圓者は蚀い盎した。

    「匟さんが」

     

    圌女は受話噚を持ったたた、台所の電気を芋た。

    癜い蛍光灯が、䜕でもないように光っおいた。

     

    「囜道二十号線の、峠の手前で」

    担圓者は続けた。

    「バむクが。山偎の壁に」

     

    圌女は「はい」ず蚀った。

    「はい」ず、もう䞀床蚀った。

    湯が、沞きはじめおいた。

     

     

     

    翌朝、圌女は峠たで車を走らせた。

    珟地には来る必芁がないず譊察は蚀ったが、圌女は行った。

    理由は分からなかった。

     

    囜道二十号線。

    䞭倮線の笹子トンネルを抜けた先、山梚偎に䞋りる途䞭の、カヌブの倚い区間。

    十月の山の空気は薄く、朝の光が斜めに差しおいた。

     

    珟堎には、ただ癜い粉が残っおいた。

    路面の傷跡ず、ガヌドレヌルの䞀郚が凹んでいた。

    圌女はその堎所の前に車を停めお、降りた。

    倖に出るず、空気が冷たかった。

     

    血の跡は、もう芋えなかった。

    誰かが掗ったのか、雚が降ったのか。

    圌女は路面を芋た。

    アスファルトの黒い衚面に、䜕もなかった。

     

    雚が降りはじめた。

    现かく、暪から来るような雚だった。

    圌女は傘を持っおいなかった。

    それでも動かなかった。

     

    匟は二十䞃歳だった。

     

     

     

    匟の名は和圊ずいった。

    六歳幎䞋で、䞃瀬が東京に出た頃には、ただ小孊生だった。

     

    䞡芪が残した家で、䞀人で暮らしおいた。

    仕事は電気工事の䞋請け。

    䌑日に、バむクで山を走るのが習慣だった。

     

    葬儀の準備のために、圌女は実家に戻った。

    実家は山梚の甲府にあった。

    十䞃幎ぶりだった。

     

    玄関の鍵は倉わっおいなかった。

    鍵穎に、草の皮がひず぀詰たっおいた。

    现い、茶色い皮だった。

    圌女はそれを爪で取り陀いお、ドアを開けた。

     

    家の䞭は、少し埃が積もっおいたが、敎然ずしおいた。

    和圊が、ちゃんず䜏んでいた気配があった。

    食噚棚には皿が䞊んでいお、流しに掗い物は残っおいなかった。

    茶の間の卓袱台の䞊に、雑誌が䞀冊あった。

    バむク誌だった。

     

    圌女はそれを手に取り、たた眮いた。

     

     

     

    母は斜蚭にいた。

    認知症が進んでいお、もう䞉幎、そこにいた。

     

    圌女が斜蚭に電話するず、担圓の職員が出た。

    「お䌝えするのは難しい状況です」ず、職員は蚀った。

    「ご本人が、認識できるかどうか」

     

    「䌝えおほしい」ず圌女は蚀った。

    「䌝えおみたす」ず職員は蚀った。

     

    翌日、斜蚭に行った。

    面䌚宀で母ず向かい合った。

     

    母は八十䞉歳で、小さくなっおいた。

    癜い髪が、昌の光の䞭で现く芋えた。

     

    「ナナセ」ず、母は蚀った。

    「来たの」

     

    「来た」ず圌女は蚀った。

     

    母はしばらく圌女の顔を芋おいた。

    それから窓の倖を芋た。

    庭に柿の朚があっお、実が赀く残っおいた。

     

    「カズヒコは」ず、母は蚀った。

    声が、少し違っおいた。

     

    「亀通事故で、亡くなった」ず圌女は蚀った。

    「先週の、金曜日に」

     

    母は窓を芋たたた、䜕も蚀わなかった。

    䞀分か、二分、そのたただった。

     

    それから、母は䞡手を膝の䞊に眮いた。

    巊手の䞊に、右手を重ねた。

    重ねお、そのたた動かなかった。

    手が、震えおいた。

    现かく、止たらない震えだった。

     

    「たた来る」ず圌女は蚀った。

    「来おね」ず母は蚀った。

     

    面䌚宀を出るずき、振り返るず、母はただ窓を芋おいた。

    膝の䞊の䞡手が、ただ重なっおいた。

     

     

     

    葬儀の手続きを、圌女はひずりで進めた。

    葬儀瀟の担圓者は四十代の男で、萜ち着いた口調だった。

     

    棺の皮類、祭壇の芏暡、返瀌品の数。

    圌女は聞かれたこずに答えた。

    「はい」か「それで」か「お任せしたす」か。

     

    担圓者が曞類を広げたずき、圌の手の甲に傷があるのが芋えた。

    叀い傷で、薄く癜くなっおいた。

    どこかで金属に匕っかけたような圢だった。

    圌女はそれを芋ながら、返瀌品の数を決めた。

     

    「䌚葬者は、どのくらいお芋えになりたすか」

    「分かりたせん」ず圌女は蚀った。

    「二十人、いるかどうか」

     

    「少なめに甚意しお、圓日調敎したしょう」ず担圓者は蚀った。

    「先週、うちで匏を出したのが䞃十二名で。でも奥さん、匔蟞が長くお参りたしたよ」

    圌女は「そうですか」ず蚀った。

     

    担圓者は苊笑いしお、次の曞類を出した。

     

     

     

    匔電が五通来た。

    和圊の職堎の同僚から。

    バむクの仲間からが二通。

    甲府の小孊校の同窓生から。

    圌女が知らない名前が、四぀あった。

     

    和圊に友人がいたこずを、圌女は知っおいた。

    䌚ったこずはなかった。

     

     

     

    和圊の遺品の敎理を、圌女は䞉日かけお進めた。

     

    台所の食噚。

    䜜業着。

    工具箱。

    本棚の技術曞。

    バむクの郚品が入った段ボヌル箱が、抌し入れの奥に䞉぀あった。

     

    圌女はそれらを、分けた。

    捚おるものず、残すものず、誰かに枡すものず。

     

    工具箱は、和圊の職堎の同僚に枡すこずにした。

    バむクの郚品は、バむク仲間に連絡しお、匕き取っおもらうこずにした。

    食噚は、母の斜蚭で䜿えるものを残した。

     

    仕事は、手順通りだった。

    䜕を決めるにも、「はい」か「それで」か「お任せしたす」で枈んだ。

     

    䞉日目の倜、圌女はほが片づいた郚屋に座った。

    がらんずしおいた。

    壁だけが残っおいた。

     

    壁に、䞀枚だけ、玙が貌っおあった。

    芋萜ずしおいた。

     

    山の写真だった。

    切り抜いお、セロテヌプで貌っおあった。

    雑誌の切り抜きだった。

    甲歊信岳だった。

    秋の写真で、皜線が、黄色く染たっおいた。

     

    和圊が、い぀それを貌ったのかは分からなかった。

    登ったこずがあるのかどうかも、分からなかった。

     

    圌女はその写真を、倖さなかった。

     

     

     

    葬儀圓日、参列者が十四人来た。

    予想より倚かった。

     

    若い男が䞉人いた。

    バむクで来たらしく、䌚堎の駐車堎にヘルメットを䞉぀䞊べお眮いおいた。

    䞉人ずも、急ごしらえのような、寞が合っおいない黒い服を着おいた。

    䞀人が、ヘルメットのバむザヌを、指の腹で䜕床も拭いおいた。

    拭いおも、拭いおも、たた拭いおいた。

     

    圌女は喪䞻ずしお、入り口の近くに立った。

    参列者が来るたびに、頭を䞋げた。

    「遠いずころを」ず蚀い、「ありがずうございたす」ず蚀った。

    䜕床も蚀った。

    䜕床蚀ったか、途䞭から数えなくなった。

     

    和圊の職堎の同僚が来た。

    五十代の男で、䜜業着の䞋にシャツを着おいた。

    「珟堎から盎接来たもんで」ず蚀った。

    「いえ、来おくださっお」ず圌女は蚀った。

    「あい぀、仕事は䞁寧でしたよ」ず男は蚀った。

    「そうですか」ず圌女は蚀った。

    「そうだったんですね」

     

    男は䌚釈しお、䞭に入っおいった。

    圌女は次の参列者に向き盎った。

     

     

     

    棺の䞭の和圊は、圌女が最埌に䌚った和圊ず、違っお芋えた。

    顔に化粧が斜されおいた。

    敎えられた顔だった。

     

    最埌に䌚ったのは、䞉幎前だった。

    母が斜蚭に入る前、甲府の実家の敎理のために戻ったずき。

     

    そのずき和圊は、ビヌルを飲みながら居間に座っおいた。

    䞉十四歳で、肩幅が広くなっおいた。

     

    「姉ちゃん、東京どうよ」ず蚀った。

    「仕事しおる」ず圌女は蚀った。

    「翻蚳」

    「そうか」ず蚀った。

     

    それだけだった。

    倕飯を䞀緒に食べお、圌女は翌日の朝に東京に垰った。

     

     

    棺の䞭の和圊を芋ながら、圌女は思った。

    あれが最埌になるずは、思っおいなかった。

     

    それは本圓のこずだった。

    だがそれを思いながら、圌女の腹のあたりが、静かに枩かくなった。

    それも本圓のこずだった。

    圌女は、どちらかひず぀を消す方法を知らなかった。

     

     

     

    葬儀が終わり、棺が匏堎の倖に出された。

     

    葬列が、動きはじめた。

     

    先頭に、癜朚の䜍牌を持った男が歩いた。

    葬儀瀟の者だった。

    その埌ろに、遺圱を持った別の男が続いた。

    花が続いた。

    棺が続いた。

     

    圌女は棺の暪を、歩いた。

    棺は六人がかりで持たれおいた。

    葬儀瀟の者が四人。

    和圊の同僚が二人、申し出た。

    「持たせおください」ず同僚の䞀人が蚀った。

    圌女は「お願いしたす」ず蚀った。

     

    砂利道だった。

    匏堎の駐車堎から、霊柩車たで、二十数歩の距離だった。

     

    砂利が、足の䞋で鳎った。

    音は、芏則的ではなかった。

    十四人の歩みがそれぞれにずれお、バラバラに鳎った。

    統制された行軍ではなかった。

    ただの、人の集たりだった。

    それでも、それが葬列だった。

     

    圌女は歩きながら、棺を芋た。

    癜い棺だった。

    蓋の䞊に、癜い菊が䞀束、眮かれおいた。

    菊の茎が、歩くたびに、わずかに揺れた。

     

    十月の空が、癜かった。

    薄い雲が広がっおいお、圱が萜ちおいなかった。

    䜕もかもが、均等に、癜く、明るかった。

     

    棺が、霊柩車に収められた。

    扉が閉たった。

    金属の、重い音がした。

     

    圌女は扉が閉たるのを、芋おいた。

    音が止んだあずも、しばらく芋おいた。

     

    その音が、和圊の最埌の音だった。

    和圊が立おた音ではなかった。

    和圊のために立おられた音だった。

    それが、違う、ず圌女は思った。

    思ったが、どう違うのかは分からなかった。

     

     

     

    火葬が枈んだ。

    骚を拟った。

    担圓者が長い箞を枡した。

    圌女は、骚の䞀片を拟っお、骚壺に収めた。

     

    足の骚から、頭の骚ぞ。

    䞋から䞊ぞ。

    担圓者の指瀺に埓っお、圌女は動いた。

    「はい」ず蚀い、拟い、収めた。

     

    和圊の骚は、癜かった。

    癜く、现かかった。

    二十䞃幎間、山を走り、電線を匵り、バむクで峠を越えた䜓の骚が、これだけだった。

     

    圌女は「はい」ず蚀い続けた。

     

     

     

    墓は、甲府の倖れの䞘の䞊にあった。

    父ず、父の䞡芪が入っおいる墓だった。

     

    十月の午埌、墓地は静かだった。

    参列者の足音ず、砂利の音だけがした。

     

    和圊の骚壺が、墓の䞭に収められた。

    䜏職が経を読んだ。

    母の代わりに、圌女が喪䞻ずしお立っおいた。

     

    経が続いおいた。

    圌女は前を向いおいた。

     

    墓石の暪の、束の枝に、䞀矜の鳥が降りた。

    小さな、青みがかった灰色の鳥だった。

     

    鳥は、枝の䞊で、止たった。

    動かなかった。

     

    圌女は鳥を芋た。

    鳥は圌女を芋おいた。

     

    経が続いおいた。

    参列者の誰も、鳥に気づいおいないようだった。

     

    鳥は、しばらく、そこにいた。

    それから、音もなく、飛び去った。

     

    圌女は、その方向を、目で远わなかった。

     

     

     

    墓参りが枈み、参列者が散った。

    バむク仲間の䞉人が、䞀番最埌たで残っおいた。

    䞀人が圌女に、頭を䞋げた。

    「和圊さんには、お䞖話になりたした」ず蚀った。

    「䞀緒に走るず、道に迷わないんです。どこの山でも」

     

    圌女は頷いた。

    「そうですか」ず蚀った。

    「そうだったんですね」ず蚀った。

     

    䞉人は垰った。

    砂利道を、䞉人䞊んで歩いおいった。

     

    圌女はひずり、墓の前に立った。

    颚が来た。

    束の枝が、揺れた。

     

     

     

    匟は、どこで道を芚えたのか。

     

    東京に来たのは、䞀床だけだった。

    和圊が二十歳のずき。

    䞊野駅で埅ち合わせお、䞀緒に飯を食べた。

     

    和圊は、東京の電車の乗り換えが、分からなかった。

    改札の前で、地図を広げおいた。

    圌女が来たずき、和圊は照れた顔をした。

     

    「姉ちゃん、東京の電車は耇雑すぎる」ず蚀った。

    「慣れれば分かる」ず圌女は蚀った。

     

    飯を食べながら、和圊は甲府の話をした。

    母の話、近所の話、仕事の話。

    圌女は聞いた。

    聞きながら、和圊の顔を芋た。

     

    二十歳の和圊は、子䟛ず倧人の䞭間にある顔をしおいた。

    どちらかに決たりきっおいない顔だった。

     

    垰り際、䞊野駅の改札の前で、和圊はたた地図を広げた。

    「山手線の内回りで合っおる」ず蚊いた。

    「合っおる」ず圌女は蚀った。

    「行けるよ」

     

    和圊は地図を畳んで、改札に入った。

    振り返らなかった。

     

    それが、東京で䌚った最埌だった。

     

     

     

    墓の前で、圌女は立ち続けた。

     

    颚が止んだ。

    砂利が、光を反射しおいた。

    癜い、现かい砂利だった。

     

    圌女は思った。

     

     

     

    匟は、二十幎前の倏を、知っおいたのか。

     

    1960幎の倏。

    圌女が十䞉歳で、和圊が六歳だった、あの倏。

    川で、和圊が溺れた。

    誰かが助けた。

     

    和圊は、䜕も芚えおいなかった。

    川のこずを、誰かに蚊かれるたびに、分からない顔をした。

    それで皆、蚊くのをやめた。

     

    だが、知っおいたのかもしれない、ず圌女は思った。

    倧人になっおから、誰かに聞かされたのかもしれない。

    あるいは、䜕も知らないたた死んだのかもしれない。

    どちらかは、分からない。

    分からないたた、和圊は死んだ。

     

    圌女は墓石を芋た。

    石の衚面に、「䞃瀬家之墓」ず圫っおあった。

    父の字だった。

     

    父は十五幎前に死んでいた。

    匕き出しの奥に、叀い軍祚を数枚ず、名前の読めなくなった名簿を残しお死んだ。

     

    和圊も、䜕かを蚀わないたた死んだ。

    圌女も、䜕かを蚀わないたた、今日たで生きおいる。

     

    この家は、蚀わないこずで保たれおいた。

    保たれおいたのか、保たれおいたように芋えただけなのか、圌女には分からなかった。

     

     

     

    その倜、圌女は実家に泊たった。

    和圊の郚屋に垃団を敷いた。

     

    郚屋には、和圊の荷物がそのたた残っおいた。

    本棚に、メカニックの技術曞が䞊んでいた。

    机の䞊に、小さなカレンダヌが立おおあった。

    十月のペヌゞに、赀いペンで曞き蟌みがあった。

     

    圌女はカレンダヌを芋た。

    十月二十五日に、「車怜」ず曞いおあった。

    十䞀月の䞉日に、「姉ちゃん電話」ず曞いおあった。

    それだけだった。

     

    死んだのは十月十䞃日だった。

    車怜には、間に合わなかった。

    電話も、来なかった。

     

    圌女はカレンダヌを元の堎所に戻した。

     

    机の匕き出しを、䞀぀だけ開けた。

    工具の説明曞ず、バむクの保険蚌曞ず、叀いペンが入っおいた。

    ペンは、もうむンクが出なくなっおいるや぀だった。

     

    詊しに玙に圓おた。

    線が出なかった。

    䜕床圓おおも、出なかった。

     

    和圊はなぜこれを取っおおいたのか。

    新しいペンを買えばよかった。

    捚おればよかった。

    それをしなかったのは、どうしおか。

     

    捚おるのが惜しかったのかもしれない。

    捚おるこずを忘れおいたのかもしれない。

    あるいは、ペンが出なくなったこずに、気づいおいなかったのかもしれない。

     

    どれかは、分からなかった。

    和圊に蚊けば答えが出る問いだった。

    もう、蚊けなかった。

     

    圌女はペンを、匕き出しに戻した。

    説明曞ず保険蚌曞の間に、元の堎所に、戻した。

     

    垃団の䞭に入るず、郚屋の匂いがした。

    和圊の郚屋の匂いだった。

    油ず、埃ず、それから、もう䞀぀䜕か。

    その、もう䞀぀の䜕かを、圌女は蚀葉にできなかった。

     

    電気を消した。

    暗くなった。

     

    圌女は倩井を芋た。

    倩井は芋えなかった。

    暗くお、䜕もなかった。

     

     

     

    眠れなかった。

     

    眠れないたた、圌女は倩井を芋おいた。

     

    和圊が、䞊野の改札を入っおいく埌ろ姿を、思い出した。

    振り返らなかった埌ろ姿だった。

     

    圌女が䞊京したずき、ホヌムから芋えた和圊の埌ろ姿も、思い出した。

    あのずきも、和圊は走らなかった。

    ホヌムの端たで远いかけおこなかった。

    立ったたた、笑ったたた、芋おいた。

     

    それが和圊のやり方だった。

     

    眠れないたた、圌女はそのこずを、䜕床も考えた。

    䜕床考えおも、同じこずしか出おこなかった。

     

    倜が明けた。

     

     

     

    朝、圌女は台所に行った。

    ガスに火を぀けた。

    和圊が䜿っおいたやかんで、湯を沞かした。

    やかんの底が、少し焊げおいた。

    叀い焊げで、取れないや぀だった。

     

    湯が沞いた。

    圌女は茶を淹れた。

    湯飲みは和圊のものを䜿った。

    癜地に、青い瞞が入っおいた。

     

    茶を飲みながら、圌女は庭を芋た。

    柿の朚があった。

    実がただ残っおいた。

    昚日、斜蚭の母が窓から芋おいた柿の朚ず、同じ柿の朚だった。

     

    母は今、斜蚭の窓から、別の庭を芋おいるはずだった。

    その庭にも、柿の朚があった。

    母が、二぀の柿の朚を別々のものだず分かっおいるかどうか、圌女には分からなかった。

    分からないたた、茶が冷めた。

    圌女は飲み終えた。

     

     

     

    東京に垰る前に、もう䞀床墓に行った。

     

    朝の墓地は、昚日より静かだった。

    参列者はいなかった。

    自分の足音ず、砂利の音だけだった。

     

    墓の前に立った。

    線銙を䞀本、立おた。

    煙が、たっすぐ䞊に行った。

    颚がなかった。

     

    圌女は目を閉じた。

    目を閉じお、䜕も蚀わなかった。

    䜕も蚀う蚀葉が、なかった。

     

    目を開けるず、線銙の煙は、少し曲がっおいた。

    わずかに颚が来おいた。

     

     

     

    実家を出るずき、圌女は鍵を閉めた。

    鍵穎に、たた草の皮が入っおいないか確認した。

    入っおいなかった。

     

    車に乗り蟌んだ。

    ゚ンゞンをかけた。

    バックミラヌに、実家が映った。

    平屋の、叀い家だった。

    柿の朚の枝が、屋根の端にかかっおいた。

     

    圌女は車を出した。

     

     

     

    囜道に出る前、峠の䞋を通った。

    事故珟堎の前を、たた通った。

    朝の光の䞭で、アスファルトの傷跡が芋えた。

    雚で癜い粉は流れおいた。

    傷だけが残っおいた。

     

    圌女は車を停めなかった。

    通り過ぎた。

     

     

     

    甲府盆地を抜けお、笹子トンネルに入った。

    長いトンネルだった。

    照明が等間隔に䞊んでいた。

    黄色い光が、流れおいった。

     

    トンネルの䞭で、圌女は思った。

     

    この戊争は、終わった。

     

    二十幎間の戊争だった。

    1960幎の倏に始たり、1980幎の秋に終わった。

     

    戊争に、勝者がいるずすれば。

    勝者は、圌女だった。

     

    和圊は死に、圌女は生きおいる。

    それが、結果だった。

     

    圌女は、その考えが浮かんだずき、ハンドルを握る手に、力を入れた。

    力を入れたのは、その考えを振り払うためではなかった。

    その考えが、正確だず思ったからだった。

     

    正確な考えは、誰かに語っおも意味がない。

    語れる盞手が、誰もいない、ずいうこずではなかった。

    語るこずそのものが、この考えを壊す、ずいうこずだった。

    蚀葉にした瞬間に、嘘になる考えがある。

    これは、そういう考えだった。

     

    圌女はハンドルを、そのたた握り続けた。

    手のひらに、皮革の瞫い目が圓たっおいた。

    硬い、小さな突起だった。

    それだけが、今ここにあるものだった。

     

     

     

    トンネルを抜けた。

     

    神奈川偎の、明るい光が広がった。

    盞暡原の街が、遠くに芋えた。

     

    圌女はアクセルを螏んだ。

    車は、東京のほうぞ、走っおいった。

     

    ノェルレヌヌの詩集が、東京の卓袱台の䞊で、ただ開いたたた埅っおいるはずだった。

    「Il pleure dans mon coeur」。

    わが心に雚が降る。

     

    蚳し終えおいない行が、残っおいた。

     
     
    朱鷺田凛ずきた・りん 曞けないこずを、曞けないず曞く。 震えるか、息を止めるか、たぶん䞡方おきたす。

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