
それは、あの日の星空だった。
娘が生まれる二ヶ月前、夫と姉家族と共に、和歌山の実家に帰省していた。
去年のお盆のことである。
「今日の夜は流星群観るんやで」
母がいつになく、甥っ子に向かいながら家族皆んなに言った。
ただのなんてことない一言なのだが、私にとっては忘れられない一言となった。
へえ、母の口からそんな言葉が出てくるなんて。
私は驚きながら、遠い記憶の自分自身がじんわり嬉しくなって、心の中でこっそり涙が滲んだ。
母と一緒に流星群を観たのは、後にも先にも中学2年生のお盆のあの一度だけだ。
そしてそれを観ようと誘ったのは、私の方からだった。
いつもは、流星群の度に、一人で自室の天窓から真夜中の星空を眺めるのが好きだったが、その年はふと、親を誘ってみようと思ったのだった。
父が仕事で泊まり番の夜だったので、夕飯の後に、少し思い切って、母に流星群を観ようと言った。母は意外な誘いに、少し驚きながら笑っていたのを覚えている。
それから二人でリクライニングチェアを持って芝生の庭に出て、一緒に夜空を見上げたのだ。すぐに見つける得意な私とちがって、母はちっとも見つけられず、あまり天体観測という体験を共有することはできなかったが、「あんたが一緒に星観ようなんて言うとはね」というようなことを、部屋に戻るときまで言っていたと思う。
そしてそのことを、きっと今も覚えているんだと気づいたのだ。
星を観ようと誘う、あのときの私と今の母は、それぞれよく似ていて、なんだかとても素直で愛おしかった。
今、母をそうさせたのは、この家族全員を何か純粋であたたかなもので包んでくれるのは、間違いなく甥っ子たちの存在だ。
これまでの、長きにわたる反抗期や、互いにあまり可愛げのない親子関係から、刷新されたフェーズに突入していた。子を持つということは、孫を持つということは、そういうことらしい。
新たに純粋な存在が間に入ることで、親子は自身の幼少期以来の、かつてなく素直な関係になりつつあった。
子供たちには感謝しかない。
そして、子供も大人も遊び疲れた夜10時頃に、誰となく「星観る?」と言い出して、外に出た。疲れてるけど、でも、観たいよね、という空気が女子の間には流れていた。
ひんやりとした夜風が涼しくて、優しい気候がなんとも心地の良い夜だった。
昼間に水遊びをする際に敷いていたアルミのレビャーシートに寝転がると、まだお日様の熱がしっかり残っていて、これもまた寝心地が良かった。
「背中があったかくて気持ちいいね」と私が言うと、みんなが頷いた。あの背中の温もりは、ずっと忘れられないと思う。
入浴中だった父はそのまま出て来ず。怖がりの甥っ子と姉の夫は途中で抜けて、母と、姉と、姪っ子と、夫と、私で川の字になって星を観ていた。
人生で一番、多くて、大きな流れ星を見られた夜だった。ここよりずっと南の空の下で育った沖縄出身の夫も、そう言っていた。
学生の頃は、BUMP OF CHICKEN一曲につき一つ見られる程度だったが、このときは、皆んながほとんど同じ分だけ共有できていた。
「すごいね、結構流れるね」
「うわあ今のおっきかったね!」
「あ!今流れた」
「えー見れんかった」
「東の方がよう流れるね」
「ほんまに一瞬やね」
「願いごと間に合わんね」
「幸(さち)って3回言えばいけるんちゃう?」
「幸幸幸!」
「笑」
大人も子供のように、皆んなが等しく幸せを分かち合っているようだった。
あまりに溢れる素敵な多幸感に胸がいっぱいになり、私は涙を堪えられず静かに泣いていた。
こんな魔法のような夜に君と一緒で良かった。当然ながら脳内で藤原基央の歌声が再生される。
この尊い瞬間を忘れまいと、脳内に焼き付けようと、心の底から幸せを噛み締めていた。
きっとボケるまで一生忘れないし、いつか思い出して泣くのだろう。
お腹の子を抱きしめるように、そう思った。
いつまでもそうして寝転んでいられたけれど、姪っ子はそのまますっかり気持ちよさそうに眠りについてしまったし、気がつけばあっという間に0時を超えてしまっていた。
誰も戻ろうかと言い出したくない中、母がその役割を引き受けてくれたので、名残惜しみながらみんなで家に戻った。
思えば、大きな天の川が横たわるあの美しい夜空は、いつのときも同じだ。
それは、あの日の星空だった。
小学生の頃、理科の宿題で星座早見盤を持って星を探したときも、父と双眼鏡を持って真っ赤な月蝕を見たときも、中学生の夏、「天体観測」を聴きながら、首の痛みに耐えてまで天窓から見上げていたときも、高校生の冬、少し早い田舎の最終バスからの帰り道、自転車に乗って「プラネタリウム」を聴きながら上ばかり見てゆっくり坂道を下っていたときも、同じだけ綺麗な星空だった。あの頃の悩みも憂いも全て吸い込まれそうなほど、とても綺麗だった。
だって、iPhone13で撮ってこのトプ画だぜ。
だから今年の夏も、そうするって決めた。
誰も言い出さなくても、私が言い出して流星群を観に皆んなで外に出る。晴れ女だから天気は任せてほしい。
そして今度は、もうすぐ2歳になる娘も一緒に。