
【短歌】この海が平家が滅んだ海だよとあなたは言った煙となって
こんにちは。
前回は自己紹介だけでしたので、今回から本格的にnoteを始動させていきたいと思います。
どのような方法で短歌を紹介するか悩んだのですが、短歌と、それを作った時の思いや考えたことを一つの記事にまとめるというやり方でやっていこうと思います。

この短歌を作った背景から
上の朝日の写真は、数年前に神戸から門司に向かうフェリーに乗った際に撮影したものです。門司に到着したあとは、まず九州側から関門海峡を眺め、それから下関に渡り、本州側からも関門海峡を眺めました。
古典の平家物語が好きで、平家という人達に思い入れのある私は、壇ノ浦を見てみたかったのです。この旅の時は、都を落ちて西へ向かっていく平家の人達のことを考えながら移動していたのを思い出します。船で行って良かったと思います。平家が栄え、また追われていった瀬戸内の海を肌で感じることができたと思うからです。
私にはこの朝日は、とても美しく心温まるような心地の朝日でしたが、果たして流れ流れていった平家の人達にはどうだっただろうと考えずにはいられません。
長い夜を何度も彷徨い、やっと朝日が昇ってきた時には心底ほっとしたかもしれませんし、明るくなっては敵に見つかってしまうと恐れをなしたかもしれません。
海、太陽、山、地形みたいな、数百年経ってもほぼ変わらずにあるであろうものを通して、会ったこともない、縁もゆかりもない過去の人達のことを考えるのはとてもロマンティックだと思いませんか。
どんな時代、どんな境遇であれ、私たちはまだ同じものを見ることができているのかもしれないと思うと嬉しくなります。
短歌 この海が
この海が平家が滅んだ海だよとあなたは言った煙となって
下関にある、安徳天皇が祀られている赤間神宮に行くと、七盛塚という、平家の一門を偲んでつくられたお墓があります。念願だった壇ノ浦を見に来ることができた感謝の気持ちで、そちらで線香をあげさせてもらい、手を合わせていると、本当に感無量で。
烏滸がましいことなのですが、ずっと来てみたかったこの場所に来ることができた私に、この海がそうだよ、これがお前が見たかった海だよ、と言ってもらえた気がしました。
その時の気持ちを忘れたくないと思って作った短歌です。

変わらない思い
これは時々考えることなのですが、「歴史を好きな私」というのが私を構成する大きな要素になっているとしたら、私というのは今に始まった存在ではないのかもしれない、と思うのです。
のちのち私が大きく影響されることになるのなら、平家の人達が生きていた、壇ノ浦の戦いがあったときには私はもう始まっていたとも言えるのではないかと。
言葉にするのが難しいですが、今って今に始まったわけではないのだと思います。私たちは自分が生まれるもっと前から始まっていて、誰もが誰かの子孫であり、その記憶がその血に流れているのだと思います。
ずっと何かが続いてきた末の今、という大きな時間の流れを感じてみると、とても不思議な気持ちになります。
それを踏まえて作った短歌があるのですが、そちらは次回お届けしようと思います。ぜひ読んでいただけると嬉しいです。
ここまで読んでくださりありがとうございます。