
あなたが殺してくれたから 12話
12話 眠れる夜
葬式が終わってから私は眠れるようになった。
最初の夜は自分でも驚いた。布団に入って目を閉じて気づいたら朝だった。途中で一度も起きなかった。そんなことは思い出せないくらい久しぶりだった。
ずっと私は浅く眠る子どもだった。
夜のあいだも体のどこかが起きていた。父の足音。父の声の高さ。ドアの開く音。眠っていても耳だけはずっと働いていた。よくない音がすればすぐに目が覚めるようにできていた。眠るというより見張っていた。何年もそうしているとそれが眠りなのだと思うようになる。
今はもう見張る音がない。
聞き耳を立てる相手がいない。夜中に身構える理由がない。だから私はただ眠る。落ちるように眠って朝になると体が軽い。こんなに眠れるものなのかと思った。世界の人たちはずっとこんなふうに眠っていたのだろうか。
それはいいことのはずだった。
よく眠れる。体が休まる。前より少しだけ物がはっきり見える。ふつうのことだ。それなのにある夜のことだ。眠りに落ちる手前でふいに何かが引っかかった。
私はなぜ眠れるのだろう。
眠れるようになった理由ははっきりしている。父がいないからだ。あの足音もあの声ももう二度としないからだ。私の眠りは父が死んだことの上にできている。
そこまで考えて私は目を開けた。
暗い天井が見えた。私の安らかな眠りはふたりの死の上に乗っている。誰かがあの夜ふたりを止めてくれた。その誰かのおかげで私は今こうして眠れる。そう思うと背中のあたりがすこし冷たくなった。けれど不思議と眠りを返したいとは思わなかった。
私はひどい人間なのだと思う。
人が死んでその死のおかげでよく眠っている。それを手放せない。ふつうの人ならこんな眠りはきっと苦しくて眠れないはずだ。それなのに私は眠れる。眠れてしまう。たぶん私はどこか壊れているのだろう。
それでも目を閉じるとまた眠気がやってきた。
抗えなかった。体が眠りを欲しがっていた。何年も足りていなかったものを体が取り戻そうとしているみたいだった。私はその眠気に逆らうのをやめた。
落ちていく手前であの声がまた聞こえた。
「もう、うるさくないよ」
あの人は今どこにいるのだろう。名前も知らない。顔ももうぼんやりとしか思い出せない。それでも眠りのいちばん深いところには決まってあの人がいた。声だけではなかった。気配ごとそこにいて私の眠りを見ているような気がした。こわくはなかった。むしろそうされていると私はもっと深く眠れた。
朝が来た。
カーテンの外が明るかった。鳥の声がした。私はしばらく布団の中でその明るさを見ていた。よく眠ったあとの朝がこんなに静かなものだと私は知らなかった。
知らなかったことがまだたくさんある気がした。