
超短編小説『産声』

ほうーら、ダルメシアン3世、あなたが産まれるまであと1分よー。34年前の今頃、アタシはまだ苦しんでたわー。うふふー、懐かしいわー。だけど昨日のことのようにも思えるのよねー。
「……」
あ、ほら、23時47分まであと15秒よー。きゃー。はあ。はあ。どうしましょー。あ、ほら、ごじゅいちー、ごじゅにー、ごじゅさんー、ごじゅしー、ごじゅごー、ごじゅろく、ごじゅしちっ、ごじゅはちっ、ごじゅきゅーー……産まれたあーーーー!!!!
「おんぎゃっふん、おんぎゃっふん」
1992年6月4日23時47分、あなたは産まれたのよー。体重は3106グラム。はあ、ダルメシアン3世、愛おしい子。愛おしい子ね。あなたは生まれてくるべき人間だったの。アタシのことを選んで生まれてきたのでしょう? うふふー。アタシとっても幸せよー。あなたが生きてるからアタシも生きてるのー。ダルメシアン3世、愛してるわー。かわいいこ。あなたはアタシの隣にずっといるのよー。うふふー。あなたはそういう運命ですもの。
「……」
ダルメシアン3世は、ずっと、天井の一点を見つめていた。紙オムツ一丁で寝かされた彼の体毛は、剛毛だった。天井には、一匹のゲジゲジがいた。そこそこ大きな体躯を、自由自在に動かしていた。
その時、ゲジゲジが脚を滑らせ、ダルメシアン3世の隣に座る、母親と呼ばれている人間の頭めがけて降ってきた。ダルメシアン3世が笑顔に似たものを見せたのは、これが生まれて初めてだった。