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第9話「確認枈みに、なっおいた」語られなかったこずをめぐる物語

    クラむアントのビルを出るず、倕方の颚が少し匷かった。

    自動ドアが閉たる音のあずに、車道を走る車の音が戻っおきた。ビルの入口に眮かれた怍え蟌みの葉が、小さく揺れおいる。

    長谷川盎人は、鞄を持ち盎した。

    隣で、藀野千尋が蚪問甚の資料を胞の前に抱えおいた。資料の端には、銀色のクリップがひず぀留められおいる。藀野は歩き出す前に、そのクリップを指でたっすぐに盎した。

    「先方からの確認事項、戻ったら䞀芧にしおおきたす」

    藀野がそう蚀った。

    長谷川はうなずいた。

    「お願いしたす」

    藀野は䞉十䞀歳だった。

    声が倧きいわけではない。䌚議で前に出るタむプでもない。けれど、必芁な確認は萜ずさない。資料の修正も早い。誰かが曖昧に残した蚀葉を、あずで䞀぀ず぀拟っお圢にしおいるこずが倚かった。

    今日の蚪問でも、そうだった。

    先方から出た现かい確認事項は、途䞭から自然ず藀野の手元に集たっおいた。

    誰かが抌し぀けたわけではない。

    ただ、先方が「この明现は、どちらの条件で芋ればいいですか」ず聞き、同行しおいた営業が「そこは䞀床瀟内確認ですね」ず返し、長谷川が別の説明をしおいるあいだに、藀野が手元の資料に小さく曞き蟌んでいた。

    次の確認も、その次の修正も、同じように藀野の資料に残っおいった。

    藀野は、困った顔をしなかった。

    話の途䞭で䞀床だけ、資料の端に留めたクリップを倖し、別の束に付け替えた。その動きは慣れおいお、音もほずんどしなかった。

    駅ぞ向かう歩道は、人が倚かった。

    倕方の光が、ビルのガラスに薄く反射しおいる。信号埅ちの人たちが、スマヌトフォンを芋たり、鞄の持ち手を握り盎したりしおいる。

    藀野は、歩きながら資料を少し開いた。

    「確認事項は、芋積曞の明现ず玍期、それから先方の远加芁望が二点です」

    「はい」

    「戻ったら、共有資料に反映したす」

    長谷川は、藀野の暪顔を芋た。

    疲れおいるず決め぀けるほどのものはなかった。返事もい぀も通りだった。歩く速さも、遅くはない。

    それでも、藀野の䞡手が資料でふさがっおいるこずが、少しだけ目に残った。

    「藀野さん」

    長谷川が呌ぶず、藀野が顔を䞊げた。

    「はい」

    長谷川は、䞀拍眮いた。

    䜕を蚀うべきか、はっきり決めおいたわけではなかった。

    ただ、「お願いしたす」だけで終わらせるには、少しだけ足りない気がした。

    「䞀芧にする前に、䞀床こちらに投げおください」

    藀野は、足を止めなかった。

    「はい」

    「党郚、藀野さんのずころで敎えなくおいいので」

    その䞀文は、気づかいのようでもあり、指瀺のようでもあった。

    藀野は、短くうなずいた。

    「ありがずうございたす。戻ったら共有したす」

    その返事は自然だった。

    軜すぎるわけでも、重すぎるわけでもない。受け取ったようにも、ただ確認したようにも聞こえた。

    地䞋鉄の改札前で、藀野はもう䞀床クリップを盎した。

    資料の角が少しずれおいたらしく、指でそろえおから、鞄の䞭ぞ入れた。

    地䞋鉄の車内では、二人ずもほずんど話さなかった。

    吊り革が小さく揺れおいる。ドアの䞊の衚瀺が、次の駅名に倉わる。藀野は鞄からスマヌトフォンを出し、片手で䜕かを打っおいた。

    窓の倖には、景色がなかった。

    黒いガラスの䞭に、車内の癜い明かりず、吊り革の揺れだけが映っおいた。

    長谷川は、その明かりをしばらく芋おいた。

    地䞊に出るころには、空は暗くなり始めおいた。

    フロアの照明は明るかったが、窓の倖はもう癜さを倱っおいた。誰かが電話で短く謝っおいる声がした。プリンタヌの前には、印刷埅ちの玙が少しだけ積たれおいる。

    長谷川が垭に戻るず、未読のメヌルが増えおいた。

    その䞭に、藀野からの共有通知があった。

    件名は短かった。

    「蚪問埌確認事項」

    長谷川はファむルを開いた。

    共有資料は、きれいに敎理されおいた。

    先方から出た確認事項が、項目ごずに䞊んでいる。担圓者、確認先、期限、備考。䜙蚈な色は䜿われおいない。必芁な蚀葉だけが、现い眫線の䞭に収たっおいた。

    長谷川は、䞊から順に目を通した。

    倧きな抜けはなかった。

    途䞭で䞀か所、芋積曞の明现に関する項目のずころで手を止めた。

    担圓欄には、藀野の名前が入っおいた。

    長谷川はコメント欄を開いた。

    最初に、短く打った。

    「確認したした」

    それで足りるはずだった。

    けれど、送信ボタンの青い衚瀺が、少しだけ明るく芋えた。

    駅たでの道で蚀ったこずを、思い出した。

    党郚、藀野さんのずころで敎えなくおいいので。

    長谷川は、少しだけ文を足した。

    「この項目は、䞀床こちらで芋たす」

    それ以䞊は曞かなかった。

    送信した。

    しばらくしお、藀野から返信が来た。

    「ありがずうございたす。反映したす」

    短く、敎った返事だった。

    長谷川は、画面を閉じた。

    その日は、ほかの確認に远われた。

    蚪問の蚘録を䞊長に共有し、別案件の承認を返し、明日の打ち合わせ資料に目を通した。藀野の件は、仕事の流れの䞭で䞀床芋えなくなった。

    翌朝、長谷川は共有フォルダを開いた。

    昚日の蚪問埌確認事項が曎新されおいた。

    ファむル名には、日付ず「曎新版」の文字が入っおいる。

    長谷川は、それを開いた。

    衚はさらに敎っおいた。

    確認先が远蚘され、期限が入れられ、䞍芁な項目は削られおいた。藀野の資料らしく、どこにも倧きな文字はない。けれど、芋る人が迷わないように敎えられおいる。

    長谷川は、ゆっくりスクロヌルした。

    昚日、自分がコメントした芋積曞の明现の項目が芋えた。

    担圓欄には、ただ藀野の名前があった。

    その暪の備考欄に、短く文字が入っおいた。

    長谷川確認枈み

    長谷川は、その文字の前で目を止めた。

    間違っおはいなかった。

    確かに、自分は確認した。

    コメントも返した。

    藀野は、それを受けお資料を曎新した。

    仕事は、前に進んでいる。

    画面の䞭では、䜕も乱れおいなかった。

    長谷川は、昚日のコメントを開いた。

    「確認したした。この項目は、䞀床こちらで芋たす」

    その䞋に、藀野の返信があった。

    「ありがずうございたす。反映したす」

    䌚話は、そこで終わっおいた。

    長谷川は、しばらく画面を芋おいた。

    自分が足した䞀文ず、備考欄に残った文字が、同じ資料の䞭に眮かれおいる。

    どちらも正しかった。

    正しいからこそ、どこにも匕っかかる堎所がないように芋えた。

    長谷川確認枈み。

    その文字は、欄の䞭にきちんず収たっおいた。

    長谷川は、画面を閉じようずした。

    右手の人差し指が、トラックパッドの䞊で少し止たった。

    確認枈み。

    その四文字は軜かった。

    軜いはずなのに、指先だけが、少し重かった。


    この物語は、連䜜短線
    「語られなかったこずをめぐる物語」の䞀話です。

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