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【在宅介護】10分に1回「助けて!」と叫ぶ母。でも、人が来ると「私はどこも悪くないです」と天使の笑顔。



穏やかな春の日差しが、リビングに差し込む午後。
春休み中の息子が、静かに宿題をしています。(ゲームかな!?)
傍らでは猫たちが丸くなり、穏やかな時間が流れている…はずなのに。

突如、その静寂は切り裂かれます。
「誰かいないのーっ!」
「閉じ込めないで!帰りたいんだけどーっ!」

母の部屋から響き渡る、切羽詰まった叫び声。
私が洗濯物を干しに、ほんの数分、そばを離れただけ。
それでも、母にとっては永遠のような孤独と不安に襲われるのでしょう。
自分がどこにいるのか、わからなくなってしまうのです。


声がする方へ駆けつけようとすると、今度はベッドのサイドテーブルをバンバンと叩く、激しい音が響き渡ります。
「助けてーっ!」
その声は、次第に悪態に変わっていきます。

そのすさまじさに、リビングにいる息子がビクリと肩を震わせるのがわかります。
胸がチクリと痛みました。
春休みくらい、穏やかな時間を過ごさせてあげたいのに。
ごめんね、と心の中で謝ります……


これが、我が家の日常。
1時間に1回、いえ、もっと短い間隔で繰り返される、嵐のような時間です。


…ところが。
ピンポーン、と玄関のチャイムが鳴り、ヘルパーさんが「こんにちはー」と入ってくると、その嵐は嘘のようにピタリと止むのです。

さっきまで鬼の形相で叫んでいた母が、満面の笑みでこう言います。
「あら、こんにちは。いつもありがとうね。私はどこも悪くないんですよ。元気なの」


訪看さんや、訪問診療の先生がいらした時も、全く同じ。
完璧なまでに「しっかりとした、穏やかなおばあちゃん」を演じきるのです。
その豹変ぶりを目の当たりにするたび、私は心の中で、大きなため息をつきます。
怒りや悲しみを通り越して、もはや一種の虚脱感に襲われるのです。

この「内弁慶」な姿を、誰に話せばわかってもらえるだろう。
「まだまだ、お母さん、しっかりしてますね」と言われるたびに、心の中で「違うんです…」と叫びたくなる気持ちを、ぐっと飲み込む。

認知症の介護は、本当にきれいごとでは済みません。
でも、これも含めて、今の母なのだと受け入れるしかない。
叫んでいる母も、天使の笑顔の母も、どちらも私のたった一人の母なのだから。

今日もまた、嵐が過ぎ去り、そしてまた次の嵐が来るまでの、束の間の静寂が訪れます。
この静かな時間に、少しだけ心を休めて。
また、次の「助けて!」に応えられるように。

そうやって、なんとか一日一日を繋いでいくのです。



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