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青い砂時蚈 第3話「䟵食」

  • 割匕あり

その日の倕方から母は物音もさせず郚屋に匕きこもっおいた。僕は、母の涙が溢れた床を、ドラッグストアで買った消毒液で培底的に拭き䞊げた。

掗剀の残り銙ず、母の絶望が混じり合った「生掻」の匂いを消し去り、僕の脳こころはいくらかたしなった。ショヌトしお焌き切れたある郚分を陀いお、回路の修埩にかかった。


僕は、郚屋の隅で埃を被っおいた叀いノヌトパ゜コンを開く。

そこには、か぀おの僕――あるいは「ナオキ」ずいう名で、停りの光を綎っおいた愚かな圱――が遺した、忌たわしい蚘憶の断片が沈んでいた。


衚題は、

「あなたぞの手玙の曞き方」

「バレンタむンの玄束」

「パニック症状ぞの向き合い方」


画面をスクロヌルするたび、反吐が出るような甘ったるい蚀葉が網膜を焌く。

「時間や距離は、可胜性なんだ」「たた䌚えたらね」「䞀緒にピクニックに行こう」

それらはすべお、砂時蚈の砂が尜きるのを盎芖できない臆病者が、珟実から逃避するために線み出した、䞭身のない呪文に過ぎない。


僕はキヌボヌドを叩き、それらのデヌタを䞀぀ず぀、今の僕の血ず、青い砂で曞き換えおいく。

過去の「誠実さ」は、今や獲物を油断させ、その喉元に深く食い蟌むための、最も鋭利な刃やいばずなっお。


圌女は、マッチングアプリずいう汚泥の䞭から掬い䞊げた、鈍く光る結晶。

圌女を芋぀けるず、僕は簡単に自分のプロフィヌルの䜜成にかかった。粟神あたたのネゞをいく぀か巻き盎し、「誠実」に䞹念に、自己の遍歎をたずめた。かなり良く仕䞊がったそれを、僕は適圓な昔の写真ず共にアップロヌドした。仕事はしおないが、たぁシステム゚ンゞニアずでもしおおこう。

圌女の名前はナキ。

プロフィヌル写真に映る銖筋は、あの日僕が突き倒した、若い修道女のように癜く、滑らかで、少し力を蟌めれば簡単に折れおしたいそうなほど脆く、矎しかった。

圌女に、か぀おの僕が誰かに宛おた手玙の文面を、少しだけ珟代の病理で味付けしお送り぀ける算段を立おた。


「はじめたしお、マッチングありがずう」ず僕は打った。

「ナキです。よろしくお願いしたす。いい人だずいいな」ず圌女から即座に返信が来た。

「いい人かどうかは自分では分からないけど、ナキさんに、たずもな自己玹介はできる」

「䟋えば」ず圌女は聞いた。

よし、ではこうしよう。


「䟋えば、僕は、ナキさんの芖界の端に映る、颚景の䞀郚になりたいんだ」ず僕は打ち出した。


嘘だ。

本圓は、君の芖界のすべおを、僕ずいう異垞で埋め尜くしたい。


返信はすぐに来た。

「䞍思議な文章を曞くんですね。もっずお話を聞いおみたいかも」


僕は、か぀お自分が垌望を持っお誰かを埅っおいた、あの「斜陜のレストラン」に圌女を誘い出した。

そこは、ナオキずしおの僕が、実るこずのない恋心を、冷めたコヌヒヌず共に飲み干しおいた、䞍条理な堎所。


埅ち合わせの時刻。

鏡の前で䜕床も緎習した「無害で、少し圱のある青幎」の仮面を被り、僕は垭に就く。

圌女が店に入っおきた。


秋色のコヌトを矜織り、倖気の冷たさで頬を赀らめた圌女は、期埅に満ちた瞳で僕を探しおいる。


圌女の頭䞊。

そこには、たっぷりずした、けれど䞍気味なほど透明に近い砂時蚈が、音もなく揺れおいた。


「おはよう。けっこう埅ったかな」


圌女が埮笑む。

か぀お誰かが僕にくれた、慈愛に満ちた、けれど僕を救うこずのなかった問いかけ。

僕は「いや、今着いたずころだよ」ず、唇の端を少しだけ䞊げお答える。

本圓は、数時間前からこの垭に座り、圌女が座るであろう怅子の脚に、こっそりず小さな傷を刻み続けおいたのに。


店員は、僕が䜕床か垭を移動するのを気にも留めなかった。


コヌヒヌが運ばれおくる。

癜い磁噚のカップに、ドロドロずした黒い液䜓が泚がれる。

か぀おの僕は、このコヌヒヌの苊味を「倧人の味」などず圢容した。

今の僕には、それが煮詰たった憎悪の煮汁にしか芋えない。


「䜕か話しお。ナオキさんの曞く蚀葉、ずおも綺麗だったから」


ナキは、僕ずいう深淵に自ら足を螏み入れる。

僕は、ナオキずしおの過去の感性を利甚し、圌女の心を震わせるような蚀葉を玡ぎ出す。

光の圓たり方、圱の萜ちる角床、蚀葉の裏偎にある静寂。

圌女はその蚀葉を、溶けかけたバレンタむンチョコのように倧切に、口の䞭で転がしおいる。


僕はテヌブルの䞋で、持参した安っぜい銀色の鎖を指先で匄んだ。

この冷たい金属のチェヌンで、圌女のすべすべずした手銖を絞めたら、圌女はどんな顔をするだろうか。

その手銖に、あの修道女のように、鋭利な石を食い蟌たせおやりたい。

その「損傷」こそが、僕にずっおの真のコミュニケヌションなのだから。


「ピクニックに行かない」


僕は唐突に切り出した。

「Iピクニック」ず、圌女は聞き返した。


か぀お断られた、あの忌たわしい蚈画。

フランスパンを䞀本買い蟌み、チヌズを切り分け、ワむンを開ける。

そんな幞犏の暡倣を、この女で実行しおやる。


僕は倖を指差し、埮笑んだ。

圌女は驚いたように目を芋開いたが、すぐに嬉しそうに頷いた。

「いいわね。公園ぞ行きたしょう」


僕は、ドラッグストアで買ったばかりの、切れ味の鋭いペティヌナむフを鞄に忍ばせた。

フランスパンを切るためではない。

圌女の「幞犏」ずいう名の分厚い皮を、薄く、䞁寧に剥ぎ取っおいくためだ。


公園のむチョりは、腐りかけた内臓のような、粘り぀く黄色い色をしお僕らを迎えた。

颚が吹くたび、也燥した葉がカサカサず鳎り、死を埅぀老人の咳払いのように響く。


「きれいな景色  」


圌女は、自分が螏みしめおいるのが、萜ち葉ずいう名の死骞の山であるこずに気づいおいない。

僕は圌女を、ひずきわ圱の濃い、倧きな公孫暹の朚の䞋ぞず連れお行った。

そこは、呚囲から死角になり、僕たちの「儀匏」を劚げるものは誰もいない。


僕は鞄から、お土産だず蚀っお二぀の小さな包みを差し出した。

 
 
砂時蚈が割れる音を、曞き写しおいる。 ​䞍快で、矎しい蚘憶の断片。 ​「青い砂時蚈」近日公開。 Fragments of unpleasant yet beautiful memories, buried beneath the blue sand of my mind.

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