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【コラム】第五回 ザシキワラシに寄り添う

゚ピ゜ヌド

 倜に垃団で眠っおいるず、ふず目が芚めた。䜕凊からなのか物音が聞こえる。耳を柄たしお聎いおみるず、どうやら家の倖から鳎っおいるわけではないようだ。気が付くず身䜓は動かない。金瞛りだ。唯䞀動く県球で様子を窺っおいるず、人の気配がする。笑い声が聞こえる。闇に朜む䜕者かは倧人ではない。恐らく小孊校䜎孊幎ぐらいの子䟛だ。子䟛が郚屋にいる。やがお芖界にその正䜓が入るず、がんやりずではあるが、おかっぱ頭で着物を着た子䟛であるずわかった。垃団の呚りを楜しそうに歩いおいる。遊んでいるようだ。しかし、䞍思議なこずに自分自身に恐怖心がない。穏やかな感情である。するず、今床はその子が垃団を匕っ匵っおきた。䜕をしおいるんだ。悪戯か。そんなこずを考えおいるず、意識は遠のいおいった。
 翌朝、目が芚めるず、倜に起きた怪異を思い出す。郚屋の様子に特に倉わりはない。あれは䞀䜓、䜕だったのか・・・。
 この䞍思議䜓隓の埌、どういうわけか自分の事業が軌道に乗り、金銭的にも粟神的にも倚幞感を埗るこずが出来た。

 このような䜓隓は、珟代を生きる私達にずっおの「ザシキワラシ」に遭遇したずきの兞型的な䟋である。これは私の䜓隓談ではない。誰かから聎き取り取材をした怪異䜓隓でもない。䟋ずしおよく耳にするザシキワラシ䜓隓談を簡単に纏めお創䜜しおみた次第である。劂䜕にも、よくありがちな話だず思われた方もいるだろう。
 今回は、ザシキワラシに぀いお、その䞀般的な定矩から日本各地に点圚する䌝承、蚀い䌝えなどに至るたで、持論を亀えながら考察しおみたい。

呌称ず衚蚘

 たず初めに、話を進めるうえで気掛かりになっおしたう読者が倚いはずなので、呌称の衚蚘に぀いお考えおみよう。
 先述のように、私は文章を曞く際には「ザシキワラシ」ず片仮名衚蚘しおいる。その他の衚蚘ずしお、「ざしきわらし」「座敷わらし」「座敷童」「座敷童子」などが䞻な衚蚘でしばしば芋かけるこずがある。
 岩手県遠野垂にある早池峯神瀟では、毎幎四月二十九日に「ざしきわらし祈願祭」が開催されおいるが、ここでは公匏には平仮名衚蚘で案内されおいる。
 同じく岩手県で二戞垂にある旅通・緑颚荘、盛岡垂の菅原別通では、ホヌムペヌゞや宿の案内板には「座敷わらし」ず衚蚘されおおり、平仮名ず片仮名の混合である。
 そこで、これから「ザシキワラシ」に぀いおの諞説を考察するうえで、本皿ではたず片仮名衚蚘で統䞀する。挢字には元来それぞれ意味が蟌められおいる為、ザシキワラシを倚角的に考えるには、定矩や意味に瞛りが掛かっおしたう挢字での衚蚘は避けたほうが良いずの刀断である。

緑颚荘の看板。「座敷」ず「わらし」の混合である。
早池峯神瀟では「ざしきわらし」ず平仮名衚蚘である。

 では最初に、挢字衚蚘の「座敷」に぀いお考えみたい。読んで字の劂く、意味ずしおは、畳などの座具を敷いた郚屋で、時代が進むに぀れお来客を饗すための空間ずしおも機胜するようになった堎所を指す。
 「童」は「ワラワ」「ワラシ」「ワラベ」などず読む。劖怪では「河童」、身近な蚀葉では「児童」などに䜿われる挢字であり、すなわち子䟛の意味である。
 二぀の単語を組み合わせた蚀葉が「座敷童」だが、私の感芚ずしおは、近頃、「子」を付け加えお「座敷童子」ず衚蚘されるこずが散芋される。しかしながら、携垯電話やパ゜コンの文字入力で「ざしきわらし」ず入力しお倉換しおも、䞀発で「童子」ず衚瀺されず「童」ずなる。
 これは珟代においお、ザシキワラシがメディアや旅通、「劖怪りォッチ」や「鬌滅の刃」などの劖怪がテヌマの挫画やアニメのブヌムの流れを汲んでメゞャヌな存圚ずなったこずで、子䟛のむメヌゞをより定着させる為に、「子」をわかりやすい衚珟ずしお付け加えられるようになったのではないだろうかザキシワラシを劖怪ず芋做すかどうかは埌述する。
 ちなみに、「童子」は「ドりゞ」ずも読み、仏教甚語である。酒呑童子などの劖怪で読み方は有名である。もずもずは「ドりゞ」ずいう読み方で浞透したものが、「ワラワ」や「ワラシ」に「子」を足しお、子䟛の印象が付け加えられたこずで「座敷童子」ずいう衚蚘が瀟䌚に蚱容されるようになったず私は考える。
 しかし、敢えお正圓性に拘るず、この衚珟では出珟堎所が家の䞭で限定されおしたい、䟋えば廊䞋は陀倖される。私が片仮名衚蚘を奜むのはこの為でもある。そう考えるず、やはりザシキワラシずは、突然、屋倖から䟵入しお人間を脅かすのではなく、特定の堎所に䜏み着いおいるず考えるこずができる。
 勿論、䜏み着いおいるずいうこずは、最初は䜕凊からかやっおきたきっかけがあるずしおも、ザシキワラシずいう抂念がどこかの時代で成立しお以降は、「い぀かは去っおいく」ずいうマむナスのむメヌゞや、家の出入りに぀いおは挢字衚蚘の瞛りによっおあたり気にされなくなったのかもしれない。私たちのようなオカルトが奜きな人以倖の䞖間のむメヌゞずしおは、「座敷童子に䌚うず幞せになるらしい」くらいの感芚であろう。

菅原別通の階段ず廊䞋。ザシキワラシは座敷にのみ出るわけではない。

性別ず幎霢

 続いお、性別に぀いお述べおみるが、性自認などの心の問題を考慮せずに生物孊的な身䜓の特城だけで刀定すれば、雄か雌の二皮類しかいないだろう。ここで、ザシキワラシを「男の子」「女の子」ず衚珟しお話を進める為には、幎霢に぀いおも蚀及する必芁性が生じる。たた、本皿では子䟛のむメヌゞで曞き進める為、幎霢を衚す挢字を「才」で統䞀する。

 そこでたずは、ザシキワラシを語るうえで欠かせない曞物である䞀九䞀〇幎明治四十䞉に柳田國男が蚘した『遠野物語』を参考にする。この著曞は柳田が岩手県遠野垂出身の䜐々朚喜善から地元に䌝わる䞍思議な話を聎き取り、収録したものである。このなかでザシキワラシに぀いお纏められおいる箇所は項目の十䞃、十八である。たずは簡玄しお十䞃を取り䞊げおみよう。

「土淵村の今淵家には、垰省䞭の嚘がいた。ある日、嚘が廊䞋に出おみるず、ザシキワラシに遭遇しお驚いた。男の子であったずいう。たた、同じ村の山口に䜏む䜐々朚家では、母喜善の母が瞫物をしおいるず隣の郚屋から物音がした。板戞を開けおみたが誰も居ない。しばらくするず今床は錻を鳎らす音が聞こえたので、さおはザシキワラシの仕業だなず思った」

 十䞃で泚目すべき点は、今淵家の゚ピ゜ヌドで嚘が遭遇したザシキワラシは男の子で廊䞋に居たずいうこずである。先述のように、ザシキワラシの出珟堎所は座敷に限らず、各話に䟝れば実際には様々な堎所に姿を芋せる。私は柳田のザシキワラシに぀いおの考察を党お把握しおいるわけではないので、挢字衚蚘に぀いおの䟡倀芳が私ず圌で共通しおいるのかは䞍明だが、遠野物語では倩狗や河童などを挢字衚蚘するなどの䜿い分けが芋られる為、䜕らかの意図があるのかもしれない。

 続いお十八を纏めおみる。

「ザシキワラシには女の子もいるずいう。土淵村の山口孫巊衛門の家にはザシキワラシが二人いるず蚀い䌝えられおいる。ある時、村のある男が橋の近くで二人の嚘を芋かけた。䜕凊から来たのか尋ねおみるず、山口家から来たず蚀うが、これから䜕某の家に行くず蚀う。二人が出お行ったずなれば山口家も家運が傟くかず男は思ったが、ほどなくしお山口家の䞻埓数十名が茞の毒に圓たっお死に絶えた。唯䞀、生き残った䞃歳の女の子も幎老いお子䟛もなく病死した。二人が移り䜏んだ家は今も続く立掟な豪蟲ずなった」

 ここで登堎するザシキワラシは女の子である。しかも人数は二人であり、十䞃ず異なり男ずの䌚話が成立しおおり、人間ずの遭遇が鮮明に描写されおいる。
 たた、家系の栄枯盛衰に関わる出来事が蚘されおおり、ザシキワラシの蚀い䌝えのマむナス面、負のむメヌゞがここで初めお曞かれおいる。家にいる間は幞犏を霎しおくれるが、去っおしたうず䞍幞になるずいう物語の基本的な銖尟が、この䞀話に包括されおいる。

 これら二぀の話では、男の子ず女の子が登堎するわけだが、各話ずも具䜓的な幎霢は曞かれおいない。「子」ず蚘されおいるずいうこずは成人しおいない幎頃であるようだが、この二話に぀いおは詳现が䞍明なので、次に幎霢が明蚘されおいる䟋を取り䞊げおみたい。

遠野駅前。
今や線路が敷かれた遠野。だが奥に映る山や脇の草朚からは自然の豊かさを感じる。
日本の原颚景を思わせる遠野。
田畑が至る所にある。

 埌に遠野物語の増補版ずいう䜍眮付けで䞀九䞉五幎昭和五に刊行された『遠野物語拟遺』の九十䞀では、同じくザシキワラシの蚘述がある。
 ここでは、附銬牛村のある家から赀い振袖を着た十才くらいの女の子が出お行ったずいう噂が玹介されおいる。具䜓的な倖芋に぀いお蚀及しおおり、むメヌゞが湧き易い。

その他、講談瀟コミッククリ゚むト 線『劖怪 日本劖怪倧癟科 』(二〇〇八幎平成二十幎 講談瀟)では、ザシキワラシの蚀い䌝えが耇数話玹介されおいるが、次に匕甚する䞉話は北䞊垂・奥州垂で出珟する四、五才ぐらいの子ずいう共通点がある。䞀郚抜粋する。

「臌搗きわらし」倜䞭に珟れお石臌で米を぀くなどする。

「チョりピラコ」座敷童子のなかで最も色癜だずいう。

「ノタバリコ」男の子の姿をしおおり、倜䞭に土間から茶の間にかけお這い回る。

 個性的な名称が぀いおいるが、遠野物語拟遺の九十䞀よりも幎霢は若く、子䟛の印象を受ける。ザシキワラシに関する蚘録や文献の数は膚倧にあるので、䞀郚に目を通しただけにすぎないこずを断っおおくが、それでも四、五才ぐらいのザシキワラシの報告が倚いように思う。
 日本ではか぀お元服ずいう颚習があった。男子の成人を瀺す為の通過儀瀌であり、時代や公家や歊家などの身分、戊況や立堎によっお基準ずなる幎霢が明確ではないが、倚くの男子は「十䞀から十䞃歳」で元服を迎えた第二章 歊家の成人本の䞇華鏡 第䞉十䞀回 成人の儀匏―叀代から近䞖たで―囜立囜䌚図曞通 (ndl.go.jp)。
 ザシキワラシに遭遇したずきの印象ずしお、「有難い気がする」ずか「可愛らしい子䟛に逢えた」ず思うのは䌝承に沿っお考えれば圓然である。しかし、仮に十才を越えた男性を成人ず芋做せば、ザシキワラシの幎霢がそれ以䞊の姿で目撃された䟋もあるようなので、時代背景を考慮すれば、少し倧人の男の印象が匷くなり、家にいきなりそんな男が珟れたら有難いより怖い気もする。やはり子䟛の愛らしさは䜕物にも代え難いずいうこずか。

容姿

 服装に぀いおは、男の子は青色、女の子は赀色の着物やちゃんちゃんこ、振袖で語られるこずが倚い。曞籍やむンタヌネットの画像怜玢で確認しおも、むラストで描かれる際は、そのような色䜿いが䞻である。先皋取り䞊げた日本劖怪倧癟科では、これらに加えお黒色の服を着たザシキワラシも居たずの報告が茉る。しかし、青色や玺色、黒色などは暗い郚屋では刀別が難しい色であるので、曖昧だず蚀えよう。
 容姿や背恰奜は、子䟛であるなら倚くは幎霢に比䟋するが、特筆すべきは顔や肌の色である。
 遠野物語の五十六、五十九では河童の項目があり、遠野の河童は顔が赀色であるず蚀われおいる。河童に぀いおは本皿では深く蚀及しないが、同じくザシキワラシも顔が赀いずの蚘録が、盛岡垂に䌝わる「座敷がっこ」に芋られる。

出没地域

 次に、ザシキワラシの出没地域に぀いお考えおみたい。珟代でも、フゞテレビ『䞖界の䜕だコレミステリヌ 』内の䌁画で、俳優の原田韍二氏が、ザシキワラシが出るず話題の宿に赎き実態を怜蚌するなど、圓番組での情報をはじめずしお日本各地で噂は埌を絶たない。
 それでも、やはり東北地方、その䞭でも岩手県に倚く蚀い䌝えが残っおいるずいう印象だ。遠野物語が圱響を䞎えおいるこずは明癜だが、氎子䟛逊や死者婚瀌など、東北には独特の颚習があり、その䞀郚が珟代でも継続しおいる点から芋おも、あの䞖や圌岞、䞍思議な䞖界ぞ寄り添う気持ちが匷い颚土が、ザシキワラシ䌝説を数倚く生み出したず私はみる。

䜏み着く堎所、憑く察象

 出没地域から掟生しお、より现かく、ザシキワラシは誰に憑くのかを考えるこずも重芁である。
 珟代ではザシキワラシに逢えるかもしれないず評刀の旅通が党囜に耇数存圚する為、「泊たりに行っお逢うず幞せになる」「䞍思議な珟象に遭遇しおその埌で幞せになった」ずの声は旅通の口コミで散芋される。この堎合は、個人に憑いお圱響を䞎えるパタヌンである。
 しかし、遠野物語に䟝れば、玹介される話は先述のように家系に圱響を䞎える堎合や、特に幞䞍幞に関係なくただそこに居る様子である。
 蚀い䌝えずしおは䞀族の盛衰に圱響を䞎えたこずが䞻であったものが、い぀しか、噂を聞き付けた人が、その堎所や空間に居合わせるだけで幞せを分けおもらいたい、ず個人ぞの埡利益ぞず発想を転換したこずが、人に憑くず蚀われるようになったきっかけなのかもしれない。
 実際に旅通に泊たったずか、早池峯神瀟に参拝した人が埌に幞せを感じるような゚ピ゜ヌドが身の回りで起これば、そのような個人に憑く、家に付いお垰るずいう新たな䌝説が加わるこずは自然である。䜓隓者にずっおそれは実話なのだから。

緑颚荘の「槐の間」。座敷である。

ザシキワラシの正䜓

 ここたで、ザシキワラシに぀いお考察を展開しおきたが、そもそもザシキワラシは幜霊なのか。たたは劖怪なのか。神様なのか。いよいよ話が本質に迫っおきた。劖怪を特集した番組や曞籍では劖怪ずしお取り䞊げられるこずが倚いが、私は幜霊だず思う。近幎、フゞテレビで䞍定期攟送されおいる『劖怪ランキング倧癟科』第䞀回 二〇二二幎二月十䞉日攟送、第二回 二〇二䞉幎四月二日攟送では、劖怪ずいう括りでランクむンしおおり、劖怪図鑑ず謳った曞籍でもザシキワラシは頻繁に芋かける。
 しかし、私はザシキワラシを幜霊にカテゎラむズするわけだが、理由がいく぀かある。これらを述べおいく為には、䜵せおザシキワラシの起源ずされる説を提瀺し぀぀考えおみる必芁がある。

 第䞀に、幌くしお䜕らかの原因で呜を萜ずしおしたった子䟛の亡骞を、土間に埋めた説である。避劊の技術がなかった時代には、子䟛の数を芪が調敎するこずは困難であった。そのような環境で生たれ、育おきれないず刀断された赀子は、芪が自らの手によっお間匕くこずが考えられた。
 臌搗きわらしずノタバリコを先述したが、方法ずしおは石臌で子䟛を圧殺しおから土間に埋めたずされおいる。たた、病気や飢饉、事故で亡くなったずしおも、同じく遺䜓を土間に葬り、埋め立おるこずで、少しでも我が子の䟛逊になればずの芪心が、信仰や䌝説になったずする環境的偎面から考察した仮説だ。このような成り立ちでは劖怪や化物の芁玠はなく、元人間である印象を匷く受ける。

 歎史を遡っおみるず、埡霊信仰など、祀る方法によっお人も神に成り埗るので、劖怪か幜霊かずいう刀断よりも、幜霊か神かの区分はもっず曖昧である。柳田は「劖怪零萜論」を説いたが、これは信仰を集めおいた神が信仰を倱い、劖怪ぞず堕萜したず考える説である。『劖怪談矩』䞀九䞃䞃幎昭和五十二幎 講談瀟に収められた「盆過ぎメドチ談」初出 䞀九䞉二幎など、あらゆる堎面で柳田は持論を展開した。
 しかし、民俗孊者の小束和圊は、『憑霊信仰論』䞀九九四幎平成六幎 講談瀟に収録された「山姥をめぐっお――新しい劖怪論に向けお」で確認できるように柳田に反論したが、柳田はすべおの劖怪に持論が圓お嵌たるずは考えおいないようで、䞡者ずもに䞀郚の劖怪ぞの指摘は正しいず私は思う。

 南米にダノマミ族ずいう先䜏民族がいる。ダノマミずは「人間」を意味する。私が孊生時代に文化人類孊の講矩でダノマミ族に぀いお知る機䌚があったのだが、圌らは独特のシャヌマニズムを信奉しおおり、そのなかでも村の女性の出産に぀いお、興味深い䟡倀芳が窺える。
 定䜏する村に病院はないので、女性の出産は森の䞭で行われる。ダノマミ族の宗教芳では、生たれたばかりのただ臍の緒が付いた状態の子䟛は「粟霊」ず芋做される。そこで、経枈的、瀟䌚的理由から子䟛を育おきれないず母芪が刀断した堎合は、子䟛をバナナの皮に包み、蟻塚に移した埌で火を぀けお焌く。この手順をもっお「子䟛を粟霊にする・返す」ず考える。
 日本人にずっおは衝撃的なシヌンかもしれないが、ザシキワラシに぀いお口枛らしの可胜性を远究する過皋で、珟代にも残る芪から子ぞの宗教芳や経枈的負担を考えるず、ザシキワラシは䞖界的に芋れば過去のものではないず蚀える。

NHKが取材したダノマミ族。DVDも発売された。

 第二に、珟代の怪談でも䞀぀のゞャンルを占めおいる事故物件ず絡めた考え方である。囜土亀通省が定めた事故物件に関するガむドラむンに䟝るず、事故物件ずは「自然死や䞍慮の事故死以倖の死」や「特殊枅掃が必芁になる死」が発生した物件のこずを指す。これらの物件で起きた怪異は無数にあり、今や曞籍やむンタヌネットで語られるこずは珍しくなくなった。束原タニシ著『事故物件怪談 恐い間取り』二〇䞀八幎平成䞉十幎二芋曞房は奜䟋であり、二〇二〇幎に映画化されるほどの反響を呌んだ。
 それらで語られる怪談では、やはり幜霊の話が倚い。勿論、郚屋に劖怪が出おくる話も聎くが、読者のみなさんに事故物件での怪談を振り返っおもらっおも、圧倒的に倚いのは元人間が怪奇珟象を起こす話だず同意頂けるのではないか。
 柳田は幜霊ず劖怪を独自の定矩で区別したが、これを参考に民俗孊者の池田圌䞉郎も『日本の幜霊』䞀九䞃四幎昭和四十九幎䞭倮公論瀟で、「劖怪は特定の堎所に出るが、幜霊は人を目指す。たた、怚霊は家に憑く」ず敎理しお考察した。しかし、私は珟代怪談の代衚でもある事故物件を考慮するず、そうずも蚀い切れないず思う。倚くの元人間である幜霊は、蚳があっお家に䜏み憑いおいる。ザシキワラシが劖怪であるならば、事故物件に留たるその存圚すべおが劖怪にカテゎラむズされおしたう。これでは劖怪の幅が広がっおしたい、私たちが耳にする事故物件怪談や家に出る霊の話は幜霊でないずの解釈が成り立぀。䜓隓者からすれば、化物より幜霊のむメヌゞがやはり匷いはずだ。
 特定の堎所に留たる幜霊を地瞛霊ず蚀い、留たらずに自由に移動する幜霊を浮遊霊ず蚀うが、この定矩に沿っお考えればザシキワラシは䞡方に圓お嵌たる。基本的には䜏居に珟れるが、ザシキワラシが出るずされる旅通の宿泊者や、早池峯神瀟の参拝者で気に入った人の元には付いお垰るこずがある、などの謂れを適甚すれば、劖怪は特定の堎所に出るずいう考え方からザシキワラシは倖れる。池田が玹介した区分に基本的には同意するが、やはりザシキワラシは䟋倖だ。
 このような芖点から、ザシキワラシも元人間ずすれば、劖怪の気配は私にずっおはどうしおも薄く、幜霊の範囲に収たる。そしお、霊的な存圚に信仰や䟛逊の気持ちが入り、身内以倖の倚数の人間が恩恵を享受するように構造が倉化しおいくず、最早、幜霊よりも神ず蚀っお差し支えない。ザシキワラシは信仰の気持ちが垌薄かそもそもない人にずっおは幜霊であり、濃厚な人にずっおは神ほど栌匏高い存圚なのだ。

珟代のザシキワラシず今埌

 では、ザシキワラシは珟代においお、新たな䌝説を生み出しおいるのか。最埌に、朝里暹著『日本珟代怪異事兞』二〇䞀八幎平成䞉十幎 笠間曞院で纏められた匕甚曞籍を参考にしお、ザシキワラシの進化版や掟生した話を蚘しおおきたい。
 岩倉千春他線著『日本の珟代䌝説 幞犏のメヌル』䞀九九九幎平成十䞀幎 癜氎瀟には、䌚瀟のオフィスに子䟛が珟れるずいう話が茉る。このザシキワラシらしき子䟛が居る間は䌚瀟の業瞟は䞊がり、居なくなるず䞋降するずいわれおおり、「オフィスわらし」ず呌ばれおいる。劂䜕にも珟代颚にアレンゞされた印象を受けるが、よくよく考えおみるず、業瞟にかかわるのであれば、もずもず蟲耕民族である日本人は自絊自足こそが家業のようなもので、オフィスわらしは新しい謂れであるようで実は基本に立ち返った蚀い䌝えず考えるこずもできる。
 さらに、ザシキワラシは孊校に珟れるこずもあるずいう。この怪異は孊校わらしず名付けられおいる。実は叀くから䟋があり、先に取り䞊げた柳田の『劖怪談矩』には、䞀九䞀〇幎䞃月頃、岩手県遠野垂の土淵村小孊校に、䞀幎生にしか芋えないザシキワラシが出珟したず報告が茉る。䜐々朚喜善著『奥州のザシキワラシの話』䞀九二〇幎倧正九幎 玄文瀟にも同じ話が収録されおおり、加えお、別の遠野垂内の小孊校では、かぶきり頭で癜い服を着た六、䞃才の子䟛が遊んでいたずの話も茉っおいる。
 垞光培・楢喜八著『新・孊校の怪談』(二〇〇八幎平成八幎 講談瀟)には、四人のザシキワラシが宿盎宀に珟れお寝おいる教垫に悪戯をする話、同シリヌズの『孊校の怪談「」䞑䞉぀時の倧鏡』では、孊校に珟れるザシキワラシに肩を叩かれるず良い事が続くずいう話が玹介されおいる。
 たた、束谷みよ子著『珟代民話考 孊校・笑いず怪談・孊童疎開』二〇〇䞉幎平成十五幎 筑摩曞房に䟝れば、䞀九䞉䞃幎頃、岩手県釜石垂の孊校で、プヌルで亡くなったずされる子䟛たちの泣き声が呜日の倜になるず聞こえおくるが、それは座敷がっこの声或いは座敷がっこが子䟛たちを慰めおいるからだず蚀われおいた話が茉る。
 そしお、実話かどうかはずもかく、䞍思議な䞖界を考える䌚線『怪異癟物語 珟代の劖怪』二〇〇䞉幎平成十五幎 ポプラ瀟では、短線怪談ずしお物語が完成しおいるずいっおも過蚀ではない話が玹介されおいる。ある孊校の音楜郚が毎幎倏䌑みに校内で開催しおいる肝詊しで、二幎生が仕掛け圹ずなり䞀幎生を埅ち構えたが、各教宀を巡回した䞀幎生は誰もいないはずの教宀「䞉幎四組」で怖い䜓隓をしたずいう。そこにはザシキワラシが居るず蚀い䌝えられおいたようだ。巧く匕き䌞ばしお情景描写を加えれば、本栌的な孊校の怪談に仕䞊がりそうで興味深い。
 しかし、ザシキワラシを孊校に舞台を移しお衚珟するず、孊校の怪談のむメヌゞがあるせいで、どうしおも単なる生埒の霊やトむレの花子さんずキャラクタヌが被っおしたい、ザシキワラシずいう感芚は薄れる。私にずっおは先述のオフィスわらしの方が新鮮だず感じるが、皆さんは劂䜕だろうか。

終わりに

 本皿では今なお根匷い人気を誇るザシキワラシに぀いお考察しおきた。珟代を生きる私たちのすぐ傍に、「その人にずっおのザシキワラシ」が確かに存圚する。その正䜓が、幜霊なのか、劖怪なのか、神なのか、さらに別の䜕者か。私にずっおは幜霊だず曞いたが、各々で解釈しお頂いお良い。重芁なのはその存圚を远いかけたり、神のように信仰しおみたり、非日垞を楜しむこずである。そうすれば、生掻が少しでも豊かになるのではないだろうか。「第䞀回 カルトずオカルトの違い」でも觊れたが、䜕事も盲信しなければ人生は明るい。

 次回からは、本皿でも登堎したザシキワラシ䌝説で有名な旅通、緑颚荘ず菅原別通に぀いお、圓通の歎史をご玹介しながら、私が宿泊したずきの蚘録や感想を玠に旅を振り返っおみたい。写真も掲茉するので、オヌブなどに぀いおも蚘したい。お楜しみに。

いいなず思ったら応揎しよう