メインコンテンツへスキップ
見出し画像

僕とろろ。動けなくなった僕を復活させてくれた君たちへ

    僕の病気は「水頭症」。頭に脳脊髄液が過剰に溜まる病気らしい。今はこの液体をお腹の方に流すために、太いパイプを体の中に入れているんだ。
    そして今は自由に歩いている。こっそり外にだって行ったんだぜ。
    ごはんもトイレも自分でできる。できないことなんてない。
    こんな僕の濃い3年間と新しい出発について、何かに苦しんでいるやつらと僕を復活させてくれた君たちへ綴る。

    2023年7月、僕はなぜだか毎日スーパーMの入口に立つようになってた。夕方になると出勤し、大きな声で呼び込みをしていた。報酬は食べ物だ。買い物客や同僚が持ってくる。頼まれたわけではないがクビにもならなかったので続けていたら、ある日2、3度やってきていたおばさんが僕をキャリーケースに入れて連れて帰ってしまった。これが今の第2飼い主のユイの母だった。僕が保健所に通報されたら大変、と思ったらしい。

    ユイの家には2匹の猫がいて、僕はケージに入れられた。突然仲良くできるはずもない。大声で嫌だと言ったさ。僕には新しい家を探すらしい。

    画像
    ユイの家ではケージで過ごした。

    その日のうちに、ユイの彼、キョタが僕のことを見に来た。すぐに気に入られて僕を飼いたいと言い出した。しかし猫が怖い母親と猫アレルギーの弟がいるらしく、一筋縄ではいかなかった。僕を手放したくないユイはキョタに飼わせたい、僕を気に入ったキョタも僕を連れて帰りたい。で、結果この2人が強行突破して僕はキョタの家、M家の猫になった。
    と、まあこういう経緯で僕の相棒キョタに出会ったのだ。

    画像
    僕の家探しに手間取っている間に去勢&耳カットをされた。エイズ・白血病は陰性。

    キョタの家では、子供の頃に猫に引っかかれて以来怖いと言っていた母M子もすぐに僕のファンになり、いろんなものを与えてくれた。弟の猫アレルギーも直してやった。自由気ままに過ごしていたんだが、半年ほどたったころ、体が思うように動かなくなった。後ろ足が上手く出ず転ぶ、まっすぐに歩けない・・・。心配したキョタが病院に連れて行ってくれたが腰を痛めたんだろうと様子見になった。でもなんか違う。血尿がでたり色んなことが起こりはじめ、今度は母M子が大きな病院にと連れて行ってくれたのが山陽動物医療センターだった。ここではCTを取ったり色んな検査をされたが原因がわからず、MRI検査をするために遠くの大きな病院を紹介された。しかしMRI検査をするには20万円ほどかかると聞いた。
    この日母M子が出してくれた僕の診察代も3万円を超えていた。

    画像
    ※実は最初の病院では8ケ月と言われ、子猫気分でキョタの家に行ったがここで5歳と診断された。

    そして後日、キョタとユイが用意した20万円を持ってMRI検査へ。ここでFIP(猫伝染性腹膜炎)ドライ型と診断されて僕の闘病生活が始まった。

    画像
    このころにはもう体が言うことをきかなくなっていて、支えが必要だった。

    その病院で処方されたFIPの薬で少し体が楽になったが、すぐに効果がなくなり、また動けなくなった。今度は国内未承認の海外の薬を3ヶ月飲むと治るんだって仕入れてくれたけど、僕はトイレも失敗、ごはんも上手く食べれなくなった。三交代勤務のキョタがいない時間は、ユイ、母M子、弟のユウ、みんなが交代で世話してくれたよ。口も上手く動かなくなって、今度は薬を皮下注射。3ヶ月続けたけどダメだった。もう僕は体も辛くて愛想もできなかった。「とろろの『生きるぞ』という強い意志を目から感じる。だから絶対助ける!」って言われてたけど、違うよ。もう笑えなかったんだよ。
    でも僕を助けるためにみんなが一生懸命なのはわかってたから、とりあえず出されるものは食べた。

    画像
    何もできなくなり、ただみんなを見ているだけの日々が続いた。

    そうこうしているうちに、山陽動物医療センターにMRIが導入されて、もう一度検査を受けてみないかと言われた。もうキョタとユイの働いたお金は全部僕につぎ込んでるんじゃないのと思ったけど、当然のように連れていかれた。結果、水頭症であることがわかった。それから先生となにやら難しい話をして、キョタとユイがいっぱい考えた末にまた僕は病院に行くことが決まった。手術をするんだって。僕のために遠くから先生がきてくれるらしい。
    2024.11.16手術当日。みんな明るいふりしてるけど、なんかおかしい。
    ちょっと不安だが、病院に着くといつもの先生がいた。

    画像
    いってきまーす!と明るくいうユイ。僕は不安だよ。

    目が覚めた。ここはどこ?みんなはどこ?
    先生がやってきた。僕が目覚めてほっとしている。僕は長い時間手術を受けて眠っていたらしい。
    おかしいよ、体に全然力が入らない。こわくて不安な一夜を過ごした。
    翌日、キョタがやってきた。でもこわくて返事もできなかった。
    それでもまた翌日も会いに来てくれた。

    画像
    病院のICU内

    僕の体には頭から背中へ長いパイプが入ったらしい。難しい手術で、手術中に死んでしまうかもしれないと言われていたらしい。
    手術を決める時に、担当の先生が、熊本に僕と同じような状況の猫が手術を受けて半年たった今も生きていると話していた。それでキョタたちは僕に手術を受けさせることを決めて、今僕は生きている。

    画像
    退院した日、自分で歩いて一番にキョタのところに行ったよ。

    こうして僕は大手術を終え、大好きな相棒キョタのところに戻ってきた。
    その間に・・・僕のしらないうちに弟のユウはクラウドファンディングを立ち上げ、僕の手術費を募ってくれていた。今回の手術費70万円。僕のことを知らない人達もたくさん支援してくれて集まった。

    画像

    「中枢神経型猫伝染性腹膜炎による二次性閉塞性水頭症に脳室-腹腔シャント術を実施した猫の1例」
    僕の手術をしてくれた山陽動物医療センターは、2026年4月の世界各国の獣医療関係者が集まる、世界獣医師会大会で僕の症例を発表してくれたらしい。

    僕を復活させてくれた大勢の君たちへ。
    今度は僕が「岡山で同じような手術を受けて動けるようになって、今も元気な猫がいるよ」と言われる役をしていくと約束する。今手術から1年7ヶ月。3年、5年と僕が見本になっていく。

    画像

    僕の相棒、キョタと出会ってちょうど3年の2026年7月、今僕はキョタと2番目に好きなユイと3人で新しい生活を始めた。僕のためにペット可物件で外が良く見えるサンルームがついた家に引っ越した。
    僕の復活を一番支えてくれた2人に最高の癒しを与えていくのもこれからの僕の役目だ。

    #創作大賞2026
    #エッセイ部門

     
     

    nanana

     
     
    岡山東部の広告会社・キャリアコンサルタント。営業が好き、猫が好き、人を繋ぐのが好き。 保護猫とろろのFIP・水頭症回復記を書いています。 かかりつけ医 山陽動物医療センター https://www.sanyo-amc.jp/wp/archives/1352/

    あなたへのおすすめ