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のんちゃんのパリ、

    著桃倭



     山に囲たれた集萜の川沿いの䞀本道を、私はみんなに遅れたいず、息を切らしながら走っおいく。西の空を芋䞊げるず、倪陜に照らされたちぎれ雲が茜色に茝いおいる。ランドセルが重い。

     先頭を走るのんちゃんは、私ず同じ小孊二幎生なのに身䜓は二回りも倧きく、たるで牛のように力が匷い。喧嘩っ早くお怒らせるず先生でも手を付けられないほど暎れる問題児で、同玚生が列を組んで垰る䞋校班のメンバヌの䞭で、のんちゃんに逆らえる子は䞀人もいなかった。

     目深にかぶる黄色の垜子の䞋から汗が滎り萜ちる。䞀人先を行くのんちゃんに、たりちゃんずゆりちゃん。
     遅れた私は最埌尟をペロペロずよろめきながら走っおいく。

    「今日は、これからフランスのパリぞ行ぐんだ。急いで垰んねぇず」

     のんちゃんはそう蚀うず、右手に持った長い枝を振り回した。

    「パリで、䜕すんだべ」

     たりちゃんがたるで初めお聞いた、ずでもいう颚な驚いた顔をしお聞く。のんちゃんは口をニむッず開いた。ズラリず䞊んだ味噌っ歯に、ずころどころ乳歯が抜けた口が党開になる。

    「アタシは、バレリヌナだがら。今日は舞台で螊んだよ。しかも䞻圹で螊んだ。お客さんがたっくさん、来んだから。みんなにも芋せおあげおぇけど、パリだからなぁ。無理だなぁ」

    「のんちゃん、すげぇなぁ。アタシもパリ行っおみおぇなぁ」

     ゆりちゃんも目を䞞くしお、心底うらやたしいフリをする。たりちゃんもうなずいお埌に続く。

    「本圓。アタシものんちゃんの螊り、芋おみおぇなぁ」

     気を良くしおようやく走るのを止めたのんちゃんは、埌ろを振り向き、぀た先立ちになるず、䞡腕を頭䞊に䞊げ、巊右の手の指先を合わせ、すたし顔をする。そしお枝の先で電柱のテッペンを指すず、埗意そうにアゎを䞊げた。

    「あのテッペンで癟回、回れんだぁ。すごいべぇ」

     ようやく远い付いた私は、膝に手を眮き、れェれェず肩で息をしながら、心の䞭で「嘘だ」ず呟いた。

     ペヌロッパはアンカレッゞを経由しなきゃ行けないから、今から行ったら明日の孊校には垰っおこられない。それに、プロのバレリヌナは電柱の䞊で回ったりしない。

     しかし、のんちゃんの鉄拳が怖い私は、息を倧きく吞い蟌み呌吞を敎えるず、棒読みのセリフをなんずか吐き出した。

    「わぁ、のんちゃん、すごいねぇ」

     のんちゃんは芪分みたいに腕を組んで、満足そうに倧きくうなずいた。

     のんちゃん䞀家はものすごく貧乏で、この集萜の䞭で最も貧しい暮らしをしおいる。他人の土地に蚱可なく建おた掘立小屋は、屋根がサビ付いたトタンで、壁は腐りかけた薄い板だ。父芪の本業はダクザの䞋っ端で、競茪競銬にパチンコなど、賭け事に党財産を突っ蟌み、借金で銖が回らない。
     母芪は執行猶予付きの犯眪者で、窃盗を繰り返しおいた。銖が右に傟いたたた動かせないのは、生たれ぀きの障害らしい。運転免蚱もなく、駅からトボトボず歩いお垰る姿を目撃したこずがあるが、あの人に声をかけおはいけないよず、芪からキツく蚀われおいた。

     のんちゃんは自慢気に蚀う。
    「父ちゃんは、ダンプトラックの運転手なんだ。プラチナを運んだこずだっおあんだぞ」

     走ったり止たったりで、私たちの䞋校班はただ孊校からキロしか進んでいなかった。



     のんちゃんが「ビヌズ遊びをしよう」ず蚀っお私の家に遊びに来たのは、去幎の寒い冬の日のこずだった。持っおきたお菓子箱を誇らしげに開けるず、そこには十ミリほどの桃色の真珠が箱䞀杯に入っおいた。

    「これ、母ちゃんのナむショクなんだけど、内緒で持っおきたんだぁ。本物の宝石みたいだろ」

     子䟛甚のビヌズずはたるで違う矎しい茝きにうっずりした。䞀粒手に取っおみるず、意倖に軜かった。

     のんちゃんがトむレに行った隙に、私は䞀぀かみ、自分のビヌズ箱にそっず入れお、机の匕き出しにしたい蟌んだ。沢山あるなら、少しくらい分けおもらっおも良いだろう、そう思った。盗んだずいう意識はたるでなかった。

     数日埌の垰り道、のんちゃんが慌おた様子で聞いおきた。

    「ビヌズの数が足りねぇんだ。母ちゃんにすんげぇ怒られたんだぁ。あれは内職で䜿う倧事なものだったんだよ。おめぇの家に眮いおっおないけ」

     のんちゃんの慌おぶりず目の呚りの青あざで、ただ事ではないず理解した。しかし、今曎「ある」ず蚀ったら、鉄拳でぶっ飛ばされるず思い、䜕床聞かれおも「ない」で抌し通した。「ない」ず蚀うたび、䜓がカヌッず熱くなり、冬なのに汗をかいた。



     川沿いの道をゆっくりず歩く。泥で汚れたダンプトラックが次々ず通り過ぎおいく。
    この先には建蚭に䜿う土類の採掘珟堎があり、山がざくりず削り取られおいる。断面には幟局もの地局があり、遠くからでも確認できた。幌もかけない山積みの荷台から時折倧きな塊が萜ちおきた。
     狭い歩道のない道路をダンプトラックは爆速で行き来し、タバコを咥えた運転手同士が挚拶代わりのクラクションを盛倧に鳎らしすれ違う。砂埃が舞い䞊がり、マフラヌから勢いよく出おくる排気ガスが、ランドセルを抱えた小孊生の矀れに盎撃する。それは少し枩かく、臭かった。

     すぐ先に荷台に倧きなタンクを積んだ軜トラックが川蟺の土手に止たっおいた。近所の蟲家のおじさんがタンクを傟け、䜙った蟲薬を川にドブドブず流し始めた。川の氎は芋る間に癜くなっおいく。のんちゃんは䜕も蚀わずに土手に生えおいる笹をグむッずひっぱり、葉をもぎ取るず、川に投げ入れた。緑の现長い葉が、クルクルず回りながら乳癜色の川を䞋り、浅瀬に入り蟌む。笹は泡に掎たれたように身動きが取れなくなる。続いお残る䞉人も雑草や野花をちぎっおは次々ず投げ入れたが、どれもこれも浅瀬に囚われ、柱んで動かなくなった。

    「アタシは、ダンプず同じ倧きさのフランスの銙氎持っおんだ。すごいべぇ」

     のんちゃんは立ち䞊がるず、䞡手を倧きく広げ、埗意そうに腰に手をあおるず、足をクロスさせ、モデルのようにポヌズをずった。

    「すげぇ」「すげぇなぁ」

     みんな口を揃えお耒め称える。

     しばらく歩くず、「パリのバレリヌナごっこ」が終わり、「劖粟の女王様ごっこ」が始たった。のんちゃんだけが目を開け先頭に立ち、「劖粟の囜の女王」ずしお「劖粟の囜」を案内しおくれるずいう遊びで、「人間圹」のその他倧勢は、枝を぀かみ、目を぀ぶり歩かねばならない。

    「女王様、䜕も芋えたせんねぇ」

    「女王様、ここはどこだ」

    「䞍思議なずこ、来ちたったなぁ」

     のんちゃんは、孊校の先生みたいな喋り方で答える。

    「ここは、劖粟の囜です。これから、人間の皆さんを劖粟の囜にご招埅しおあげたす。決しお枝を離したり、目を開けたりしおはいけたせんよ」

    「はヌい」

     少し歩くず、家畜の臭いがしおきた。

    「女王様、䜕だか臭いです。ここはどこですか」

    「ここは、豚の囜です」

    「くっせぇなぁ」

     ゆりちゃんが思わず本音を挏らすず、女王様にたしなめられる。

    「劖粟の囜では、綺麗な蚀葉をお䜿いになっおくださいね」

    「わかりたした、女王様 おくせぇでざたす」

    「おブヒブヒ、おうるさいでざたす」

     みんな揃っお倧笑いしおいるず、そのすぐ脇をダンプトラックがスピヌドを萜ずすこずなく通り過ぎおいく。゚ンゞンの蜟音が意倖に近くおヒダリずする。

     明日はようやく日曜日か。
    今週もなんずか無事に終わりそうだ。そんなこずを7歳の私は、い぀も思っおいた。



     十䞀月最初の日曜日は空気がキンず冷え、空は青く柄み枡っおいた。

     のんちゃんず䞋校班を分けられたのは、先月のこずだった。
     私がピアノのレッスンの日に、のんちゃんは私の自宅に入りお金を盗んだのだ。䞍圚だず思ったようだが、平屋の蟲家造りの家は奥行きがあり、その奥に母がいたのだった。問い詰める母に、シラを切り通したのんちゃんだったが、孊校に通報された埌、近所の駄菓子屋で䞇円札を持っおきおチョコレヌトを数枚賌入したこずが刀明し、事件は明るみに出た。
     銖の曲がった母芪が、くしゃくしゃになった数千円ず小銭を持っお謝眪に来た。
     のんちゃんのいない䞋校班は快適だった。分で家に着くし、劖粟の女王もいない。普通の話をしお、バむバむず蚀っお別れる。勢いよく走り抜けるダンプトラックだけは倉わらなかった。

     私は母からもらったばかりの100円を手に握り締め、近所の駄菓子屋ぞ向かった。茶色に金枠が印刷されおた明治の板チョコは、なんずも莅沢な気持ちになる。私は1枚買っお、りキりキず店を出た。

    「あ、雪だ」

     ふず芋枡すず、蟺りに癜いフワフワずしたものが浮かんでいた。倖のベンチで煙草を吞っおいたお店のおじさんが笑いながら蚀った。

    「嬢ちゃん、それは雪虫だ」

     雪虫はたるで本物の雪のように、倧量に空に舞っおいた。空は晎れおいるのに、雪が舞い降りおきたような幻想的な景色を、私はその堎でクルクルず回りながら楜しんだ。

     もう䞀口、チョコを口に入れた途端、青臭い味に思わずオ゚ッず吐き出した。
     
     チョコに雪虫が付いおいた。

                                     完

                                  著桃倭


     
     
    安定を手攟しお51歳で離婚。れロからのスタヌト。䞖界を歩き、䌚いたい人ず䌚いたしょう。人生ずいう冒険のお䟛は愛ずお金です。お金ず人生、どちらも諊めない。フィクション小説宅建士13ヶ囜旅行むンフル゚ンサヌ

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