
「報われる」までが遠い時
最近、なんだかがんばっても上手く報われないなぁ、と思うことが多い。
私は現在転職活動中なのだが、やばいくらい面接を受けてやばいくらい落ちまくっている。
拾う神が現れるまで無限にアタックしつつ、スキルを磨くっきゃない!
……それはそれとして、報われる瞬間は来るのだろうか。そんな不安を抱えつつ転職活動をしている。
今の私はパート職員として働いているけど、そのお給料だけじゃとても生活できないから転職を決意した。
あとIT関連で働いていた時、人間関係さえなければ(Teamsのオープンなチャットでガン詰めしてくる先輩とか悪気のないセクハラをする上長とか……)めちゃくちゃ楽しい仕事だったから、またIT分野で働きたい。
年齢的にもブランク的にも今がギリギリのタイミングと言われたので、必死で転職活動をしている。
周りからは「いい人見つけて結婚したら?」と男性に養ってもらう案をもらうこともあるが、あいにく私は……男運が……ない! カスを釣り上げる自信しかないのでそれは最終手段にもならない。
結局自分のことは自分でなんとかするしかないので、とりあえず自分ひとりの食い扶持くらいはなんとかしたい。
でもがんばってもがんばっても報われない。書類選考で落ちまくるし面接でも落ちまくるし心折れるて。IT系の勉強は純粋に楽しいから続けられているが、これだけやっても報われないんですか!? と呆然とする。
別に他の人の苦労を否定するわけじゃない。それぞれの人にそれぞれの苦労があって、それらは比較できるものじゃない。
だけど、だからこそ、私は私自身のがんばりや苦労しか知らない。
詳しくは言わないが、私は社会生活を営むのに他の人よりもたくさんの労力がかかるタイプだ。他の人が当たり前にできることが苦手で、そのせいで人生にはたくさんブランクがある。社会的な(資本主義的な、と言い換えることもできる)成功からはめちゃくちゃ遠い。
でも、私は怠けていたわけじゃない。いろいろな理由で人生が進まなかったときだって、自分なりにどうにかしようともがいていたか、物理的に寝込んでいてどうにもならなかったかのどちらかだ。
ちなみに親からは当時、「ミワは助かろうとしていない」と言われた。んなわけないだろ。ただやり方が分からなかっただけで、どうにか自分を助けようとしていたし助かりたかったよ。バーカバーカ。
そんなこんなで必死でバタバタ動いてはいるけど、全然前に進めない。他の人たちはもっと綺麗なフォームで、私の手の届かないところを目指して進もうとしているのに、私はそもそもの土台ができていない。必死でやれることをやろうとしてはいるものの、もしかしたら見当はずれなことをしているのかもしれない。
努力しても全然報われない。がんばっても上手く前進できない。それは過去の私が作ったブランクや生まれ持った脳の性能のせいかもしれない……というか、ほぼそうだろう。
だけど、一個だけどうしてもしたくないことがある。
自己憐憫だ。
自分を憐れむ時間はとても大事だと思う。ある種のセルフケアであり、自分を大事にする行為のはずだ。
だけど私は過去に自己憐憫のしすぎで盲目になってたくさんの失敗をしたし、「かわいそうなあたし」に酔いすぎてしまった。
だから自己憐憫はもうしたくない。
もちろん現状できていないことはまだできないし、報われない現実は変えられない。
だけど上手く自分を飼い慣らして、人並みじゃなくても(だって社会は、私みたいな外れ値の人間を構成要因として歓迎しないみたいだし)生活を営めたら、それは私の人生の勝利だ。
私は怠けていたわけじゃない(そして「怠惰」「勤勉」というジャッジは非常に強力で時に暴力的だ)。常に一生懸命生きてきた(そしてみんなも大体そう)。この事実自体がもう、私ががんばって生きていることへの報いであるのかもしれない。
私という人間は、いっぱい人から嫌われてきた。迷惑をたくさんかけてきた。
だけど私のことを「面白い」とか「好ましい」とか思ってくれる人たちがいて、私が欠点だと思っていたことを長所と言ってくれたりする。
それから、私が頑張っていることを知っている人たちがいる。
私は努力しているけど、報われていない。だけど私の友人たちは私の努力を知ってくれている。応援してくれている。
それこそが報いなのかもしれないなぁ、と思うのだ。
私はもう私を憐れまない。もうその必要はないくらい、私の傷は癒えた。相変わらず社会的な、資本主義的な成功は遠い。というかきっと一生手に入れられない。
だけど私は頑張っている。結果が出なくてもがむしゃらに頑張れる。
それって結構、魂がチャーミングだな……。チャーミングじゃないですか?
今晩はうぬぼれておいて、筆を置こう。