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ファインダー

     いつか、あの時の記憶を思い出すための「道具」として。私が写真を撮る理由である。

     最寄りの駅から、町民バスで40分。かつて林業で栄えたこの町は、しかし林業の衰退とともに寂れ、廃墟化しつつあった。瓦の崩れた屋根。枝が転がり、歩きにくい道路。まるで人類滅亡後の世界のようなこの場所で、私のすることといえば、この風景を写真に収めることである。以前カメラ専門店で買った、中古の一眼レフカメラ。この風景を描くために、特別なレンズも技術もいらない。フルオートで、家に転がっていた適当なレンズをつけて、ビビッときた風景を撮影するのだ。
     足音が街中に響き渡る。自分の足音だ。まるで誰も住んでいないような町並みは、どこか妖しく、臆病になるものだ。普段は複数人で来ているところ今日は一人であるから、それも自分をより臆病にさせているのかもしれない。

     県立藤沢中央高校の写真部の部員は4人。3学年合計が500人もいる高校の規模にしては、かなり少ない人数である。しかし少数は少数らしく精鋭揃いで、全国大会の入賞経験がある人もいるぐらいである。体育祭や文化祭では放送委員会と連携して撮影・記録を行うため、一年を通してかなり大変な部活でもある。そんな写真部の新入部員である豊川信介は、それまで写真を撮ったことが数回しかないほどの初心者であった。

     「大丈夫、最初は誰でも初心者なんだから。君も練習すればプロ級になるって。」そう先輩に元気づけられたはいいが、それでも私が賞を多数とったあの先輩と同じレベルになれるとは思えない。そう思いながら、心得の書かれたメモ紙をポケットにしまい込んだ。もう片方のポケットから取り出したケータイで、まずは校門の周辺に生えている雑草や、下段に植えられた花を撮る。プロの人は構図だの露出だの、写真という一つの芸術品を完成させるための道具をしっかり選ぶのだろうが、私にはまだそれがあまり分からない。どうしても適当になってしまうのだ。

     「まずは花や木、風景など、目につくものをなんでも撮る。ある程度上達したら、自分の好きなものを深く掘り下げていく。」あの時のメモ用紙が、カメラバッグの奥底に折りたたまれた状態で入っていた。書きなぐりのその文字は、それを書いたはずの私自身でさえ目を凝らさないと読めないほどぐちゃぐちゃである。しかしそれが私のポリシーとして、心という粘土板に刻まれた楔形文字として機能しているのだ。
     プロカメラマン気取りの服装で、街を進んでゆく。文学者が文字を使って語るのならば、私は私なりの写真で語ろう―と、そう意気込んだのはいいが、結局アマチュアという牢屋に囚われた存在には到底、プロフェッショナルな作品は作れない。結局は、あの頃から私は変わっていないのだ。

     1年次の6月、まだ季節ごとに移り変わる花を撮っていたあの時だっただろうか。そのころには既に、ケータイの限界を感じるようになっていた。そして始めた中古カメラ探しで、また先輩からアドバイスを受けた。
     「最初に買うカメラはどの会社でもいいけど、ある程度評判のある会社がいいかな。初心者向けでもいい写真は撮れるし、そっちの方が相場はかなり安いから、まず買うなら初心者向けの製品の方がいいよ。俺だって最初は初心者向けのフィルムカメラだったし」

     中古市場に溢れているのはフィルムカメラばかり。そこからデジタル一眼レフを探し当てること自体が非常に困難であった。最初で躓いているのだから幸先が不安だったが、偶然見つけたカメラが私との相性が非常によく、即決して購入した。ガワはすっきりしていて分かりやすく、しかし機能が豊富である。これが初心者向けという事実に驚きだが、この機種の新品価格が10万をゆうに超えていることにも驚いた。カメラが高いことは十も承知だったが、それでも少し拒んでしまいそうな値段だった。

     「フィルムカメラはフィルムも現像も高いからなぁ、コンパクトフラッシュさえ買えば何度でも繰り返し使えるデジタルがいいんじゃないか?」・・・いわゆるカメラオタクである父親に助言を求めた結果のデジタルだ。中古価格は何倍も高いが、トータルで考えれば安い方なのかもしれない。尤も、家にあったカメラはフィルムを使用するものばかりで、デジタルなのはビデオカメラぐらいだったが。

     そうして私は、趣味の世界に入った…いや、入って「しまった」方が適切だろうか。だって私はナビゲーターに案内されるがまま・・・写真の奥深さに気づいてしまったから。


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