
人間合格
人間失格はあるのに人間合格は無いのか。
そもそも誰が採点するのか?ってところで論争が始まりそうだ。
人間代表として誰が審査するのか、「いや、人間ってこういうとこあるよな!俺人間じゃねえからよくわかる!」とマーモットのような生き物が採点しても良いと思う。
あとオーストラリアにいるあの臀が硬いコロコロとした可愛い生き物。鼻のでかいやつ。
人間合格というタイトルが無いのも、合格した人間がいないから人間合格という作品は無いのかもしれない。
というか、あったら嫌だ。胡散臭い。
太宰治はなぜ人間失格というタイトルにしたのか?という物を掘ればもうそんなの論文とかで掃いて捨てるほどあるんじゃないだろうか。
とりあえず私は、あの作品を見て感じたことは、主人公葉蔵が失格者だとしたらお前らはまだマシだよね!みたいな皮肉を感じます。強かに感じます。
人間合格者を決める大会がもしあるなら大会テーマ曲はツァラトゥストラはかく語りき かな。
嵐のA・RA・SHIでもいいけどバレーボールW杯感が強い。と言うか使われたし。
多分合格者を誇示するんだから肉体とかもすごいと思う。筋肉とかバキバキで
でも人間合格者だから無駄な自己顕示欲とか無さそうな気もする。いや、筋肉がある人は自己顕示欲が強いってことが言いたいんじゃなくていや、強いか。見て欲しい人もいるか…。
それでいて全裸で出てくるんだろうけど、もう色んな意味でそれじゃ失格者だから全裸もなしで。
書けば書くほど私が失格者のような気がしてきたけど、「人間合格」を真剣に考える。
まずは単純に人間失格の主人公を真反対な感じにしたら合格になるのか?と考える。
うーん…違う気がする。まだ浅い。
それじゃただ毒が裏返っただけな気もするし。
ChatGPTに聞いてみた
Q.もし人間合格って単語があるとしたら、どんな人?
A.
難しいのが、「人間合格」って言葉を作った瞬間、
“ちゃんとしてる人”を想像するのに、実際に惹かれるのはそこじゃないんだよね。
例えば、
ミスをしない
常に優しい
空気を読める
正しい
感情的にならない
みたいな人って、“優等生”ではあるかもしれないけど、どこか機械っぽい。
むしろ「人間合格」って、完璧な人じゃなくて、
自分の醜さや弱さを知っているのに、完全には投げない人
なんじゃないかなと思う。
(ほう、AIのくせに中々考えると思った私は人間としても如何なものかと自分で思う。
親に感謝したいっ。)
A.(続き)
たとえば、
不安になる
嫉妬する
面倒になる
逃げたくなる
嘘をつく
誰かを傷つける
そういう“失格っぽさ”を持ってるのに、
それでも人と関わろうとする
とか。
だから『人間失格』の逆を単純に考えると、
「立派な人」じゃなく、
“失格し続けながら、それでも人間をやめない人”みたいな感じになる気がする。
もうChatGPTが合格な気がしてきた。
少なくとも私の人間性よりは人間できている。
なんだか人間合格の審査員にAI判定も有りな気がする。
しかし、本当にAIばかりに頼っていいものなのか?
人間って言うのは、曖昧だったり欠けたりしているものに惹かれるんだと思う。だから人間失格は長年人々から愛される作品へとなっているんだと私は感じる。
人間合格者というものは、優劣を決めるのではなく「人間らしさ」というものをたまに考えて、揺れて、ぼやけて、そして時々忘れるという何か欠けたものなんじゃないか?って思ってきた。誰だ筋肉の美しさとか考えてたの!私だ。
そういう意味では皆合格者なのかもしれない
。あんまり私は好きじゃない言葉がある
「生きてるだけで優勝!」とか「生きてるだけで偉い!」とかそういう類のやつ。
(好きな人いたらマジごめんなさいですけど💦)
だって、真剣に生きてもダメでしたって人もいるから、それを考えると偉いとか優勝とか勝ちとか負けとか。そんな言葉がしっくりこない。
しかし、今なら少し理解できそうだ。
生きている人間は皆少なからず足掻いている。
美を保とうとスキンケア、エイジングケアをしたり。筋トレしたり、整形したり、その行為、努力は美しいとすら言えないだろうか?
立場が弱いにも限らず、強者に挑む人。
下馬評では負けると言われても立ち向かうチーム。自分を探しに世界を歩き何かを見つける人。
腐りそうになりながらも嫌いな仕事を続け人の役にたったり。
仕事をやめて、酒ばかり飲んで不安に怯えながらも明日を迎える人も
人間は美しいんだ!
と私は自分の指をふと見たが毛が生えていて萎えた。
人間合格とは…
あ!
そんなもの無くて良いから存在しないのかもしれない…。
そして人間合格者。絶対嫌われる。