
残さず食べる
食事中、ご飯を床に落とすことがよくある。
粘着性のあるご飯粒は拾ってそのまま捨ててしまうし、
乾燥しているようなものならなんとなくすぐ拾えば大丈夫なような気がする。
私が食べ物を床に落とした時に思い出すのは、
祖父の言葉だ。
「じいちゃんはパンツの中に入っても食うぞ」
小学生の頃、毎年夏休みになると福島にいる祖父母に会いに行っていた。
食事中、私が床にご飯粒を落とした時に言われた一言だ。
当時は、えーー、といかにも嫌そうな顔をしてしまったが、
今考えるとそれは祖父の生きた時代の反映であったように思う。
10代で終戦を迎えた祖父にとって、
食べ物を無駄にしないということは今の私たちよりも切実なものだったのではないか。
残さず食べましょう、と教えられる今と
残すほど食べ物がなかった祖父の青年時代とは、
残さず食べることの意味合いが違ったのかもしれない。
そう感じたからと言って、
祖父と同じ意味合いで、残さず食べるということを噛みしめるのは難しい。
今なら、自分のパンツの中に入ったご飯粒でも食べられるが、
それは行動が同じというだけで、動機は異なると思う。
これからも食べ物をやむを得ず残してしまったり、落としてしまって捨てることはある。
でもきっと、
「じいちゃんはパンツの中に入っても食うぞ」
この言葉は私の中で、茶碗に入ったヒビのように刻まれて、あの時の祖父の年齢に近づくにつれて、金継ぎのように味わい深いものになっていくのだと思う。
そもそも祖父の言葉が本当にそういう時代の反映から出た言葉なのか、そうでないのかは定かではない。私にとってそれはどちらでもよい。
ただ、祖父がどういう道を辿って祖父になったかをもっと聞いておけばよかったと思う。